第七十八話 恨みは忘れないよ
ベリーズ宮殿会議室。ローゼリア共和国閣僚の皆さんが勢ぞろいだ。新顔のジェローム内務大臣は全然臆した様子もなく、胡散臭い笑顔を浮かべている。ハルジオさんの後釜、ネルケルさんも財務大臣に復帰できたからかドヤ顔だし。暇人してる間に色々考えてたみたいだから、どんな経済政策を取るのか楽しみだね。その一方で、法務大臣で大地派を率いるシーベルさんの顔色はとてもヤバい。頬がこけて目の下には真っ黒のくまがあるし。なんだか病人みたいだね。思わず声を掛けちゃう。
「シーベル法務大臣。何か悩み事ですか? 何か悩みがあるなら聞きますよ」
「い、いえ。なんでもありません。なんでもありませんとも」
気を遣ってあげたら、更に顔色が悪くなった。まぁ、ミツバ派と対立していた平原派がヴィクトルさん筆頭に皆殺しにされたからね。私が承認のサインをしたわけだけど、仕方ないよね。大地派は特に目立った動きがないので、サンドラの標的にはならなかったらしい。一度やると決めたら一気に殺るのがサンドラ議長だからね。友達なんだけど本当に怖いね。いわゆるサンドラリスト(粛清希望順位表)の栄えある第一位は多分私のような気がするよ。で、そのサンドラも当然この会議に参加しているよ。ビシッと挙手して発言を求めた後、サンドラが淡々と書類を読み上げる。
「先ほど入った報告だが、共和国第一軍団がカリア市の攻略に成功したとのことだ。我が軍の損害はほとんどなし。王党派を率いていたフェリクス侯爵は戦死したそうだ」
「おお!」
「やりましたな!!」
傍に控えている武官さんや文官さんたちから歓声があがる。これで目の上の瘤だった王党派主力は壊滅だ。結局一度も会うことはなかったね。どんな偉そうな人だったのかは興味がある。ルロイさんは呑気な人だったからね。今度クローネに聞いてみよう。
「フェリクスは、その血筋から王党派の要となる人物だった。七杖家のヒルード、マルコも脱落した今、王党派は時を置かずして瓦解していくだろう。内乱は終息に向かうはずだ」
「それは朗報ですね。まずは一番の難局を乗り越えられましたかね」
「閣下! カリア市攻略とフェリクス排除については間違いなく朗報ですが、閣下がプルメニア軍を寡兵で打ち破ったことは真に素晴らしい戦果なのです! 王党派壊滅の件と併せて、全国民、全世界に向けて大々的に喧伝するべきかと思いますぞ!」
「私もサルトル軍務大臣に同意します。内乱終結を印象づけるためにも盛大にやるべきです。宣伝工作については、我ら内務省にお任せください。国民が自信をつけることにより、愛国心の獲得と治安向上につながることでしょう。さらには諸外国へのけん制になります」
結構長い付き合いのサルトル軍務大臣が声を張り上げ、それにジェロームさんが同調する。サルトルさんは私が凱旋して帰ってきたときに、万歳を連呼してたらしいからね。多分アルストロさんに次ぐ狂信者だと思うよ。そして私のことを実の孫みたいに思ってるね。おじいちゃんと呼ぶには、目つきが怖いし思考がタカ派すぎるのが難点だけど。指導力と実行力があるので長生きしてほしい。
「分かりました。国民の士気があがるのは良いことですから、存分にやってください。大してお金もかからないでしょうから損はないですよね」
大本営ならぬ大統領府発表だよ。ミツバ大統領率いる正義の難民大隊が、恥知らずの憎きプルメニア軍2万を無傷で撃破したんだって。ストラスパール州を奪還した上に講和条約で東西ドリエンテ州をゲットしちゃったし、ついでに王党派は壊滅してフェリクスもぶっ殺したよ、とドヤ顔で声高らかに宣伝するのだ。真顔で嘘つけと言われるかもしれないが本当の話。
「また、クローネ元帥からはカリア市に守備の兵を置き、東へ向かうと連絡がありました。そのままグリーンローズ州、リーベック州を制圧に向かう計画のようですな。両州に駐屯する師団は旗色を鮮明にはしていませんでしたが、カリア陥落とフェリクス戦死の報を聞けば支配下に入るでしょう。王党派残党も、戦うことなく逃げだすかと思われます」
「その地域にはヘザーランド連合王国が手を出してきたんでしたよね」
「はっ、小島に架かる大橋を経由し数千の兵がリーベック州に入っているようです。他国の戦況に合わせて本隊を投入、王党派と合流する予定だったのでしょうが、完全に計画は狂ったでしょう。恐らくは、第一軍団が向かえば戦うことなく引き上げるかと」
