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第七十五話 ミツバの凱旋

 大輪暦587年12月、首都ベル。戦いを終えた私たちは首都ベルに鼻高々のドヤ顔で帰ってきました。大勝利の報に沸き立つローゼリア国民の皆さんは、それはもう両手を上げての大歓迎。ちょっとしたお祭りとかそんな生易しい物じゃない。首都の皆さん総出の一大イベントって感じ。謎の紙吹雪も舞ってるし、あの王冠を掴んだ革命の日を思い出しちゃうね。寄せ集めの難民大隊の人たちも、なんだか格好良く見えてしまう。歓声に耳を傾けてみると、『ローゼリア共和国万歳』、『ミツバ大統領万歳!』、『ミツバ様万歳!』等々、大変楽し気でなによりである。ちなみに私は馬に乗ったことはないし馬術も習ってないので、屋根のない馬車に乗ってのんびりと右手を上げているだけ。もちろん、うっかり銃撃で暗殺されないように、文官クロムさんと親衛隊さん達も同乗している。ほら、パレード中に暗殺されちゃった人って結構いるし。どこぞの皇太子とか大統領とかね。『ぐえーっ』て穏健派の私が今死んだらカオスが更にカオスになる。だって過激派の私しかいなくなるってことだし。世界は確実にヤバいことになる。という訳で世のため人のために、私は死ねないし消えないのである。

 

「それにしても凄い人の数ですね。もしかして皆さん暇なんですか?」

「いえ、滅相もありません。あれだけの劣勢を覆しての大勝利ですから当然です。そして、見事な交渉で賠償金とドリエンテ州を勝ち取ったのです。奇跡を起こした閣下の働きぶりに、興奮しない者はおりません!」


 私の軽い冗談に、生真面目な秘書官クロムさんも興奮して声をあげる。あ、クロムさんは私の雑用や文官さんのやりとりをお手伝いしてくれる秘書官なんだって。間違いなくブラック職で大変だけど頑張ってほしい。私を含めて一般常識を備えてる人は貴重だからね。


「まぁ、前の講和条約が屈辱的でしたしねぇ」

「それもありますが、共和国成立後の初めての勝利です。閣下は国民の代弁者を自認されております。故に、国民たちも自らの勝利と喜んでいるのです」

「なるほど」


 ふーんと頷きながら観衆に手を上げて歓声にこたえる。熱狂が更に激しくなる。長銃を担いだ兵士たちが整然と進んでいく。うーん、格好良いね。これを見ると簡単に世界を征服できちゃうと勘違いしてもおかしくない。


「講和の条件はちょっと吹っ掛け過ぎましたかね」

「まさかプルメニアがあのような条件を呑むとは思いませんでした。皇帝ルドルフが何を考えているのかは分かりませんが、プルメニア国内はしばらく混乱するでしょう。我らにとっては好都合ですが」

「全部自業自得だから知らないですけど、大変ですよね」


 皇帝ルドルフさんへの国民感情が悪化して、革命が起きようが知ったことではない。でも追い詰めすぎると何が起きるか分からないから要注意。それはそれで賑やかになりそうで面白いけど。

 それにしても、戦争は勝てば賠償金に領地とかゲットできちゃうし良いことばかりだ。惨めに負ければその逆だし、引き分けだと両者痛み分けで美味しくない。戦争はやっぱり勝たないと意味がないよね。という訳で国営の兵器工場を沢山作ってみようか。増やし過ぎると後で色々と困りそうだけどどうかな。うーん。とりあえず銃と大砲は大量に用意しないといけないのは間違いない。兵士も増やさないといけないし、やっぱり徴兵制は必要じゃないかな。ついでに大ピンチの時用の総動員法も用意しちゃおう。旅は道連れとも言うし、地獄への道連れは多い方が良いよね。閣僚の皆さんに聞いてみよう。


「賠償金は大半を軍事関連に投資しちゃいましょうか。で、5000万ベリーは国民の皆さんへの飴ということで、食料配給券上乗せしましょう。その分減税しても雀の涙ですし、現物の方が嬉しいですよね」

「承知しました。詳細を詰めるためにも、ハルジオ財務大臣、サルトル軍務大臣との打ち合わせが必要かと思います。またサンドラ議長と議会への根回しもされた方が円滑に進むかと」

「あ、ハルジオさんはもういいです。呼ぶのは補佐官のネルケルさんで。あの人が次の財務大臣なんで。ハルジオさんは今月一杯でおしまいです」

「承知しました」


 いよいよハルジオ財務大臣はクビだ。でも辞めたら暇してそうだし、私の第二秘書官にでもしてあげよう。もうすぐ辞職してもらうからそのつもりでって手紙に書いたら、『命だけはお助けください』と震えた文字のお返事がきたし。ヴィクトルさんが処刑されたから、身に覚えのありまくるハルジオさんは心底脅えているらしい。元腐敗貴族だから死ぬほどビビる気持ちも分かるけど、ちょっと情けない。――と。

