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第五十七話 燃え盛る冬

 3月。例年にはない大雪が続き、王都の機能はマヒ状態。暴徒の皆さんの頭も冷えるかと思いきや、餓死者と凍死者が増加しているらしい。ここに逃げ込んできてる人も増えてきてる。食料は春ぐらいまでならもつだろう。その後のことは知らない。いつまでも人を頼ってないで、自分で働いて稼ぎなさいという話である。私は神様じゃないからね! でも、今は数が欲しいから気にしない。パーティーは数が多い方が楽しいからね。で、士官学校はパーティーではないのに、てんやわんやの大騒ぎだった。


「そんなに名声を得たいならば、自由の国アルカディナで好きにやるがいい。夢破れて権勢を得られなかったからといって、この国を弄ぶな。なにより、くだらない英雄願望にミツバを巻き込むな! 消え失せろ、王妃の犬がッ!」


 サンドラが手勢を連れて士官学校にやってくると、鬼の形相で一喝してラファエロさんを追い出してしまった。ラファエロさんも特に抵抗することなく、ここを出て行ったのは拍子抜けだった。予想以上に頭のおかしい連中の集まりだったから見切りをつけたかな? サルトルさんが睨みを効かしてるし、難民たちは基本的に私かアルストロさんの言うことしか聞かないからね。


「おかげで私は両方から恨まれてるんですけど。どうしてくれるんです」


 おかげで私は共和派に転向した貴族の面汚しの汚名を背負うことに。全然悔しくはないけど。右派新聞からはブルーローズの忌み子と罵られ、左派新聞からは命惜しさに転向した恥知らずなどと叩かれている。なんと左右両方敵だらけである。本当に楽しくなってきたねとサンドラに言ったら、黙っていろと怒られた。


「お前は一体何がしたいんだ。お前はこの国をどうすべきと考えている。一応は議員なんだから言ってみろ」

「議員になりたくてなったわけじゃないですし。ただ賑やかに楽しく生きていきたいとは思っています」

「では、楽しく生きるためにはどうしたら良いかを、考えてみろ。仮にもこれだけの集団の代表だろう」

「はい、沢山考えましたよ。でもまだ答えはでませんね」

「…………ならば一つだけ聞かせろ。とても大事なことだ」

「なんでしょう。とても緊張しますね」

「お前は、この国に、王は必要だと思うか?」


 サンドラの真剣な目が私に刺さる。ごまかしは許さないという表情だ。


「私は王党派ではありません。王政も支持していません」

「………………」


 嘘じゃないよ。でも共和派でもないよ。


「サンドラは王様が嫌いなんですよね。じゃあ、国の代表は議会で選ぶんですか?」

「その通りだ。よく分かっているな。色々な案はあるが、議員を市民が選び、議員から代表を選ぶというのが現実的か」

「強制的に、貴族、聖職者、市民の括りをなくすんですか」

「そういうことだ」


 私がそう言うと、我が意を得たりとサンドラが微笑んだ。サンドラの手勢の人たちは一歩下がっている。共和派の彼らは、貴族出身で上院議員の私を警戒しまくっている。で、その手勢と見合うように対峙するのはサルトル、アルストロさんが率いる武装難民の皆さん。現在進行形でかき集めている私の手勢だ。私がもし危害を加えられたら、この士官学校は戦場になるだろう。そのまま外に飛び火するかな? ちょっと見てみたいけど、その後が面白くなさそうなので自重する。


「春だ。春になり、雪が解けたら我々は行動を開始する。全議会を廃止して新しい議会を組織し、国家の代表を決定する。統一議会では、身分など関係なく、公平に選挙でえらばれる」

「そんな夢みたいなこと、本当にできるんですか?」

「必ず成し遂げる。お前もそのときは参加しろ」

「あはは、私を利用するつもりですか。それは、とても良い考えだと思いますよ」


 こういう鉄火場では友人もどんどん利用しないとね。骨までしゃぶりつくすくらいの気概じゃないと、革命なんて成功しないよ!


「お前が参加することで、新議会が全身分に平等と示すことができる。特権、利権を解消していけば、身分の括りなどいずれ自然消滅する」

「平等な世界ですか?」

「そうだ。私が目指す世界だ。皆が自由に生き、働き、暮らすことができる。幸福になる権利が誰にでもある。誰でも機会は平等だ。当然、責任も伴うがな」

「それが実現出来たら、素敵ですね」


 そんなせかい、ほんとうにあるのかな? どんな仕組みを作ったって歪は確実に生まれるんだよ!


