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第六十八話 嘘ついたら針何本?

 ベリーズ宮殿の会議場。目まぐるしく動く事態に、周囲の文官たちはあわあわしているが、私の思考は極めて冷静である。冷静かつ大興奮だ。賑やかな方が楽しいしね!

 

「舌の根も乾かぬうちにプルメニアが攻め込んでくるとは! 直ちに抗議の使者を出しましょうぞ! 正式な不戦協定を破棄の宣告もなしに破るとは許される行いではありません!」

「ラ、ラファエロ殿の言う通りかと。こ、これ以上包囲されたらもうどうにもなりません。なんとか翻意させなければ我らは皆殺しに!」


 顔が真っ赤のラファエロ外務大臣と顔が真っ青のハルジオ財務大臣。赤青コンビで面白いなぁと思わず拍手しそうになったが我慢する。他のサルトル軍務大臣、ヴィクトル内務大臣やらシーベル法務大臣は黙り込んで難しい顔。ニコレイナス所長はニコニコ楽しそう。国民議会議長のサンドラはというといつも通りの鉄面皮。クローネ元帥はどうするんだと問いかけてくる感じ。

 ここだけの話だけど、ハルジオさんはそろそろ罷免予定である。後任もそこそこ使えそうで暇そうなネルケルとかいう人がいたので、現在交渉中。ハルジオさん本人も向いていない向いていないとしつこく泣きついてきているから、一つの仕事を成し遂げた後辞めていいよと言ってある。それはロゼリア紙幣の廃止かつ期限付きでの共和国新紙幣との強制交換である。交換比率は3分の1。元市民階級には温情で食料配給券プレゼントというアメ付き。混乱必至なのでハルジオさんはその責をとってさようならという形である。物理的に首にするのではないから安心してほしいとちゃんと伝えた。嫌だけど誰かがやらなくちゃいけないので仕方がない。あんな紙切れもう誰が何をしてもどうにもならない。損切りは早い方が良いのである。

 

「抗議の使者なんて出さなくていいですよ。約束を破ったんですから、報いは絶対にあります。ええ、間違いなく。絶対に許さないですよ」


 皇帝ルドルフさんの意向じゃないんだろうけど、同じことだよね。約束は約束だ。ローゼリアとプルメニアは戦わないという協定だったし。部下が勝手にやったこと、私は知らない存じ上げない関知していないなんて言い訳はとっても素晴らしいと思うけど、私は認めないし許さない。遺憾であるなんて言おうが許さないのだ。

 

「し、しかし、それでは」

「今考えるのはどう対処するかということですよね。といってももう決まってるんですけど」

「と、言いますと?」

「王党派本拠地のカリア攻略は計画通りに進めます」


 問いかけてくるサルトルさんに、簡潔に言い放つ。というか取れる手段なんて限られているしね。兵力は勝手に湧いてこないよ。国が落ち着けば合流してくる師団やら将兵もいるから、湧いてくるともいえるけれど。今の手勢は虎の子の共和国第一軍団(旧第7師団)の3万人、首都警備にあたっていた親衛隊やら旧王都警備局の5千。ついでに難民大隊の2千人。たったのこれだけ。あとは各地の師団があるんだけど、こいつらは命令に従うかは不明である。旗色を露わにしている連中は多少あてにしてもいいんだけど、いつ裏切るかは分からないので数に数えられない。どんどん制圧していくことで、ようやくこちらの戦力として数えられる連中も増えてくる。それはカリアに籠っているフェリクス王弟殿下の王党派も同様。彼らが支配権を広げていけば、どんどんこちらは劣勢になる。私は詳しくないけどオセロみたいなもんだね! でもカドにあたる首都はこちらが抑えてるけど。あれ、カドをとればいいっていうのは初心者なんだっけ。まぁいいや。

 

「では、プルメニア軍はどう対処するのですかな? 現在、ストラスパール州に駐屯しているのは、旧第10師団の残党3千のみ。まだ詳細は分かりませんが、ドリエンテから進攻しているらしきプルメニア軍はおよそ2万。とてもではありませんがもちこたえられませんぞ」

「そんなことは分かっていますよ。まさに国家存亡の時というやつで。だから私が行きますね!」

「は?」


 唖然とした表情のサルトルさん。他の人たちも同様だ。面白い顔。私の中の私も同じ顔をしてるけど、今は私の出番。だってあそこは私の庭だからね! 大統領だから最高指揮官。つまり、大元帥の地位を貰って出撃だ。元帥の中でも大がつくから超凄いのである。本当はクローネにあげるつもりだったんだけど、元帥で良いと丁重にお断りされたので空席だったのだ。

 

「難民大隊2千を連れて私が防衛に行きます。残念ですけど、ストラスパール州は間に合わないので遺憾ながら放棄します。駐屯している兵と合流して、ブルーローズ州の境オセール街道で迎撃します」

「馬鹿なことはおやめください! 自殺行為ですぞ! ここはカリア攻勢を一旦諦め、王都、ではなく首都の防衛を固めるべきかと!」


 ラファエロさんが馬鹿なことを言っている。防衛してなんになるのかさっぱりだ。今は支配圏の奪い合いなのにジッとしていても意味なんてない。動いて殺して支配するのが大事である。間違いない。ちなみにもう王国じゃないから首都なんだよ。王都ベルが馴染みがありすぎて間違えちゃうよね。

 

