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第六十一話 HAPPY BIRTHDAY

 ――運命の6月6日。私はのんびり着替えながら、ミツバ党の皆とお祝いパーティをしようと思っていた。人数も膨れ上がり、今は老若男女合わせて5000人! すごいね。だって後先考えず入ってもらったからね。数がいないと盛り上がらないし、賑やかじゃないと楽しくない。食い物以外の物資はそこら中に散らばってるから不自由しない。今は治安が悪いから誰も気にしないしね!

 というわけで、皆の準備が整い次第、早速パーティを始めようとしたのだが。サンドラ議員が鬼の形相でやってきてしまった。折角組んだスケジュールが台無しである。


「お前は何をやっている! 一票で運命が変わる大事な日だぞ!」

「何をと言われても。サンドラはサンドラで頑張ってください。私も応援してますから」

「この大馬鹿が! お前も国民議会の議員だろう!! 宣誓したのをもう忘れたのか!」

「その心配なら大丈夫です。昨日辞職届を出しましたし、ヴィクトルさんも受け取ってくれましたよ。それにもし議員だったなら、今日まで大事な議会を欠席してたことになっちゃいます。責任を取らないと」


 責任を取るっていうのは仕事を放って辞めるってことだよ。責任を取ってこれまで以上に仕事を頑張りますって言っても誰も納得しないからね。不思議!


「受け取っただけで受理されたとは聞いていない! 第一、そんな簡単に議員をやめられると思うな!」

「でも、休んでても怒らなかったじゃないですか」

「私も活動で忙しくて、逐一お前を見ている余裕などない。お前は抱えた難民を我らの仲間へ引き入れるために多忙だと思っていた。ヴィクトル代表からはそう聞いていたぞ」


 ヴィクトルさんめ、しっかりとこちらの動向を監視していたらしい。あの太っちょはやっぱり信用できない人だった。『用件は承った』と言ったのに。でも、認めますとは一言もいってないと言い訳するつもりかも。私も『議員辞めます』と言って辞職届を出しただけだったし。いつをちゃんと伝えなかったのはちょっとだけ失敗だった。どうでもいいことだから忘れてた。


「じゃあ今日は大事な用事があるので、改めて欠席します。お腹が痛いから病欠でもいいですよ」

「ふざけるな」


 サンドラが短銃を向けてきた。でも撃つ気はなさそう。殺気がないし、弾も入ってないようだ。


「うーん。そんなに私に議会に行ってほしいんですか?」

「今日ばかりは絶対につれていくぞ。お前を山脈派の一員と証明できる最大の機会だからな。絶対に私と同じ側に入れるんだ。今日だけは、下手をすれば命がない。冗談ではなくだ」

「それは、とても怖いですね。もし反対したら粛清でもするんですか」

「……その覚悟がなければ革命などやらない方が良い。今更融和政策を取ろうなど、愚の骨頂だ。行きつくとこまで進む。たとえ国が焼けたとしても、人と意志は残る。そこからまた立ち直ればいいだけだ」


 短銃をしまい、小さく息を吐くサンドラ。疲労が溜まっているみたい。大変だね。


「サンドラがそこまで言うなら、一緒にいきますよ。そうそう、今日は私の誕生日なんですよ。それについて一言あればどうぞ」

「また一年寿命が縮まって何よりだな」

「素晴らしいお祝いをありがとうございます。今日は、本当に良い一日になりそうですね」


 私はサンドラに微笑み、立ち上がる。えーっと、議員服は支給されてないから、軍服だ。当主の杖に、紋章、ミツバッジもつけていこう。歴史に残っちゃうかもしれないし。私の行動が世界を変える。格好良いね。


 校門から出ると、士官学校内から難民大隊の皆が歓声をあげる。『ミツバ様万歳』と。まだパーティには早いので、サルトルさんとアルストロさんにはちゃんと目配せしておく。しっかりとうなずいたので、問題なし。私も皆に手を挙げて挨拶しておく。私に万歳と言ってくれるなら、もっとこの顔を直視してほしいものだ。彼らが見てるのは私の方角であって、私自身じゃない。もっとわたしをみろ。


「見事なものじゃないか。ストラスパールや西ドリエンテの難民、さらにはスラムの浮浪者までお前を応援している。行き先を失った貴族階級も匿っているんだろう?」

「あれ。知ってたんです? 絶対怒られると思ってたんで内緒にしてました」


 その筆頭がハルジオ伯爵。市民の略奪にあって逃げ遅れた下級貴族とかもいるよ。偉そうにしたらボコっていいと言ってあるから大人しい。というかそれくらいの気概がある人たちはもう死んでる。


