第35話:涙目
前回のあらすじ!
第7階層のジャイアントスパイダーの巣にひっかかった一向。しかし、その攻略方法はすでにドワーフたちに教わっていた。
「炎!」
「松明でもいいんじゃぞ?」
思ったよりも多い煙が第7階層を満たしていく。コスタの風の魔法で煙を奥まで送りこんだ後に、ほとんどの魔物が死んでいることが確認されたのだった。
第7階層の奥にはかなりの数の部屋があるという。その中でレンガの壁に周囲全てを囲まれていれ、尚且つ通路も数箇所ある中央のような部屋があった。中央のちょっと高くなった台みたいなのがあり、周囲に煙に巻かれたジャイアントスパイダーの死骸が転がっている。何故かその部屋には光が付いており、さらにその台の中央にはなにやら人影が……。
「ねえ、ヒビキ。あれ、どう見てもエオラヒテだよね?」
「お、おう。そうだな。なんかすっごい顔してるけど」
そこには何故かエオラがものすごい機嫌の悪い表情で座り込んでいた。段差の下に杖を突いて顎を杖の上に乗せている、非常に行儀が悪い恰好である。
「な、何かあったのかな?」
気持ちヨハンが後ろに後ずさる。確かに声をかけたくない表情だ。頭でも痛いんだろうか。
「お前さんが行くんじゃ、責任を持て」
「待て、責任ってなんだ?」
「ヒビキさん、頑張って!」
ジジイとミルトが俺の背中を押す。待てと言っているだろうが! ヨハンがいつの間にかいなくなってる!
「あ、ヒビキ様」
するとエオラがこっちに気づいた。まずい、どうしてくれるんだ。
「や、やあエオラ。こんな所でどうしたのかな? 顔色が優れないみたいだけど……」
なんとか言葉をひねり出す。できれば関わりたくないんだけどな。
「ええ、ヒビキ様たちに合流しようとこの部屋に転移したんですけどね、何故か部屋中に煙が……。すぐに魔法で吹き飛ばしたんですけど、少し吸い込んでしまったみたいで……さっきから頭が痛くて……。」
やばい。完全に俺たちがつけた火のせいだった。周りを見渡してパーティーのメンバーとアイコンタクトを取る。これはばれたら面倒なことに……。
「あら、さっき私たちがつけた火の煙を吸い込んだのかしら? 回復魔法なら1回1000ゼニーでかけてあげるけど?」
ティナァァァァ!? なんて事を言うんだぁぁ!?
ちらっとエオラを見るとめちゃ無表情になってる。逆に恐い。
「別に貴方のような貧弱な回復魔法を使わなくても完治くらい使えるのが魔法使いの常識ですから」
完治が使えなくてがっくりとへこむコスタを無視してエオラが完治を使用する。僧侶の回復魔法と違ってかなり魔力を使うから、自重してたのだろうけど、ティナに対する意地が上回ったようだった。
やばい、パーティー内の雰囲気が最低です。ヨハンはどうすればいいか分からないっぽいし、ジジイはこの状況を楽しんでる。ティナとミルトは完全にエオラを嫌ってるし、コスタは空気だし、どうすればいいか分からん。だからと言って、エオラにご遠慮してもらうってのも何が起こるか分からんし……。
「そ、それよりもこの先には何があるか知ってるのかな?」
ヨハンが苦し紛れにエオラに質問をした。だが、意外と話題をそらすことには成功しているかもしれない。時間を稼いでいる間にどうにか解決策を考えれればよいが、全く思いつかん。
「この先は行った事が一度しかないのですよ」
すっと立ち上がったエオラは何事もなかったかのように俺の隣に来る。見た目だけは可愛いんだけどな。
「でも、特に何も作った覚えがありませんし、鉱石くらいしか取れないと思います」
基本的にエオラの召喚したアントシーカーには迷宮を掘り進めるにあたって壁と天井を補強しながら進むようにとしか指示していないのだという。そのために壁と天井はレンガのような作りになっているのだとか。第3階層や第4階層、または第5階層に至っては後からエオラが侵入者を撃退しやすく、尚且つ迷宮内で自給自足できるようにと改造したのだという。第6階層から下も整備する予定だったらしいが、当初の目的を終えたエオラは興味を失って放置していたのだとか。
