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第六十話 王都の一番長くなりそうな日

 共和クラブが中心となり、国民議会が成立してから2か月。5日後の6月6日で私は13歳になる。それはおめでたいということで、難民の皆さんが歌を披露してくれるそうです。作詞作曲アルストロさん、その名も『ミツバ様を讃える歌』。囲まれて歌われた日には恥ずかしさのあまり憤死するかもしれないし。本当はしないけど。だって、ほとんどの人が私を見てくれないしね。サンドラとクローネがいれば少しは面白かったのに。


「難民大隊の皆さんは暇なんです? この激動の世の中、もっとやるべきことがあるんじゃないですかね」

「自分の仕事がある者はそれに従事しております。ですが、ミツバ様をお祝いする歌の練習は、何よりも重要です。永遠に語り継ぐべき讃美歌です」


 王都の空気が澱みすぎているのか、私に縋ろうとする狂信者が増えている。恐怖を避けるために、恐怖をばらまく忌むべき存在に縋りつく。矛盾した行動に思えるけど、そういうことをするのが人間なのかも。

 というか、信奉する対象が神様から私になっただけの宗教団体だ。まぁ、ミツバ党とやらがそうだったとしても、人数が多いのは良いことだ。多くないとお祭りが盛り上がらないし楽しくない。それと、大事なことだけど、麻薬で恐怖の感情を麻痺させるのは許さない。ここでは麻薬は絶対に許さない。緑化教会は絶対に許さない。私が生まれる前から決まってる。そういうものなんだよ。


「そうですか。じゃあ私の見えないところで、好きなだけ練習してください」

「あ、ありがとうございます。私などを気遣ってくださるとは。もう死んでも悔いはありません」

「そうですか。なら、後で、死ぬほど大事な話があると、全員に伝えておいてください」

「し、死ぬほど大事な話ですか!?」

「本当に大事ですよ。聞き逃したら本当に死にます」

「は、は、はいっ! 全員、今すぐに、大至急集めます!!」


 いや後で良いんだけど。それにしても喧しい。普段は100歩ぐらい離れていて丁度良い人だ。そうそう、ミツバ党の戦闘部隊は『難民大隊』という呼び方でどうかなと聞いてみたら、大賛成してくれた。ついでに『難民大隊の栄えある初代隊長はアルストロさんです』と言ったら、口を開けたまま白目を剥いて気絶してしまった。面白かったけど、痙攣してて結構危なそうだった。慌てたハルジオ伯爵が医者の所へ抱きかかえて行ったのでなんとか大丈夫だった。

 アルストロさんの両親はハルジオ村の屋敷からここに移り住んでいる。また一家仲良く暮らせて良いことだ。伯爵はお金と食料はあんまりもってなかったけど、衣服、馬車、高そうな食器やら小物などを持ってきてくれたのでそれなりに助かった。都市から少し離れると、夜盗やら暴徒がうろついてて、とてもじゃないけど安心して過ごせないと泣いていた。村は廃墟状態だったから余計連中を引き寄せてしまったとか。ま、ここも安全じゃないしこれから鉄火場だけどね! 『というか、ひどい目に遭うのは伯爵の自業自得じゃないですかね』と言ったら、鼻水垂らして泣いていたのが面白かった。あの緑化教徒の一件以来、散々で涙もろくなっているらしい。本当に興味ないけど。


「相変わらずアルストロは、貴方を神と崇めているようですな。私たちといてもその話ばかりでして。というか、妻も貴方に縋っているようでして。なんといえばいいか」

「不満なら連れ帰っていいですよ。別に止めないので」

「と、とんでもない! そんな真似をしたら、息子は錯乱して自殺してしまうでしょう。親としては複雑ですが、自分の居場所を見つけられたのではないかと。むしろ、私だけ追い出されかねません」


 疲労が全身からにじみ出ているハルジオ伯爵。それなりに世渡り上手らしいけど、村人から搾取しまくってた典型的な貴族様だ。サンドラたち共和派に見つかったら即刻処刑台行きになりそうな人である。私としては、ラファエロさんに代わる雑用係になってもらいたい。仕事さえしてくれれば、人間性が屑でもなんでも構わない。私の方針は来るもの拒まずだ。ただしカビとミリアーネ以外。


