第五十九話 国民議会成立
大輪歴587年4月。4月1日付の新聞に、王妃マリアンヌ、王子マリス、王都警備局局長ラファエロの一派がカサブランカへ亡命したという記事がデカデカと出た。私はこの世界のエイプリルフールかなと思ったのだが、本当のことみたい。なぜかと言えば、王都中が怒号と罵声で溢れかえっているから。この学長室にまで聞こえてくる。一応校門と柵の周りは警備にあたらせてある。
「しかし、王妃様と王子様が国を捨てて亡命ですか。うん、まさに末期ですね」
「ミツバ様の仰る通りです。もはや救いようがありません」
「ラファエロめ、思い通りにならぬと見るや、まさか国外に逃げ出すとはな。自由の守護者などと二度と呼ばせぬぞ! 根性なしめが!!」
「うーん、ちょっと冷たくしすぎましたかね」
「奴の口車に乗らなかったのは正解ですぞ。ここが襲撃対象になっていた可能性もありましたからな」
学長室には私とアルストロさん、それとサルトルさんがいる。今思うと、ラファエロさんは宮廷とのやりとりを手配してくれた。勝手にいなくなるのはどうかと思うが、カサブランカでも元気でやってほしい。サルトルさんは怒ってるけど、多分清々したと思っているはず。
喫緊の問題は、食料である。この前更に浮浪者やら難民を抱えちゃったから、もう減るのが早い早い。このままだと4月中に食料がなくなるから、『節制に勤めましょう』と訓示を出しておいた。なくなったら、全員で餓死することになりますと宣告した。そうしたら、空いてる校庭で農作物とか作り出したり、商人の警備の仕事につく人も出始めた。焼け石に水だけど、やらないよりはマシ。これから何も起きなかったら、諦めてもらうしかない。まぁ、起きるし起こすんだけど。
「陽気だけはおだやかなんですけどね」
学長室のカーテンを開け、怒号が聞こえる中、ぽつぽつ植わっている花は、ピンク色でとても綺麗。と、街の中を殺気立った群衆が行進していくのが目に入った。群衆は手に鍬やら包丁やら旧式長銃やらを抱えて、完全武装である。子供たちはおたまをもって、頭にお鍋を被っている。とても微笑ましい光景だ。楽しそうなので、暇してるウチの難民さんも一緒に連れて混ざることにしよう。良い思い出になるし、後で仲間外れにされることもない。顔を見せることは人付き合いで大事と、偉い人も言っていた。
「アルストロさん。適当に暇な人を呼んできてください。一応武器も持たせるように。外で皆が行進してるので、私たちも混ざりますよ」
「はい、ミツバ様。……どのような形で合流を?」
「普通に混ざるだけです。こちらからは攻撃をしないように。私が命令するまでは、発砲禁止です。春の陽気を楽しみながらのんびりいきましょう。冬は籠りっきりでしたからね」
「承知しました!」
「サルトルさんは留守をお願いします。どさくさで緑化教徒が来ないとも限らないので」
「ここの守りは儂にお任せを。やるべきことも進めておきますぞ」
「よろしくお願いします」
二人に指示を出した後、しばらくしてから外へ出る。かなりの人数が武器を持って集まり始めてる。私が挨拶代わりに手を挙げると、難民さんたちが歓声をあげる。浮浪者さんたちはまだ空気に慣れていないのか、おろおろしてる。食料はちゃんとあげてるから、血色も良いし恰好も綺麗。とはいえ、やはり『難民大隊』と形容するのが正しい認識だ。正規兵とまともにやりあったらきつそう。まともにやらなきゃいいんだけどね。
そうこうしてるうちに、アルストロ君が杖で指示を出し、旧式大砲を整列させる。銃兵もそれに続く。なんだか本物の軍隊っぽい。士気が高いとこうキビキビ動ける物なんだと感心してしまった。恐怖と安堵、ムチとアメは大事である。
「ミツバ様。出過ぎた真似とは思ったのですが、我々の感謝の印を旗に表してみました。掲げる許可を頂けますでしょうか」
「いいですけど。何のことです?」