「私たちの手で実現させるのだ。……お前には議員など向いていない。もちろん軍人もだ。国の状況が落ち着いたら、私が面倒をみてやるから、子供らしく学びなおせ。それが当たり前の世の中に変えていく。だから、今だけは私に手を貸してくれ」

「分かりました。本当に、楽しくなりそうですね」


 サンドラの顔は自信と理想に満ち満ちている。サンドラは、政治団体の共和クラブに所属しているそうだ。デモを先導したり、広場で演説したり、ビラを撒いたりと夢の実現に向かって忙しい人たちだ。武力闘争をするのは、彼らに扇動された暴徒たち。サンドラも最終的には武力闘争も辞さないと言っている。そのくじけぬ気概と烈火のような性格は苦境の人々を大いにひきつけ、こうして手勢を率いるほどの力を持っている。サンドラは共和派クラブの中でも、急進的な者たちが集う山脈派に属している。ちょっと前までは他の平原派(中道主義)、大地派(穏健主義)に後れを取っていたらしいけど、最近は急速に勢力を拡大しているとか。今では相当責任ある仕事を任せられているみたいだし。私が戦場で遊んでいる間、色々と苦労したんだなぁと思う。


「我々が行うのは、単なる反乱ではない。腐りはてた連中から、生きる権利を取り戻すための戦い――革命なのだ。『自由の奪還』を旗印として、我らは決起する。もう誰にも止められん。たとえ私たちが死のうとも、革命のうねりを戻すことは不可能だ」

「革命ですか。素敵な言葉ですね。私もなんだかワクワクしてきました」

「だが、革命に犠牲はつきものだ。その犠牲には、今まで贅を貪っていた連中になってもらう。王政を否定するのに最もてっとり早い手段は一つだけだ。……だが」

「だが?」

「その手段を取れば、また戦争になるだろう。そうなれば市民の犠牲が増える。反発する者も頻出し、内乱にもなるだろう。それが本当に正しいのかどうか、私は迷っている。冬に立ち上がるという意見もあったが、派閥内でも意見が割れ最後の一歩を踏み出すことができなかった」


 サンドラが眼鏡をはずし、疲れたように天井を見上げる。色々と悩みがあるみたい。白髪がそのうち生えちゃいそう。可哀想に。でもここで立ち止まってもらったらよろしくない。人を利用するつもりなんだから、どうなろうと、最後まで絶対に参加してもらうよ。そのつもり。でも友達には優しくしなさいって、誰か言ってなかったっけ。言ってないか。


「理想を実現するためなんでしょう? いいじゃないですか。自分たちで選んだ道です、死んでもきっと納得しますよ」

「…………」

「このまま何もしなくても、戦争になりますよ。今のこの国は弱った家畜にしか見えませんし。だったら、早くなんとかしないと駄目ですよね」

「…………」


 ここで日和られたらつまらない。サンドラはしばらく沈黙した後、意を決したようにうなずき、立ち上がった。また会おうといって、そのまま手勢を連れて出て行ってしまった。本当に忙しい人だった。対峙していたサルトルさんが近づいてくる。


「よろしいのですかな? 成否に関わらず、儂らも巻き込まれますぞ」

「そのつもりで煽ったので」

「…………」

「アルストロさんは色々と手遅れですけど、サルトルさんはまだ間に合うかもしれませんよ。今から出ていきます?」

「くくっ、とんでもない。この国には一度、荒療治が必要と思っておりました。それに、隠遁して世捨て人になるくらいなら、とっとと死んだ方がマシですな」

「じゃあ、一緒に歴史に名を残しましょうね」

「それは、楽しみですな! ミツバ様についた甲斐があったというもの!」


 また道連れが増えた。本当に、救われない人ばかり集まってしまった。でも仕方がないね。


 




 3月中旬。いまだ雪はとけない。そんな凍えるような夜に、緑化教徒がスラムの浮浪者集団を引き連れて襲撃にやって来た。200人くらいかな。全員それっぽい格好してるけど、声がでかく、顔色が良い数人だけさわやかな臭いがする。よって、一発で見分けがついた。