「ミツバ様は、ご自分の土地には戻られないので?」

「私がいなくてもなんとかなってるってことは、どうでもいいんじゃないですかね。知事さんとか軍人さんがいるんでしょう?」

「え、ええ。実務は知事に任せっきりというやり方もありますな。もちろん、信頼できる者でなければなりませんが」

「知事さんとは会ったこともありませんよ。誰かさんのせいで、当主の実権が私にはないんです。私のお家はこの士官学校ですね。これだけは国民議会で認めてもらいました。」

「そ、それはまた。苦労されておりますな」

「もうすぐなくなるのでどうでもいいです」


 成立後の国民議会では、立て続けに貴族や聖職者の権利を剥奪する政策が決定されていった。特に目の仇にされたのは特権持ちの貴族様やお抱え商人。農奴解放宣言、国民主権宣言、極めつけの不正借財無効宣言。ようは、貴族様が所有する農奴は即刻解放すること。国のことは王様じゃなくて国民である我々が全部決めるということ。そして、今までの市民階級の借金は全てゼロにするよ! ということ。そんなもの認めるかと一部の議員が蜂起したけど、取り囲まれてボコボコ。そして全員処刑。ギロチンがいよいよ回転率をあげてきた。既に貴族様と傭兵、王党派の商人や市民がギロチンの刃でクビになっている。私も頑張った甲斐がある。偉大な先人も『うむ』とうなずいてくれるに違いない。


「世が急速に変わるというのは実に恐ろしいことです。理解できないことには反発したくなる。……村での出来事がなければ、私の首も落ちていたかもしれませんな」

「運が悪かったのか、良かったのか。伯爵はどっちなんでしょうね」

「…………」


 私は七杖家の一人として、全部の宣言を認めますと宣誓してあげた。また貴族様たちからの殺してやりたい度が上昇した気がする。そろそろ限界突破は間違いない。とても喜ばしい。共和クラブのヴィクトルさんとは、宣誓する代わりに、この士官学校を私に貸しておいてねとお願いした。別に私財にするわけじゃなく、一時的に難民さんの居場所として認めてほしいというだけ。ヴィクトルさんはとても渋い表情をしたけど、サンドラが賛成してくれたのでなんとか通った。サンドラも私を利用したので、お互い様である。


「……国王陛下は、これからどうなるのでしょうな」

「さぁ。そのうち、処刑されるんじゃないですかね」

「しょ、しょ、処刑ですと!」

「だって、共和制に王様はいらないですし」

「国王を市民が殺すなど、周囲の国が許してはおきますまい。適当な者を旗頭に確実に介入してきますぞ!」


 自分たちの国に波及されたらたまらないから、ほぼ間違いなく介入してくる。近場のリリーア、プルメニアは間違いない。同盟国のカサブランカすら怪しい。上手くいけば傀儡を仕立て上げて都合の良い国家の出来上がりだし。腐敗貴族のハルジオ伯爵はそういう見方で色々発言してくれるから参考になる。


「かといってお飾りにする立憲君主制は嫌だって言ってましたよ」

「い、嫌ですか。しかし、このままでは」

「共和派のお祭りも、簡単には終わりにはできないでしょう。国王処刑の催しは絶対に盛り上がりますから。王党派排除の後は、過激派と穏健派の戦いですね」


 国民議会で今紛糾しているのは、国王ルロイの処遇だ。直ちに処刑すべしと主張するのはグルーテスさん率いる過激な山脈派。最初は非主流派だったけど、勢いに乗って主流派を奪い取った。グルーテスさんがあることないこと吹きまくったおかげで、民衆の支持を勝ち取った。カリスマとか弁舌能力はあるんだろうけど、なんだか小麦粉っぽい名前。そのうちデンプーンさんとか出てこないといいけど。こういうことをサンドラに言っても、また馬鹿が何か言ってるという顔しかされないので残念である。サンドラはこのグルーテスさんの右腕として活躍中だ。私が左腕になってあげようかとグルーテスさんに言ったら、即座にお断りされた。貴族階級とは口をききたくないって。『それって差別ですよね。議会を牛耳った後は、貴族と同じことをやるんですね!』と言ったら、顔を真っ赤にして怒鳴ってきたので慌てて出てきた。嫌な人である。


 で、今は幽閉して様子を見るべきであると主張するのが、ヴィクトルさん率いる平原派。中道的で現実主義な彼らは意外と柔軟性がある。元上院議員たちとの連携も模索しているみたい。全部新聞からの情報だけど。正道派、寛容派とはなんとかやっていけそうという考えみたい。ヒルード派はノーセンキューらしいけど。最後に、国王をそのまま大統領にしてしまえばいいと主張するのが大地派。大地派は、比較的裕福な市民や商人が多い。不正借財無効宣言には強固に反対していたため、貧しい市民からの評判はイマイチ。ちなみに大統領制は、アルカディナで採用されている制度だ。このローゼリアでは首相を置き、対外的な儀礼行為を大統領に、その他内政、外交、軍事は首相が指揮を取ると。なるほどと思ったけど、それって立憲君主制じゃんと言ったら、サンドラも大いに頷いていた。苛々した様子で机をトントンと指で叩いていたから、そのうち何かやりそうである。


