前へ次へ   更新
73/78

第七十三話 聖餐

 オセール街道、制圧したプルメニア軍の野営地。一戦終わったというのに周囲は非常に慌ただしい。ほとんど無傷で分捕った大砲やら物資が山積みで、在庫を把握する作業で士官やら文官は全員駆けずりまわっているからね。もう日も暮れているから、夜になる前までに終わればいいけど、多分明日までかかる気がする。でも急がないと意味がないから、しっかり頑張ってもらおう。私も頑張ったので多分許してもらえるよ! 何よりも私は大統領なので問題なし。でも眠いのは耐えられない。人目をはばからず大あくびをしていると、階級が高いだけの役立たず、じゃなくてガンツェル少将が現れた。

 

「あ、ガンツェル少将じゃないですか。物資の確認作業くらいはできますよね? 楽して数を誤魔化しては駄目ですよ」

「も、勿論ですとも。先ほどはあまりの事態に醜態を見せてしまいましたが、これからは問題ありません。必ずや挽回してみせますぞ!」

「そうですか。頑張ってくださいね」


 私の口調も思わず冷たくなってしまう。さっきの戦いで、一番頑張ったのは誰が何と言おうと"私"である。私たちが止めたのに全力でいったから当たり前だけどね! おかげでお気に入りのおもちゃがなくなっちゃったけど。物事には代償が必要だから仕方ない。本当に眠い。で、次のお手柄さんは囮部隊500を率いて頑張ったアルストロさん。プルメニア軍を引き込む役目を誰かに任せようと思ったら、喧しいほど立候補してきたので仕方なくお願いした。あっさり死ぬと思ったけど、悪運があるらしく死ななかった。偉い偉いと頭を撫でてあげたら尻尾を振りそうなほど喜んでいた。そのまま白目を剥いて昇天しそうだったから、戦場の後片付けをお願いした。

 

「それで、全部殺しました?」

「は、はっ。なんと言いますか、まだ動いていた塊は、全てとどめをさしました。難民大隊の処理速度には勝てませなんだが、我が隊もしっかりと働きましたぞ!」

「そうですか。この次は期待してますよ。本当に、お願いしますね」

「は、はい」


 何かを思い出したのか、顔面蒼白になり口をもごもごしだしたガンツェル少将。お願いだからここで吐かないでほしい。吐きそうになったら向こうに放り投げることにしよう。ちなみに、お願いしていた後片付けとはプルメニア兵の残骸処理だよ。約束を破っただけじゃなく、私のお庭を攻めて奪おうとしたんだから、一人も帰さないし絶対に殺すし肉片も残さないと決めたからね。言葉通りにしてあげた。おかげで疲れたし、眠いし、無理もしちゃったよ。肉片はそのうち紫の薔薇の養分になるから大丈夫。あ、紫の薔薇で、ちょっと赤くなっているところがプルメニア兵がいたところだよ。服はそのまま落ちてるから、後で交渉にでも来たら教えてあげるとしよう。遺品回収とか大事だからね!

 

「ひ、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「なんです?」

「先ほどの、あれは、魔術なのですか? だとしたらなぜ対魔障壁が発動しなかったのでしょうか」

「魔術じゃないですよ。だって私は魔術なんて勉強してませんから。ほら、砲兵科出身ですし」

「で、では、いったい?」

「呪いですよ」

「は?」

「呪いです」


 ガンツェル少将の目をジッと見返す。少将の瞳に、私の昏い目が映っている。自分で言うのもなんだけど、超真っ黒で怖いと思うよ! 少将の顔色が青を通り越して黒になってきちゃったし。身体がぐらぐらとふら付いていて面白い。


「今日は良い日になったので、少将だけに教えてあげます。本当、ここだけの話ですよ?」

「な、なんでしょうか」


 少将がごくりと唾を飲み込む。


「私は、本当は生まれてきちゃいけなかったんです。生きていてはいけなかった。来てはいけなかった。でも、ヒトの恐ろしいまでの執念が私たちを縛り付けちゃった。あははは、いったい何人、何十人、何百ニン、ナンゼンニンの私が私に注ぎ込まれたと思ってるんです? それを大量の魔力とヤバイお薬を使ってじっくりコトコト10年かけてしっかり煮込んで熟成させたんです。ワインも手間をかけて熟成させたほうが味わいが出るんでしょう? ヒトでやったら、それはもう賑やかで愉しいモノになっても仕方ないですよね! 全部私のせいだけど私のせいだけじゃないんですよ!」


 口から出る声が、なんだか賑やかになってる気がする! まるで大勢でしゃべりかけてるみたい。皆がいるみたいで楽しい! ついでに紫の靄が生じ始めてきて、目からはなんだか涙が出てきているような。全然悲しくないのにね! 手で拭ってみたら黒かったよ! 凄い!