「何かを企めば潰すつもりだったが、何もする様子がないから放っておいた。……私が目指す世界の縮図が、あそこにはあるな」

「縮図ですか」

「すべての身分、あらゆる出身の者が平等な世界。誰もが学ぶことができ、自分の力で仕事を得て、自分の力で飯を食う。常に与えられるのでは駄目だ。それではいずれ堕落してしまう」

「なら大丈夫です。ウチは働かざる者食うべからずですからね」

「素晴らしい言葉だな。貴族たちに百回は聞かせてやりたいよ」

「暇があったら、ここにいる人たち相手にやっていいですよ」


 全然暇じゃないサンドラにそう言うと、肩を竦めて苦笑い。そして、一度咳ばらいをするとこちらに真剣な表情で向き直る。


「一つ聞きたい。お前は、国王ルロイを、どう思っている」

「特になにも思いません。あの人はあそこにいることが仕事なんでしょう。一応恩に感じているのは王妃様ですね。当主にしてくれましたから」

「…………そうか。私が思うに、あの男は善人なんだろう。全て、良かれと思って動いていたのかもしれない。だが、上手くいかなかった。そればかりか、己の家族とラファエロを逃がし更に状況を悪化させる始末だ。責任は取らねばならない」

「責任」

「国民議会が成立した以上、ルロイの存在はもう不要なのだ。国王を排除すれば戦争になると言う輩もいるが、私からすれば生かしておく方が危険だ」

「そうなんですか?」

「共和制の政府が樹立したとしても。最初からすべてが上手く行く訳ではない。痛みを伴うこともある。王党派が国王を担ぎ出そうとすれば、その度に内乱だ。どちらにせよ他国との争いは避けられん。ならば、一度徹底的な外科手術を行うべきだ」

「外科出術。つまり、ギロチン送りですか」

「可哀想だが、やむを得ない」


 私が先人の知恵を借りて作成したギロチンが歴史にまた名を残しそう。私も負けていられない。


「どうなろうと、争いは避けられないんですよね。なら、丁度良かったです」

「丁度良い? 一体なんのことだ」


 サンドラの言葉に私は笑顔で誤魔化す。「そんなことより見てください」と、群衆を指さす。


「皆、サンドラを待ってたんじゃないですか。すっかり人気者ですね」

「グルーテス代表の力が大きかった。日和ったヴィクトルから支持を奪えたのは、彼の力が大きい。煽りすぎているという批判もあるが、今は仕方ないことだ」


 山脈派過激主義のグルーテス、平原派中道主義のヴィクトル。共和クラブはこの2派閥がつばぜり合いを行っている。クラブの代表は最初はヴィクトルさんだけだったけど、いつの間にかグルーテスさんも代表を名乗るようになったとか。派閥争いも大変だ。


『サンドラー! 必ず国王を死刑にしろよー!!』

『ルロイは絶対に死刑だぞ!!』

『他の貴族共もついでに殺しちまえ!! 貴族は皆殺しだ!!』

『必ずギロチンの錆にしろ!!』

『ローゼリアは俺たちの国だ!! 俺たちこそがローゼリアなんだ!』

『共和制万歳!』


 私とサンドラ、護衛たちが議会場を目指して歩いていると、更に大きな歓声が上がる。皆鍋やら酒瓶を打ち鳴らして気勢を上げてる。もうお祭り騒ぎだ。死刑死刑と王都で木霊する。凄い光景である。これが革命かーと私がきょろきょろすると、全員気まずそうに視線を逸らす。実は私は意外と有名人なのである。最近は視線を合わすだけで死ぬとか、夢で断頭台に欠けられるとか怪談にレベルアップしてる。そらさずにニコニコと笑みを浮かべる人間たちも結構混ざっている。そしてまた全員国王を殺せと叫ぶ。


「この市民の声を議員連中は聞いている。処刑に反対する連中は気勢を削がれているはず。ここで一気に主導権を奪うぞ。お前も協力しろ」


 サンドラが眼鏡を触る。目には冷徹な光が宿っている。視線で人を殺せそうだ。多分、自分の進む道を邪魔する人間は排除すると決めているから。もう何人か自分で殺したのかな? 上院議員を嵌めてギロチン送りにしたって聞いたし。理想実現のために汚い手段も取り始めているみたい。人生楽しんでるね。


