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第七話 素敵な笑顔

「かーごめ、かーごめ。かーごのなーかのとーりーは――」

「う、歌うな! その歌を止めろ!! 一切喋るんじゃない!」


 いまだに幽閉は解かれない。ということで、私のワンマン歌謡ショーはいつまでも続く。と思っていたら、無粋な警備兵に止められた。監視口すら封鎖され、話のやり取りようの小さな穴しか残っていない。声を聞く限り、多分新しい人だ。ここは入れ替わりが激しいブラックな職場なのだ。可哀想に。それはともかく。


「どうしてですか?」

「良いから止めるんだ! もう口を開けないでくれ! 頼むから!」

「そういわれると、歌いたくなっちゃいます。じゃあ遠慮なく続きを」

「やめろッ!!」


 バタバタと騒がしい音。そこまで嫌がらなくてもいいのに。私はそんなに音痴だっただろうか。よーしこうなったら全力で――。

 大きく口を開けたところで、パンパンと手の叩く音が響いた。綺麗に響くものだなぁと思わず感心してしまった。


「はーいはいはい、死にたく無いならそこまでになさい。ほら、貴方は早く出て行かないと、腐って死ぬか、胴体が素敵な肉塊になるかもしれないですよ。そんな耳栓なんて全くの無意味! 大体、声は聞こえちゃってるんでしょう? あははは、私は別に構わないんですけどね! 経過観察もしてみたいですし」

「――ニ、ニコレイナス所長」

「ささ、理解できたなら鍵を開けてください。この子のお引越しが始まるんですから、ちゃんとお話しておかないと。馬車の中で全員皆殺しなんて嫌でしょう?」

「りょ、了解しました」


 ガチャガチャという音の後、重々しいドアが開かれた。オープンザドアー。現れたのは、凄い頭の良さそうな丸眼鏡を着けた女の人。金髪で、紋章つきの白衣、こちらを楽しそうに眺めている。エリート科学者っぽい。


「はじめまして、ミツバさん。体調はどうですか?」

「身体が固いです。後、暇すぎて発狂しそうでした」

「そう。それは大変でしたね。早く出してあげたかったのだけど、色々な手続きがありまして。ごめんなさいね」

「お気になさらず」


 私は汚れるのも気にせず、床に座り込んでいる。椅子はないし、ベッドもなんか臭いから。白衣の女の人は、私と同じように座ると、両手で私の手を包み込んだ。うーんクールビューティー。


「私は王国魔術研究所所長の、ニコレイナスです。貴方のお父さんに協力して、貴方の治療を行なっていました」

「そうなんですか。それは、ありがとうございます」


 そういえば、魔術師に協力してもらっていたとか父が言っていたような。それがこの人なのだろう。多分、かなり偉い人。ドアの向こうには、この前よりも気合の入った装飾つきの魔術師っぽい人がたくさんいるから。


「お父様のことは本当に残念でした。以前から、お酒は控えるようにと言っていたのですが」

「父は病気だったのですか?」

「ええ。前の奥様をなくされてから酒の量が増え、それが原因で身体が弱り、病に。痛みから逃れる為に、最近は鎮痛薬の量を増やしていたようです。それらが複合して、今回の不幸な結果になったと言えるでしょうね」

「そうなんですか」

「悲しいですか?」


 あまりに他人事に聞こえたのか、ニコレイナスが問いかけてくる。


「まだ一ヶ月程度の付き合いなので実感はありませんが、多分。死ぬ程悲しいわけではないです」

「ふふ、正直なんですね」

「嘘をついても仕方ないので」

「なるほど。私もそういう性分なので、理解できますね」


 この人はかなり話しやすい。なんというか、波長が合う気がする。なんでかは分からないが。少なくとも、いつもの警備やら使用人、義母よりは相性が良い。


「それで、今まで貴方にここで過ごしていただいたのは、周囲の誤解を解くためだったんですよ。まだ完全ではありませんが、少なくとも裁判にかけられて直ちに処罰、などということはもうありません」

