第六十九話 青の塔
そんなわけで私は頭のおかしい難民大隊の人たちを率いてブルーローズ州にやってきました。最近忙しすぎて時間の感覚がおかしくなっている。今は大輪暦587年の10月。秋のバラが見ごろの過ごしやすい時期である。私が王様じゃなくて大統領になってからもう4か月。慌ただしすぎて一息つく暇もない。
「見てください。薔薇がとっても綺麗ですよ、アルストロさん」
「はい! 仰る通りかと! 素晴らしいですね!」
「ブルーローズ州ですから、やっぱり青い薔薇が多いんですよね」
「鮮やかな色で大変美しいです! 流石はミツバ様の故郷です!」
何を言っても否定しない超絶イエスマン。頭のおかしな人筆頭のアルストロさんは何故かついてきた。杖だから大変なのに、必死になってだ。つれていかないといったら涙と鼻水を流しながら泣きついてきて、収拾がつかなくなったので仕方なく認めることにした。一応難民大隊の司令官だしと思ったけど、この前まで腐敗貴族だったので指揮力に期待はできない。裏切らないという忠誠心だけは多分認めてもいいんだろうけど。
「恐れながら閣下。いくらなんでもこの兵力で守り通すのは難しいかと。ここは一旦退くというのもありかと考えますが」
「国家の最高指導者がわざわざ出張ったのに、一戦もせず尻尾を巻いて逃げるんですか? 面白いことを言いますねガンツェル少将は」
目を細めて睨みつけると、冷や汗を流す顔色が悪くなる偉そうな軍人さん。この人はかつてちょっとだけお世話になった旧第10師団長のガンツェル少将だ。ちょっと前まで中将だったけどベリエ要塞陥落の失態で少将に降格させられたとか。ストラスパール駐屯地からさっさと撤退している途中にこちらと嫌々合流したという感じ。軍務大臣サルトルさんからかなりキツめの命令書を受け取ったらしいよ。3千人程度はいるけど、ガンツェルさんを筆頭に士官クラスの戦意は極めて低いのが見てとれる。逆に徴兵されてきた人たちは意外とやる気がある。余所者から故郷を守るんだという意識があるとかなんとか。愛国心があるのは素晴らしいよね。頑張って殺して死んでほしい。でも今回は彼らの出番があるかな? どうかな? 楽しみだね!
「も、申し訳ありません閣下。しかし、要塞に籠るならまだしも、ただの街道で多勢を迎え撃つのはいかがなものかと。兵力差が如実に現れる結果になるのは間違いありません。2万に対して総勢5千程度ではいくらなんでも」
「そんなに嫌ならまた逃げてもいいですよ、ガンツェル少将。でも敵前逃亡はローゼリア軍では確か許されないんですよね。士官学校で勉強しましたし。違いましたっけ、アルストロさん」
「はい、ミツバ様に逆らうのは決して許されません。死刑です」
「じゃあ、少将が逃げたら殺していいですよ。二度目ですし。でも可哀想だからギロチンでやってくださいね」
「承知しました!」
アルストロさんが合図すると、難民大隊から選抜された格好だけは立派な親衛隊がガンツェル少将の両脇に立つ。青薔薇みたいな顔になっちゃったガンツェル少将は首を横にぶんぶんと振っている。色々と説明するのも面倒なので、特権行使をしただけである。最高権力者はこれが許されるからいいよね。独裁者がやめられなくなる理由も分かるというもの。でも私は約束を守るので時期が来たらきっちりやめる。約束を破ると針千本とか私の知識にはないけどある。千本とか用意するの大変なので、私は百本でいいと思うんだよね。でも百本というのは破ったことへの罰であって、許されるかどうかは別問題だと思うよ。だから、ちゃあんとギロチンをもってきたよ!
「あ、そういえば聞きたいことがあったんです」
「な、なんでしょうか閣下」
凄く震えているガンツェル少将。勲章は沢山だけど将官らしさなんて微塵もない。こんな人がなんで劣勢の共和国に残っているのか気になるところだ。
「どうしてさっさと降伏するか亡命しなかったんです? 少将は貴族だし共和国への忠誠心なんてないでしょうに」
「わ、私には軍人としての誇りがあります! 怨敵プルメニアに降伏や亡命など冗談ではありませんぞ! この命、とうに国に捧げております!!」
「うーん」
唾を飛ばして反論してくるが信じられない。そんな誇りがある人が要塞に部下を残してさっさと逃げるとは思えない。しかも共和国ではなく、国と、わざとぼかした言い方をした。というわけで、これは嘘である。嘘つきは針千本らしいけど、少ない味方を殺しちゃうと私の損なので許しちゃう。最高権力万歳だね!
