第18話:エオラヒテ=アクツ
前回のあらすじ!
ベースキャンプを作製中の一向の前に現れたのは純白のワンピースを着たストレートで真っ黒な髪と黒い瞳の女性だった。彼女は、この迷宮の……
「そうか、そういう事か」
「立ち去りなさい。最後の警告です」
迷宮の主はその溢れんばかりの魔力を練りだし、凝縮したそれは手の中に納まりつつあった。整った顔の眉間にしわが寄る。その形相は激しいものではないが、俺たちに対しての拒絶を現わしているようだった。だが、俺はその顔から視線を外す事ができなかった。
「むっ、召喚か」
ジジイがすぐに反応する。迷宮の主が使おうとしている魔法は召喚のようだ。であるならばこれまで戦って来たような魔物よりも上位のものが現れるに違いなかった。
「効率の悪い召喚をここで使うという事は直接戦闘には自信がないようじゃの」
「逆に召喚を使っても大勢には影響のないくらいの魔力量かもしれないぜ?」
「そうかもしれんの」
この相手に実力を隠したまま戦うのは危険だった。であるならば、本来の職業に戻らねばならない。だが、本当に戦うのが得策なのだろうか。
「ヨハン、2人でなんとかするからお前らは逃げてろ。地上を目指していればあとで合流する!」
「う、うん。分かったよ!」
「師匠! 僕も残ります!」
「足手まといだ!」
「!?」
「行くわよ! コスタ! ミルト!」
コスタには悪いが、レベルが違い過ぎる。俺もフルプレートを着ていないことが悔やまれた。ティナたちがしぶるコスタを連れて逃げていく。ヨハンはもっと前からかなり遠くまで逃げていたようだ。第4階層の敵くらいならばコスタがいればなんとかなるはずだった。
「ジジイ、盾だけでも貸せ」
「ふむ、じゃあこういうのはどうかの? 魔法鎧」
魔法でできた鎧が俺を包む。ついでにジジイがもっていた盾を借りて武装した。その間に迷宮の主の召喚が終了する。現れたのは……。
「レッサードラゴンじゃと?」
下位とはいえ竜種の召喚ははじめて見る。ジジイが召喚したことがあったかもしれないが、ゴダドールの地下迷宮では見かけなかった。迷宮の主に召喚されたそれに対して、不可解な感情が芽生える。
「立ち去れ」
この期に及んで迷宮の主は俺たちに退避を迫ってきていた。これほどの力があれば冒険者の一団などすぐに殲滅できると思われるのに。
「ヒビキよ、これはもう全力を出してもよいという事じゃな?」
嬉しそうにジジイが言う。今まで魔法使いとして戦う事はほとんどなかったからだろう。気持ちは分からないでもないが、ジジイの全力はマジで勘弁してくれ。
「手加減しろよ。あの主には聞きたいことがある」
オリハルコンハンマーを構える。レッサードラゴンの突撃はさすがにジジイといえども受け止められないだろう。ジジイが何かするまでの壁になる必要があった。
レッサードラゴンがファイアブレスを吹いた。それを前に出て盾で受け止める。愛用の盾ならばいざ知らず、ライオスが持てる程度の重量の盾は表面があっと言う間に溶けていくようだった。あまり長い時間は持たない。しかしファイアブレスはブレスであり、息継ぎが必要だった。一瞬であるが勢いが弱まる。そして次のブレスに移行するまでの隙があった。
「どうらぁぁ!!」
オリハルコンハンマーをレッサードラゴンの頭に叩きつける。これからもう一度ブレスを吐こうとしていたドラゴンの口をふさぐ形でハンマーが振り下ろされた。たまらず後ろに引き下がるレッサードラゴンに追撃を食らわせる。
「物理……じゃなかった!」
いつものくせで変なオリジナル魔法を撃とうとしてしまったが、慌てて止める。代わりにオリハルコンハンマーを横に振り抜いた。ヒュンという音とともにレッサードラゴンの下顎が吹き飛ぶ。だが、相手も強靭な爪をこちらに対して振りかざしていた。それを盾で受け止めるが、衝撃に耐えきれずに盾が崩壊する。
「ちぃっ!」