「そうなんですか」

「ええ。何の教育も受けていないのに、魔術の行使などできませんし。呪いで祟り殺したなどというのは、馬鹿馬鹿しくてお話になりませんよね。あははは」


 上品に微笑むニコレイナス。だんだん喋り方がくだけてきた気がする。こちらが素なのだろう。


「それは、つまり?」

「間もなく自由の身になれるということです。いやいや、ご迷惑をおかけしましたね」


 ニコレイナスは、そう言うと軽く頭を下げた。私は気にしないでと言って立ち上がり、ベッドに座りなおした。


「ということは、またあの館で暮らせばいいのですか?」

「そのことなんですがね。お義母様――ミリアーネ様と、上手くやっていけると思いますか? 唐突な質問だとは思いますが、一応お聞かせ下さい」

「無理だと思います」

「そうでしょうねぇ!ええ、ええ、見れば分かりますとも。お互いに、関わらないのがベストだと思いますよ! あんなのは放っておくのが一番です!」


 何故か凄い嬉しそうなニコレイナス。それはもう名前がニコニコレイナスになるくらいのスマイルである。しかもあんなの呼ばわりだ。クールビューティーはどこかへ飛んで行ってしまったらしい。


 まぁ、ニコレイナスの言葉は正しい。多分、ミリアーネ義母様は私を嫌いだろうし。確認しなくてもわかる。でも、何かされるまでは特に私は何も思わない。というか、この世界で好きな人などまだ一人もいないし。良くしてくれたギルモアお父様はさっさと死んでしまったし。まだ仲良くなったとはとても言えなかったが、好きになれたかもしれない人である。がっかり。

 嫌いな人はそれなりにできた。意地悪をする人、悪口を言う人、邪魔をする人である。パッと色々な顔が頭に浮かんだが、名前は分からない。まぁ、もうどうでもよいことである。いつかそこにミリアーネ義母様が加わったら楽しそうである。こういうことを考えるということはやっぱり嫌いなのかもしれない。ま、楽しみは最後にとっておこう。後に回したほうが、きっと面白くなるから。私の中の私が楽しそうに囁いた。


「これから何がしたいとか、何処をぶっ潰したいとか、誰々をぶっ殺したいとかありますか? あ、もちろん内緒にしておきますよ。夢や希望は大事ですからね! 乙女の秘密というやつです」


 後半が不穏なものだったが、多分これはニコレイナスジョークだろう。曖昧に笑っておく。すると、向こうも笑ってきた。とても悪い顔である。


「まだこの世界のことがさっぱり分からないので。というか、私に何ができるかも分かりません。ただ、なんだか偉い人の娘に生まれたということは分かるし、魔法が存在するというのも分かります」

「いやー。まだ11才になったばかりというのに、大人びた言葉遣いに冷静な思考能力を持っていますね。素晴らしいですよ。流石です」

「あ、私って11歳なんですか?」

「ええ、そうですよ。貴方の誕生日は6月6日です。世界一大事な記念日ですね。言い忘れていましたが、お誕生日おめでとうございます。もう過ぎてしまいましたが」

「ありがとうございます。多分、嬉しいです」

「あははは、それは良かったです。ところで、他にも、色々な知識や覚えのない記憶がなぜか頭に浮かんだりしませんか? いわゆる不思議体験ですね」


 なんだか意味ありげに笑う。何かを知っているのだろうか。それとも、カマをかけているのか。どちらかは判断できない。ここは誤魔化しても仕方ないので素直に認めてしまおう。


「はい、たまにありますけど。でも、どうして知ってるんですか?」

「ふふ、色々とありましてね。ま、細かいことは貴方が大人になったときにお話しましょう。今沢山詰め込んでも、良いこととは思えませんしね。混乱するだけですよ。私は当分死なないので、それはご心配なく」


 私の頭を撫でてくるニコレイナス。その目には敵意はない。なんというか、見守る系の暖かい目だ。その奥に濁った何かが見えるけど。なぜわかるかというと、その瞳に映る私の目と同じだから。濁ってる。


「――で、私から一つ提案があるのですがね。将来、何でもできちゃうように、まずは勉強してみるというのはどうでしょうか」

「勉強ですか」

「ええ。この国には中々素晴らしい学校がありましてね。貴族や裕福な商人、一部の市民の子供たちが通っているのです。そこから、それぞれが選んだ道に進んでいくのです。皆、夢や希望に溢れた若者ばかりですよ」