 

「ひ、ひいっ」

「そんなモノが生まれた場所に、約束を破って土足で踏み込んできたんだから、呪われても仕方ないですよね。だから全員死んじゃいました。全員薔薇の養分です。来年も綺麗に咲き誇るといいですよね。本当に楽しみです」

「の、呪い」

「でもですね、おかげで私の塔は崩れちゃったし、凄く眠いし、死ぬほど腹立たしいし、ここにまだ二人いるのが本当に苛々するんですよ。分かりますか、ガンツェル少将」

「は、はい、た、直ちに作業に戻ります! し、失礼いたしますぞ!」


 腰が抜けそうになりながら、ガンツェル少将が走り出していく。途中で派手に転んだのが面白かった。私は袖で顔を拭う。沢山喋ったら疲れた。溜息を吐いてあくびをしていると、難民大隊の親衛隊がやってきた。

 

「閣下、ブルート中将の尋問が終了しました。閣下の脅しのおかげで非常に捗りました。聞くべき情報は全て聞き出しましたが、どういたしますか?」

「それじゃあ、準備しておいてください。次はマグヌス中将を叩き起こしてください。あ、私が直接やりますので」

「はっ!」


 仕事はどんどんやってくる。指揮官の仕事だけじゃなくて、首都からもどしどしと書類が来るし。そうそう、内務大臣のヴィクトルさんが逮捕されたらしいよ。反革命罪と国家反逆罪だって。まぁ、ヴィクトルさんや平原派の人たちは私のことを嫌っている人が多かったから仕方ない。ヴィクトルさんは結構能力があって役に立ってくれそうだったけど、敵に回すとその分面倒くさい。後継候補はアルストロさんの部下のジェロームとかいう人だって。サンドラの書状に承認の印を押して返送したから、帰るころにはギロチンで処刑されてると思う。革命の世の中って本当に怖いね!

 

 


 尋問用に使うことにした天幕に、親衛隊を連れて入る。苦悶の表情を浮かべた偉そうな人が椅子に座らされている。右手が折れているのでさぞ苦しいだろう。椅子に腰かけて一応挨拶をしてあげる。


「こんばんは、私がローゼリア共和国初代大統領、ミツバ・クローブです」

「わ、私はプルメニア西部方面軍司令官、マグヌス・ヴェーベルン中将だ。元参謀総長であり、プルメニア貴族でもある。武運拙く貴国の捕虜になった。敗軍の将ではあるが、それなりの対応を要求したい」

「はい?」

「ひ、人質として私を丁重に扱ってもらいたいのだ。そうすれば、貴国は少なくない身代金を受け取ることができる。また、私は貴国のために、これ以上の戦を行うべきではないと陛下に進言しよう。周囲を包囲されている貴国からすれば利益しかないと思うが、ど、どうだろうか」

「……………………」


 なんだか勝手なことをペラペラと喋りだした。聞いているだけで苛々が倍増してくる。この人、なんでまだ生きてるんだっけ。ああ、そうだ。やらなきゃいけないことがあったからだ。勝手にドス黒いモノが溢れてきそうになるが、抑え込んで言葉を発する。

 

「えっと、ですね。まずは、お食事を、どうぞ。中将のために、用意して、おきました」


 何か言おうとするマグヌスに手を上げて抑え、親衛隊に用意させていたモノを二つ持ってこさせる。ちゃんと選ばせてあげる私は優しさの塊である。

 

「パン、ですかな。こちらの束はよく分かりませんが。確かに、小腹は空いていましたが、パンだけとは流石に味気ないですな。手がこの有り様なので、まぁ助かりますが」


 それなりの待遇でもてなされると思ったのか、折れた右手をわざとらしく見せつけてくる。少し余裕を取り戻しているらしい。また苛々が増したが我慢する。私はそもそもネジ穴がない過激派の私じゃないし、自称穏健派のくせにグルーテスの頭をいきなり吹っ飛ばした私じゃないしね! 優しさの塊だよ!

