第52話:決意
前回のあらすじ!
鳥頭が現れた
例えるならば業火球、それほどの巨大な火炎の玉が俺たちを襲った。すでにその場を離れようとしていたミルトはこれをかわすことに成功する。対して起き上がったばかりの俺は反応が遅れた。かわし切ることができそうにもない。そしてまだ、魔法障壁の魔法式を覚えているわけではなかった。
「風刃!」
反射で魔法を放つ。冷静に考えると水流の方を選ぶのかと思うが、なぜかこの時は風刃を唱えた。正直なところ、何故そのような事をしたのかが自分でもわかっていない。しかし、巻き上がった風の刃が業火球の軌道をそらすことに成功し、紙一重で避けることができた。もう一度やれと言われても無理だがな。
「面白い魔法の使い方をするが、魔法使いに接近戦は無理だろう!」
ヒュンと飛んだアモンが俺の背後に回る。これほどの魔力の持ち主だというのに接近戦ができるというのは卑怯である以外何者でもないだろう。だが、俺はただの魔法使いではなかった。
「なめるなよ、悪魔が」
魔法戦になっていれば勝ち目は全くなかっただろう。だが、こいつは俺を魔法使いであり剣での攻撃に対処できないと判断した。ローブを着ている戦士がいるはずがないという固定概念。悪魔でも共通のもののようだ。
やはりアモンは魔力が強い悪魔であった。ベヒモスほどの力があるわけではない。剣は速かったが、俺が見切れないほどでもなかった。角の槍を矛のように使い剣の軌道をそらすと、一気に間合いを詰める。右手が使いにくいのが残念だったが、この程度の剣技の持ち主ならば片手で十分だった。
「貴様っ!」
「見た目に惑わされないことだな」
槍の石突でアモンの右手を打つ。手首を打たれたアモンが剣を取り落とすのと、そのままの移動で俺がアモンを組み敷くのとはほぼ同時だった。接近しすぎると槍は不利である。すでに手放してお互いに無手であった。魔法が詠唱できないようにアモンの首を掴む。気道を塞ぐようにして、一気に捻り上げると同時に動きの悪い右手を握り、顔面に叩き落とした。
「がふっ!」
このチャンスを逃すと遠距離から攻撃を続けられてしまう。そうなれば現状では勝ち目がないだろう。だが、俺の身体は万全ではなかった。一瞬でブリッジの体勢をとったアモンに逃げられる。追撃を行おうとしたが、それを手で払われた。反撃の魔法が来る。
「火炎爆発!」
至近距離で大きな爆発が起こった。両腕で顔面を防御する。全身にやけどを負い、籠手が燃え上がるのが分かった。アモンはその間に距離を取っているが、本人も多少爆発に巻き込まれたようだ。
「水流((ウォーター)」
ローブと籠手を消火させる。星の核は健在であった。すぐには外れそうもない事を確認するが、楔帷子を着ていなかった部分がかなり焼かれてしまったようだ。ローブが燃え落ちる。
「油断した。人間ヨ、なかなかヤルな……」
向こうもかなりのダメージを負ったようである。声が変わっているのは喉への攻撃のためだろう。
「だが、もう二度と貴様に近寄ることハナい。このまマ焼かレ死ね」
アモンが魔法の詠唱に入る。火傷で体を支えるのすら難しい俺は避けることができそうにもない。
しかし、その時背後からミルトが斬りかかった。
「気づいていナイとでも思っタカ!?」
それを避け、アモンがミルトにも火炎爆発を放った。攻撃体勢でもあったミルトは直撃をくらってしまう。
「ミルトォォ!!」
吹き飛んだミルトが起き上がってこない。足がずりずりと動いてはいるが、立ち上がれないようだった。
「シブとい」
アモンがミルトに止めを刺そうと魔法を放とうとするのをなんとか止めようとして、俺は近くに落ちていた槍を投げた。魔法を放つ直前に槍をかわさざるを得なくなったアモンはいらつきを隠そうともしない。
「なんてしつコイ奴らなんだ……よかろう、望み通りお前カラダ!」
ああ、いかんわ、これ。どうやっても助けが来る状況には思えないし、これから逆転の手を思いつくはずがない。思えばこちらに飛ばされてきてから困難な状況はたくさんあったが、本気で死にかけたってのはなかったかもしれなかったな。日本では過労死で死にそうになったけど、死というものを意識した事はなかった。
もし、生きて帰ることができたらどうしようかな。いや、そんなの考える時間がないわ。アモンが魔法を練り上げだしている。しかし、走馬燈って奴が見えるかと思ったが、意外と見えないものなんだな。数日前のエオラの使い魔くらいしかよみがえってこない。……あれ? こいつ走馬燈じゃなくて本物じゃねえのか? そうすると俺たちがやられた事をエオラは知るってことか。できたら見せたくなかったな。いくら年が200歳越えていたとしても好意を寄せてくれる女性にこんな情けないところを見せるというのは男として許容しづらいものがある。
そうそう、こうなった原因はジジイの護符だったな。あの身体強化の反動で思い通りに体が動かなくて……。今、以前のように体が動けば、あの魔法をかわして距離を詰めて、あそこに落ちてるアモンの剣を拾って……。
おい、この護符も現実じゃねえか。使い魔の背中に貼りつけられている。反射的にそれを剥がすと効力を確認した。ジジイ! できるんなら最初からやっておけよ!
「発動! 完治!」
効力が発揮されるのを待つつもりすらない。俺は落ちていた剣を拾い上げる。
「なっ!?」
急に俺の傷が治り、動きが良くなったのを見てアモンがうろたえた。その一瞬の隙が判断を鈍らせる。直線距離で間合いを詰める。本来であれば先ほどまで発動させようとしていた魔法が間に合ったはずだったろう。だが、一瞬の戸惑いを俺が逃がすわけが無かった。
「火炎爆……」
「遅い!」
下から剣を切り上げる。飛翔するアモンが使うだけあって軽い剣だった。速度を重視した今の戦いにはちょうど良い。自らの剣が運命を左右するとはアモンも思っていなかっただろう。
「ゴフッ」
嘴を下から切り裂かれ、魔法の発動が止まる。返す刀で左肩から腹部までを切り裂いた。悪魔の羽がだらりとずり落ちる。剣は心臓を切り裂いていた。
「人間メ…………」
アモンの最期の声はそうだった。
「ミルト!」
アモンの死を確認するのは後回しだ。俺はミルトへと駆け寄る。火炎爆発の直撃を受けたミルトのダメージは無視できないものだ。すぐに治療を行いたいが、回復魔法は使えなかった。護符はないし、ミルトは使えない。
「ヒ、ヒビキさん…………良かった」
全身に火傷を負ってしまったミルトはまだ意識があった。
「喋るな、すぐになんとかする!」
水流で火傷を冷ますと、ミルトを担ぎ上げた。回復魔法が使える者の許へと行かなければならない。燃え残ったローブの切れ端を捨て、アモンの剣を右手に持つ。
目指すは第9階層の入り口である。そこまで行けばジジイやエオラ、ティナがいる。コスタも協力してくれるだろう。この際オベールやオルガたちでもかまわない。
悪魔? 全て切り伏せるに決まっている。