第45話:適応
前回のあらすじ!
見知らぬ部屋に飛ばされたヒビキとミルト。なんとか生きていくためにも、この環境でのサバイバルを開始する。
拠点となる部屋と、通路を右に曲がった先にある空間とを行き来する生活が始まった。少しずつヒカリゴケを拠点に持って帰ることで、拠点が徐々に明るくなる。水の心配がなくなったために色んな事もできるようになっていた。更には少し進歩した事もある。
「水流!」
「あ、できましたよ!」
「おお、やった!」
新たに魔法が使えるようになった。それはもともとジジイから魔法式だけは教えてもらっていたが、できなかった水流の魔法である。川があったからいらないかとも思うかもしれないが、拠点で体を拭いたり洗濯したりする際にあるのとないのでは大違いだった。これもずっと光源を唱え続けて魔力量が上がったおかげなのだろうか。
通路を右に曲がった空間を俺たちは「大部屋」と呼んでいた。大部屋にはたまにホーンガウル、ジャイアントスパイダー、ジャイアントバット、ロックリザードなどの魔物が姿を見せた。第8階層に放たれた魔物がそのまま第9階層にまで来ているのだろう。という事はそのうちドラゴンとかも出てくるんじゃなかろうか。
「できたらホーンガウルがいいんだけどなあ」
「無理です」
「仕方ないか、せめてジャイアントバットでお願いします」
食料の問題である。すでに魔物を食料と認識するくらいにまで俺たちの精神は鍛えられていたと言っても過言ではない。まあ、これがエオラやティナであったら耐えられなかったのかもしれないが、ミルトはいい意味で前向きな子だった。それには随分と助けられている。
ツタ科の植物を裂いてより直し、簡単な紐を作った。更にそれを編み込んでロープを作る。まさか昔の仲間に教えてもらっていたロープの作り方がこんな所で役に立つとは思わなかった。ロープを作ってしまえば簡単な罠を作ることができる。右腕が動かしにくい俺の代わりにほとんどの作業をミルトがやってくれた。教えればすぐに吸収するミルトはロープを作るのも上手かった。
「できましたっ!」
「これならジャイアントバットを捕まえられるな!」
「久々のお肉です!」
携帯食はあっと言う間に無くなっていたが、なんとかツタの根っこを茹でてみたりして食いつないでいる。ミルトが小さい鍋の一つを携帯する係で助かった。ほとんどの調理器具はヨハンが持っていたが、ヨハンはすぐ逃げるから各自にちょっとしたものを分散させておいたのである。ヨハンの荷物をなくしたら何もできなくなりました、では洒落にならないという冒険者の知恵が生かされたのだ。
「もうちょっと火力強くなりません?」
「お、おう。頑張る」
そして薪なんかないから、鍋の水を沸騰させるのは俺の炎である。持続させると火力は弱いために時間がかかるが、仕方がない。ここのところ、ミルトが大部屋でジャイアントバットが来るのを待ち構えて罠を張り、その帰りを待って食事の支度と洗濯をする主夫になってしまっている気がする。
「ジャイアントバットが取れましたよ!」
「でかした!」
ミルトは狩りも上手いようであった。あのドジっ子はどこにいったのだろうか。ほとんどミルトに生かしてもらっている気もしないでもないが、俺の魔法も役に立っているはずである。…………はずである。
ここに飛ばされてから数週間が経った。すでに生活の拠点は充実してしまっており、ある程度のヒカリゴケにかこまれた快適な部屋が出来上がっている。右腕の動きは悪いままであるが、全身の痛みはかなり引いており、歩行は問題なくできるまで回復していた。腕が使い辛いために戦闘は自信がないが。
大部屋には綺麗な川が流れて1日に数回往復して洗濯やトイレなどを済ます。主食は魔物を狩って焼いて食うのであるが、最近の食卓にはロックリザードなんかも上がるようになってきた。あの短剣でどうやって仕留めているのだろうかと思ったが、罠にかけて動けなくした状態で首を折るのだとか……。ミルトは怒らせないようにしようと思った。
そして生活に魔法を使い始めて、俺の魔力量も随分と増えたようである。前はかなりきつかった光源の持続が24時間いけるようになった。そして炎の火力も上がってきており、鍋の水が沸騰する時間も随分短縮されてきた。水流の水量も多くなっている。魔術式を覚えていた魔法はたいてい発動できるようになった。あふれ出る才能が怖い。
そんなときにミルトが仕留めたジャイアントバットの解体中にある物を見つけた。魔石である。
「これ、杖を作ることができるんじゃないかな」
「杖があったら、魔法が強くなりますね」
「ああ、相当楽になるぞ」
その辺りに転がっていたロックリザードの骨を削って杖らしきものを作る。先端に小さな魔石を括り付けた。振っても外れない事を確認して、魔法を唱える。
「水流!」
ばばっと、今まででは見た事もない量の水が出てきた。魔力の流れ方が全く違ってスムーズである。
「おおっ!」
「やりましたね!」
「これでもっと早く鍋を温めることができ……あれ?」
「そうですけど、ヒビキさんって最近、考え方が主婦みたいですよね」
こんな絶望的状況で笑って過ごすことができているのはミルトのおかげである。
「そんなこと言ったらミルトだって、最近は狩りに出ていく旦那さんみたいだ……ぞ……」
あれ? 何かミルトの顔が急に赤くなってきた。
「な、なんて事を言うんですか!?」
バシッと肩を殴られた。地味に痛い。しかし、そんなに変な事を言ったかな?
杖ができた事で魔力が効率よく流れるようになり、色々な魔法も長時間できるようになった。ジャイアントバットの肉を炙りながら、もう片方でお湯を沸かす事もできるようになる。人間は環境に適応するためには何だってできるようになるのだ。
「酒があれば良かったのに」
「だ、駄目ですよ、酔っ払ったら何をするか分かりません」
でもミルトは全く酔わないじゃねえか。
そうこうしている内に、多分1ヶ月くらいが過ぎたのではないだろうか。右腕がある程度曲がるようになった頃にはさすがに脱出を考えなければならないと思った。
だって、いつまで経ってもジジイたち来ないだもん。