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第九話 士官学校

――ローゼリア王立陸軍士官学校。未来の陸軍を担う人材育成のために、先代国王肝いりで設立された機関である。4年の期間の中で一定以上の成績を挙げて卒業することが求められる。入学条件の一つ目は原則として16歳以上であり、身体と精神に問題のないこと。そして二つ目は、多額の入学金を支払う、もしくは入学試験をクリアするかのどちらかである。難関試験を突破すれば、入学金と授業料は免除されるのでそちらを突破しようと夢見る市民階級層も多い。もちろん卒業できなければ、授業料返還の義務が生じ、士官候補生ではなくただの一兵士として、借金返済のために軍隊にそのまま放り込まれてしまう。かなりの数の学生がこの詐欺にひっかかって前線に放り込まれているのは言うまでもない。

 そして、貴族の子息達が卒業できずに兵士となることは絶対にありえない。市民出身の学生と違い、士官の道は確約されている。階級だけ貰って元の貴族生活に戻る者すらいる。士官学校出という箔をつけたい者たち。そんな有様なので、卒業生の能力にはひどくばらつきがあり、当初期待されていた成果は未だ挙げられていない。卒業認可制度が適正かつ厳格に作用しているのは、市民階級の学生だけである。


『騎兵は戦場の華』

『歩兵は戦場の仇花』


 学科選択でも貴族と市民には大きな壁がある。貴族階級の学生は魔術科や騎兵科といった花形の学科に進む。戦場では使われることがなくなった詠唱魔術の習得や、突撃用障壁を用いた騎兵突撃で、いかに雑兵を華々しく蹴散らすかという時代遅れの訓練に心血を注ぐことになる。騎乗、或いは魔術の詠唱ができることは貴族令嬢への受けが良いのである。戦場での活躍などどうでも良いのだ。また、家督を継承できない貴族の二男、三男坊にしてみれば、軍人であるということはステータスにもなる。全てがこういった輩では勿論ないのだが、比較的やる気のある貴族の子息は予め情報収集し、まだまともな教官の下につけるように根回しを行っている。もしくは、はじめから海軍士官学校を選択してしまうかだ。海軍は植民地獲得競争に参加したいという野心と欲に溢れた連中が多い。無論、海軍でも貴族と市民のヒエラルキーは変わらない。


『貴族は王国の剣となり、市民は王国の盾となれ』


 国に尽くそうという愛国心に溢れていた市民階級の学生は、人気のない歩兵科、砲兵科からの選択を強制される。騎兵科、魔術科は満員であると予め弾かれるからだ。歩兵は泥臭いイメージがあり、前線で盾になる兵科。士官になれば、まともな訓練を受けていない兵士たちを最前線で指揮しなければならない。戦争の主役、最も重要な兵科であるが故に、死傷率は当然高い。対物障壁など支給されるわけもない。士官学校で学ぶことは、隊列行進と長銃の扱い方、兵の指導方法である。戦列歩兵の先頭に立つ、戦列の後ろで兵の脱走を防ぐことが前線士官の役目である。前線士官を指揮するのはもちろん騎兵学科を卒業した貴族様たちである。前線指揮官たちの怨嗟の声が聞こえてきそうな有様だ。


『いかに人間を効率よく殺すか。現段階での結論がこちらになります。そうそう、味方へのうっかり誤射には気をつけてくださいね! 皆さんも砲兵には恨まれないように気をつけましょう!』


 ――そして去年新設されたばかりの砲兵科。大砲が戦場に登場してからまだ日が浅く、教官も戦場で知識と経験を学習した退役軍人だ。求められるのは大砲の撃ち方と扱い方を覚えることである。量産体制の整っていない大砲はまだ高級品であり、雑兵に簡単にくれてやるわけにはいかない。裏切らず、逃亡しない人間による指揮が必要とされる。大砲を用いた戦術は一応学ぶ事ができるが、それを活用できることはほとんどない。命令された通りに移動し、大砲を撃つ態勢を整えるのが士官の役目である。高級品を扱えるのに人気がない一番の理由は、非常に重い大砲を移動させる地獄の訓練が待ち受けているからだ。歩兵科に増して人気が無い。大砲は敵に狙われやすい上、戦場では逃げ遅れやすいというのが常識となりつつある。命令なく高価な大砲を放置して逃げたりすれば、罰則が待ち受ける。人の命は武器よりも安いのだ。


「……納得がいかん」


 そんな、国民の血税が有効に活用されているとは言い難い陸軍士官学校に、一人の厄介者が送り込まれる事になった。ミツバ・クローブ。ブルーローズ家、ギルモア卿が残した呪い人形である。