もはやブレスが吐ける状態ではないレッサードラゴンだったが、いまだに爪と尾は健在である。そしてその巨体がなによりの武器だった。盾がない今、突進を防ぐ手段がほとんどない。
「ならば、こちらから攻めるのみ!」
ほとんど使い物にならなくなった盾を捨て、オリハルコンハンマーを両手で構える。そしてレッサードラゴンの爪をかいくぐると、大きく跳躍した。重力に合わせて頭蓋を狙う。
「死ねっ!」
「麻痺!」
主の詠唱により一瞬で俺の体が動かなくなった。オリハルコンハンマーを頭上に構えたままの体勢でレッサードラゴンの上に落ちる。運の良い事に首に沿って背部へと滑り落ちたことでレッサードラゴンは俺を攻撃できなかった。だが、ピンチには違いない。
「破裂!」
次の瞬間、ジジイが詠唱した。その魔力があり得ない量だと初めて迷宮の主が気づき、注意を俺からジジイへとそらす。だが、ジジイのその魔法はレッサードラゴンの頭蓋を内部から爆発破裂させていた。脱力するレッサードラゴンの上で動けない俺を放っておいて、迷宮の主とジジイが睨み合う。
いや、ジジイは笑っている。
「むふふふ、やりおるがまだまだじゃのう」
「立ち去れ!」
迷宮の主の焦りが見えた。次の魔法を詠唱しようとしている。だが、次のジジイの一言で主は動きを止めた。
「ワシの名はゴダドール=ニックハルトじゃ。今はライオスと名乗っておるがのう。名を聞かせえ」
迷宮の主と同様に溢れんばかりの魔力を身に纏ったジジイが言う。この魔力はジジイが偽物であるなどと疑う余地を挟めないほどのものだった。ついでにジジイは完治の魔法で俺の麻痺を治してしまっている。魔法使いの力量に差があるのは明白だった。ジジイを睨み付ける形相はかなりの憎悪を含んだものであったが、この時俺は、笑えば優しそうな顔立ちだなどと感じてしまっていた。
「ゴダドール?」
「そうじゃ。不死をかけておるからこのような容姿じゃがの」
ジジイは不死になる魔法をかけて老いを防いでいた。それほどの魔力を持つジジイに勝てる存在などほとんどない。迷宮の主もかなりの魔法使いではあったが、ジジイには勝てないのを自覚したようだった。構成していた魔力を別の物に練り直して発動させる。
「私は、エオラヒテ=アクツ。これ以上進むつもりならば、次は殺す」
彼女はそう言うと転移を使い、消えて行った。
「行ってしもうたの」
「エオラヒテ……」
なんてことだ。俺の気分は最低だった。この考えが間違っていたらいいと思う。だが、現実は甘くないのだ。
「おそらく、彼女だ」
「ん? なにがじゃ?」
「王国の崩壊を阻止できる、この迷宮最深部にあるもの。それは、彼女に違いない」
「ふむ……つまりは予知見の巫女かもしくは先ほどの主のどちらかと王が結婚すれば王国の崩壊が免れると。魔力の高いものとの子が必要というわけか。たしかに筋道としては悪くなさそうじゃな」
ジジイにも言われてしまう。俺の考えが正しければそうだろう。そこに明らかな矛盾はなく、単純な「物」で王国の崩壊を阻止できるわけがないと考えていた俺たちの考えにもぴったりと合う。だが……。
「ジジイ、……」
「なんじゃい?」
「王国なんて、崩壊してもいいと思わないか?」
一目見て、思ってしまった。彼女を王に渡したくないと。
「まさか、惚れたのか?」
「分からん、こんな経験はしたことがない。だが、あれほど、人を美しいと思ったことはなかった」
どうしたのだろうか。恋をしたことがないわけではなかったはずだった。だが、こんな思いははじめてである。
「ジジイ、俺はどうすればいい?」
王国の崩壊、それはもちろん阻止すべきことなのだろう。だが、王がぶさいくな巫女と結婚すればいいだけの話だ。彼女が巻き込まれる必要はない。俺の中に葛藤が生まれる。だが、それを解決したのはジジイの一言だった。
「やめとけ、やめとけぇ。ワシと一緒で奴も不死使っておったぞ? 年齢的にはすでにババアじゃい」
すーっと、今までの気持ちが引いていった。……うん、ヨハンたちのためにも王国の崩壊は阻止しないといけないな。今のナシで。
ネタ切れ!