「さぁ、行くぞ。共にローゼリアの未来を作り上げよう」

「すごい意気込みですね。気分はまさに革命家ってやつですか?」

「こんなときまでふざけた奴だ」


 サンドラと二人で笑いあうと、私たちはまた議会場に向けて歩き出すのだった。議会場は、上院、下院議員の血が一杯流れたあのアムルピエタ宮殿だ。


「ところで、なんで馬車を用意しなかったんです?」

「お前に街の空気を肌で感じてほしかったからだ。間違った選択をしないようにという釘を刺す意味もある」

「ちゃんと覚悟は決めてますから、安心していいですよ」

「お前の場合、どこか信用できないからな」

「あはは、悲しい話ですね。でもその洞察は正しいです」

「そういうところが問題なのだ。反省しろ」


 前みたいに軽口もはずむ。穏やかに笑いながら視線を横にずらす。手で合図を送る。



 アムルピエタ宮殿、国民議会場。今日は各派閥がそれぞれの主張を述べ、投票していく形式らしい。私は久々の出席だから、なんだか落ち着かない。落ち着かないのは他の山脈派議員も一緒みたい。なんだかちらちらとこちらを見てるし。私が手を振ってあげると、苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向いてしまう。嫌な連中である。彼らの居場所は議会場の一番左の席。極左派なんだって。みんな左派のくせに、中道左派、穏健左派とか面倒くさい。ぜんぶなくなっちゃえばよくない?


『国王を殺せばすべてが解決するとでもいうのか。都合よく全てが回りだすというのか? 否、政治はそんなに甘いものではない。諸君、ここは一度冷静になろうではないか。国王ルロイに罪はある。だが、人は慈悲を持たねばならない。我々は慈悲なき貴族とは違う。故に、死刑には賛成するが、執行はしばらくの猶予を与えるべきだと思う。拙速は避けるべきだ!』


 最初に登壇したのは最大派閥、平原派のヴィクトルさん。執行猶予付きの死刑を希望するという主張。国民議会を立ち上げた共和クラブの代表さん。もうそれぞれ分裂しちゃってるし、代表も二人になって少し押され気味。冷静なヴィクトル案に賛同する声もあがるけど、ふざけるなという怒号が一斉に飛ぶ。何故かといえば、議会場には一般市民も入れているから。下手なことを言えば、お家に帰れなくなる。怖い怖い。議会は戦場だから仕方ないよね。言葉という弾丸を交わしあうって偉い人も言ってなかったっけ。言ってなかったら私の名言として残すことにしよう。


『国王ルロイは利用されていただけなのです。彼は愚かな善人に過ぎません。彼を殺せば、必ずや戦争の災禍が訪れるでしょう。もはや国王に力はなく、主権は国民が手に入れました。王、貴族、そして市民は、神の下、皆平等なのです。今はただ憎しみを忘れ、共に手をとりあうべきです。このシーベル、死刑などという暴挙には反対いたします!』


 どことなく狂った穏健思想を語るのは大地派を率いるシーベル議員。『王、貴族、そして市民』とかいう全身分平等を目指すビラを撒いた人らしいけど。サンドラが『口だけの人間は地獄に落ちろ!』と鋭いヤジを浴びせ始めると、山脈派と周囲の市民が一斉に罵詈雑言を浴びせかける。実に気合が入っている。私は適当に手拍子をしておいた。目指す世界はサンドラと似てるけど、手を汚す覚悟がないのが気に入らないんだろう。彼が代表だったら国民議会は成立することはなかっただろうし。


『諸君、くだらぬ戯言に耳を貸してはいけない!! 国王ルロイの罪は明白だ!! 我々から長年にわたり権利、財、命、名誉を奪い続けたのは誰だ! ひたすら贅を貪り、特権階級を守り続けた元凶は誰だッ! 全てルロイではないか!! 何が猶予付きだ! 権利を取り戻すには、即座の死刑以外にはありえない!! 暴挙などと誰にもいわせない!! 国王を庇うものは全て反革命分子だ!! 市民の諸君、これから投票する人間の顔をよく目に焼き付けろッ!! 誰が市民の裏切者か、誰が似非共和主義者だったのか、まもなく、全てが白日の下に晒されるであろうッ!!』


