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第44話:サバイバル

前回のあらすじ!


身体強化の護符を使って無理矢理ベヒモスたちを倒したヒビキたちであったが、代償として全身の筋肉がやられ、更にはオリハルコンの杖まで壊れてしまう。最終的にライオスとエオラが戦っていたバフォメットの隙をつき、冥界門アビスゲートの魔法でバフォメットを倒すことに成功したが、最後にバフォメットは転移テレポートの魔法をヒビキに向けてはなったのだった。それをかばったミルトとともに飛ばされる二人。気づけば見知らぬ部屋にいたのであった。

 見慣れぬ部屋にはほとんど光源がなかった。少量のヒカリゴケが少しだけ辺りを照らしている。


「ここ、どこでしょうか」


 俺をかばって巻き込まれたミルトが絶望的な声を出した。転移テレポートでどこかに飛ばされてしまったという事には気づいている。そして、その先がほぼ真っ暗な部屋だった。


「分からないが、とりあえずは明かりをつけよう……光源ライト!」


 俺の魔法であたりを照らす。そうするとそこはちょっとした大きさの部屋だった。小学校の教室くらいと言えば分かるだろうか。入り口は一つしかなく、通路に続いている。部屋の角についた通路からは中の様子は分かりにくい角度であるために、通路の先は入り口付近まで行かないと分からない。


「入り口は一つか。どこに飛ばされたんだろうな」


 ジジイが言っていたことがある。転移テレポートの魔法は、自分自身に使った場合にはかなり遠くにまで行くことができるが、他者のみを強制的に飛ばすのは難しく、近距離になってしまうことも多いと。であるならば、ここが辺境の迷宮の内部である可能性が高い。しかも第8階層までは綿密に地図を製作しており、この部屋に覚えがない以上は第9階層のどこかの部屋なのだろう。


「ここは第9階層の他の部屋かもしれない」

「本当ですか!? だったとしたら皆に合流するには……」

「待って、合流……できるか?」


 動こうとしたが、全身の筋肉が悲鳴を上げる。特に右腕は完全に筋が断裂しており動かすことすらできなかった。左手がようやく動くだけはする。力は全く入らない。足は、ティナが直前に直してくれたからか、時間をかければ歩くことも可能であるようだ。移動はなんとかできる。しかし戦闘は難しい。こんな状態で第9階層を探索して、メンバーと合流するのは絶望的だと思われた。ここにはジジイですら苦戦する悪魔がいるのだ。バフォメットも、それを思って俺たちを奥へと飛ばしたのだろう。奈落へ引きずられる自分の道連れに。


「脱出は、少なくとも俺は無理だ。ここにジジイたちがたどり着いてくれることを祈ったほうがまだ可能性が高い」

「でも、ここが安全かどうかなんて……」


 ミルトの言う通りだった。ここが安全である保障はない。


「とにかく、状況の把握から行おう。この部屋と入り口の通路を確認するところからだ。罠があるかもしれないしな」

「……はい」


 腰の短剣をミルトに渡す。ミルトの短剣はベヒモスの兜に突き刺さったままだし、俺は利き腕が使いものにならなかった。


光源ライト


 光源ライトの魔法をもうひとつ唱える。杖がなくても発動させる事ができるようになっておいて良かった。その代わりに消費する魔力は多めであり、光量は少な目である。松明の代わりになる物があればそちらを使った方がいいかもしれない。


 数十分ほど部屋を探索したが、特にこれといって変わったものはなかった。入り口の先の通路は数十メートル先で二手に別れるT字路となっており、その先は確認していない。完全に袋小路になっている通路に侵入してくるものは、今のところいなかった。