「しばしお待ちください。我々、ミツバ党の旗を掲げよ!」
難民大隊が数本の旗を掲げる。赤地の旗に、3枚の白い葉っぱ。私はおーと言ってみたけど、なんで赤地なんだろう。
「3つの葉は神々しいまでに輝けるミツバ様の象徴。そして赤色は我々を表しております。血を流し苦しむ我々を、ミツバ様は救い上げてくださった。それをこの旗に表してみたのです!」
「そ、そうですか。うん、まぁ、いいと思いますよ」
「ブルーローズ家の青三つ葉にするか全員で寝ずに悩んだのですが、やはり白が相応しいという意見でまとまりました。我々はこの旗の下で戦い抜く覚悟です!」
「覚悟は分かりましたから、ちゃんと寝てくださいね」
勢いにはちょっと引いたけど、本人たちが満足してるならいいか。旗なんて敵味方を識別できればどうでもいい。というわけで、サルトルさんたちに留守番をお願いして、ミツバ党難民大隊は出撃である。春の遠足に参加するのは難民大隊500人。結構な大所帯だった。おやつとお弁当はないので、現地調達できたらすることにしよう。
「な、なんだお前らは! 王党派か!?」
「そうは見えんが、怪しい奴らには違いない。それ以上近づけば攻撃する!」
そんな感じで鼻歌交じりに群衆の中に混じろうとしたら、向こうが私の姿を発見して死ぬほど驚いた表情に。その後はお互いに対峙して一触即発の状態だ。
「怪しい奴らとはなんだ! 我々はミツバ党だ!」
「ミツバ様! 攻撃命令を!」
十分に怪しい連中なので、向こうの方が説得力がある。このまま熱くなると、街中でやりあうことになるかも。大砲には釘散弾を詰め込んでるし、銃も相手より揃ってるからこっちが圧倒的に有利だ。お互いに寄せ集め同士の戦いだし、負けないだろう。私は手をあげて待ての合図。おろしたら撃っちゃってもいいという合図。どうせ暴徒だし、仕掛けられたら撃ち殺してもいいよね。あ、サンドラに怒られるか。ちょっと面倒くさいかも。
「待て、待て! 俺だ、トムソンだ! 俺たちがやりあう必要はないぞ!」
対峙していた群衆の中から、長銃を持った若い男の人が出てきた。両手を挙げているので、攻撃の意思はないみたい。でも、誰だか分からない。オレオレ詐欺だろうか。
「トムソン。トムソン? …………誰でしたっけ?」
「おいっ!! 士官学校のトムソンだ! 一緒にストラスパールで戦っただろう!」
「…………ああ。負傷してた同級の。てっきり死んだと思ってました」
すっかり忘れていた。別に友達というわけじゃないし、覚えてなくても仕方がない。向こうも声をかけてきてはいるが、恐怖を隠すことはできてないし。
「ひ、ひでぇな。ま、まぁ、ちょっと危なかったけど生きてたんだよ。それで、今はこうして国を良くしようと戦ってるわけで。――って、そんなことはいいんだ。……お前、私兵団を率いて、ここで何してるんだ?」
「何をしてるって、皆楽しそうだから混ぜてもらおうと思って。ほら、後で参加しなかったから仲間はずれとかされたら嫌ですし」
私の言葉に、トムソンが軽く頷く。私を見る目には恐怖は混ざっていない。覚悟が決まっているみたい。死線をさまよったからかな? たくましくなってる。
「……なるほどな。ちょっとヴィクトルさんに話をつけてくるから、少しだけ待っててくれないか。無駄に戦う必要はないだろ」
「ヴィクトル?」
「共和クラブの代表だよ。あの人の話は本当に分かりやすくて、俺みたいな馬鹿でも理解できるんだ。……俺じゃ、お前の相手はとても無理だから、ヴィクトルさんを呼んでくるよ」
そう言い放つと、トムソンはどこかへ駆け出していってしまった。私は上げた手を左右に振って、難民大隊に合図する。銃を下せだ。対峙していた側もようやく安心できたらしく、構えた武器を下し始めた。ちなみに、彼らの武器は全部私に向けられていた。本当に酷い話である。
「危ない状況だったようだが、衝突は避けられたか。トムソン君、よくやったな」
