第37話:かつての仲間
前回のあらすじ!
可愛かった子供たちも、いつの日か大人になっていくのさ
「あんな……あんなに可愛かったあの子たちが……あのような……」
ギルドのラウンジではエオラが落ち込んでいる。あれからちょっとだけと言って第8階層を覗いてきたエオラだったが、もはや茫然自失といった感じとなってしまい、結局ジジイの転移を使って地上に帰る羽目になったのだ。迷宮内の暗い所で育ったこともあって、あろうことかブラックドラゴンに進化していたらしい。しかも8匹全部。ちなみに全く可愛くなかったそうだ。
「まあ、そんなに落ち込むなって」
そしてパーティーメンバー全員の意見で、何故か俺が落ち込むエオラをなだめろと言われてしまっている。
「満場一致でヒビキがエオラヒテをなんとかする事になりました」
「待て。それ、俺の意見が入ってない。満場一致じゃねえ」
ヨハンが目を合わさずにいったその一言と、ミルトとティナにぐいぐい押されて落ち込むエオラの横に座らされてから、すでに1時間くらい経っていた。一度、外にでてきたツアと目があったが、あの野郎はすぐにギルドマスター部屋に戻ってしまいやがった。おい、誰か助けてくれ。
「まあ、どっちにしろ倒さないと先には進めんじゃろ。どうするかのう」
「今の戦力で行けるかな?」
「ワシが本気出せば、なんて事はないがのう……」
ジジイとヨハンが作戦会議をしている。同じテーブルにコスタもティナもミルトもいるようだった。お前ら、近くで飲んでるならこっちに来い。
「なあ、エオラ。エオラにとって、あのドラゴンたちは子供のようなものだったのか?」
「いえ、さすがにそんな事はないです」
あれ? ならば何故そんなに落ち込んでいるんだ?
「でも一応は自分で召喚した魔物ですからね。愛着がないわけではないですけど、あんなおぞましい姿になった魔物に対して愛情を感じろと言われても……随分会ってませんでしたしね。もう、あの可愛い子たちはいないのだという風に思うことにします。せめて、ヒビキ様たちの経験と素材となる事があの子たちへの供養でしょう!」
すでに俺たちがあのブラックドラゴンを倒して進むという風に話を進めている。そして、ちょっと元気になってきた。
「ヒビキ様! 私はすごく落ち込んでしまいましたので、今日はしっかりと慰めてください!」
「いや、もう大丈夫そうだな。あ、こっちエール追加で」
よしよし、エオラもなんとか元気になったし、今後の事でも考えるとするか。なにやらスリスリと近寄ってくるエオラを無視して追加で注文したエールをあおる。さすがにブラックドラゴン8匹と無策で戦うわけにはいかないだろう。第7階層をもう少し詳しく探索するのを優先させてもよい。
エオラが何か言ってるけど、適当に相槌だけ打ってそんな事を考えていた時だった。
「貴様! 我が女神をぉぉぉぉおおおお!!!」
「いけません! ここはギルド内です!」
「おのれぇぇぇええええ!!!!」
聞き覚えのある声に振り向いてみると、そこにはあのオルガ=ダグハットが取り巻き数人に羽交い絞めにされていた。あれ? 取り巻きの数が増えてないかい? それにしても帰ってくるのが早すぎである。
「やっぱり別人じゃないか……」
しかし、その新しい取り巻きの中でそうつぶやいた人物。その声には聞き覚えがあった。
「まさか……」
「久しぶりだな、ヨハン」
フードを取ったその僧侶は、かつてゴダドールの迷宮を共に突破した神官、オベール=ヨークウッドだった! まずい、オベールは俺が「予言の剣士」ヒビキである事も、ライオスがゴダドール=ニックハルトであることも知っている。オルガと共に行動しているという事はばれたかもしれない。だが……。
「オルガ、やはり別人じゃないか。この人は俺たちとともにゴダドールの地下迷宮に潜ったヒビキではない」
オルガの方を向いてオベールはそう言った。もしかして、話を合わせてくれているのか? よく考えればゴダドールが生きていることがバレたばあいにオベールも一緒に罰せられる可能性があるもんな。共犯だ。
「体格はたしかに似ているが、俺の知っているヒビキはもっとこう……ださい奴だ」
あ? なんだと?