 学長のパルックは、禿げ上がった頭をポンポン叩きながら、これみよがしに溜息を吐いた。


「……何故よりにもよってこの陸軍士官学校に押し付けるのだ? 海軍にでもやればよかろうに」

「ニコレイナス所長が強く推薦したようです。ここに推薦状が届いております」


 事務官が手紙を差し出してこようとしたので、思わず一喝する。


「それはさっき見せられたから知っている! それにしてもあの狂人め、私に迷惑を掛けておいて謝罪の一言すらないというのはどういうことだ」

「ご不満ならば、弾いてしまえばよろしいのでは? この娘は、入学条件である『16歳以上』を満たしておりません。まぁ、原則として、ではありますが」

「『彼女を特例扱いしろ』とわざわざ連絡があったわ。それを落としたりしたら、どんな報復を受けることか分からん。あの女、笑いながら人を殺せる狂人だからな。本気でこの学校に大砲を撃ちこんでくるぞ。一発ではなく、灰塵と化すまでやる」

「恐ろしい話です」

「まったくだ」


 原則では16歳以上という入学条件だが、今まで何度も例外は存在した。10代前半の我が儘な貴族の子息様たちが、格好良い軍人に今すぐなりたい、などとぬかして押し寄せてきた事がある。その際は、強い圧力もあったため特例ということで全員入学を認めてしまった。結果は半年で飽きて通わなくなり、一年後に卒業ということになった。流石に士官の資格は与えられなかったが、貴族に対して『退学』などという不名誉は許されない。


「では、入学試験を課して、普通に不合格にしてしまえば良いのでは。彼女は貴族出身ですが、ブルーローズ名誉姓は剥奪されております。もはや遠慮は不要かと」

「それも考えたが……よからぬ噂があるのだ」

「よからぬ噂というと?」

「あの娘にちょっかいを出した人間には、恐ろしい呪いが降りかかるという噂だ。既に、両親だけではなく、警備兵、使用人合わせて100人は祟り殺したと」

「ははは! 学長も冗談がお上手で。私も魔術師のはしくれですが、魔術にそのように不合理なものはありません。己の体内の魔力を、触媒、あるいは杖を媒介して、具現化して放出する。術式を組み込めば更に洗練されて発現する。これこそが魔術の理です」

「そんなことはお前に言われんでも分かっている! だが、万が一ということもある。いいか、良く考えてみろ。名誉姓を剥奪されるということは、少なくともギルモア卿殺しは黒に近いということだ。だというのに、何故わざわざ自由にさせるのだ。おかしいではないか」

「まぁ、それは確かに。妙な話ですね」


 事務官も首を捻る。全くの白ならばブルーローズ名誉姓を剥奪する理由がない。逆に黒ならば、外に出すわけがない。内々に処刑、あるいは永遠に幽閉が妥当なところだ。手を打たなければ、ブルーローズの名に傷がつく。なぜ士官学校になど送り込んでくる? 存在が邪魔ということだろうか。ならばやはり幽閉してしまえばいいと思うが。理解しがたい。


「ミリアーネ夫人にはお会いした事があるが、聡明かつ怜悧な女性だ。情に流されて判断を誤るとはとても思えん。つまり、何か裏があるのだろう」

「はぁ。そうなのですか」

「この馬鹿者が。頭を使え頭を。そうでなければ、これからの出世は難しいぞ」

「私は今の仕事が向いていますので。偉くなりたいとは思いません」

「それはそれで幸福なことかもしれんな。私も貴族の一員だが、上を見ればキリがない。足るを知るというのはいいことだ」

「ははは。今のお言葉を学生の前で話せば拍手喝采間違いなしですよ」

「ふん。だれも私のような下級貴族の話など聞かんわ。ボンボンどもは好き勝手、市民の糞餓鬼どもは僻みや妬みばかり。全くよくもまぁゴミばかり揃えたものだ。まぁ、トップが私だからそれもやむをえんことだな」


 自嘲を篭めてパルックは吐き捨てた。そういう学校を変えようと努力したこともあったが、長い努力の結果は全て徒労に終わった。よって、もう流れるままにすることにしたのだ。頑張っても何も変わらないのだから、後は適当にやって次代に回す。それが最善なのだ。


「とりあえず、本人に会ってみるとするか。希望を聞くだけ聞いて、歩兵科か砲兵科にでも突っ込んでしまえばよかろう。ゴネたら即席の適性試験でもやらせて、強引に突っ込んでしまえ」