 山脈派代表グルーテスさんが右腕を振り上げて大声を張り上げる。当然ながら議場は大盛り上がり。死刑死刑のコールがひたすら続いてうるさくて仕方ない。市民を使っての他派閥への脅迫。流石の扇動力に、私も思わず『死刑!』と叫びそうになってしまった。これがローゼリア国民議会の手法らしいので、しっかりと学ばせてもらわないといけない。恐怖で人の心を支配する。とても素晴らしい。説得もさぞかし捗るに違いない。まさにローゼリア革命万歳である。そこに本当に自由はあるのかって? しらない。


「流石はグルーテス代表。素晴らしい演説だったな。見ろ、他派の議員の顔を。すっかり青ざめて情けないものだ。あとはどの程度切り崩せるかだが、おそらく問題はない」

「完全に脅えきってますね。ヴィクトルさんだけは平気みたいですけど」

「あれも一種の超人だからな。だから人を惹きつける。奴は死に際まで堂々としているだろう」


 さらっととんでもないことを言いだした。


「ということは、あの人もいずれは殺すんですか?」

「能力は認めるが仕方がない。革命の邪魔になる者は全員排除する。奴は力がある分だけ厄介だ。シーベルなどとは比較にならん。だからこそ問題なのだ」

「随分過激な思考になったんですね。でも、色々な反動への備えは大丈夫ですか?」

「その時はその時だ。私は死ぬのは全く怖くない。革命が失敗し、頓挫することのほうが恐ろしいよ」


 そして、怒声と罵声の応酬の中、議長の宣言により投票が始まった。ルロイを直ちに処刑するか、しばらく猶予を与えるかの二択だ。青白の二色がついた票が処刑票。赤色だけのが猶予票だ。誰が用意したのかは知らないが、とても意図的である。青白は革命旗だし、赤は国王のレッドローズの象徴じゃないか。ちなみに私はブルーローズだからとりあえずで青色を選んじゃいそう。


「この投票用紙、誰の仕込みなんです? あまりに露骨じゃないですか?」

「さてな。事務方で、気を利かせた人間がいたんだろう。見分けがつきやすくて助かるな」

「あとで不公平とか言われませんかね」

「票の色ごときで意見が変わるなら、世の中苦労はない」


 そうですねと言いたくなるけど、実際は結構変わると思う。赤票を入れたら王党派のレッテルを張って陥れて粛清する。山脈派の人は絶対そうするだろう。サンドラも分かっていて、言っている。私にも二つの投票用紙をを渡されたので、赤票を破り捨てて放り投げておく。サンドラがやったから真似しただけ。議会場に赤い紙吹雪が舞い散って綺麗である。現状は、意外と競っている感じ。流石に、青白票を破り捨てる議員はいないけど。私も青白票を持って、投票箱に向かう。本当はどっちでもよかったんだけどね。


『ブルーローズの呪い人形、ギルモアの遺した悪魔め!! 七杖家当主の分際で、陛下の死刑に賛成など恥を知れ!』

『どの面下げてこの場に立っているんだ!!』

「そちらこそ、恥を知っているなら、議場ではお静かにお願いします」

『き、貴様ッ!! 災厄を招く悪魔め! 死ね、死んでしま――』

『う、げ、げえええええっ』


 死ねと私にヤジを挙げてた人たちが喉を押えて倒れこんでしまった。口から紫の泡がこぼれている。大地派所属の貴族さんかな? 場が騒然とするけど、もともと騒がしかったので問題なし。私は議会の皆さんに一礼して、元の席に戻っていく。倒れた議員さんはそのまま外に運ばれて行ってしまった。


「……あえて怒らせた上で、有無を言わせず黙らせるとは。お前は政治家の才能があるな。口論で相手を昏倒させるなど、伝記でしか見たことがないぞ」

「褒めてもらってもあまり嬉しくないです。多分興奮して血圧が上がったんでしょう」

「いずれにせよ、これでまた一つ悪評が増えるな」

「うーん、私って本当に呪い人形なんですかね」


 人形じゃないとは思う。呪われてるとは思う。何がって? 全部だよ。


「人形は喋らないし物を食べない。だから人形じゃないだろう」

「サンドラの言葉には、説得力がありますね。頼もしいです」

「常識をわきまえているだけだ。呪いや祟りで人が殺せるなら苦労はない。できたなら数千人単位で殺したい連中がいる」

「あはは、それは多すぎですよ」

「これでも少なく見積もったつもりだ」


 国民議会全議員500名。死刑票320、反対票178、退場による棄権が2名。結構な大差で死刑に決まりました。国王ルロイさんは死刑。議会場にいた新聞記者さんたちが大勢すっ飛んでいく。そして、市民たちが万歳する。もう大騒ぎで、議場にも結構なだれ込んでいる。ザル警備だが、歴史的瞬間だから衛兵も心ここにあらずだろうし仕方ないね。反対票を投じた議員たちは、慌てて身支度をして議場を後にしようとしている。このままだと連れ出されて殺されちゃう。