「それに、何考えているか分からなさそうなアホな顔してたし、足が臭い」
こら、待て。
「それに絶対に女にもてるような奴じゃないからな。この人に失礼だぞ、あのヒビキと間違うだなんて。奴は俺たちの目の前で死んだんだ」
何故かどや顔でそういうオベール。まさか、こいつ……。
「あいつに彼女ができるわけないからなっ!!」
やけに力強く、そう宣言する。こいつ、まさかひがんでやがるのか……。
「まあ、なんで私たちが付き合っているのがバレたのでしょうか?」
「違う」
ほら、嘘つくからオルガが失神しそうになってるぞ。
***
「いやいや、うちのオルガが失礼したヒビキ殿」
笑顔で言うのはかまわんが、肩に乗せてるように見せかけてオベールの爪が食い込んでいるのが地味に痛い。そしてこそっと言う。お互いにできるだけ口を動かさずに、二人にしか聞こえない声量で喋るために周囲には会話しているようには見えない。笑顔で歯を見せあって笑い合っているように努める。
「てめえ、どういう事だ。こんな美人とイチャコラしやがって。他にも美人が2人もパーティーに入ってるじゃねえか」
「うるせえな、事情があんだよ。それよりそっちのポンコツ神官をどうにかしやがれ。ジジイの事がバレたら文字通りお前も含めて俺たちの首が飛ぶぞ」
「ゴダドールの地下迷宮攻略の時は色恋沙汰がーとか言いやがって、頑なに女冒険者をパーティーに入れんかっただろうが」
「だから事情があると言ってるだろうが、死ねよクソ神官」
「お前が死ね、ヘボ戦士」
そうなのである。オベール=ヨークウッドは無類の女好きだった。神官のくせに。すぐに女性冒険者をパーティーにいれようとするのを全部、俺が却下していたのである。まあ、他にも原因はあったのだが。
「ほほう、それならこっちにも考えがあるぞ」
「ああ? 邪魔すんなよな。とっとと帰れ」
おそらく、魔法でこの会話を聞き取っているジジイがラウンジの奥で腹をかかえて笑い転げているが、他のメンバーは取り押さえられたオルガ以外、俺とオベールの間で仲直りができたと思ったのかもしれない。さっきから肩に置かれた手の爪がさらに食い込みまくっている。地味に痛いが、痛がるわけにいかん。
「しかし、こういったギルドに来ると昔を思い出してしまう。と言っても数か月くらい前の事なのだが」
オベールは急に力を抜いたかと思うと、ティナの方へと歩いて行った。そしてティナの手を取るとこう言った。
「なかなか、良い神聖魔法の力を持っているな。もし、その気があるなら俺の所に来い。力を倍に増やしてやる」
とっさの事にティナは何もできなかったようだ。しかも相手はゴダドールの地下迷宮を突破した今世代の実力は最高といわれ、オルガ=ダグハットと双璧といわれる神官、オベール=ヨークウッドである。ティナにとっては雲の上の存在である。しかし、いきなり手を握られたティナはちょっと引いている。
「オベール! うちのメンバーにちょっかいださないでよ」
すっとヨハンが前に出た。ヨハンは俺と違ってオベールとも仲が良い。一応、それでオベールはティナの手を放した。
「ああ、悪い悪い。だけど、なんかせっかくここまで来たんだ。俺も迷宮に潜ってみたくなったよ」
そんな事を急に言い出す。こいつ、何を考えてやがる?
「ヒビキ殿、競争をしよう。最深部に先に到達した方が勝ちだ。俺たち神官団はこれでもかなり優秀だぞ」
そしてオベールは俺の耳元でこう付け加えた。
「お前は俺と一緒で、絶対彼女なんかできないと思ってたのに! 絶対邪魔してやる!」
……そんな性格だから彼女ができねえんだよ。女性冒険者誘っても、誰も付いて来てくれなかったもんな。
オベール=ヨークウッド29歳。独身。年齢=彼女いない歴。