「それが宜しいでしょう。しかし、その娘は、一応貴族扱いということでよろしいので?」

「うーむ、どうだろうな。貴族とも市民とも言い難い。私から言わせると、ただの厄介者だな」





「パルック学長。ミツバ・クローブ嬢の身柄の引き渡しに参りました」

「おお、お待ちしておりましたぞ。……ううん? ちょ、ちょっと。いきなり何をなされるのか」

「極めて大事なお話が。ミツバ、君はここで待っていてくれ。頼むから動かないでくれ」

「分かりました」


 ミツバと呼ばれた少女は興味津々に周囲を見回しながら空返事をした。銀髪の小柄な少女。だが、その目がいけない。目が合いそうになったので、思わず逸らす。直視してはいけないような気がしたのだ。


「学長、移動しましょう」

「そ、そんなに慌ててどうされたのですか? ……なにやら、顔色が悪いですぞ」


 ミツバを応接室に通した後、護送の魔術師に腕を掴まれて廊下へと移動させられてしまう。年若い魔術師だが、装束についている紋章は王国魔術研究所。かなりのエリート。魔術科から所長によって選抜された極めて優秀な者達である。


「失礼をいたしました。しかし、彼女の扱いにはどうかご注意なされますよう。敵対するような行為は慎まれるべきです。一切の容赦なく、殺されます」

「は、はぁ。生憎、仰られている意味が分からないのですが。確かに、異質な感じは受けましたが」


 あの目。人形のような目。一瞬だけしか見ていないのに、強烈に印象に残った。奥にあるのは濁りだったのか。


「……嫌でもすぐに分かるでしょう。数ある噂は、ほぼ真実であるとだけ、言っておきます」

「まさか」

「外に、今回使用した王魔研の護送馬車があります。後でご自分の目で確認してください。……王魔研特製の二重障壁檻が、容易く破られました」

「そんな、馬鹿な」


 魔術を用いる囚人を連行する際に用いられる、王魔研特製の二重障壁檻。魔力を大量に帯びた魔光石で作成された高価な代物。戦場で使われるものとは違い、対象を限定し膨大な魔力を常に注ぎ込むことで、凄まじい対魔、対物防御力を誇る。しかしコストが通常のものとは比べ物にならないほどに嵩むため、使用は限定される。


「犠牲者を御覧になりたいのでしたら、王魔研までお越し下さい。何体かは回収してありますので……当分、食事が喉を通らなくなるでしょうが」


 想像してしまったらしい魔術師は、口元に手を当てている。


「ま、待っていただきたい。そんな危険人物を、何故こんな場所に――」

「この世界のことを色々と勉強したいそうです。ならばここが適任だと、所長が推薦を」


 ふざけるなと思わず叫びそうになるのを堪える。何か聞き捨てなら無い単語が聞こえたから。


「こ、この世界? ちょっと待て。何かおかしいぞ。どういうことかちゃんと説明を――」

「私の任務は完全に終了しました。後は、宜しくお願いします。なにかありましたら、王魔研までご連絡を。私以外の誰かがきっとなんとかするでしょう」


 魔術師は素早く敬礼すると、そのまま逃げるように立ち去ってしまった。触らぬ悪魔に祟りなしとでも言いたげな顔で。後に残されたのは、学長パルックと、こちらをいつの間にか観察していた呪い人形――ミツバである。その目と合ってしまった瞬間、意識を失いそうになる。何故かはわからない。だが、直視できない。


「――ううっ」

「…………」

「よ、ようこそ、り、陸軍士官学校へ。ささ、そんなところで立っていないで、ま、まずは座りなさい」

「はい、パルック先生」

「ううっ。き、君は耳が良いみたいだね」

「ありがとうございます、パルック先生。明るいお名前ですね!」

「は、ははっ。お世辞でもうれしいよ。ははは」


 乾いた笑いしかでてこない。既に名前を覚えられてしまった。呪いとは、名前と顔で発動するのだろうか。分からない。呪いなどという魔術は存在しない。ならばどうしたら回避できるのだ。対魔障壁では駄目らしい。大輪教会の護符でも買うか。百枚あれば足りるだろうか。


「き、君の名前を、教えてもらえるかな。いや、一応知ってはいるのだが、本人の、口から聞かせてもらおうかと」

「はい、パルック先生。私の名前は、ミツバ・クローブです。どうして士官学校に入れられるのかは分かりませんが、全力で勉強します」


 それを聞いて、パルックは強い眩暈を覚えた。この場にニコレイナスがいたら、顔面を全力で殴打していやりたいと思う。思うだけ。なぜなら、一撃も入れられずに殺されるのでやらないのだ。

 しかしおかしいだろう。これが、11才そこそこの子供? ありえない。醸し出す雰囲気が異質すぎる。この目もおかしいが、それだけじゃない。全部おかしい。悪魔に少女の皮を被せているのではないのか。魔術を少しでも齧ったことがある者なら、感じられるはずだ。とにかく、禍々しく毒々しい。青き薔薇の娘? とんでもない。これは忌まわしい毒草だ。