サルトルさんが大陸地図を使って説明してくれる。北東方面はこのままクローネにお任せしよう。東部はプルメニアをやっつけたのでこちらもオッケー。青い薔薇を沢山植えておけば多分出てこれないよ。問題は南部から南西部のカサブランカ方面だ。
「それで、援軍を回せなかったカサブランカ方面はどうなってますか。相当残念なことになってそうですよね」
「はっ。卑しいカサブランカの屑どもは、兵力が手薄なモンペリア州を陥落させ、ピンクローズ州に進軍する素振りを見せておりました。ですが、市民の抵抗が激しく、モンペリア州でひたすら足止めを食らっていたようで。軟弱な文化同様に、実に情けない連中ですな!」
「なるほど。モンペリアの皆さんも中々頑張ってますね」
「しかも我らを他国と共同で包囲したと思っていたら、肝心のリリーアは参戦せず、プルメニアはさっさと敗退! ヘザーランドと共に矢面に立つ羽目になったという訳です。これからのことを考えると実に愉快極まりないですな!! 一刻も早く害虫を叩き潰すべきと考えますぞ!」
カサブランカが死ぬほど嫌いなサルトルさんが、地図のカサブランカ領をペンでグサグサと突き立てている。これはひどい。前にルロイさんとマリアンヌさんの結婚したときに発狂しなくて良かった。いや、発狂したから更迭させられたのかもしれないね。ついでに、今もその状態のままなのかもしれない。私と相性が良い理由が分かるね。
「その件ですが、一つ、よろしいでしょうか。我が国が、圧倒的に有利なストラスパール講和条約をプルメニアに呑ませたという報告は既に他国に広がっているようです。……カサブランカ、ヘザーランドの両国から、非公式ながら講和を求める書状がこのラファエロに参っております。彼らもこれ以上の戦争の拡大は望んでいないのでしょうな」
「はぁ、そうですか」
「そして我が国も連戦で疲弊しているのは事実、これ以上兵を損なう必要はありません。この外務大臣のラファエロに全てお任せください。必ずや有利な講和の条件を勝ち取って見せますぞ!」
喧しいほど元気なラファエロ外務大臣。最近目立ってないので、ここは頑張りどころとやる気を出しているようだ。それを見つめるサンドラの目が異様に冷たいのが気になるところ。……そういえばラファエロさんはマリアンヌ王妃と一緒に亡命してまた戻ってきたんだっけ。そしてマリアンヌ王妃はプルメニアの指揮官と内通を企んでいた訳で。マリアンヌさんがお友達のラファエロさんに手紙を送っていた可能性は極めて高い。サンドラリストの第一位はもしかするとラファエロさんかもしれない。やろうと思えば王党派と見做して粛清できるけど、それをやると当然マリアンヌさんとルロイさんも殺さないといけないよね。なんというか、この世界がルロイさんに『死ね』と言ってるみたいでとても面白い。ここまできたら意地でもやらないけど。それにしても、殺すのは簡単だけど生かすのは本当に大変だね!
――で、その冷徹な粛清マシーンのサンドラ議長を上回る目つきで、ラファエロさんを睨んでいる怒れるおじいさんがいた。血管ブチ切れ寸前のサルトル軍務大臣である。
「何をふざけたことをぬかすかッ!! 我が国に攻め込んできておきながら、不利と見るなりさっさと講和を要求するとは舐めているのかッ!! しかも、カサブランカは未だにモンペリア州を不当に占拠しているではないか!! まずは直ちに全軍撤退し、平身低頭して謝罪するのが筋というものであろうがッ!!」
「軍務大臣のお怒りはごもっともです! 言うまでもなく、私も同じ気持ちを抱いておりますぞ! しかしながらここは一旦堪えて頂きたい! 今は国内の安定を図るのが最優先! 溢れる怒りを冷静に抑え、有利な講和条約を結ぶのです。短絡的にではなく、長い目で見るのが外交というものです!!」
「知ったような口を叩くな、このカサブランカの走狗めがッ! ここで斬り殺してくれるわ!」
「私は既に共和国に命を捧げているのです! さぁ、やれるものならやるがいい!! 憎悪で目が曇っている老害など何も怖くはないッ!」
「おのれっ!!」
煽られた通りにサーベルを抜こうとしたサルトルさんを、武官さんたちが慌てて押さえつけている。というか、ただの会議なのに皆普通に武装しているのがこの共和国の恐ろしいところ。サンドラも腰の短銃に手を回していたし。私が言うのもなんだけど、人間話せば分かるんだからもっと冷静になりましょう。『言葉の次は弾丸とか言ってた癖に』と、謎の声が私の頭に響いてくるけど当然無視だ。
