第30話:自称
前回のあらすじ!
なんとかエオラヒテが「蟻の魔女」だとばれずにすんだ一向はドワーフの宴に参加した。しかし、そのせいでほぼ全員が(ミルトを除く)二日酔いとなってしまい、翌日は地上に帰るのみで終わってしまった。
ドワーフ達を地上まで連れて行くことを約束したヒビキ。その見返りに、今後は第6階層のドワーフの集落をベースキャンプとして使用できそうである。
「これはそちらにとっても悪くない取引なはずよ」
「確かにそのとおりだ。だが、知っているか? 俺はあいつとパーティーを組んでいたこともある男だ」
「そのようね。でも、あなたにも立場があるでしょう」
男は当初は女に提案されたものを断るつもりでいた。だが、彼の立場がそれをさせない。明らかに、彼にとっては有利な条件であった。しかし、彼にとって何の価値もないものが女にとっては譲ることのできないものらしい。友情に価値を見出すかと言われると、彼は自問自答するしかない。
「分かった。あんたの言う通りにしよう。こちらにとっては悪い条件どころか、願ったりだ」
「ふふ、お願いね」
そう言うと女は踵を返した。深めに被ったフードと魔術師のローブがその存在を隠してはいるが、歴戦の彼には手練れの魔法使いであることが分かる。
「一つ、聞かせてくれ」
帰ろうとする彼女を引き留めるように彼が言う。
「何?」
彼は、ルロワの町の冒険者ギルドのギルドマスターである彼は言った。
***
「というわけで第6階層に住んでいたドワーフの皆さんだ」
数日かけて、俺たちはドワーフ達をなんとか地上にまで連れ出すことに成功していた。ただし、この後はギルドの職員を護衛しながら第6階層に戻らねばならない。ドワーフ達はそこそこ強かったからなんとでもなったが、ギルド職員はどうだろうか。
「おおおぉぉぉ!! ここが地上か! 感無量じゃ! あれがお天道様か!?」
「ドワーフがほとんどおらんではないか! まさかワシら以外のドワーフは絶滅したのか!?」
「待てお前ら! ヒビキ殿から話を聞いていたであろう! ここは人間の王国だ!」
「なんと! では同胞に会う事は出来ぬのか!?」
「それとこれとは話が別だ!」
「そんなことよりも宴じゃ!」
「そうじゃ! 聞いた話では酒を提供してくれる場所があるとか! 我らのミスリルを貨幣に換金してだな!」
「ミスリルごときで酒が飲めるのか!?」
「…………なんだ、あれ?」
半眼でツアに説明を求められるが何だと言われてもどう説明すれば良いか分からん。連れてきていいと許可はもらっただろうが。何故か交換条件で頼みたいことがあると言っていたが。
「とりあえずはドワーフの村長と話し合ってくれ」
そう言ってドワーフの村長を呼ぶ。今回はこの村長を含めて5人ほどしか招待していない。何故ならドワーフ達は話し合った結果、地上への移住を望んだわけではなかったからだ。ただ、地上に出ようと思えば出れるという自由が欲しかったのであり、今後も第6階層の村に住み続ける予定だという。たしかに女子供にはきつい道中でもあるが、こいつらなら60人で大移動するかもと心配していたのである。
「ギルドマスターのツアだ」
「ドワーフの代表をしておるギルである」
村長の名前を始めて知ったのは内緒である。ずっと村長って呼んでたしな。ドワーフの連中ですら村長としか呼ばなかったから仕方がない。フルプレートの兜を脱いでツアと握手をしている。持っている武器は両刃の大斧であり、その身長でよく振り回せるなというくらいでかい。持たせてもらったが、中々の代物だった。まあ、俺ならば使えるけどドワーフ達の前で振るような馬鹿な真似はしていない。ジジイは振れなくて笑われていたがな。ヨハンは触ってすらいない。
「王国に許可がいる案件もあるだろうが、この「辺境の迷宮」におけるだいたいの権限はもらっていると考えてくれていい」
「それは頼もしい。ワシらもそんなに多くを望んでおるわけではないのでな」
がっしりと握手をした二人。
「そうだ、ヒビキ。この前頼もうと思っていたことなんだが……」
「なんだ?」
「魔法使いの育成を頼みたい。メンバー編成に偏りがあるのは承知しているが、こっちも信頼できるパーティーに頼みたいんでな。お前の所以外に適任はいないのはたしかだ」
「マジかよ。で、どのくらいの力量なんだ?」
「自称初心者だったが、かなりの使い手だ」
「なんだよ、そしたら育成の必要ないじゃねえか」
ツアにしては分かりにくい説明だなと思った。だが、ここで気づくべきだったのだ。こいつが、目を合わそうとしていないことに。
「ちょっとした都合もあってな。ギルド全体に恩恵が出る。貸りを返すと思って受けてくれないか」
「分かったよ。お前がそこまで言うのなら……皆、いいか?」
俺は他のメンバーに確認を取る。
「好きにせい。わしはお前さんの決定に従う」
「私もっ、どっちでもいいわよ。ヒビキの好きにすれば?」
「ツアにはお世話になってるからねえ」
ジジイ、ティナ、ヨハンに異論はないようだ。他にミルトもコスタも無言で頷いている。という事は反対はないという事か。まあ、初心者メンバーが一人増えたからと言って足手まといにはならないメンツではある。ヨハンなんて戦ってすらいないしな。
「……よし、成立。ではギル殿、こちらへ」
ん? どこかで聞いたセリフだな。しかしそんな事おかまいなしにツアはドワーフの村長を連れてマスター部屋に入らずに町の方に繰り出してしまった。二人して馬車でどこかに行くようである。他のドワーフ達はギルド職員に連れられて1階の酒場で宴会を始めていた。少し違和感を感じたがそれが何かが分からない。
ギルドの職員が俺たちを誘導する。どうも、面談室なんて所にその「自称初心者」の魔法使いはいるようだった。
「ギルドマスターから伝言があります」
職員が俺たちと目を合わそうとせずに言った。やはり、何か嫌な予感が……。
「ごめん、だそうです」
「「「は?」」」
そういうと職員は面談室の扉を開けた。足早に逃げ去っていく。中には一人の女性がいた。
「……そういう事か、ツアの野郎」
殺気立ったけど、それをここで表に出すわけにはいかなかった。
***
彼は、ルロワの町の冒険者ギルドのギルドマスターである彼は言った。
「エオラヒテ。ヒビキのどこがいいんだ? 正直理解できないんだが」
「全てです。とにかく私をヒビキ様のパーティーに入れるってのをギルドマスター権限で押し通すって約束は守ってください」
「あ、ああ……それで冒険者全員を第5階層を安全に通してくれるって言うんだから、俺の名にかけてなんとかしよう! 大丈夫、言質をとれば、あいつはちゃんと約束を守る奴だから」
「ふふふ、さすがヒビキ様です。責任感があり、信頼もされてらっしゃる」
「ふっふっふ。まあ、俺との仲も長いしな。あいつの扱い方は心得ている」
「ふふふ」
「ふっふっふ、あ、第3階層の守護者のサーベルマスティフは素材が良いのでそのままで。あれを狩れる冒険者くらいは育成したい」
「ふふふ、分かりましたわ」
まあ、ヒビキが困っても俺はあんまり困らないしな……とツアが思ったとか思わなかったとか。
こうして「辺境の迷宮」はギルドマスターと迷宮の主が裏で結託するという冒険者にとって最高なのか最悪なのか分からない迷宮になり果てた。これによってこのギルドが王国内で最大の利益を出すようになるのはすぐ後のことである。