「……ここがどんな学校か、全く聞いていなかったのかな?」

「はい。学校で勉強させてくれるとしか、ニコ所長は言ってませんでした。私は将来軍人になるのですか?」

「そ、そういうことになるのかな。無事、卒業できればだが。ははは」

「じゃあ、頑張って人殺しの勉強をしますね。戦争で沢山殺せば、英雄になれるってどこかで聞いた事があります。一人だと人殺しでも、一杯殺すと英雄なんですよね。立派な殺人鬼になれるように頑張ります!」


 これに余計なことを吹き込んだのはきっと悪魔に違いない。悪魔が悪魔に教育する光景。早く帰って眠りたい。 


「そ、そうかい? どこの話かは知らないが、中々興味深いお話だ。でも殺人鬼はやめようじゃないか。聞こえが悪いしね」

「あははは。ただの冗談です。えーっと、ローゼリアンジョークですね。面白いですか?」

「そ、そうだね。あははは、き、君は本当に面白いね。うん、存在がユニークだ」

「学長も明るくて面白いですね。特に頭が。名前と一致してていい感じです」

「ははは! 君がそういうならそうなんだろうね! 意味は分からないけれども!」


 あはははと二人で笑いあう。冗談になっていないのが極めて恐ろしい。護送に使われた特別馬車を確認するのは精神を維持するためにもやめておこう。はずれしか入っていないクジをひくことはない。


「で本題なんだけども。君は何を勉強したいのかな? ウチは一応軍人を養成するための学校だからね。多分、気に入らないと思うんだ。べ、別の素敵な学校を紹介するのもやぶさかではないよ。うん」

「私は魔法を勉強してみたいです。面白そうですし」

「うんうん分かるよ。そうだよね。うん。わかるわかる。私も魔法が大好きなんだ。ただ、大人は魔術というんだ。洗練されている気がするだろう? そこは宜しく頼むよ。うん」

「じゃあ魔術を勉強したいです」

「そうか、そうだよね。ただね、生憎、魔術科は既に満員でね。空きがでるのはまだしばらく先なんだ。うーん、どうしようか」


 お願いだから、別の学校に行ってくれと神に祈る。海軍なんかオススメである。船って楽しいし。蛆のわいた料理を食わされるのが現実だが。


「他の学科だと、勉強はできないんですか?」

「いや、ちょっとはできるよ。魔術学初級なら履修することができる。これはいわゆる一般常識というやつだね。魔術適正の有無は問わないんだ。ただの座学だからね」

「じゃあ、他でいいです」

「他というと、ウチ以外の学校かなっ!? すぐに案内を――」


 つい嬉しさが滲み出てしまう。


「いえ、この学校が良いです。校舎に趣きがあって気に入っちゃいました」

「……そ、そうかい? それは嬉しいけど、やっぱり君の年齢では難しいんじゃ――」

「それで、他の学科は何があるんです?」


 人の話を全く聞いていない。無表情で次を促してくる。呪い人形というが、近くで見ると吸血鬼に見える。銀髪に、死人のように白い肌、どことなく甘い香り。なんにせよ、恐ろしいことだ。


「き、騎兵科も満員だね、うん。ほ、歩兵科と砲兵科があるにはあるが、これは君のような高貴で可憐な人間には相応しくないんじゃないかなぁ。だからね、他の」

「じゃあ砲兵科でお願いします」

「り、理由を聞かせてもらっても?」

「大砲が一番破壊力がありそうですし。多分、戦争で重要っぽいですし。後、派手にぶっ放すのは楽しそうです。賑やかなのも楽しそうでいいですよね。それはもう一杯撃ちますね!」


 大砲が楽しいというのは初耳だ。賑やかなのは間違いないだろうが、別に楽しくないと思う。世間一般的には。それに、これは死神に鎌を持たせるようなものではないだろうか。いや、悪魔に大砲か。最悪の組み合わせにしか思えない。なんとか、別の学校に行ってもらえないものだろうか。具体的に名案は思い浮かばないが、修道院とか良さそうだ。神の力を持って封印してもらいたい。


「そ、そうか。だが、君は女子であるし、その年齢と体格で大砲を扱うのは……」


 必死に翻意を促すが。


「なら、人一倍がんばります」


 駄目だったようだ。パルックはハンカチで額を拭うと、頑張って愛想笑いを浮かべる事にした。何かが起こらないうちに、早く卒業させてしまおう。うん、そうしよう。

ちょっとお出かけするので連日更新は一旦ここまでです。ビッグサイトじゃないです。

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