「とりあえず二人とも落ち着いてください。味方同士で殺しあっても敵が喜ぶだけですよ」
「……も、申し訳ありません閣下。取り乱し、失礼をいたしました」
「いや、議論は尽くさねばなりません! このラファエロ、現段階での閣下のお考えを是非お聞かせいただきたい。外務大臣としての責を果たさねばなりません!」
余計なことを言う人のせいで、サルトルさんの青筋がまたピキピキしている。ラファエロさんは空気を読める人じゃないから仕方がない。そういう人はアルカディナ独立戦争に意気揚々と乗り込んだりしないからね。
「分かりました、それでは私の考えを伝えますね。サルトルさんが怒る気持ちも分かりますが、逆襲戦争を仕掛けるにしても体制が全然整っていません。各地の師団を統合して、再編するのにも時間がかかるでしょうし。違いますか?」
「……閣下の仰る通りです。日和見を図っていた師団長の忠誠など怪しいものですから、場合によっては挿げ替える必要があるでしょう。しかし、このままカサブランカめを放置すれば、モンペリア州が彼奴らのものとして定着してしまいますぞ! それだけは避けねばなりません!」
「もちろん放置はしませんよ。まずヘザーランドにはプルメニアと同等の賠償金1億ベリーを要求します。素直に払えばいいですし、ゴネて払わなくても講和を結ばないだけですので別にいいです。ラファエロさんの腕の見せ所ですね」
「はっ、両国との交渉は引き続き私にお任せいただきたい。しかし、講和を結ばなくても構わないとは、いったいどういうことでしょうか?」
怪訝そうなラファエロさんを放置して話を続ける。
「カサブランカは明確に侵略してきましたので、講和の条件は賠償金2億ベリーです。モンペリア州の返還は当然のことですね」
「か、閣下。領土返還は理解できますが、2億ベリーはあまりに吹っ掛け過ぎでは。それでは交渉になりませんぞ!」
「煮えたぎる怒りを抑えて、講和を結んであげるんですから当然です。向こうに誠意があれば、領土は即座に返還して謝罪してくるでしょうし、賠償金も喜んで払いますよ。そうですよね、サルトルさん」
「わはははッ、無論当然のことですな! むしろカサブランカ領を我らに差し出すべきかと思いますぞ!!」
「でも向こうにも面子がありますから、そんなに上手くはいかないですよね? 謝罪や領土返還も渋るでしょうし、賠償金も値切ってくるでしょう。なので、ラファエロさんの本当の仕事は、私たちの準備が整うまでの時間稼ぎです。和平交渉のための一時停戦は餌にしても構いませんが、賠償金は1ベリーたりとも譲りません」
「じ、時間稼ぎ? 一時停戦とはいったい」
「言葉通りです。向こうが条件を全部呑めば戦争にはなりません。成功すれば大陸に平和が訪れますが、交渉は難航するでしょう。ですから、ラファエロさんの腕の見せ所と言ったんです。ちなみに軍隊再編後の共和国軍第一目標はカサブランカ、その次はヘザーランドです。どんどん強気に出ていいですよ。また包囲網を作るのもご自由にどうぞとお伝えください」
本当の目標は別にあるんだけど、ちゃんと段階を踏まないとね。まずは近場から復讐しないと。私が強く言い切ると、サルトルさんが満面の笑みを浮かべてうんうんと頷いている。他の閣僚の皆さんは腕を組んで思案したり、文官さんと小声で話したりしている。で、ラファエロさんは額に汗を浮かべて慌て出している。
「お、お待ちください閣下! それでは、カサブランカとは領土返還のみでは講和を結ばないということでしょうか。このまま戦争状態が続いても構わないと?」
「元々内乱が終わったら、手を出してきた国を全部潰すつもりだったんですから、構いません。第一、生ぬるい講和条件じゃ愛国心溢れる国民たちが納得しませんよ。きっと怒った国民がベリーズ宮殿を焼き討ちしちゃいますね。そして国民の代表は大統領の私です。よって、私も絶対に許さないという訳です」
やるときは私も焼き討ち側に回りたいよね。ベリーズ宮殿焼き討ち事件とか歴史に残りそうだし。まぁ議会の多数派は私の派閥が握ってるから、残念なことに起こらないんだけど。抵抗しそうなのは親カサブランカ派のラファエロさんと数人の議員くらいかな? というか事後報告でどこぞの粛清マシーンにギロチン送りにされちゃいそう。いまのところ、勝手に閣僚や議員さんが粛清されたことはない。だけど、私の名前が処刑確認書類に"何故か"混ざってるかもしれないから一応注意しよう。……なるほど、権力者はこうやって疑心暗鬼になっていくんだね!