 

「選んでいいですよ。私は優しいから選ばせてあげます」

「選ぶ、とは?」

「だから、選んでください。どちらがいいです?」


 机の上には、皿に乗ったパンと、束になった針100本が置かれている。パンの中にも当然針が100本入っているよ。直だと食べにくいかと思ったので、針パンを忙しい私が作ってあげました。なんと、大統領の手料理だよ! 親衛隊に合図して、マグヌスを拘束させる。

 

「な、なにをなさるのか!? わ、私を丁重に扱っていただかなければ、便宜を図ることはしませんぞ!」

「そんなこと、もうどうでもいいんですよ。聞きたいことはぜーんぶブルート中将が喋ってくれましたし。貴方に聞きたいことなんて、この選択以外何もないですから。で、どっちにします?」

「く、狂っている! いや、やはりこれは夢だ! 夢に違いない! 私は騙されんぞ!!」

「あらら、現実逃避しちゃいましたか。じゃあもういいや。時間もないんで外にいきましょう。そのパンも持ってきてください」

「了解しました!」


 天幕の外にでると、ちゃあんと持ってきていたギロチンが用意されていた。難民大隊の人たちは仕事が早くて良い。松明の灯りに照らされてなんだか幻想的。薄明りの中から、足を引きずったアルストロさんがニコニコ笑顔で寄ってきた。

 

「閣下! こちらの用意はできました。早速執行してよろしいでしょうか?」

「ええ、お願いします。あ、ブルート中将は針は免除でいいです。ほら、情報提供してくれたので減刑です。司法取引ってやつですね」

「了解しました!」

「レバーを引くのはアルストロさんにお願いします。今回、頑張ってくれたので。これからもお願いしますね!」

「お、おお、なんという有難きお言葉!! このアルストロにお任せください!」


 アルストロさんが合図すると、激しく抵抗しているブルート中将が引き摺りだされてくる。

 

「い、嫌だ! 助けてくれ! か、神様!! こんなもので殺されるのは嫌だッ!!」

「こんなものとは失礼ですね。由緒正しき立派な処刑器具ですよ」

「嫌だッ!! マ、マグヌス殿、助けてくれ!!」


 押さえつけられたまま、うつ伏せにセットされるブルート中将。そして特に引き延ばして恐怖を与えることもなく、アルストロさんの手によって処刑が執行される。首がゴロンと桶に落ちた。うーん、なんとも効率的。作った自分もビックリである。最初に作ったお外の世界の人は、本当にすごいなぁと思わず感心させられる。

 

「や、やめろ。こ、こんな非道な真似、許されるはずが」

「十分人道的だと思いますよ。あ、でも貴方はブルート中将ほど楽には死ねませんよ」

「やめろ、やめてくれ、わ、私のせいじゃない。さ、宰相、そう、ボルトス殿の指示を私は聞いただけ――」

「絶対に許さないって決めてるんで、無理です。というか、今更一人だけ生き残ってどうするんです? 司令官なら、ちゃんと責任を取らないと。責任を取るのが偉い人の仕事でしょう」

「い、いやだ」

「子供じゃないんだから、わがままは駄目ですよ。ほら、私も眠いのに起きてるんですし」


 ここにはあと一人なので見逃すわけがない。ニコリと笑って、首を横に振る。そして親衛隊の人たちが顎を強引に掴むと、口が裂けるほどに開く。顎が外れたかもしれないね。針パンが押し込まれ、強制的に咀嚼させる。声にならない悲鳴と、血飛沫が撒き散らされる。体がひどく痙攣し、目は白目を剥いている。口を押さえるように布が巻き付けられ、ギロチンにセット。アルストロさんがレバーを引く。首が落ちる。

 

「はー、やっとスッキリしました。アルストロさん、皆さん、本当にお疲れさまでした」

「はっ、ありがとうございます!」

「あの二人の首は後で使うので、適当に保管してください」

「はっ!」

「それじゃあ、後はお願いします。やることやったら、疲れちゃいました。少し、私は、休みます。明日、準備が出来たら出発するので、その予定でお願いします」

「はっ! ミツバ様万歳!」

『ミツバ様万歳!』


 アルストロさん、そして親衛隊の皆さんが敬礼した後で万歳してくる。賑やかで実に楽しそうだ。私もできるだけ偉そうに敬礼を返す。そして手をひらひらと振ってから、休息用の天幕へ向かう。あーそういえば、大事なことをやり忘れていた。ここにはいない二人もいたんだった。ブルート中将曰く、全ての元凶の人。もう一人は頑張ったらしいけど結局止められなかった人。どうしようかなぁ。とりあえず、ご挨拶にはいかないとね! 本当に眠いんだけど寝るのは、それからにしよう。でも、大事なことだから先に言っておこう。皆さん、おやすみなさい。

 前へ次へ 目次  更新