第51話:昔話
前回のあらすじ!
「落ち着けぇ、ババア」
「誰がババアよ! このジジイ!」
迷宮の奥に飛ばされてからというもの、1日の感覚がない。朝日が昇らず一日中ヒカリゴケが光っているためである。体調を崩すことも多いが、なんとかここまでやって来れているのはミルトが狩りで持ってくる食料が十分にあるからだろう。むしろ身体能力を上げていくミルトを見ていると、なんとかして動きを良くしないといけないという焦りに襲われる。
「結局、悪魔はその後は現れてないんだな?」
「そうみたいですね。といってもヒビキさんと違って魔素を感じ取ることができないから、見つけられてないだけかもしれませんけど」
大部屋の様子を見に行ったミルトはそう言っていた。たしかにミルトは魔素を感じられないから痕跡などは分からないかもしれない。後で俺も行く必要がある。それに、一人で行動するというのは危険かもしれなかった。
「危ないし、単独で行動するのは避けようか」
「そうですね、確かに危ないですもんね」
狩りに俺もついて行くことになるが、それもいいだろう。そろそろ本格的にリハビリをしないと体がなまってしまう。
「そういえば、あのトカゲは本当にエオラヒテの使い魔だったんでしょうか」
ミルトが言っているのは何日か前に捕まえたトカゲの事である。俺はなんとなくであるが召喚された気配をそれから感じることができた。つまりはエオラが使い魔として迷宮の中を監視する時に使うトカゲだと思ったのである。一方的に現在の状況とこれから探索を始めようと思っていることなどを伝えて逃がした。逃げなくてもエオラには伝わったのではないかと思っている。できれば俺たちがここに生存しているということが分かって何かの行動に移ってくれると非常に助かるのであるが、現実的に今の所何もそういった気配はない。俺の勘違いであった可能性も十分にあるが、できるだけミルトを失望させたくはなかった。ずっと一緒にいると、なんとかしてミルトだけでも守ってあげたいという気持ちが芽生えてくる。
「大丈夫だ。エオラには伝わったし、それに地上にはジジイもいる。そのうち悪魔たちを殲滅する方法を思いついて迎えに来てくれるはずだ」
「ライオスさんの事を信用しているんですね」
「信用もなにも、あいつはゴダドール=ニックハルトだ。あの地下迷宮を作り上げた男の実力は信用なんてものでは語りつくせないよ。多分な、ジジイが俺たちを本気で殺そうと思っていたら俺もヨハンも生きてはいなかったはずだ」
「そういえば、ゴダドールの地下迷宮での話ってあまりされませんよね」
「そうだな、時間はいくらでもあるし今は食料もあるか……」
そうは言っても俺がジジイに他の世界から召喚されたなんて話は信じないだろうから、迷宮都市に来た冒険者だったってところから話を始めた。怪我を負ったヨハンと二人で組んで迷宮に潜り始めたこと、少しずつ装備を整えていた時に中古の剣を法外な値段で買わされそうになったのをツアに助けられたこと。一人で仕留められなかった獲物を協力して倒したことからデイライと仲間になった事。全滅寸前だったリディのパーティーを助け、そのままリディは俺たちのパーティーに加わった。オベールは何故か酒場でヨハンとデイライと意気投合して入ってきた。どいつもいい仲間だった。
「今のパーティーもかけがえのないものだけどな」
「別れるのが嫌だったんじゃないですか?」
「そう言ってもな、皆帰るところがあったんだ。俺とジジイにはそれがなかった」
「……じゃあ、私たちが帰る所になってあげます」
不意をつかれた。もう、日本に帰ることはないと覚悟をしていた。だから俺には帰るところはないと思っていたのだ。多分、死ぬまで好きなことをやって生きていく。日本でできなかった事をしていたのだ。だから、そういった考えはなかった。
「ああ、そうだな。それもいいな……」
