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第61話:とりあえず

「貴様ら! 止まれ!」


 周りの樹々に数人のヤイマ族の戦士たちが飛び乗るのが分かった。


「ふむ、この数は別に突破できんわけではないのう」

「えぇ!? 何言ってんですか!? 抵抗したら殺されるんで絶対しないでくださいよ!?」


 ジジイのつぶやきにエドガーのおっさんが反応する。すでにアスタスとノインは服従を示すためか武器になるものを地において座っていた。


「あら、どうする?」

「成り行きで」


 ティナが言外に戦うかどうかを聞いて来るので、適当に答えておく。戦って負けるとは思わないが、どういった状況なのかを知りたい。



「貴様ら異邦人が混じっているな!? 通行証は持っているか!?」


 通行証? そんな物は持っていない。すると平伏したアスタスが言った。それも顔を上げないで。


「発言をお許しください。シアタ族のアスタスと申します。恐れながら、こちらの異邦人の内2名はシアタ族と共に暮らしており通行証を所持しておりますが残り3名はまだでございます」


 シアタ族とはあの小さな集落の事だ。


「では税を払ってもらおうか。後、15歳以下の男児はおらんな!?」

「はい、全て成人済みです」


 税を払えば通してくれるのか。意外にも親切だな。しかし、15歳以下の男児?


「ヒビキさん、税はかなりの額を要求されますが払ってください。ヤイマ族に逆らっても勝てません」


 ノインがヒソヒソとこちらだけ聞こえるように伝えてくる。


「そんな事を言われても払えるものと払えないものがあるぞ? 金だったら別にいいけど……」


 意外とこんな感じで税を要求されるときに金以外に現物を要求されるというのは聞いたことがある。杖を寄越せとか言われたらさすがに反抗するからな。


 ヤイマ族の戦士の内2人が地面に降りてきた。アスタスはずっと平伏している。身分の違いがこれほどまでに浸透しているのだろうか。異邦人だったら気にしなくてもいいのかな? ノインとおっさんが通行証っぽい物を提示した。それを確認するヤイマ族の戦士。二人ともそんなに強そうには見えないんだが……。


「おい、お前らは通行証を持ってないんだったな。まずは有り金を全て見せろ」

「なあ、なんで15歳以下の男児を探しているんだ?」


 これはすでに知っている事だったが、集中をそらすために金を出しながら聞いてみた。たしか、それぞれの村の力を削いて且つ人質を手に入れるためだとか。


「ああ、それはマイリ様がショ……」

「おいっ!」


 答えようとしたヤイマ族の戦士を、もう一人が止めた。え? 何て言った?


「何でもないっ! それよりも税はこれ全てだ! もらっていくぞ!」


 まだ有り金全部だしてないのに戦士が税を回収し始めた。代わりに通行証っぽい木簡を3つ置いていく。


「な、なんかあったのかな?」


 何と言うか、拍子抜けというのが正確な表現だろう。思ったよりも簡単に済んだ。それ自体は喜ぶべきことなんだろうがヤイマ族の戦士たちは逃げていくようにその場を離れていく。


「やはり噂は本当だったか、ヤイマ族が各地の少年たちを集めて人質として洗脳し、さらには各地の力も削ぐと言う……」


 おっさんが神妙な顔つきで言う。だが、このおっさんが言うと否定したくなるのは何故だろうか。


「他にも理由がありそうだね。あの兵士が何か口を滑らそうとしたのを止めたみたいだった」


 ノインも何かがあると思っているのだろうか。通行税として取られた額は大したことなく、旅に支障はきたさない程度である。だいたい、ジジイがいれば金策に困ることなどない。若干一名、怒りが収まらない奴もいるが……。


「なんで私たちが通行税なんて払わなきゃならないのよ? ぶっ飛ばせば良かったでしょ?」


 ティナが口をとがらせて言っている。


「はは、ヤイマ族を甘く見ないほうがいいですよ。彼ら自体も屈強な戦闘民族として知られていますが、マイリ=ベグはケタが違うそうですから」


 地面に額をつけていたのか、アスタスの前額にはうっすらとした跡が残っていた。俺からするとこのような身分制度と差別は受け入れがたい。だが、この世界ではこれが当たり前なのだろう。しかし、俺にはどうしてもアスタスが差別を受け入れていないような気がした。それは昔は身分の高い者が身分を落とされた時に持つ感情にとても似ているのではないかと思う。だが、アスタスは過去の記憶がないと言うしあるのを隠しているとしても俺たちには関係のないことだった。


「まあ、なんにせよこれで堂々と湖にまで行けるってものよ」


 ノインが荷物をまとめて背負った。確かにトラブルに巻き込まれないのであればそれが一番良い。ジジイなんかはトラブルを歓迎してそうな顔をしてるがな。


「マイリ=ベグか、どれだけ強いのかが少しは興味あるんだけどな……」


 ヤイマ族の兵士たちが去っていったのはヤイマ族の集落がある方角だった。このまま本拠地に帰るのだろう。そしてそこには噂のマイリ=ベグがいるはずだった。人間として最強に近いジジイよりも強いかもしれないというその呪術に、少し惹かれないわけでもなかったが、今回はヨハンの依頼を優先しようと思う。