「ありがとうございます!」
しばらくして、トムソンが太った男の人を連れて帰ってきた。厳しい形相だが、どことなく愛嬌も感じられる。太ってるのがいい方向に働いているっぽい。器の大きさというか。そういうのをこの人からは感じられる。それくらいじゃないと、普通に人をまとめるのは難しいよね。
「そして、君が、ブルーローズ家当主のミツバ君か。サンドラ君から色々と聞いているよ。民を思う気持ちに篤いようだね」
「初めまして、ミツバです。別に邪魔をする気はないので、怒らないでください」
「はは、別に怒ってはいないよ。こちらを妨害する気なら、少し大人しくしてもらうつもりだったがね。一応確認するが、君の私兵団は、我々の歩みを邪魔するつもりではないね?」
「はい。ちょっとご一緒しようと思っただけです。それで、どこに行くんです?」
「……アムルピエタ宮殿だよ。このまま議場に押し入り、現在の議会の廃止を強制執行する。同時に、我々市民を中心とした国民議会を立ち上げる。ベリーズ宮殿を包囲に向かった別動隊は、それを国王に認めさせる。つまり、今日が、ローゼリア革命の第一歩というわけだ」
ヴィクトルさんがゆっくりと、だが力強く計画を語る。抑揚をつけて喋るのが特徴なのかな。簡単に打ち明けてくるのは自信の表れかな? ヴィクトルさん一人排除したところで、もう流れは止まらないと確信してるんだろう。
「それじゃあ、御一緒しますよ。」
「君は七杖貴族で上院議員だろう。それが、なぜ我々の行動に加わるんだい?」
「軍人でもありますよ。ストラスパール戦役では色々とひどい目に遭いました」
「……なるほど。トムソン君からも色々と聞いてはいるが」
ヴィクトルさんが深々と頷く。目はまだ疑っている。
「あの議会は邪魔なので手伝いますよ。なんの役にも立ってないし、派閥も多すぎますから」
「……自分のやることの意味が分かっていないわけではないね? たとえ名ばかりの当主とはいえ、それすらも失う可能性が高いということだ」
「はい」
「よろしい。我々に賛同するつもりなら、このままついてきたまえ。我々は貴族を排除するのではない。目指すべきは、特権の廃止と平等な社会の実現だ。志を共にするというのなら、歓迎しよう」
「ありがとうございます」
心にもない感謝を述べておく。向こうも言葉では一応歓迎してくれたけど、凄い警戒してるし。ヴィクトルさんの護衛は腰の短銃に手を当てているし。下手な動きをしたらぶっ放してきそう。それにしても新議会か。いよいよサンドラが議員になれて夢がかなうんだなーと思うと嬉しくなる。私も何をどうするか考えなくちゃ。とかいいつつもう考えは決まってるけど。これくらいまで煮詰まったら、もういいよね。
群衆が再び行進を再開する。というか、前方の方は普通に進んでたし。サンドラもどこかで群衆を率いているんだろう。山脈派とかいってたっけ。本当に色々な派閥があって覚えるのが大変だ。覚えるつもりもないけど。今更意味がないし。
私たちは、ヴィクトルさんたちの行進の最後尾に配置された。邪魔をするなということだろうけど、こっちは大砲とかあるのに良いのかな。私の前の市民の人たちは、こっちを常にビクビクしながら窺ってるし。それを見ると思わず発射命令を出したくなっちゃうが、まだ我慢である。もう少し我慢だ。
「諸君! この議場が我々を虐げ搾取し続ける諸悪の根源だ! 本日、我々が完全に潰す! 革命は、この時、この場所から始まるのだ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
「血を流すことを厭うな! 全ては革命のためだ! 我々の行動を邪魔するものは、全て排除せよ!!」