「…………」


 学校。パッとイメージするのは、教室でわいわいがやがやと楽しく授業する光景。平和で楽しいイメージだ。勉強は大変だけど、歌ったり、運動したり、旅行したりと楽しいことも一杯だ。うん、中々良い感じ。ノーと答える理由は一つもない。

 思わず笑みが零れると、ニコレイナスの口角が素敵な角度に上がっていく。嗤うを表現したらこうなるだろうという顔。二人で笑う光景は外からどう見えるのか。


「うふふふ、本当に良い笑顔ですねぇ。私の笑顔も中々のものだと思っているのですが、貴方はそれを上回りそうです。いやぁ、素晴らしい。常人だったら悲鳴をあげますね! 私も思わず叫んじゃうところでしたよ。してやられるとは、油断大敵です」

「それは褒められているんですか?」

「勿論超絶に褒めてるんですよ。――で、行っちゃいますか、学校」

「凄く唐突ですね」

「あははは、私はせっかちな性質でしてね。で、行っちゃいましょうよ、学校。楽しいですよ? まぁ寮に住んでもらうので、今までみたいに使用人がついたりはしませんが。生活費等は完全無欠に保証します」

「じゃあ行っちゃいます、学校。この塔にいるのも飽きたので。暇つぶしに勉強したいです」


 勉強が好きなわけではなく、暇が嫌いなのである。


「なら決まりですね! では、こちらにサインを。怪しい契約書じゃないのでそれはご安心を。あ、文字は書けちゃいます? 多分書けるはずなんですけど」

「えーっと、どうだろう」


 ニコレイナスが差し出してきた用紙の記名欄。入学願書と書かれている。最初は謎の暗号にしか見えなかったが、今では読むことが出来る。変換機能っぽいなにかが働いたのか。よく分からない。ならば、書けるかもしれない。適当にペンを走らせると、なんだか素敵な筆記体で自分の名前を書く事ができた。


「おや、これは達筆ですねぇ。ミツバ・クローブ、ですか。ブルーローズの名誉姓は、貴方が大人になったときに、きっちり返してもらえるように図ってみますよ。それまでは、ちょっと我慢して下さい。ムカついたら自分で頑張ってもいいですけどねぇ! 言ってくれれば、私もそれはもう本気で手伝いますよ?」


 狂気の笑みを浮かべるニコレイナス。それでもなんとなく親しみがわくのはなぜだろう。もしかして同類なのかも。私ってそういう性質なのだろうか。多分常人だと思うんだけど。こういうのは客観的評価が重要である。つまり、私は私らしく生きるのがベストであるということだ。簡単な話だった!


「で、どうします? 一切合切まるっとやっちゃいます? なんなら今から――」

「気にしないでいいです。長い名前は面倒なので、むしろ気楽になったかもしれません。愛着もないですし」

「あははは、それは前向きで素晴らしい! そうそう、貴方のお父様――ギルモア卿からですね、こっそり後見役を頼まれていたのです。当主代行にはミリアーネ様が就かれましたが、ちゃんと貴方をバックアップしますので。最初から最期まで、私がきっちり面倒を見させていただきます」


 親指を上げてグッとポーズを取る所長。リアクションをとりにくいが、私も同じポーズで感謝をしておく。


「本当にありがとうございます、ニコレイナス所長」

「ああ、硬い硬い。ニコ、と縮めて呼んでください。いつもニコニコ、ニコ所長です。この名乗りと同時に笑うんです。これ、私の持ちネタなんですけどね。これをやると皆顔が引き攣るんですよ! おかしいですねぇ!」


 そう言って、ニコニコとは程遠い笑顔で嗤う。ニタニタというかケタケタが似合いそう。でも、私には良くしてくれるらしいので、ちゃんと頭を下げておく。色々と手配をしてくれるし、ここから連れ出してくれるのだから何も文句はない。ありがたい話である。ここはもう全力で頼ってしまおう。


「それで。学校では、魔法の使い方とかも勉強できるんですか?」

「ええ、もちろん。生きていくのに必要なたくさんのことを学べますよ。その逆もですけど」

「逆?」

「生き方とか殺し方とか。まぁ色々ですね!」

「殺し方? ……それって、どんな学校なんです?」

「将来安泰の王立の学校です」


 ということはエリートなのかも。いわゆる国立学校である。凄い。


「学校の名前を聞いてもいいですか?」

「ローゼリア王立なんたら学校です」

「なんたら学校?」

「おや、うっかり忘れてしまいました。ま、行けば分かりますよ。この時期ですから編入という形になりますが、貴方はかなり頭が良さそうですし、きっとなんとかなります。体力勝負なところもありますしね!」


