第60話:道案内
「その薬はだいぶ材料が貴重だ、すぐには手に入らないよ」
ため息をつきながらノインは言った。家の奥には討伐されたおっさんが転がっている。
「その材料はどこに行けばあるんだ?」
材料がないならばどうにかして採りに行かなければならない。薬代が安くなる可能性も高いしな。
「今足りないのは森林を抜けた先にある湖の水草と、その湖に生息する怪魚の肝だ。その秘薬はよほどのことがない限りは使う必要のないもので、本来であれば他人に売るようなもんじゃない。製造方法も私の祖母から一子相伝で伝えられたもので……」
一子相伝って、おっさん飛ばされてるじゃないか。とにかく、本来であれば秘薬として何かあった時のために保存されていたのをおっさんが「エドガー薬」とラベルに書いて借金のカタに売ってしまったらしい。それが流れに流れて王都で噂になったという事だった。だが、もともとそんなに数があるわけではなく、今頃王国中で「エドガー薬」を探し回っている。そんな名前の薬があるわけないから見つからないのも当然だった。ジジイが「やっぱり名前が違っとると思ったんじゃ」とか呟いている。
「それじゃあ、まずはその湖に向かうとしようか。できたら道案内と薬の代金を安くしてくれると助かるんだが」
「余った材料をくれるんなら無料で作るよ。道案内は……私がしよう。怪魚の肝は処理が特殊だから」
「では僕も同行しましょう」
ノインの荷物を持たないといけないからね、とアスタスが付け加える。
「おい! 俺を置いていく気か? ついて行くからな!」
おっさんが急に起き上がった。まだ息があったみたい、というかしぶといな。ノインが見るからに嫌そうな顔をしている。
何はともあれ、ノイン達が同行してくれるというのならば安心である。それに薬の調合代も無料となった。後はその怪魚とやらを釣らなければならないのであるが、どのくらいの大きさの魚なんだろうか。
「怪魚を釣るのも大変だ。それに問題は捌いた後の処理なんだ。ばあちゃんのやり方だと、現地の人には任せられないんだよ。だからなかなか薬が作れなくてね。私も数回連れて行って教えてもらっただけだし」
「分かった、俺たちも手伝おう」
多分、ティナもジジイも何もするつもりがないから俺だけが頑張る事になるんだろうけど……。
湖まではどうやっても数日かかるらしい。行って帰ってくるだけでもそれなりの日数がかかるからおっさんは一人取り残されるのが嫌だったとか。だったらなんで家出してたんだ?
「今の状況だとヤイマ族の巡回には会いたくないですね」
アスタスの説明によると、このあたりはヤイマ族という民族が統一したとか。この集落は恭順を示したから助かっているけど、抵抗した他の集落は焼き尽くされて誰も残らなかったらしい。急に力をつけたその民族に目をつけられると厄介なんだとか。俺たちには関係のない話であるから、なおの事関わり合いたくない。直線距離を取るとヤイマ族の集落に近づきすぎるために、大回りをする方針となった。
「まどろっこしいのう」
ノインとアスタスが付いて来る手前、ジジイの転移を使うわけにもいかない。それに二人にはジジイが戦士に見えているはずだし、俺は魔法使いだと思われている。いくら王国から遠い地であるとはいえ、念には念を入れてばれないようにするというのは前々から決めた事だった。
「さあ行くぞ!」
「おい、なんでおっさんがあんなに張り切ってるんだ?」
「こやつの思考回路をワシに理解しろという方が無理じゃ」
旅装に身を包んだおっさんが出発をせかす。そんな事を言っても俺たちはいいとしてもノインたちの準備が整っていない。アスタスが苦笑いをして、ノインがものすごい嫌そうな顔をしている。おそらく普段からこういう関係なんだろう。
「多分……」
あっ、という顔をしてティナが言った。
「秘薬が金になると思ってるのよ」
「なるほど……」
さすがに意地汚い。そしてティナもさすがである。
「そんなに急いでもいい事はありませんけど、日が暮れるまでにある程度は進んでおきたいのは事実ですね」
ノインの調合道具とその他の旅の荷物を背負ったアスタスが出てきた。かなりの量であるが逆にノインはほぼ手ぶらである。ノインは旅に慣れているわけではないのでその方が楽に進めるのだとか。
「うん、おっさんを見た後だとアスタスのできる男っぷりが際立つな」
「そうね、おっさんを見た後だと特にね」
「ぐぬぬ……」
***
初日と次の日は特に問題なく進んだ。魔物の襲撃も一度きりで、魔法しか使わない俺とアスタスで十分に対処可能だった。相変わらず猿の魔物は憎たらしい。
「僕らの地方ではこいつらをパムと呼んでます。森に住む魔物という意味の言葉です」
普段、パムは集団で襲ってくることもありかなり危険な魔物なのだとか。たしかに今回みたいに2、3匹ならば対処しやすいが5匹を超えると面倒そうである。
「しかしヒビキさんは強いですね。安心しましたよ。それにライオスさんもティナさんも落ち着いていて手練れである事が分かります。正直、僕だけではノインが心配だったんですけど」
そういうアスタスの槍さばきも見事なものだった。さらに、槍の石突の部分に魔石が埋め込まれているのを見ると魔法も使えるようである。ノイン一人なら十分に守れるのではないだろうか。あ、おっさんもいたな。
ノインがパムの内臓を取り出して調合を始めた。肉はまずくて食べられないらしいが薬の原料にはなるとのことだった。ただ、調合できる薬師は少ないためにパムを積極的に狩猟しようとする原住民は少ないらしい。
「悪いな、少し時間をくれ」
「構わない、そんなに急ぎの依頼でもないしな」
早めに手に入れてもヨハンが妹君殿下に求婚するまで薬は渡すつもりはないしな。
「ここまで来たら後は北上するだけだよ。だいぶ遠回りしたけど」
よほどヤイマ族と会いたくないようだった。俺たちにはその理由がいまいち理解できないが、ヤイマ族は恭順した他の部族に対してかなり高圧的なのか?