「あはは。状況と位置が悪かったですねぇ、少将は」
「な、何を。ゴホッゴホッ」
「あはははは! 身から出た錆、自業自得、色々な言葉を送りたくなってきました! 死なないように頑張りましょうね!」
本当に可哀そうと肩を強めに叩いてあげる。ガンツェル少将に共和国への忠誠心や軍人としての誇りはほとんどないだろう。よりによってストラスパールとかいうヤバイ位置に置かれていたから逃げ遅れただけ。プルメニアに逃げるには先の敗戦での評判が厳しい。無能な将を受け入れてどうするんだという話だし、あの時は相互不可侵が結ばれていたからね。そして王党派と結託して挙兵しようにも兵は少ないし、私の庭のブルーローズ州からは近いしでさっさと潰される可能性が高い。だから身動きできなかったんだろう。可哀想にね!
ガンツェル少将を励ましていると、文官さんに声を掛けられる。
「ミツバ様。まもなくブルーローズ家邸宅ですが、予定通りでよろしいですか?」
「はい。三日だけ時間をください。ちょっとやることがあるので。その間にガンツェル少将と最低限の打ち合わせでもやっていてください。疲れたら勝手に休んでいいですよ」
「承知しました!」
私はまだまだやることがある。戦争中だというのに他にもやることが多い。アルストロさんが足を引きずりながら去っていくと入れ替わりに沢山の文官が迫ってくる。軍事もそうだけど内政のことなんか詳しくないから、私がやることは承認するかどうかの判断だけ。難しいことは大臣や議会の人が考えてくれるわけで。大体はOKだけど、こっそりと私の権限を制限する法案を忍ばせてくるからそういうのはNGである。凄い尖ってる超抵抗勢力はこの数か月で、『反革命罪』の称号をプレゼントして大体ギロチン送りにしたから最近はそういうのはないけどね。私が言うのもなんだけど、恐怖政治って本当に怖いね! でもやりすぎると反動があるから注意が必要らしいよ。それを利用してさらに抵抗勢力をあぶり出すやり方もあるとかなんとか。政治って凄いね!
「閣下、会談の準備ができました。本当にお会いになるのですか?」
「ええ。手紙だけじゃなく、直接会っておかないと。煽る人がうじゃうじゃいるから、簡単に乗せられて死んじゃいそうですし」
「閣下。証拠は掴んでいるのです。むしろ」
「だから直接確認するんですよ」
何か言いたげな文官さんを無視して、懐かしの私の家に向かう。今は元国王さんに貸してるけど、あれは私のお家である。窓から見える景色が大変素晴らしいのだ。それ以外知らないともいうけど、私が満足ならそれでいいんだよね!
◆
ブルーローズ家邸宅、監視塔。いわゆる厄介者を閉じ込めるのがこの監視塔だよ。ちなみに青くない普通の石造りだよ。前に装飾してあげた骨飾りはしっかり撤去されていたよ。迫りくる敵勢を早めに察知するのが役割だったらしいけど、監獄としての役目の方が主だったみたい。カビくさくて暗いのが難点だけど、心がとても落ち着くのである。この塔は私のお気に入りである。私が寝てた部屋の窓からずーーーーーーーっと見えていたしね!
「…………」
「…………」
そんな監獄塔の部屋の中で、私と元国王のルロイさんが座って向かい合い、扉の前には武装した親衛隊が控えている。ルロイさんは特にやつれている様子もなく、体調も良好なようだ。その割に空気が重いが、盛り上がる話題もないから仕方ないね。困ったときは家族の話題というらしいし、こっちから振ってみようか。
「マリアンヌさんたちと合流できてよかったですね。仲良く暮らしてますか?」
「ああ、心穏やかに家族や皆と暮らしているよ。君、という呼び方では不敬か。閣下には大変面倒をかけて申し訳なく思っている。まさか彼女が押しかけるような真似をするとは」
「この部屋では呼び方はどうでもいいですよ。私は気にしないので」
「……そうか。では、この部屋の中だけは失礼をさせてもらいたい。一つ、君にどうしても聞きたいことがあった。あの時は混乱していて聞けなかったが」
「折角なので遠慮なくどうぞ」
「君は、何故、王になりたかったのか」
「私の存在をこの世界に深く刻み込むためですよ。私の名前を、記憶や歴史に。そうすれば私たちは永遠に存在できる。とっても素敵だと思いませんか?」
私が笑うと、ルロイさんは目をぱちくりとさせた後、静かに溜息を吐いた。
「正直、私には理解できない。生まれながら王を継ぐ地位にあった私には、きっと、永遠に理解できないのだろうね」
「あはは。理解しなくても、貴方の名前も刻まれますよ。でも、私に殺されていた方がもっと印象に残ったと思いますよ」
「……どうして、私たちを助けたのか聞いても? 君たちからすれば、私を生かしておく利点はないだろう。どう考えても殺してしまった方が良い」