「山脈派は240人。平原派が220人。大地派が40人。市民からの報復を恐れた平原派から大量の離反者が出たおかげだな。賛成に回った議員は山脈派に取り込む。反対に投じた連中はそれ相応の報いを受けてもらおう」

「この後、すぐに死刑を執行するんですか?」

「ああ、その段取りになっている。わざわざ猶予を与える必要はない。民衆の前でただちにギロチンにかける。同志ミツバよ」

「なんです、その呼び方」

「お前はもう立派な山脈派議員だ。お前の一票は、間違いなく歴史を動かす力となった。もう誰にも疑わせたりはしない」

「それは、ありがとうございます」

「グルーテス代表が、ルロイの死刑執行の指揮を取る。演説も行われる。この国の大きな転換点だ、我々も必ず立ち会わねばらん」

「…………」


 てんやわんやで大騒ぎの議場。山脈派議員と賛成票を投じた議員たちも次々と立ち上がり移動を開始する。執行猶予案が通らなかったヴィクトルさんは頭を抱えている。シーベルさんはもう放心状態。その騒然とした議会場を、赤い紙吹雪が乱舞する。市民が用意していたのかな。もしくは未使用の在庫を勝手に使ったか。歩き出そうとしていたサンドラも、それを見て感極まっている。身体を震わせて涙をこらえている。ようやくここまできたという感慨があるのかな。私は軽く背中を撫でてあげる。


「本当に良かったですね、サンドラ。おめでとうございます」

「あ、ああ、ありがとう。だが、これからが全ての始まりだ」

「そうですね。始まりですよね」


 そう、本当のパーティーの始まりはここからなんだよ。衛兵姿で近寄ってきたミツバ党員からさりげなく短銃を受け取り、興奮した様子で幹部を先導しているグルーテスの頭に狙いをつける。魔力を込める。別に込めなくてもいいけど、その方が綺麗だからね。


「えい」

「――え?」


 カチッと引き金を引く音。飛び出る弾丸。自分でも驚くぐらいに完璧な弾道だ。呆然とそれを眺めているサンドラ。紫の弾丸を受けたグルーテスは悲鳴を上げることもできず、血飛沫をあげて側頭部がふっとんだ。歴史に名前を残すはずだった扇動家はあっけなく死んだ。替えの銃を受け取り、魔力充填。適当な山脈派の幹部に撃ちこむ。密集してたから貫通して3人ぐらい殺せた。沢山の悲鳴が議場に響き渡る。慌てて逃げようとしたヴィクトル、シーベルは議場になだれ込んできたミツバ党難民大隊に乱暴に拘束された。党旗を掲げて指揮を執っているのはアルストロさん。気持ち悪い笑みを浮かべて何かを叫んでいる。そうなったのは彼のせい、利用したのは私のせい。もちつもたれつだね。


「な、なんだこれは。一体、何を、しているんだ、ミツバ?」

「私も自由に楽しく生きていこうと思っただけです。歴史に名を残すには、大きいことをしないといけないでしょう。サンドラがいきなり来たせいで、投票に参加することになっちゃいました。結構面白かったですけど、初っ端から計画変更ですよ。人生って複雑怪奇で、先が読めませんね」


 赤い紙吹雪を沢山拾って、ニコニコと笑いかける。それを、サンドラの頬へとなすり付けた。


「ミツバ様。議場の制圧は完了しましたぞ。周囲は大混乱で、収拾をつけることは不可能でしょうな。誰が敵かなど分かる者は絶対におりません」

「ありがとうございます。急な計画変更でしたけど、対応してくれてありがとうございました」

「なぁに、全て想定の範囲内。問題はありませんぞ。むしろ結果的には良かったかもしれませんな」


 サルトルさんと難民大隊が駆け寄ってくる。服装は私服、軍服、各派閥の象徴付きとめちゃくちゃである。議場の外では銃声、怒号、悲鳴が飛び交っている。何が起こっているのかを把握できない状況を作りだしているからね。。誰が味方で誰が敵かもわからない。外には私の手勢がそれぞれの派閥の仕業と扇動しあっている。国王軍の介入、外国勢の侵略とも叫んでいる。私にもわからないので、わかるわけがないのである。面白い!


