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第六十六話 包囲網

ちょっとだけ65話を修正しています。

 なんだか空気の悪いベリーズ宮殿の謁見場。王党派本拠地カリアを攻めるための準備を整えていたら、鼻息の荒いカサブランカ大使がいきなり乗り込んで来たから対応中という訳。同席してるのはラファエロ外務大臣とサルトル軍務大臣。護衛はもちろんいっぱいいるよ。暗殺される覚えは沢山あるから一応身体は守らないとね。というか大統領就任から何度も暗殺喰らってるし! 全部毒だったから生きていた宮廷料理人、宮廷使用人の皆さまは尋問後に半分くらい入れ替え。私の忖度によりポルトガルケーキ君を料理人見習いとして一応推薦しておいてあげた。彼は毒をいれられるような度胸はないと思うのである。美味しい料理に思考を巡らしていると、険しい表情の大使が怒声をあげている。

 

「直ちに、マリアンヌ様とマリス様の身柄をお返し頂きたい! このような人さらいのような真似、国際社会が許してはおきませんぞ!」

「私は知らないです。ラファエロ外務大臣、何か知っていますか?」

「いえ、私も全く存じ上げませんな」


 実は全部知ってる。私は特に指示してないけど、ラファエロさんが独断で動いたらしい。というか動かされたというべきか。亡命したマリアンヌ王妃さんはルロイさんを超心配してました。そして革命勃発で生死不明。そんな中、私の手紙をカサブランカで受け取ったラファエロさんはローゼリア帰国後、当然ルロイ元国王の生死を確認するわけで。それを一緒にカサブランカに亡命したマリアンヌ王妃に連絡する。処刑されたと思っていたルロイさん存命の事実を知った王妃は、マリス王子を連れて強引に再亡命してきた。その行動力と決断力には敬意を表したくなるが、対応がすごく面倒くさい。逃げ出せたということは、それほど向こうで重要視されてなかったのかな? マリス王子には価値がありそうだけど、ローゼリア王国復活とか、支配とか目指さないならそんなに重要ではないのかも。むしろ死んでてくれた方が、扱いは楽だったりとか思ってたりして。

 まだマリアンヌさんたちには対面はしてないけど、そのうち会わないと駄目だろう。本人は政治活動を行う気はないと言っているらしいが、怪しいものだ。王政復帰の野心を捨てられないならその時は仕方がない。

 

「ラファエロ殿もとぼけないで頂きたい。貴国側に移動するマリアンヌ様一行を目撃した者が数多くいるのだ! 貴公が手配をしたのだろう!」

「いやいや、全く存じませんな」

「自分の意志で移動してるんじゃないですか? 目撃証言だけで言いがかりをつけるのはやめてくれませんか」

「言いがかりですと? 国王を殺し、その地位を簒奪した人間が何を言われるのか!」

「大使殿。我らの代表、ミツバ様への暴言はやめていただきたい。大統領の地位にあるお方ですぞ」

「…………」


 黙り込んでしまった大使殿。演技っぽい。本気でマリアンヌさんを取り返したいという感じは受けない。怒っては見せてるけど、なんというか抗議してみせたという形だけとっているというか。じゃなきゃ私を怒らせるような真似を、大使がうっかりするはずないし。もうカサブランカは方針を決めているんじゃないかな。


「ローゼリア王国が共和国に生まれ変わってから、カサブランカの大使と対談するのはこれが初めてですよね。確認しますが、貴国と締結した軍事同盟は、もう白紙にもどったという認識でいいですか?」

「それは大公殿下に直接お尋ねください。私がお答えできることではありません」

「では、大公殿下との会談の予定をお願いできますか」

「それもこの場でお答えすることはできません。帰国し、検討させていただきましょう。ですが、あまり期待しないでいただきたい。我が国は歴史と伝統、そして礼節を重んじる」


 全く友好的ではない大使殿。まぁ仕方ない。彼らが同盟してたのはローゼリア王国で合って、共和国じゃないしね。しかし礼節とは面白い。思わず噴き出しそうになった。

 