「そのヤイマ族ってのはどんな奴らなんだ?」
「ああ、うちの集落にもよく巡回の戦士が来る。基本的に従っていれば危害を加えられることはないんだが……」
「何か問題でもあるのか?」
「ああ、集落の15歳以下の男の子は全てヤイマ族の集落に連れて行かれたんだ」
いわゆる人質である。それに10歳を超えると集落では十分立派な働き手だった。ただ成人した男を残すことで生産力を大きく削ぐことはなく、しかし反乱などを起こしづらい環境を手に入れるということか。言われてみれば集落で見かけた子供たちは女の子しかいなかった。
話している最中もノインの手は止まらない。
「ヤイマ族には逆らえない。マイリ=ベグの力は尋常じゃないと聞く」
「マイリ=ベグ?」
「ヤイマ族の女だ。復讐の呪術が背に彫り込まれているらしい。その女はベグの力で人ならざる力を発揮するという。なにしろ対立していた部族がマイリ=ベグ一人に滅ぼされたんだ。復讐の力というのは恐ろしいものだが、それを背に彫り込んだ呪術師が天才だったんだろう。殺されたらしいが」
マイリ=ベグという力を手に入れたヤイマ族は周辺の部族を制圧していったらしい。その制圧の手腕も並外れたものでヌベ大森林のほぼ全ての部族がヤイマ族に恭順を誓うまでに数か月しかかからなかったのだとか。長年にわたって統一された事のなかったヌベ大森林は一つの国家を形成するようになった。その頂点がヤイマ族である。
「マイリ=ベグに目をつけられて生き延びた者はいない」
「そうか……うちの王国の大魔法使いとどっちが強いかな?」
「ゴダドール=ニックハルトが生きていたらいい勝負をするかもしれんが、もしかするとマイリ=ベグの方が強いかも。聞いた話が本当ならすでに人ではない」
「呪術でそこまで強くなれるもんなのかのう……」
ジジイがなんとも言えない微妙な顔をしている。話がデカくなりすぎていて眉唾ものだが、尾ひれがついた話だとしてもそのマイリ=ベグが厄介だというのは間違いなかった。
ノインの調合が終わった頃に辺りを見回っていたアスタスが帰ってきた。
「ノイン、すぐにここを離れよう」
「どうしたの?」
「多分、ヤイマ族の巡回の戦士たちだ。まさかこんな遠くまで来ているなんて!?」
焦ったアスタスのかなり後方から、特徴的な笛の音が聞こえた。甲高い鳥の鳴き声に似ている。
「まずい! 気づかれた!」
樹々の上を移動する集団が俺たちを取り囲んだのはすぐの事だった。
ぎゃふん、紬です。
仕事忙しすぎてぶっ倒れてました。体調管理大事だけど、インフルエンザ相手に体調管理もくそもありませんな。
タイトル変更とか活動報告で言っておきながら、全く思いついてません。申し訳ゴザラヌ。
そして長いこと投稿できなくてすいませんでした。
タイトルがね、全然思いつかんのですよ。タイトル考えてから次を書こうと思ってたらね、そのうち仕事が鬼忙しくなるしね……。
『俺とパーティーを組め、ジジイ -大魔法使いと召喚された俺、偽装転職冒険記-』
みたいなタイトルにしたいんですけど、中々思いつかんですな。……え?