二人で大部屋の方へと向かう。悪魔を倒したこともあって、あの程度の悪魔であれば対処できるつもりでいた。だが、複数いたり、ベヒモス級のものがいれば撤退するしかない。そして撤退しようにも拠点へ向かう通路に追い込まれるだけとなってしまう。見つからないことが重要だった。通路から、大部屋を慎重に伺う。
「いない……と思うんだけど」
「ヒビキさんが魔素を感じないのなら、いないんではないでしょうか」
「念には念を入れてね」
すぐに通路へ逃げ込める範囲で探索をする。どうやら本日は悪魔は近くにいないようだった。
「大丈夫……かな」
「では罠を仕掛けましょう」
川の近くへ行き、罠を仕掛ける。ここが奥の通路から川に向かう場所の一つなのだそうだ。よく魔物が通る事を確認して、近くに監視場所を作っているとミルトが言う。手際よくツタのロープで作った罠を仕掛けるミルト。これが完全に作動すると、ホーンガウルですら身動きが取れなくなるというのだから優れものである。
「悪魔が引っかかってくれるといいんですけどね」
「いや、それはどうかな」
悪魔は罠にかかった状態でも魔法を撃ってきそうである。どのみち、ベヒモスなどの大型の魔物には効きそうにもない。悪魔が来ない事が最も良かった。だが、そうこうしてばかりもいられないのである。いつかは地上に向かわねばならない。迎えは今のところ来ていなかった。来ない可能性だってあるのだ。
「また難しい事を考えているでしょう」
「ミルトは何でもお見通しだな」
降参だよと両手を上げて笑う。
「あっちに隠れる場所を作ってあります」
ミルトが指差した方にはくぼみがあった。ここも罠にかかる魔物を見るためにミルトが作ったのだという。二人で隠れる。場所が狭いために密着することになった。ミルトの女性特有の香りがする。急に、昨日はきちんと体を洗えただろうかと自分の匂いを確認したくなった。しかし、獲物が罠にかかるまでこうしているのかと思うと、少しドキドキしてしまった。ミルトは美人だし、この場には二人きりなんだなとか思ってしまう。いかんいかん。相手はかなり年下だし、コスタにも悪いじゃないか。待て、コスタとは付き合ってないとこの前言ってたな……いやいや。
「……あ、獲物が来ましたよ」
俺が変な事を考えている間に魔物がきたようだった。ホーンガウルである。まっすぐに川の方へ歩いている。このまま進めば罠にかかるだろう。かかった時点でとどめを刺せるようにとミルトが身構えた。俺の体から離れていくのを感じて複雑な思いをしていたが、……急に背筋に悪寒が走る。
「まずい、ミルト! ダメだ」
駆けだそうとするミルトを制止したのとほぼ同時にホーンガウルの上空に鳥の姿をした悪魔が現れた。急降下でホーンガウルの首を剣で突き刺し、絶命させる。ホーンガウルの巨体が地面にひれ伏し、その上にふわりと悪魔が舞い降りた。
「ふむ、エグリゴリがいなくなったのはこの辺りだと思ったが、まさか人間の匂いがするとはな」
その鳥の頭をした悪魔は呟いた。綺麗な言葉を発する。そして、そいつはこちらの存在に気づいているようだった。
起き上がり、槍を持ちなおす。飛べる悪魔から逃げられるとは思わない。そしてそいつは一匹だった。ここで倒す事を覚悟する。
「さあ、人間よ。死体となりて同胞を降臨させる礎となるがいい」
「ヒビキさん!」
「ああ、ミルト……奴を倒してあの剣をプレゼントしてやるよ」
「ふん、その余裕。いつまで持つかな。我はアモンだ。エグリゴリと同じと思ってくれるなよ」
鳥頭はアモンという名前らしかった。ここが正念場かもしれない。悪魔と戦って地上に抜けるためにはこいつを倒さない限りは必ず追いつかれるのだ。しかし、次の瞬間にアモンが放った魔法の威力を見て、俺は死を覚悟せざるを得なかった。その威力はジジイにも匹敵するものだったのである。