アムルピエタ宮殿に到着。ヴィクトルさんが煽ると群衆も盛り上がる。お祭りの始まりだ。もう見事に正門が燃えているし。阻止しようとした警備兵の皆さんはリンチに遭って死体になっている。逆に、さっさと投降して群衆に参加した人たちもいる。そっちの方が多そう。宮殿は大砲の音、長銃の音が沢山鳴り響いている。しばらくすると、宮殿のテラスから首が掲げられた。誰かは分からないけど、周りの人の声を見る感じ、上級貴族の人らしい。そして掲げられる青と白の二色旗。中央に配置されていた王家の象徴たる赤薔薇が排除された旗だ。余計なものは必要ないというアピールかな。皆狂ったように万歳しているので、私たちも万歳しておいた。で、その勢いのまま周囲の商会やら、貴族の別宅に襲い掛かる群衆の人たち。良く分からないけど、無礼講みたいなので私たちも混ざっておこう。
「えーっと。ブルーローズ別宅があるはずなのでそこに行きましょう。全部奪って良いです。私は当主なので、遠慮なく」
「承知しました!」
「あと、私腹を肥やしてそうな商会に大砲を向けて、物資供与をお願いしてみてください。喜んで提供してくれると思いますよ」
「はっ」
「それでも嫌って言ったら、王党派を見つけたって大声で叫んでください。そうすれば色々と解決しますから」
というわけで、難民大隊の皆さんは、ちょっと離れた場所にあるブルーローズ別宅を襲撃。中にミリアーネはいなかったけど、留守を預かる使用人やら傭兵さんやらがいた。
「こ、この悪魔め! 白昼堂々現れるとは!」
「共和派に与するとは、何を考えているんだ!?」
「王党派とか共和派とかは関係ないです。ここ、本当は私のものでしょう。でも、もういらないので、壊しにきました」
「な、なにを言って――」
「全員、発射」
話が通じなかったので、攻撃命令。派手な音が鳴り響く。攻撃の意思を示した人たちは銃撃でさくっと排除だ。えっと、反革命分子ということで処刑したということにしよう。うん。別に私は共和主義者じゃないけど。ミツバ党は自由主義だからね。私の自由ってことだよ!
「お宝はいっぱいありましたか?」
「ベリー通貨が沢山隠されていました! あとは、食料も豊富に!」
「逃げ出す途中だったんですかね。当然、全部持って行きますよ。売れそうな物も運んでください。これは微妙だなぁと思っても、持っていきましょう。世の中が落ち着いたら価値がでるかもしれません。絵、ツボ、鎧、刀剣、訳の分からない本も全部です。資金源になるものは全部没収です」
「はい、ミツバ様!」
当然である。暗殺者やカビをけしかけられたのだから、恨みはまだ晴れない。なにより、絶対に許すなと私が言っている。私はどうでもいいのだが、いつも楽しいことが大好きな私が言うので、尊重すべきである。ミリアーネは生かしておくと面白いけど機会があれば殺す。逃げたミゲルも探さないといけない。亡命してるから見つけるのは大変そう。でも面白いものと一緒に逃げたみたいだから、このまま朗報を待つとしよう。さて、仕上げにこの別宅も燃やしたいところだけど、大火事になったら大変だから断念だ。うーん、残念。
「仕方ないです。燃やす代わりに、釘散弾を適当に撃ちこんでおいてください。廃墟にしちゃっていいですよ。もう使わないので」
「はっ!」
ドンという音の後に、複数の衝撃音。ここで寝泊まりするには、ちょっといまいちな感じに変化した。いびつに突き刺さった釘が良い感じである。人間に当たったらさぞかし痛いだろう。
「ここはこれでよし。後は商人さんから沢山の食料をいただいて、ベリーズ宮殿へいきましょう」
宮殿周りの富裕商会から快く物資を援助していただいた後、私たちはベリーズ宮殿包囲に加わった。アムルピエタ宮殿議会場ではアンラッキーな上院議員さんが数人処刑されたらしい。で、そのまま国民議会成立宣言が行われた。新しい時代の幕開けだと皆が熱狂していた。別動隊にいたサンドラも泣いてた。私はそれを適当に眺めた後、皆を連れて一足先に宮殿を後にすることにした。帰って物資を整理しなくちゃいけない。やることはたくさんある。これからがすべての始まりだね。