『市民の人気取りをしようとした愚かな貴族がここに居座っている! 傀儡とはいえ七杖家当主、腐るほど金をため込んでるぞ!!』

『腐った豚野郎が!! 俺たちの食い物を返せ!!』

『殺せ!! 奪え!!』


 麻薬でもやってるのかさわやかな数名だけ元気が良い。扇動してるのは3人だ。しっかりと閉じられた校門。周りは補強された柵で囲われている。そこに難民の皆さんを待機させて、私は校門によじ登る。


「パンが欲しいなら分けてあげますので、早く中に入ってください。寝る場所も詰めればまだありますし。貴方たちみたいに困っている人のために、ここは難民収容施設として開放しています」

『黙れ! 貴様のような腐敗貴族の言葉、誰が聞くものか!!』

『あいつがミツバ・ブルーローズだ! あいつを殺せ!! 殺して金と食料を奪え!!』

「皆さん、騙されてはいけません。そこの人たちは緑化教徒です。貴方たちを利用して、ここに攻め込みたかっただけなんです。――それは何故か。私は緑化教徒を沢山殺しています。その私を殺せば、徳を積んで免罪符を貰えるとか言われたんですよ。つまり、自分だけ助かりたかったんですね」

『黙れ黙れ黙れッ!! 貴様ら、突っ立ってないでさっさと突撃しろ!』

「緑化教会はインチキ集団です。緑の神はただのまやかし、司祭は口だけの詐欺師です。死後に楽園なんてありません。免罪符なんて気休めに過ぎません。本当、残念でしたね」

『緑の神を冒涜するとは何事だ!! この悪魔め、呪い人形め!!』

「神の慈悲を与えるなんて言って、麻薬中毒者を増やすのは楽しかったですか?」

『あれは救いをもたらす聖なる植物だ! 神の慈悲に他ならない!』

「でも、禁断症状に苦しんだことがあるでしょう? 救われるはずなのに、どうして苦しまなくちゃいけないんです?」

「だ、黙れ黙れ黙れ黙れッ!! それは、快楽におぼれぬようにという神の試練の一つなのだ!!」

「なーんだ。元々慈悲なんかなかったんですね。緑の神様には心底がっかりしました。生きてるときには助けてくれない役立たずだし。なら、今、パンを配る私の方が慈悲深いですね! 緑の神様より私の方がいいですよ!」

『き、貴様あぁああああ!』

 怒りのあまり口から泡がぶくぶく出ている。すぐにボロをだしてくれるので、カビはからかうと面白い。麻薬をやっているせいで感情を制御できないから、すぐに顔を真っ赤にする。でもカビはさわやかすぎて鼻につく。だからさっさと消毒しなくちゃ。


「緑化教徒以外の皆さんは、ちょっと横にそれてください。まぁ、そこで泡を吹いている3人だけがカビっていうのは分かってるんですけどね」


 私がパンパンと手を叩くと校門が開き、武装難民隊が一気に3名を取り囲む。寒さで凍える浮浪者の人たちは、もう一隊を使って中へと案内する。余裕はないけど、まぁ春までならなんとかなる。まーたお粥が多くなるけど。今は数を増やさないとね!


『き、き、貴様らああああッ!! この悪魔の甘言に騙されるのか!! 我らと共に楽園に行きたくないのか!!』

「死んだあとの楽園なんかどうでもいい。俺は、今パンが食いてえんだよ」

「腹が膨れて、暖かいところで寝られるなら、私はどうだっていいよ」

「……腹減ってんだから、でかい声を出すなよ。詐欺師はくたばりやがれ」


 うーん重い言葉である。緑化教徒は今の言葉をしっかりと心に刻んでほしい。それから死んでね。


「早速ギロチンの用意を。こいつらには痛み止めなんていらないです。自称神様に慈悲をもらってるらしいので」

「はっ」


 アルストロ君が手を挙げると、たちまちカビが連れていかれる。そして、そのまま校門入ってすぐのところに用意しておいたギロチンへと連行されて、流れるように枷が装着されて準備が整う。しかも上向きで刃が落ちる瞬間が見えちゃう方。本当に手際が良すぎる。練習でもしてたのかな。これなら1日で100人くらい処刑できちゃうね。10台あれば1000人!