「今となってはまぁ、どっちでも良かったかなって感じですね。私はどっちでもよかったし、私は殺してしまったほうが良いと言ってたんですけど、私が歴史を変えようとかなんとか。あはははは、本当意味がわかりませんよね! どこが穏健派なのか頭を開いて見てみたい! あれ、そうすると私が死んじゃいますね」
首を横にぶんぶんと振って否定する。自分の頭を開いて鏡で見るとか頭がとてもおかしいと思う! ルロイさんもびっくりしているし。気を使ってくれたのか、話題を変えてきてくれる。
「それで、執事のモーゼスから色々と聞いているよ。共和国が大変厳しい状態にあると。君が私に話があると持ち掛けてきたことに関係があるのかな?」
「ああ、そうですそうです。大事なことを確認しようと思って」
「大事なこと?」
「マリアンヌさんが色々と動いているみたいでして。使用人を装った人間が出入りしているのを、こちらで捕まえちゃいました。中々口を割らなかったんですけど、色々したらペラペラと楽し気なことを喋っちゃいました」
「……………………」
ここブルーローズは私のお庭。貴族や富裕層や聖職者たちの評判は最悪だろうけど、市民層からの評判はばら撒き政策のおかげで上々だ。いつまでも続けられる施策じゃないけど緊急時だからね。そんなわけで、ルロイさんが軟禁されているらしいと噂のあったこの屋敷は市民たちからばっちり監視されていた訳で。忠実な市民たちからの密告が相次いで、マリアンヌさんの動向は私に筒抜けだったのである。
マリアンヌ元王妃陛下の目的は簡単。ルロイさんの王位返り咲きだ。分かりやすくてとても良い。プルメニアのマグヌス中将とかいう司令官に書状を送っている。簡単に言えば首都攻めの旗頭にしろと。
「率直に聞きますが、また王様に戻りたいですか?」
「いや、私、余は戻りたくない」
「マリアンヌさんが望んでもですか?」
「妻が望んでもだ。余に王は務まらない。余は大事な事柄を決断できない男だ。そんな人間にこの動乱の情勢を乗り切ることは不可能だ。だから、私には無理なのだ」
「今ならプルメニア軍に合流しても良いですよ。一家全員で行ってください。大サービスで見逃してあげます。ほら、余計なことを止めろと強く釘を刺しても、やりたくなるのが人間ですよね? だから向こうについてベル攻略の旗頭になっても構いません。今だけ、私が、特別に見逃しちゃいます」
次は許さないけど。
「いや、心の底から遠慮させてもらうよ。もう利用したりされたりするのはうんざりというのが本音でね」
「でも王党派の人は諦めてないみたいですよ。弟のフェリクスさんも。力にならなくていいんですか?」
「フェリクスにはフェリクスの考えがあるのだろう。そして彼らにもだ。私にはそれを止めることなどできないよ」
「そうですか」
「王という呪縛から逃れ、ただのルロイになり、ようやく自由を得られた気がする。あの革命でローゼリアが王国から共和国になり、市民だけではなく私も救われたと思っているのだ。今の楽しみは息子のマリスと錠前を作ることでね。いずれ鍛冶工房でも開かせてもらおうかと考えているくらいだ。心から今の生活を楽しんでいるよ」
「そうなんですか。それは本当に良かったですね」
ニコニコ笑顔のルロイさん。呑気な人で実に羨ましい。何もしなくても立派な屋敷もあるし、家族団欒を楽しめるし、趣味に没頭できるし、執事のモーゼスさんやお付きの人もいっぱいいるし。そりゃあ超楽しいだろうなぁと思う。やっぱりギロチン送りでいいんじゃないと私も賛同しそうになっちゃう。でもまぁいっか。今更殺しても楽しくなさそうだし。
「――というわけで、ルロイさんは今の暮らしをとても満喫しているそうです。貴女の企みに加わる気は毛頭ないとのことです。じゃあ、後は家族の皆さんでよく話し合ってくださいね」
私が立ち上がると、親衛隊が素早く扉を開けてくれる。外には親衛隊に囲まれている母子の姿。目を見開いて呆然としているマリアンヌ元王妃と困惑顔のマリス元王子さんだ。ルロイさんも口を開けたまま止まっちゃった。でもお互いに本音を聞けたから良い機会になっただろう。後は家族の会話を楽しんでもらうとしよう。私は私で忙しいのだ。
「それじゃあ、これから三日間、私は一番上の部屋にこもりますので。食事も全部そこでとります」
「本当に宜しいのですか? あそこならまだ野営地の方がマシです。必要なら部屋も用意させます」
「大丈夫ですよ。前にいた経験がありますから。没頭できる暇つぶしも今回はあるので、全く問題ありません。何かあったら連絡くださいね!」
親衛隊に軽く合図して、狭い階段を上っていく。懐かしの牢獄部屋だ。暗くて狭くて怖くて実に素晴らしいね! 紫に変色している青薔薇の杖を握りしめる。私のお父様から貰った、私だけの大事な宝物だ。さぁ、一息ついたら一杯の薔薇を咲かせよう。本当に大変だけど、私だけで精一杯頑張ろう!