「そうですか。良く分かりました。マリアンヌ様、マリス様については我が国でも捜索を行うと大公殿下にお伝えください」


 そう言って、強引に会談を打ち切って大使を下がらせるとサルトルさん、ラファエロさんが近寄ってくる。

 

「あの態度、最後の発言。カサブランカは恐らく」

「ええ、敵国と見たほうが良さそうです。ローゼリアは内乱中ですし。美味しい料理を取りに来ましたね」

「ミツバ様、申し訳ありません。マリアンヌ様がまさか強行してくるとは思いませんでした。しかし放置もできず!」

 

 一緒にカサブランカに亡命した仲だろうし、仕方がない。それにだ。

 

「マリアンヌさんたちが逃げてこなくても、いずれにせよ攻めてきてたでしょうし。ローゼリア王国から逃げ出した亡命者も多いし、マリス王子を旗頭にすれば戦争の口実になります」

「なるほど、確かに仰る通りです」

「カリア攻めはどうされますか? 主力を差し向けた場合、カサブランカとの国境まで手を回すことはできますまい。国境のモンペリア州はピンクローズ州と隣接しており、下手をすると王党派との挟撃に遭う恐れがありますぞ」

「カサブランカが同盟破棄までして攻め込んでくるとなると、北東のヘザーランドも動くと考えないとならないかと。グリーンローズ州の王党派と合流するのは間違いないでしょう」

「裏でリリーアが動いてるんですかね。自分の足元の疫病で精一杯かと思ったんですが、動きが早い。流石は海洋覇権国家ですね」


 リリーアを舐めてた訳じゃないけど、全方位から攻められそうな勢い。うーん、やばい。でも楽しくなってきた。偉くなったから規模も大きくていいね。

 

「カサブランカ相手に交渉を行いますか? マリアンヌ様の身柄を使えば、時間を稼げなくはありませんが。マリス王子を引き渡すのは賛成できませんが……」


 乗り気じゃないラファエロさんだが、外務大臣だから一応提案してくる。時間稼げるかなぁ。なんというか、カリア進軍直後に速攻で侵攻してきそうな気がする。政略結婚で出したってことは、切り捨てる覚悟もしてるだろうし。

 

「いや、もうしなくていいですよ。ルロイさんたちは野心を持たない限りは私の邸宅に放置で。多分接触してこようとする連中がいますから、それは拘束、尋問、処刑でお願いします。不穏分子をあぶりだす役割くらいは担ってもらいましょう」


 いわゆるなんとかホイホイ。どんどん群がってきそう。


「しょ、承知しました」

「モンペリア防衛についてはどうされるおつもりか?」

「? ローゼリア共和国は国民の国なんですよ? 自分の国は自分で守る。当たり前じゃないですか。全員に武器を渡して戦わせます」

「よろしいのですか? おそらく戦いになりませんぞ」

「自由には責任と義務が伴いますからね。仕方ないですよ。それに、知ってますか? 追い込まれれば追い込まれるほど、愛国心というのは高まるんです。共和国を潰そうとする反革命分子との戦いですからね。貴族支配に戻りたくなければ、市民は戦わなくちゃいけません。新聞社に上手く煽らせてください」

「承知しました。皆、国のために命を賭けることでしょう」


 サルトルさんが深々と頷いた。一応一般論は逝ってくるが、タカ派だから市民の犠牲など全然気にしないだろう。ラファエロさんはちょっと引いてるけど。

 北西は王党派本拠地のカリアと海を挟んでリリーア、北東はヘザーランド、南西はカサブランカ。東のプルメニアは不戦中だけど、さてさてどうかな。その裏にそびえるクロッカスもいるし。ローゼリアはそれだけでも大変なのに、王党派がそこら中にまだ散らばってるし、緑化教徒もまだまだうじゃうじゃいるっぽいし。本当、敵には困らないね! 皆死ねば良いのに。でもそれをやると私も疲労で消えちゃうから頑張って戦っていこう! ズルには代償が伴うからね。しかたないしかたない。