『や、やめろ!! これは悪魔の器具だ!! 私は断固として拒否する!! 罪もない市民を虐殺する気か!!』

「緑化教徒に人権なんてありませんよ。それはなぜか。カビは人じゃないからです。じゃあ、ちょっきんとやってください」

『ま、待て――』


 一匹目を装填し、レバーを下す。首が落ちる。ごろりとボロい水桶に転がり落ちる。サクッと切れて楽しい。副所長が挨拶にきたときに、王魔研から一台融通してもらっていたのである。士官学校に一台くらいあってもいいだろうということで、ニコレイナス所長から送ってもらった。私はちょっと反対だったけど、他の私たちが大賛成だったのでどうしようもなかった。数は力だから仕方ない。民主主義って恐ろしい。


「はい次どうぞ」

「承知しました」

『やめろ!! やめてくれ!! わ、分かった。つ、罪を償うから――』


 ちょっきん。首が落ちた。さっきより少し切れ味が鈍ったかな? お手入れは大事だね。


『りょ、緑化教会をやめる!! 免罪符が貰えないまま、死ぬなんていやだ! なら今生きてる方がいい! やめるから助けてくれ!!』

「もう手遅れです。戦争を仕掛けておいて負けたのに、泣き言なんて通用しませんよ。それに、2匹だと中途半端なので、今回は諦めて死んでください。私、数字の3が好きなんです。いいですよね、3は」

『な、なにを言って――』


 ちょっきん。3匹目の首が落ちた。全部の首に『私は愚かなカビです。喜んで地獄に行きます。カビ以外の人は剥がさないでね!』と札を貼ってあげた。そして、汚い皮袋に詰め込んで、出かける用意をする。寒いけど、楽しいことがある時は我慢できる。


「ミツバ様、どちらへ?」

「ちょっとカビがいそうなところに放り込んできますね。大体場所は分かってるんで」

「で、では、私も同行を」

「いえ、その足だと時間がかかるんで、大丈夫です。数人でサクッと行ってきますから。むしろ一人の方が素早くて安全なんですけどね」

「そういうわけには参りません! 今の王都にミツバ様を一人でなど! とんでもない!」

「――と言うのは分かっていたので、数人で行ってきますね」


 心配性なアルストロ君。気にしなくていいのに。こんな世のなかで、わたしをころせるわけがないよ。


 王都のスラム地区、特に治安の悪い場所。そこらへんで、麻薬常習者のたまり場がある。難民の人が言ってたから間違いない。そこに緑化教会の司祭が潜んで布教活動をやっている。とりあえず挨拶代わりに首を放り込んでおこう。頭の中に小さな小型榴弾を仕込んで。札をはがすと時限式で着火する試作型。当然、王魔研の横流し品だよ。後で感想を報告しないといけないけど。


 お供の難民さんを連れて、雪中行軍開始。浮浪者や常習者も流石に外では寝たりしない。凍えるほど寒いだろうけど、一応屋根の下には潜んでいる。汚そうな建物に、適当に一つずつ放り込んでおく。私と難民さんはすぐに物陰に潜んで様子を見る。


「な、なんだこりゃ! く、首だ!! へ、へへ! 夢でもみてんのかなぁ!」


 ここは外れ。回収。口止めにパンを突っ込む。


「ひぃいいいいいいいいい!! な、なんで首があああ!!」


 ここも外れ。回収。口止めにパンを突っ込む。


『こ、これはッ!! 王都警備局の襲撃か!?』

『いや、こいつらは士官学校に向かわせた連中だ! 悪魔め、わざわざ乗り込んできたぞ!』

『ええい、ふざけた札を張りおって!!』

『生きて捕らえろとは言われていない! 早く人数を集めろ! ここで必ず殺して――』


 大当たりだ。沢山の怒号の後に閃光と爆音が轟いた。超簡単なブービートラップ。今日一日で大量のカビの消毒に成功してしまった。もしかしたら司祭だったかな? 私は満足そうに頷いた後、難民さんの肩を叩く。彼らも嬉しそうでなによりである。


『た、たすけ――』

「えい」


 瀕死のカビを全力で蹴飛ばした後、そこへ札を剥がした首を2つ放り投げる。廃屋が更に吹っ飛んだ。良いことをしたあとはとても気分が良い。革命のときには、もっと火の手があがるといいな。それと大砲だ。やっぱり大砲がないと私は盛り上がらない。砲弾が世界を変えるって、クローネも言ってたしね。

 

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