 

「青の悪魔め、死ねッ!!」

「閣下ッ!」


 私への悪口が聞こえたと思ったら、親衛隊さんが私を押し倒してくる。同時に鳴り響く銃声。悲鳴と怒声が続く。私や親衛隊さんに弾は当たっていないみたい。立ち上がって様子を見ると、群衆に紛れて短銃を向けてきた暴徒がいたらしい。すぐさま衛兵さんに拘束されている。周囲は騒然としている。

 

「お怪我はありませんか!」

「全然大丈夫ですよ。ありがとうございます。で、あれは?」


 暴徒と目が合う。身なりは普通だけど、目が血走ってるし頬がこけている。ついでにさわやかな匂いだ。


「呪われし青き悪魔め!! 緑の神の罰を――」

「こいつ緑化教徒だぞ!!」

「まだいるかもしれん、周囲を警戒しろッ!!」

「カビがミツバ様のお命を狙うなんて!」

「今すぐぶち殺せッ!!」


 暴徒はしぶとく生き残っていたカビこと緑化教徒だったらしい。被害も大きくなるし自爆されなくて良かった。しかし短銃での襲撃とは中途半端だ。どうせやるなら自爆のほうが良いに決まってる。最近は取り締まりが厳しいから、流石に物資が困窮してきてるのかな? で、衛兵さんが止める間もなく怒り狂った国民の皆さんにリンチされている。あの勢いでは衛兵さんも死ぬまで止められないだろう。というか衛兵さんもリンチに加わってるし。流石は自由を愛する共和国の民だね。私が手を出す必要すらなかったよ。そして、馬鹿なカビは置いといて私の評判を上げるチャンスである。颯爽と立ち上がり胸を張って国民の皆さんに手を上げ、息を吸い込んでから大声を上げる。

 

「――信念無き弾丸で私を殺すことはできない!! 愚かな暴徒や狂った緑化教徒共に、私を殺すことは絶対にできない!! 私は他国の侵略から愛すべき祖国を守り抜くという使命がある! 私はローゼリアを強国にし、次の世代に渡すという使命がある! 諸君の子らに、自由で平等な社会を託すという使命がある! 私はこれらを完遂するまで、絶対に死ぬことはない!!」


 身振り手振りを使って、凄く大きな声で適当なことを叫んでおく。国民の皆さんはテンションが上がりに上がって、うおーっと大興奮。『ミツバ様万歳』、『共和国に栄光を!』の声が響き渡る。さらにはローゼリア共和国の国歌まで手拍子に合わせて歌われだすし。映画のワンシーンみたいで楽しいね。周りには新聞記者さんたちも沢山いる。さっきの適当な演説は、暗殺未遂事件と併せて報道されるはず。こういうアクシデントのときに格好良いことを適当に言っておくと、後世に良い感じで伝わるのである。ほら、『私が死んでも自由は死なない』とか、なんだか格好良いし。本当は言ってないという話だけど、実際はどうなんだろうね。間違っても『パンがないならケーキを食べればいいのに』とか言わないように気をつけよう。油断すると人気が落ちるのは世の常である。人気が落ちると言ってないことを言ったことにされちゃうこともある。という訳で、失言には気をつけようね。

 

 



 暗殺未遂事件があったので、適当な演説後にさっさとベリーズ宮殿へと戻ってきました。もちろん慌てず騒がず大統領らしい威厳を保ってだけど。ちょっと休憩したかったので、大統領執務室で高そうな紅茶とおやつのクッキーを満喫中。もぐもぐしたまま背もたれに寄りかかる。この後は閣僚の皆さんやサンドラ議長を呼んでの会議が控えている。紅茶を一気に飲み込んでから一息つく。

 

「しかし大統領ともなると命が3個あっても足りないですね」

「申し訳ありません。閣下の身辺警護を更に強化する必要があります。緑化教徒対策も練り直しが必要です。後ほど、アルストロ国家保安庁長官と打ち合わせなければなりません」