 ***




「それで、各地の少年たちを集めてきたのね?」

「はい、マイリ様」


 ヤイマ族の大集落は戦に勝ってからというもの、日が経つごとに拡大している。中でもマイリ=ベグが住まう住居はその装いは他とは一線を画し、切り出した巨大な石の土台の上に鎮座するものであった。ここには各地から集められた少年たちがマイリ=ベグとともに暮らしている。特にマイリ=ベグに気に入られた者はマイリ=ベグの近くに侍ることを許されていた。

 そこに各地から新たな少年たちを集めてきた部隊が帰ってくる。兵士として、マイリ=ベグがヌベ大森林を制する際に手足として働いた者たちだ。その経験は彼らを歴戦の戦士として成長させ、1年前とは明らかに顔つきからして違っている、はずだった。


「さあ、今回はどんな子がいるのかしらねっ!?」

「おい、またマイリ様の「選定」が始まるのか? ラタシュ様を知っている俺らからするとなんかいたたまれない物を感じるんだが」

「おいっ、声がデカいぞ。 聞かれたらどうするんだ?」


 その歴戦とも言っていい兵士たちの表情はなんとも言えないものである。


「ううむ、そのうち各地にばれてしまう可能性もあるが、できるだけ隠蔽するんだ。一応、うちの族の若いもんには「人質と村の力を削ぐため」という理由をでっちあげさせてるからな」

「ああ、お前の考えた理由はもっともらしくていいと思う。だが、こんな姿を誰かに見られたら説得力ないがな……」

「ああ、もともとそんな目的じゃないからな……」


 側近とも言える男たちが何とかしてマイリ=ベグにやめさせようとしたが諦めたのはマイリ=ベグの力を恐れての事である。であるならばできるだけ他部族には隠蔽して威厳を保たせなければならない。ヤイマ族の支配が確立するまでに、どうしても時間がかかるのだ。


「いやー、ラタシュ様様よねー。もともと年上は好みじゃなかったのよ。ラタシュはまあ許せたけど」


 マイリ=ベグは連れてこられた少年たちの中から目ぼしい者を2人ほど連れ出し、玉座の隣に侍らせた。少年たちの恐怖の表情をマイリ=ベグは一向に気にした様子はない。


「次は長生きする男を見つけろ、とか……。私の趣味がバレてたのかしらね」


 ベグの力で大森林を制覇したマイリ=ベグは、次にラタシュの遺言を遂行するつもりになった。自分の都合の良いように。


「はあ、マイリ様がショタ好きで好みの少年を集めてるだなんて、他の部族にばれたら反乱が起きるぞ」


 権力を手にしたマイリ=ベグは、大森林の各地から自分好みの少年を集めさせたのである。そこに側近となったラタシュの親友は嘘を織り混ぜた。マイリは自分好み以外の少年には興味を抱かなかったが、全ての少年を帰さなかったのである。嘘とはいえ、人質と各民族の力を削ぐことには成功していた。


「ところで次の政策である南の王国の情報は手に入ったのか?」

「いや、まだです。異邦人には通行証を発行するかわりに税を納めさせてますが」

「マイリ様のお力があれば南の王国を征服することすら可能なのだ」

「その通りだ」


 側近たちが次の政策を話し合う。


「そう言えば、先ほど会った異邦人からはあまり税を取れなかったな」

「お前が変な事を言うからだ」

「めんぼくない」


 側近の末席にはヒビキたちに通行証を渡した戦士たちがいた。だが、この戦士の一言が今まで政治に全く興味を示さなかったマイリ=ベグの注意を引く。


「シアタ族のアスタスと言ったな。異邦人たちを何処に連れていくつもりだったのか……聞いておけば良かった」


 ガタリと音がして、その場にいた戦士たちは玉座に注目する。さらには3人の戦士が、今までとは違った表情をしていた。それは、信じられないというのが最も近い表現であろう。


「アスタス?」


 マイリ=ベグが戦闘時と同様の真剣さで側近に聞き返す。


「え、ええ。確かにそう言いました。身分の低い、かなり髪の短いやつです。右腕に火傷の痕がありましたな」


 最も賢い人と呼ばれたアスタス=ラタシュは、実名を知っているものほとんどいない。親友と許嫁のみが知っているその名は、この大森林に住まう部族の中ではかなり稀な名である。

 ラタシュが生きているという認識は、ベグの消滅を意味する。大森林を制したマイリと側近たちが選ぶのは、大切な人の命であろうか、それとも力であろうか。



「はい、とりあえずそいつ殺しちゃって! 本物だろうが、偽物だろうが私が会わないうちに死んじゃえば一緒よ!」

「「ですよねー!」」


 こうしてアスタスは最強の部族から命を狙われることになった。だが、その事を本人たちは、知らない。


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