「駄目です。それぐらいしなければ共和国は包囲されて踏みにじられて終わります。でも、私が死んでも自由は死にません。大事なのは戦い続けることです。私が率先して戦いに出向く姿を見せる。それが大事なんです。そうすれば革命の炎は消えませんよ!」

 

 偉い人の言葉をお借りして偉そうなことを言っておく。ジーンとしている人もいるが、私の本性を知っているサンドラとクローネは呆れ顔だ。

 

「なるほどね。私がカリアに出向いて、王党派をボコボコにするのはいいさ。上手くやってみせる。それで、あー、チビじゃない、大統領閣下は勝算があるのですか?」

「もちろんあります。ブルーローズ州は私の庭ですから。本物の地獄を見せてやりますよ」

「はは、それは頼もしいねぇ。それじゃあ私と第一軍団は予定通りノースベルを通り、沿岸都市のアミン、ブルージュ、そしてカリアへ向かう。心配しなくてもイエローローズ州は確実に落とす。副将にはセルベール元帥だ。で、ここの守りはどうする?」

「サルトルさんとアルストロさんにお任せします。首都警備局と親衛隊を使ってなんとかしてください」

「……承知しましたが。ですが流石に2千では厳しい。閣下、せめて総勢一万は集めなければ」

「これ以上、首都から引き抜いたら緑化教徒やら隠れ王党派にやられちゃいますしね。集めてる時間もないし厳しいですが仕方ないですよ。難民大隊の皆でなんとかします」

「しかし、彼らの忠誠心は認めますが、練度については些か」

「そこは気合と根性で」


 ぜんぜん納得していないサルトルさんだが、溜息を吐いて頷いてくれた。というか誰が反対しても私は行くしね! 全権委任法があるから私の言うことには逆らえない。独裁者万歳である。さっさと廃止した方がいいと思うから後世の賢者に期待しようね!

 

 



「――待て。本当に行くのか? 死ぬぞ」


 大体の方針を決めて、会議を解散したらサンドラに声を掛けられた。あの事件以来では、まともに会話するのは初めてだ。やっぱり友達との会話は心が弾む。思わず笑みもこぼれちゃうというものだ。友達が沢山できるのは嬉しいことである。


「ええ、行きますよ。私がいけば現地の市民たちが革命の意志に目覚めて、大勢参戦してくれるかもしれませんし。死んでもそれはそれで悲観する必要もないですよ。私は死ねないし死なないですから。もし、万が一にも死ねたら逆に革命の象徴として語り継がれちゃいますね。革命の女神ですよ」

 

 絵画に残してほしいものだ。革命の女神。格好良いね。背丈は盛ってほしい。


「何を馬鹿なことを。第一お前が革命を語るなどふざけるな!」

「私はいつでも真剣です。ほら、私は国民の代弁者ですから沢山語りますよ」

「何が代弁者だ。それもただの思い付きだろうが!」


 当たりである。私は王冠が欲しかっただけ。でも一度取ったら、強引に奪い取られるのは嫌なものである。あげるなら私の意志でが良い。


「相変わらずサンドラは鋭いですねぇ。でもそれだけじゃないんですよ」

「何がだ」

「約束を破った連中が許せないので。放っておいたら私の庭が無茶苦茶になっちゃいます。あそこは私の場所。私の生まれた場所を取るなんて絶対に許さないし許せないし一人も帰さないし絶対に殺すし肉片も残しませんよ」

「ミツバ?」

「……ああ、ごめんなさい。ちょっと、私なので、色々と不安定でして。やっぱり、人付き合いは難しいですね。誰もが恐れる呪い人形の方が楽でいいです。近寄らないし近寄られないから楽なんです。ああ、お父様とお母様がいればもっと人生楽ができたのに。こうなったのも全部ミリアーネのせいですね。死んでほしいけど長生きして苦しんでほしいです。グリエル義兄さんのときはスッキリしたけど後でもっと苦しめればよかったとか思っちゃいましたし。やっぱり、人生って難しいですね!」

「…………」


 無言のサンドラ。こちらを観察するようにひたすらジッと眺めている。その瞳は感情が読めないからさっぱり分からない。生まれ変わったら読心術の使い手になりたいものだ。

 

「勝算はあるのか? 信じがたいが、本当に民意を煽るための自己犠牲だというのなら止めておけ。無意味な血が流れるだけだ。今更ブルーローズ州にこだわる必要はないだろう。もはや七杖家に意味はないのだから。ラファエロと同意見なのは不愉快だが、態勢を整えて迎え撃つのが最善だろう」

「自己犠牲なんて私には無縁ですよ。ええ、私にとって意味はないけど、実は私にはあるんです。多分。それに、勝算はあるから行くんです。あそこは私の庭ですから。色々とうってつけの『塔』もある。命を惜しまない人たちも2千人いる。相手は2万でしたっけ。地獄を作るには十分です」

「…………全く理解できないが、止めても無駄なようだな。全権委任法はすべての行いを許してしまう。あんなものは絶対に許されない代物だ」

「あはは、その通りです。帰ってきたら、また遊びましょう。正しい国の導き方を勉強したいです。ほら、私は為政者一年目なので」

「……遊ぶなど冗談ではないが、気が向いたら対談することは吝かではない。国の指導者と議会の意思疎通を密にすることは悪いことではない。阿るのではなくな。20年後の約束も忘れるな」

「ああ、それもそうでしたね。約束がありました。大丈夫、忘れていませんよ。約束は大事です」

「…………」

「それじゃあ、また」


 手を振って笑顔でさようなら。私がまた会う日まで。またねって良い言葉だね!

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