「この後は予定通りにお願いします。そうだ、グルーテスさんの首でも投げ込んで、混乱を更に煽ってください。顔面は無事だから識別できるでしょう。ここの人たちがうるさいことを言ったら殺しちゃっていいです」

「承知しました。この場は全て儂にお任せを」


 指示を出しながら短銃に弾を込める。一息入れて、周囲を見渡す。うん、良い感じである。旗を振るって大暴れのアルストロさんと目があったので手招きする。足を引きずりながら、必死に駆け寄ってくる狂信者。人間、死ぬ気になればなんでもできるんだね。活き活きしてるからハルジオ伯爵もきっと喜んでいるだろう。計画は何も教えてないから、ショック死しないと良いね!


「お、お呼びでしょうかミツバ様!」

「頑張ってくれてありがとうございます。ここはサルトルさんに任せましょう。私たちはルロイさんを連れてベリーズ宮殿を制圧しに行きます。一応国王ですから、役に立つかもしれません」

「承知しました。すぐに探し出し、連れてきます!」


 アルストロさんが慌てて駆け出していく。そんなに慌てなくても王様は逃げられないよ。別に死んでてもいいし。臨機応変に行くのが


「ミツバ様。ここから手勢を割いても、儂の方は問題ありませんぞ」

「いえ、そこは計画通りでお願いします。もうすぐ王魔研からも援軍が来ますから。それに、今日は良い日ですからね。きっと全部上手く行きます」


 ポジティブ思考は大事である。上手くいかなかったら? 皆で仲良く死ぬだけだよ。簡単簡単。


「お前、お前はッ!! 何をしたのかわかっているのか! こ、こんなこと、議会政治は、許しはしない!!」

「許さないとどうなるんです?」

「――ッ」


 発狂寸前で騒ぎ立てるサンドラ。その眉間に、振り返りざまに短銃を突きつける。さっきとは変わって表情は完全に蒼白だ。うん、とても素敵な感情である。浮かんでいるのは限りない『なぜなぜなぜ』という疑問と、暴挙への憤怒、そして、それを上回る恐怖。


「サンドラには私を止める機会をあげたのに使わなかった。みすみす見逃した。それって許しちゃったってことですよ。共和主義者にして市民の代弁者、議員の鑑たるサンドラがです。だからきっと、他の人も許してくれますよ。許してくれなくても別にいいですしね。言葉の次は弾丸というのはどの世界でも共通です」

「な、なんでこんなことに。どうしてだ。一体、何が目的で――」

「簡単ですよ、サンドラ。だって、目の前に綺麗な王冠が落ちていたんです。ピカピカでとても綺麗な王冠が。それを拾うと、どんな人でも歴史に名前を残せちゃう素敵な宝物。思わず拾いたくなっても、おかしくないでしょう」


 貴族、市民、学生、兵士、議員まで経験できた。この際だから一番上を狙いにいっても問題ないよね。だって早い者勝ちなんでしょう。目的のために手段は選ばなくていいってサンドラも言ってたし。自分だけは例外なんて言わせないよ。


「それが、目的、なのか? お前は、王に、なりたかったと」

「正確には、一番を狙いに行ったんです。今日は私の誕生日って言いましたよね。だからパーティは盛大にやることにしたんです。もともと起こる予定の内戦が、私たちの介入で更に激化するはずです。で、それが終わったら、今度は大陸全土でやるんですよ。確実にちょっかい出してくる人も巻き込んで、盛大にね!」


 天井目掛けて短銃をぶっ放す。最大まで込められた紫の魔力が、議場を貫いて天へと昇っていく。悲鳴をあげていた議員やらいろんな人たちが、呆然としたままそれを眺めている。絶望するしかないサンドラ。歓声をあげ、私に祈りをささげてくる難民大隊。ミツバ様万歳の声が議場に響きはじめる。私はそれを短銃片手に見渡して、満足気にひたすら笑い続けるのだ。もう止まらないし止められない。味方を増やし、敵を増やしていこう。誰も彼もどんどん巻き込んでいこう。このまま行けるところまで進んでいこう。私たちの命が燃え尽きるまで。歴史に痕跡を深々と刻み込んでいこう。それが私たちの望みである。


「見てくださいサンドラ。皆、楽しそうですよ。自由に生きるって、素敵ですね」


 ――生まれてきて、おめでとう、ありがとう、そして、ごめんなさい。


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