 

 



「サンドラ」

「……ヴィクトル内務大臣」


 議会終了後、憂いを帯びた表情のヴィクトルが話しかけてくる。あの革命以来、面と向かって話すのは初めてである。

 

「次の選挙のための制度を作り、国を治めるための法案を作る。実にやりがいのある仕事だが、本当に意味はあるのかと、ふと考えるのだ。君はどうだ。何も考えずにいられるのか?」

「全権委任法のことですか」

「そうだ。あのような悪法、我らの命を賭けてでも通すべきではなかった。あんなものが認められるような国は、共和主義国家ではない。それは君が一番分かっているはずだ」

「ええ、同意しますよ。共和国の名を借りた独裁国家です。だが、仕方ないでしょう。今は一々議場で採決を取っている暇はない。ミツバの考えにも一定の理解は示します。理想を守るために、国が潰れては意味がない」

「……革命を守るためにはやむを得ないと?」

「そういうことです。第一、反対しても数で押し切られる。ミツバ派の勢いは止められない。国民議会の多数派は奴らだ。覆すには次の選挙で多数派を得るか、ミツバ派を切り崩すしかない。だが、難しいでしょう」


 市民議会の後を継いだ国民議会。多数派だった山脈派はグルーテスや幹部の死亡により瓦解。議員たちは先の事件の混乱で王党派ともども捕らえられて粛清されている。平原派はヴィクトル拘束を受け、更に市民の熱狂を見てミツバ派に鞍替えする者多数。大地派はシーベルが率先してミツバ派に鞍替えする有様だ。7割がミツバ派、3割がその他と言ってよいだろう。ヴィクトルは色々と打開策を練っているようだが、現状維持で精一杯だ。

 

「脅迫と扇動を用いての政治弾圧ではないか。こんなことが許されるはずはない」

「その通りです。ミツバは許されないことをした。いずれ、報いは受けるでしょう。ですが、まだその時ではない」

 

 サンドラはそう言い切ると、議場を後にした。先日押し切られた全権委任法。議会の意志よりも、ミツバの意志が優先されるという悪法。サンドラは血が出るほど歯を食いしばったが、議長職を辞することはなかった。この危機にあるローゼリア共和国を見捨てたくはなかったからだ。そもそも、許されないことをしたというのであれば、政治体制を覆すために武力革命を行おうとした自分たちはどうなのかという自己批判をしなければならない。革命を成し遂げるためという理屈が許されるならば、それはミツバにも適用される。

 実際に革命はなされ、国王は退き、共和国は設立されたのだ。革命は成就したのだ。この国の実情がミツバの独裁国家であろうとも、貴族制度は見事に破壊され、その財産は貧しい市民に分配されている。過去を捨てきれない王党派の連中も拘束次第ギロチン送り。ミツバは理想、実益、そして恐怖によって統治をおこなっている。そして今はそれが怖いくらいに上手く回っている。ミツバの支持者は日を追うごとに増え、彼女が嫌う緑カビのように繁茂し始めている。それは愛国心へと繋がり、我らの手でローゼリアを守るのだという意志を強めている。

 

「20年か」


 長い。だが、国を立て直すには短い。脅威は四方だけでなく、内にもある。だから、20年、ミツバに国を任せる。アレの力を使って、内憂外患を全て叩き潰す。共和国を確固たるものにする。ヴィクトルが何を言おうと、サンドラの方針は既に固まっている。投獄中、ニコレイナスに吹き込まれた"あの話"を信じた訳ではない。だが、目指す方向はたまたま同じだ。ならば、自分はやれることをするだけのこと。

 

「自由を愛する平和な国、誰もが平等な素晴らしい国を作ろうじゃないか、ミツバ。それが革命を起こした者の責任だ」


 サンドラはそうつぶやくと、軽く自嘲してから執務室へと足を向けた。

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