「カビはかなり狩ったと思ったんですけど。絶滅させるにはちょっとやり方を考えないといけないですね」

「緑化教徒たちも最近は中々強かなようです。表立っての活動を控え、拠点を転々としながら地下に潜っております」


 私がいつも出張れば早いんだけど、仕事が多すぎて中々難しい。どうしたものか。1匹見かけたら10匹はいるというのが緑化教徒。最近は貧困層に上手くとりいって、言葉巧みに麻薬をばらまいているみたいだし。本当に腹が立つ。さっさと死ねば良いのに。抜本的な対策としては、貧困問題を解決する必要があるんだけどお金が全然足りない。国民の士気はあがってるから前よりはマシなんだろうけど。後はさっさと本拠地を潰したいんだけど、末端の緑化教徒は当然知らないし、この前拷問した司祭も隠れ拠点しか知らなかった。そもそもこの大陸に本拠地があるのか怪しいけど、どこの島国だろうと必ず見つけ出してブチッと潰すよ。そういえば、私を『青カビ』とか罵る奴らがいるけど、頭がおかしくなりそうなほどムカついたよ。『青カビ』発言禁止法を制定したくなるよね。私は最高権力者だし、隙を見てしちゃおうか。でも反応すればするほど相手も喜びそうだし。うーん、イライラする。


「ちょっと暇を作って掃討にいってもいいですか? イライラは健康に悪いですよね。サクッとぶっ殺してくるので」

「大変申し訳ありませんが、閣下の予定は本当に詰まっております。閣僚の方々との打ち合わせもそうですが、今回の勝利後、閣下と面会したいという者が国内外問わず殺到しております。各州知事に大輪教会の正統派司祭、新釈派司祭、後は中立国の大使や有力商会の会長たちです。緑化教徒対策は国家保安庁と首都警備局にお任せください」


 私は一番偉いので別に嫌なことはしなくてもいいんだけど、仕事を放ってまでカビを消毒したいかというとそういうわけでもない。存在も腹立たしいけど時間を取られるのも腹立たしいしね。世の中上手くいかないね!


「なんだか頭痛がしてきました。というか、大輪教会は今まで完全に我関せずだったくせに、今更会いに来るんですか?」

「はい。恐らく、我が国の聖職者階級に対する課税、財産差し押さえへの抗議かと思われます」

「共和国が予想よりしぶといから、このままじゃいよいよまずいと圧力を掛けようってことですね」

「簡単にいえばそうなります。大陸の人間はいずれかの宗派を信仰しておりますので、慎重な交渉が必要かと。我が国は大輪教会正統派の信者が多いでしょうか」

「クロムさんはどっちなんです」

「私も正統派を信仰しております。ですが職務にそれを持ち込むことは絶対に致しません」

「そうなんですか」


 共和国は革命で身分制度を滅茶苦茶にぶっ壊しました。免税特権は完全に廃止され、全国民平等に課税され、土地の広さや収入に応じて税率が変わるようになった。割を食ったのは当然貴族と聖職者階級の皆さん。支配圏の元貴族の財産は徹底的に没収して分配しちゃったけど、教会はそこまで荒っぽくはしていない。破壊とかしてないし。とはいえ、さんざん既得権益で儲けてた聖職者の皆さんは腹立たしかったはず。でも頭がおかしい人相手に下手に動くと、反革命分子扱いされちゃうから様子を見ていたんだろう。情勢が変わって仕方なく圧力を掛けに動き始めたっぽいけど、私は別に神を信じないし、大輪教会の信者ではないので忖度する必要は全くなし。向こうがその気なら、慎重かつ大胆にどんどん圧迫していこう。今まで完全に忘れてたけど、政教分離法も制定しないと駄目みたいだね。ついでだから緑化教絶対禁止法も制定しよう。私とサンドラ議長のお仕事がどんどん増えていくね! なんだか大統領って王様と違って忙しくない? それとも王様も見ていないところで忙しかったのかな。今度ルロイさんに聞いてみよう。


「あ、そういえばもうすぐクローネたちも戦いの結果が出る頃ですかね」

「はっ。現在カリア市に攻勢を掛けていると報告が来ております。ヒルードの一派が脱落したことにより、圧倒的に優勢です。リリーア王国の増援も見込めません。間もなくフェリクスと王党派は降伏するかと思われます」

「七杖家のヒルードを調略するなんて、相変わらずクローネは人たらしですね。どうやったんだろう」

「それは分かりかねますが、最近のヒルードは、ひどく閣下を恐れていたとのことです」


 一応、私の叔父にあたるだろう七杖家の一員、上級貴族のヒルード・イエローローズさん。なんでもとっとと王党派に見切りをつけたらしくて、クローネに内通を打診してきたとか。条件は助命のみ。息子のリーマス君は人質としてクローネが抑えたって連絡があった。親子そろって直接詫びをいれさせるから許してやってくれないかとのことだったので、『いいよ』と適当に答えておいた。何回か暗殺者を送られたし死んでもらってもいいんだけど、そうするとクローネのお仕事が増えるわけで。ルロイさんをうっかり助けちゃったこととの整合性も取れなくなるし、ここは許してあげることにした。まぁ財産は良い感じに没収するし、イエローローズ州も差し押さえだ。残るのはイエローローズの名誉姓くらい。クローネに任せて生き恥を晒してもらうのも悪くない。