 まぁ、その前に私がやるんだけどね。


「ミツバ様、全員集め終わりました!」

「どうもありがとうございます。それじゃあ、行きましょうか」


 息を切らせて、足を引きずりながらアルストロさんが駆け込んできた。慌てて抱きかかえるハルジオ伯爵。実に麗しい親子愛。素晴らしいシーン。それがたとえ狂信者と腐敗貴族でも、絵に描いたらきっと美しいこと間違いなし。私も、後世でどう見られることになるのか、とても楽しみだな。 



 ――6月5日。国王ルロイの醜聞が新聞でバラまかれた。今までの贅沢な生活の詳細、普段食べている豪華な料理の数々、王妃と自分の子供に贈った貴金属の額。今までにしたためた手紙や日記が抜粋されて掲載されている。最初は我儘で身の程知らずな国民への不満、国民議会を本心では認めていないという罵倒、なぜ七杖家の者たちは余を助けに来ないのかという愚痴、最後はカサブランカに亡命したマリアンヌ王妃への助けを求める泣き言。この最後の手紙が一番まずい。『今のローゼリアが混乱の極致にあるのは承知の通りだろう。カサブランカを盟主として諸外国と協力し、正当なローゼリアを奪還してほしい。内からは王党派が呼応するであろう。余はローゼリア国王として、これを正式に要請する』と署名付きで書いてあったそうだ。記事は、国王がどれだけの悪政を行い人民の財産と命を消耗してきたのか、それらを一つずつ記した後、『国家への裏切りは決して許されるものではなく、国王といえども断固とした処置をとるべし』と断言している。ちなみに、勇気ある通報者は国王一家の世話をしてきた侍女で実名付きだ。


 実に胡散臭いが、真贋混ざりあってどれが本物かもう良く分からない。というかもう真偽の方はどうでもよくなっている。市民たちの怒りはますます膨れ上がり、国王を庇う発言をしたものは真っ先に槍玉にあげられる始末。事実、本当に殺されたりしてるから面白い。一番憎みやすい対象だから仕方ない。


「もうすぐ国民議会で、国王陛下の処遇が決まるという時にこれです。世の中って怖いですね」

「……山脈派の仕業でしょうな。市民を扇動するために、ねつ造したに違いありません。私が言うのもなんですが、陛下はこんな愚痴をもらすような方ではありませんでしたぞ。この侍女を買収したに違いありません!」


 賄賂に詳しそうだし、買収についてだけは無駄に説得力がある。伯爵は王党派寄りみたい。忠誠云々ではなく、今まで沢山贅沢してこれたのだから当然だ。共和制を支持するなんて欠片も考えたことがなかったに違いない。ここにいるのも、息子がいることと保身になりそうだからである。ある意味で生存本能の強い人である。なんだかんだで生き残ってるしね。


「でもこの侍女って、貴族の名家の娘みたいですけど。そんな人が買収されたりするんでしょうか?」

「……それはなんとも分かりませんが。ただ、所詮は小娘、脅せばどうとでもなるかと」

「もしくは貴族たちのなかにも、国王陛下に死んでもらいたい人がいるのかも」

「そ、それはなぜです?」

「頭を挿げ替えるための利害の一致です。自分の手を汚さずに済みますから。これは次の議会は見ものですよ。伯爵もうっかり見逃さないでくださいね?」

「お、恐ろしいですな。ま、巻き込まれずに済んで良かった」

「あはははははははは。本当にそう思いますか?」


 私は笑いながら、安堵していたハルジオ伯爵の肩を叩く。嫌な予感がしたらしい伯爵は、脂汗を流しながら小さくなってしまった。私は学長室のソファーにもたれかかり、これからのことを考える。6月6日、私の13歳の誕生日。国王ルロイの運命が決まる日だ。さて、どうなるかなぁ。数で言えば処刑賛成の山脈派と反対の平原派、大地派を合わせた人数はほぼ互角。あのビラで流れが変わっちゃった。下手に庇うと、1年後の選挙で不利になるどころか、市民に袋叩きにされかねない。現に、山脈派は勢いを増している。グルーテスさんは市民を煽って、庇いだてする連中の顔を忘れるなと言い放っているし。サンドラも国王は邪魔と言っていたから、確実にそう動くだろう。本当に激動の世の中だ。生きていくだけでも難しい。


 でも大丈夫。その日は私の誕生日だから。全部うまくいくに違いない。そうじゃなければ、ただ死ぬだけだよ。だから、何もかも大丈夫。

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