「当初の目的って?」
「それは秘密です」
俺が聞いても教えてくれないのだから、本当に秘密なのだろう。ミルトがイラっとしてコスタを蹴ったような気もするが、気のせいだ。そうに決まっている。蹴られたコスタは理由が分かっていないが、ミルトに蹴られて文句を言ったところを見たところもないし、本人たちがいいのなら放置しておこうと思う。
「一応、第8階層へと降りる坂道はこっちですよ」
エオラが地図に指差したのは中央の広間から近い場所だった。
「どうする? 降りるかい? それとも今日は第7階層の地図を作る?」
ヨハンが聞いてきたが、やる事は決まっている。
「もちろん、第7階層の地図を作るのが優先だ。それに今なら魔物もほとんど死んでいるしな」
煙の効果はかなりのもので、進んだ先には死んだジャイアントスパイダーやジャイアントバットが転がっていた。他に魔物がいたのかもしれないが、基本的に第7階層はこの2種類と考えてもよいのかもしれない。
「ババアよ、この階層には他に魔物は放たなかったんかい?」
「誰がババアですか!?」
ジジイがババ……エオラに質問した事によって火山をくらいそうになっている。しかし詠唱終了直前に沈黙が効いてエオラの魔法が不発に終わってから、ジジイの口撃が止まらない。
「ババアはババアじゃわい。アクツと言えば、反乱王を討ち取ったランスロット=アクツが有名じゃが、奴から後は系統が途絶えておるからの。ワシの予想が正しければかなりのババアじゃ」
ぎゃははと笑うジジイに対してエオラが何か言ったようだが、沈黙のせいで全く聞こえない。涙目になって叫んでいるエオラを見て、ちょっと気の毒な気がしてきた。
「ライオス、ダメだよ。女性に対してそんな事しちゃ。嫌われちゃうよ?」
そこでヨハンがちらっとティナとミルトの方を見ながら言う。あ、そこはエオラじゃないんだ。
「それもそうじゃの」
とか言いつつジジイが沈黙を解いた。エオラが泣きながら言う。
「最低っ! ジジイッ!」
そして火山を避けつつ防ぎつつ、ジジイが逃げていく。それを追いかけてエオラも次の部屋に行ってしまった。意外と仲がいいのか?
「……はあ」
もはやため息しか出ない。
「でもさ、エオラヒテはライオス師匠よりもかなり年上なんですよね? ライオス師匠の方が魔力が強いのはなんでなんでしょうか」
いきなりコスタが真面目な話をぶっこんできた。まあ、今の雰囲気からするとそのくらいの話題の方がいいのかもしれない。ティナもミルトもジジイにババア呼ばわりされたエオラに対して最初にあったイラっとした感情だけではなく軽く同情もしているような複雑な雰囲気だった。
「単純にライオスの方が才能があったからかもしれないけどね」
「でも、不死もアントシーカーの召喚もできるような天才ですよね。もしライオス師匠の言う通りにかなりの高齢であれば魔力はもっとあってもいいような気がするんですけど」
コスタの魔法使いらしい疑問に答えるには、やはり魔法使いでなければならないのだろうが、今はうちのパーティーの魔法使い二人は仲良く次の部屋で魔法合戦中である。
「考えてても仕方なさそうだ。あいつらに合流しよう」
諦めてジジイとエオラの跡を追う。方向としてはさきほどエオラが第8階層への坂道があると言った場所であった。途中に明らかに下に向いた坂道を見つける。ジジイたちは坂道の方ではなくて次の部屋にいるようだった。
「これが、第8階層への坂道か……」
確認のために光源を中にいれようとする。ヨハンは地図に書き込んでいるようだった。だが、その時……。
「キシャァァァァァァアアアアア!!」
坂道の下から、明らかに巨大な生物の咆哮が聞こえたのだった。