 ちょくちょく不穏なことを言っている気がする。スルーすべきかどうか悩む。悩んだところで結論は変わらない気もするし。


「さてさて。それではお名残り惜しいですがそろそろ」


さっさと入学願書をしまいこむと、立ち上がるニコレイナス。本当にせっかちらしい。それか所長というくらいだから本当に忙しいのだろう。慌てて私も立ち上がる。


「ニコ所長、色々とありがとうございました。なんだか、良く分からないうちにこんなことになってしまって」

「あははは、感謝なんていりませんよ。目覚めてから今まで、色々と大変だったでしょう? でも、これからは好きに生きられます。存分に好き勝手に生きてください。この大陸の情勢もこれからは激しく動きますよ。王都もなにやらキナ臭いですし。厄介なカビも蔓延してきているようで。それなりに安定していた時代は終わりを告げ、これからは激動の時代です。ワクワクドキドキが止まりません。貴方も私も、頑張って生き抜いていきましょう!」


 そう言って強引に握手すると、踵を返して鼻歌交じりに出て行ってしまった。まさに嵐のような人である。


「激動の時代。どういうことなのかなー」


 良く分からないのでもっと質問したかったが、ニコ所長はもういない。代わりに険しい表情の魔術師さんたちが入ってきて、色々な荷物をどんどんと置いていく。わざわざ袋を開けて見せてくれる。制服、着替え、生活用品、勉強道具が入っているらしい。ニコ所長と違って不愛想だった。けれど親切らしい。


「丈があっているか試着してもらいたい。他に必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ。用意できるものはすぐに手配する」

「は、はぁ。ありがとうございます」

「翌朝、王都ベルに向けて出発する。ミリアーネ様や、他の者に何か伝えたい事があれば聞いておく。手紙でも構わない」


 特に思いつかないので、結構ですと言おうと思ったら口が勝手に開いてしまった。どうやら私は言いたい事があったらしい。


「色々とお世話になりましたと。このお礼は、いずれ、必ずしますと、お義母様にお伝え下さい」

「……た、確かに承った。そ、それでは、失礼する」


 僅かにうろたえた魔術師さんは、早足でさっさと出て行ってしまった。他の人達はへっぴり腰で出て行く。所長に似て忙しい人達である。

 私は用意された制服を早速身につけ始める。鏡がないので、似合っているかは分からないのが残念。

 ……なんだか、第一印象は軍服みたいだなーである。というか、帽子は明らかに軍帽である。格好良いけど、学生としてこれはいかがなものだろう。ついでに、刃が潰されたサーベルまで用意されている。実に謎である。


「うーん。こうかな?」


 ぎゅっと柄を握りしめてみる。それなりに重いけどなんだか格好いい。私のサイズに合わせてあるし、本当の剣士になったみたい。思わず笑みがこぼれる。すると手から何故か紫が出てきたので、意識して刀身に向かわせてみる。


「すごい。紫ソードになった。あー、どこかで見た光るおもちゃの剣ですね」


 何か標的はないかなーと思って窓から外を眺めてみる。いなかった。仕方ないので、無意識に任せて振るってみることにした。


「――えいっ、と」


 ブオンとなんだか不気味な音を立てて、紫の光は壁にぶつかっていき消失した。『お抱えの犬』さんの悲鳴が聞こえた気がしたけど気のせいである。だって、それがどの犬なのか私にはさっぱり分からない。第一私は動物が多分好きなので、無意味に攻撃なんてしないのである。


「しかし、本当に無意味な光芸です」


 やっぱり私の魔法は宴会芸と分かってしまった。今回のは名付けるとしたら、がっかり必殺剣か。勉強したら立派な魔法が使えるようになるだろうか。うーん、どうも使えない気がする。そうしたら諦めて、紫の光を使った宴会芸をマスターすることにしよう。ニコ所長の持ちネタみたいに、人付き合いの潤滑油になるかもしれないし。

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