 

「あ、生き恥といえば」

「はっ?」

「ミリアーネはどうなったか知ってます?」

「いえ、革命の混乱時から消息が途絶えております。息子のミゲルはリリーアに亡命し、現在軟禁状態にあるらしいと報告が入っておりますが」

「私の勘だと、ミリアーネもリリーア王国にいるんですけど。あの人本当にしぶといですよね。世渡りも上手いし、感心しちゃいます」


 長男のグリエルが死んでから、私を殺すために頑張ってたみたいだけど、さっぱり上手く行かず。最後は私お手製の偽厄災砲弾をミゲルに持たせてしまうという大失態だ。私の予想だとミゲルはリリーアで死刑になるはずだったんだけど、それは失敗したみたい。まぁ、グリエルと違ってミゲルには会ったこともないしどうでもいいんだけど。で、ミリアーネはクロッカスの大使と仲が良かったみたいだから、そっちに逃げると思ってたら、どうやらリリーアにいるみたい。何をしてるのかは知らないけど、多分私への復讐を考えていると思うよ! あ、もしかしてさっきのカビの暗殺者もその類だったりして。

 

「……閣下がお望みでしたら、ミリアーネとミゲルの身柄を引き渡すよう使者を送りますか? かなりの条件を要求されるでしょうが、不可能ではありません。リリーア王国も港湾都市復興のために幾らかの時間が必要なはず。そこを突けば」

「いえ、そんな無駄なことはしなくていいです。お金と時間の無駄ですから」

「宜しいのですか? ミリアーネが閣下のお心を悩ませる存在でしたら、早めに手を打った方が宜しいかと。七杖家の伝手を使われる心配もあります」

「いえ、本当に放っておいていいです。なんというか、その方が楽しそうですしね。あの人の伝手も気にしないで良いです。むしろ敵の炙り出しに丁度良いじゃないですか」


 ケタケタと笑うと、クロムさんが怯んで口をつぐむ。なんというか、ミリアーネに向ける感情は結構難しい。大嫌いなことは間違いない。好意なんて欠片もなく、死んでほしいというのも本当。でも実は見ていて面白い。全力で私を殺しに来るし、発狂してもおかしくないのに、必死に生き延びて次の機会を狙うしぶとさもある。叔父のヒルードは恐怖で日和ったのに、まだまだリリーアで頑張るつもりっぽいし。穏健派の私から見ても本当にたくましいと思う。というか、なんであの人死んでないんだろう。針万本で死んでもよさそうなのにまだ生きてるし。不思議!

 

「――楽しいおもちゃだから、壊さないんだよ」

「は、はっ? 何か仰いましたか?」

「いえ、なんでもありません。全然なんでもないです」


 答えが勝手に口から出てきた。多分寝言だと思う。つまり、ミリアーネはカタカタカタカタと動き回るおもちゃの人形なんだ。ゼンマイで動くあれ。止まりそうになったらまた巻いてあげる。そうするとまた元気に動きだす。うーん、私のことながらひどい。早く楽にしてあげればいいと思うけど、そうはしないらしい。私たちのなかで、一番特別な感情を抱いているのは今寝ている私。だから簡単には楽になれなさそう。でも『呪い人形』呼ばわりを広めたのはミリアーネだし、自分が『おもちゃの人形』扱いされても仕方がないね。


「それにしても、外の歓声が途切れませんね。皆、本当に暇なんですね」

「閣下を英雄と見ているのです。先ほども申しましたが、自ら陣頭に立ち、兵を率いて大勝したのですから」

「ま、いいんですけど。人気がないよりあったほうがいいですもんね。ほら、人気のない独裁者って惨めですし」

「閣下。我が国は革命により誕生した"自由と平等な社会"を標榜する共和主義国家です。閣下は独裁者ではなく、国民の代表です」

「あ、そうでした。ついうっかり間違えました」


 自由で平等な共和主義国家だけど、全権委任法はあるし革命裁判所でばんばん反革命分子を処刑しちゃうよ。そして国民の代表たる大統領は、武力闘争で王冠を横から掻っ攫っていったヤバイ人だよ。でもちゃんと任期もあるし大丈夫。次の選挙は公平にやるし、決して介入しないから国民の皆さんには安心してほしい。御用学者ならぬ御用新聞の『国民新聞』、『革命新聞』さんにもしっかり伝えておこう。私は自由で平等を愛する穏健主義の独裁者だからね!

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