呑気なことを考えてたら、ラファエロさんが立ち上がって声を張り上げていた。本当に声が大きい人である。
「しかし、情勢がこちらに有利になったとはいえ、彼らの国と直接戦い勝利したわけではありません。そこまで有利な条件で結べるとは思えません! 賠償金の額についてはお考え直し頂きたい!」
「だから一時停戦を餌にして、時間を稼いでくださいと言ってるんです。第一、講和を求めてきてるのは向こうなんでしょう? 手腕に期待してますよ、ラファエロ外務大臣」
強くお願いしたら唸りながら座り込んでしまった。なんだか顔も青ざめてるから、変なこと考えなきゃいいけど。でも、この人逃げ足は本当に早いから、ヤバイと判断したらすぐに亡命すると思う。今度はサンドラ議長の徹底マークがあるから相当大変だろうけど。ま、時間稼ぎに失敗して即座に戦闘状態に入っても別にどうでもよいし。その時はクローネの第一軍団をヘザーランド方面に張り付けて、また私が難民大隊と支配下に入った師団と一緒に出向いちゃおう。リリーア方面の港湾都市が手薄になるけど、上陸作戦ができるほどの元気はまだないはず。だってカリア市の王党派主力を見捨てるくらいだしね。
「それで、今の件に付随しますが徴兵制を整備したいんです。戦争の度に一々徴兵して集めるんじゃなくて、沢山の兵力を常備したいんですよね。今、この国が動員できる最大兵力はどれくらいです?」
「各師団が支配下に入ったという前提になりますが、およそ30万から40万程度かと。もちろん、各州で徴兵を行っての数になります」
「それだと集めるのに時間が掛かって仕方がないので、全然良くないですね。目指せ兵隊百万人です」
「儂は閣下のお言葉に強く賛同しますぞ。ただし、そのためには莫大な金がかかりますが、宜しいですかな?」
「共和国を守るためですから必要な経費です。だからお金を稼ぐために軍需工場を沢山立てて、ニコ所長の優秀な武器をどんどん友好国や中立国に輸出しましょう。ほら、新興のアルカディナ合衆国なんてお得意さんになってくれそうです。あの国も植民地獲得競争に乗り出すでしょうから。これで失業者はいなくなるし、兵は増えるしで万々歳です。暇そうな人から優先的に徴兵です」
「現在の経済状況は厳しいですが、プルメニアから賠償金が入りますので多少の余裕は出るかと。……王政時代に頓挫した税制改革についても順調に進んでいますし、私も賛成します。国家の安定は経済の安定に繋がります。貿易拡大政策ももちろん賛成です」
財務大臣のネルケルさんが賛成してくれた。特権階級への課税に失敗して首になったという因縁があるからね。ビシビシやってくれると思う。後、武器についてはウチが売らなくてもどうせ誰かが売るしね。良い兵器を作ってどんどん輸出しよう。ギロチンも折角だし売っちゃおう。アルカディナ合衆国はウチに恩があるし、今回の勝利で共和主義の同志になれた訳で。未来に向かって仲良くやっていこうねというやつだ。向こうも旧宗主国のリリーアの逆襲に備えなくちゃいけないから、上手く行く可能性は高い。これらはジェロームさんに確認済だけどね。ラファエロさんよりジェロームさんのほうが役に立ちそう。まぁ、それは置いておくとして。最後に確認することは時間だね。
「サルトルさん、次の戦争の体制が整うまでに、どれくらいの時間が必要ですか?」
「徴兵制の法案を議会で通し、兵舎を各州に整備し、条件に適合する国民を招集し訓練を実施する必要があります。また、軍の体制も整備したいと考えておりましたので実行します。……体制作りに一年、頭数を揃えるために二年、まともに動かすためには最低三年は頂きたい」
「良く分かりました。カサブランカとの交渉期限、及びモンペリア州奪還については、再編完了後の一年後を目指します。厄介なリリーアもその内に動き始めるでしょうから、ここで踏ん張らないとまた追い詰められちゃいます。皆さんのより一層の奮起に期待しますね」
私がそうまとめて、一旦閣僚会議はお開きだ。皆忙しいから仕方がない。でも一応の方針は決まったからこれで良し。選挙の話はサンドラとジェロームさん中心でやってもらえばいいし。あ、後でサルトルさんを呼んで徴兵制について詰めないと。総動員法についてもよく相談だ。徴兵制は若者中心で任期を定めるとして、本当の大ピンチの時に国民皆で戦うための総動員だ。他の国もそのうち制定してくるから、先手をうってこちらが先に進めるとしよう。久々に"私"の知識が活用されることになるけど、詳しくはよく分からない。なんちゃって政治家だからね。そういうときは、頭の良い人を頼るといいんだよ。兵の将じゃなくて、将の将になろうってこと。あれ、それを言った人って粛清された気がするけど、私がそうなりたいってことだからセーフ!