「先に進むかどうかだよな」

「どうしましょうか」


 探索が終わる頃にはミルトも少し落ち着いてきたようだった。現実的には打開策は全く出ていないが、探索というやる事があったのが功を奏したのかもしれない。


「とにかくはこの部屋を拠点とする事にしよう。さっきから全く悪魔だとか魔物だとかはここには来ないようだしな」

「不幸中の幸いですね」


 拠点とするからにはある程度の居住できる環境を整える必要があった。部屋の中に散乱している瓦礫や岩を集め、通路から入ってきた部分に障害物を作る。入り口をわざと俺たちがギリギリ通れるくらいに狭くするのは、もし何者かがこの部屋に侵入した場合に奇襲をかけるためには必要である。幸いにヒカリゴケの他に壁を覆っているツタが少し生えていた。それを利用してできるだけ通路側から死角が増えるように配置する事ができた。一目見ただけではここに部屋がなく、行き止まりになっているかのようである。この作業に数時間かかった。


「携帯食料は何日分ある?」

「私は3日分てところでしょうか」

「俺も同じくらいだ」


 水と食料はそれぞれがすこしずつ持ち歩くようにしていたために今日明日はなんとかなりそうだった。だが、そのうち尽きるに違いない。通路の先の探索は必須なのだろう。どう考えてもあと2、3日でジジイたちがここまでたどり着くとは思えなかった。だいたい、あのメンバーには前衛がいないのである。魔法使いと僧侶だけのパーティーとか、悪魔を相手にすると厳しいかもしれない。


「通路の先を探索しよう。ついでにヒカリゴケがあれば採取してこの部屋にもってこれたらいいな」

「たしかにずっと光源ライトを唱え続けるわけにもいきませんからね」

「……光量が足りないしな」


 魔力は、あまりないが光源ライトを唱え続けることはできそうな気がする。光量が少なくて消費魔力が抑えられているのが良かったのかもしれない。


「悪魔や魔物がいるようだったら、見つからないうちに後退することにしよう」


 探索中も、全身の筋肉がズタボロの俺は足を引きずるように動いていた。手は左にしか力が入らないのである。ちょっとしたものを掴む程度しかならない右腕では戦力にはならないだろう。ここはミルトに頼るしかなかった。


「こんな階層の魔物とかと戦える自信がありません」


 俺の短剣を握りしめて、ミルトが言う。だが、ベヒモスの兜に短剣を差し込んだ動きはかなりのものだった。自信さえつけば、優秀な盗賊であるはずだ。


「もし、戦いになったら俺が指示をだしてサポートするよ」


 肉の壁になることくらいならできる。鎖帷子しかない状況だと少し心許ないが。


「それに、まずは見つからない事を祈ろう」


 先に進むしか、道はない。



 通路の先にはそれなりのヒカリゴケが生えていた。全てを剥がすわけではなく、通路を通るのに支障がない程度に採取する。あとで拠点の部屋に植えるのだ。


「右に行きますか? 左に行きますか?」

「とりあえず、T字路まで出てみようか」


 突き当りから左右を確認した。通路が続いており、どちらにも悪魔や魔物はいないようである。


「どっちがいい?」

「じゃあ、右で」


 ミルトの好みにより右に進む事にした。光源ライトはほんのりと明るくなる程度にして、もし先に何かがいても気づかれないようにする。ミルトは盗賊だけあって音をあまり立てずに歩くことができた。俺は足を引きずりながらであるが、ゆっくり進んでいるためにあまり音を出さずに済んでいる。走ることはまだできそうにないから、もし襲われたらどうしようか。

 壁伝いに歩いているとすぐに大きな部屋というか空間に出た。水の流れる音がする。周囲にはヒカリゴケの他に先ほどのツタ科の植物などが生えているようだった。このツタで簡単な紐とかロープを作ることができそうである。小さな川が流れていた。ここに長期間いる事になるのであれば、川があるのは非常に助かる。飲み水も洗濯もトイレも、川さえあれば解決するのだ。拠点からすぐの所にあるというのが幸いであった。

 川の水をすくってみる。臭いを嗅いだが悪臭はしない。澄んだ水を思い切って飲んでみたが、問題なさそうである。


「さあ、サバイバルを始めようか」


 これは長期戦になるかもしれない。俺は一緒に飛ばされたのがミルトで良かったと、これから心の底から思うことになる。


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