第五十五話 楽園と偶像
新年あけましておめでとうございます。なんて、呑気にお祝いしていられるような人間は世間では少数派だった。王都は相変わらずだけど、貴族への敵愾心が限界突破した感がある。なんでかというと、貴族の縁者たちがカサブランカ、ヘザーランドを初めとした諸外国に亡命しているとすっぱ抜かれたから。挙句はリリーア、プルメニアにまで逃げる輩も出る始末。カサブランカ大公国は同盟国と言うことで一番人気。その次は小国が集まるヘザーランド連合国、ほかも選り取り見取り。どこでも金さえあればそれなりに厚遇してくれるらしい。本当かは知らないけど、新聞にはそう書いてある。リリーア、プルメニアに行くのは縁故がある連中だけみたい。一族を先に送って伝手を作り、ローゼリアが崩壊したときの逃げ道確保。それまではひたすら搾取し続けちゃう。流石貴族さんは先見の明があるね。でも市民の皆さんはそろそろ許してくれないと思うよ!
「ミツバ様! 今日も議場に行かれないのですか? 皆、貴方の動向に注目しております! 今こそ我らミツバ派の主張を広める、最大の好機ですぞ!」
「前も言いましたが、特に広めたいことなんてないですし。第一、何をするにも数が足りませんよ。今はね」
「……今は? それは、一体どういう意味ですかな?」
ラファエロさんが疑念の視線を向けてくる。まだまだ足りない。もっと集めないと。
「特に意味はないですよ。まぁ行きたいならどうぞ。私はここで留守番をしていますから。サルトルさんたちも色々と忙しいみたいですし。ですから好きなようにしてください。あれならラファエロ派を作ってもいいですよ」
私が言いきると、ラファエロさんの顔が引き攣る。時間と労力の無駄というのもあるけど、馬鹿馬鹿しい議論に付き合っていると眠くなる。議長は触らぬ神に祟りなしとばかりに、私を無視するし。正解だけど。
ロゼリア紙幣大量発行による金融政策はさっぱり上手くいってないので、市民の矛先はまたもや貴族議員様に向かっている。彼らが今一人で街を出歩いたら、死ぬまでリンチ間違いなしである。その不穏な治安状態も亡命貴族が増えている一因だけどね。
「何を言われるのですか! 王妃様も我々に期待しているのですよ。市民からの信頼を我々は勝ち得ております。寛容派もそれは認めております。合力すれば、やがては主導権を握ることもできましょう!」
「上院が選挙で選ばれるなら可能性はあるでしょうけど。今の仕組みじゃ絶対に無理ですよ」
「ヒルード派はともかく、正道派とは協力できる可能性もありますぞ! ぜひ、ミツバ様も働きかけを!」
上院は一定以上の税金を納めている貴族、派閥の推薦、国王推薦がないとなれない。そして国王が推薦できる議員は5人まで。サルトルさんも大臣職は解任されたけど、推薦された議員の一人。ルロイ陛下も解任した罪悪感があったのかも。これで勘弁してね的な。本人は全然許してないけど。というわけで、正攻法で主導権を握るなんて、今は無理なんだよ。憤死した議員枠もすぐに代わりが入るしね。
「考えておきます。ここを貸してくれている恩と、当主にしてくれた恩はありますから。でもそれはそれ、これはこれです。いつか何らかの形で恩返しできるといいですね」
王妃のメッセンジャーのラファエロさん。いわく、寛容派と合流して国のために尽くしてほしいそうだ。当然お断りである。私に何の得もないし。そもそも最初の段階で話をつけておくべきことだろうに。切り崩しだけが目的だったんだろうけど、無所属が集まったからさらに利用する気になったかな。
「…わかりました。ひとまず、私は議会に出席しますぞ。ミツバ様のお越しを私は首を長くしてお待ちしております!」
ラファエロさんが少し怒って出て行ってしまった。今日も上院議会でくだらない話し合いをするらしい。懲りもせず、どこから搾り取るかを考えるそうだけど、一番金を持ってる連中が何を言っているのか。自分たちを締め上げた方が早いけど、絶対にやらないだろう。
「うーん。複雑に考えることもないような」
ミツバッジをピーンと弾いて手のひらに載せる。裏まで丁寧に紫に塗られていた。アルストロ君お手製の呪いの一品。気色悪いとかいうと自殺しかねないので褒めておいた。良い感じに方向性が見えてきた気がする。
適当に考えがまとまったところで、今日は何をしよう。2000人以上も難民の皆さんがいるのに、生産的なことが何も行われていないのは問題である。今は、絵心のあったアルストロ君が勝手に描いた私の絵を教室で拝んでいるらしい。というか、いつかどこかで見たことのある絵だった。三つ葉旗を持った超美化された私が、武装した狂信者を率いてる構図。憲兵に見つかったら絶対にヤバい代物。決起した邪教徒の集団にしか見えないのでやめてほしい。彼らの精神の安堵のためとはいえ、やりすぎは良くない。何か皆でできる楽しいことがないだろうか。そこそこ頼れるサルトルさんは、今は別件で死ぬほど忙しい。話ができると、色々押し付けられるのである。
「そうだ。良いことを考えました」
ここは腐っても士官学校である。適当に銃や大砲の訓練でも施して、自警団にでもしてみよう。そのうち正式に王都警備局に採用されちゃうかもしれない。難民収容所から、公務員養成学校に早変わりである。それなりに動けそうな人もいたし、多分いけるはず。というわけで、お祈り中のアルストロ君のもとにやってきた。今は一人でのお祈りタイムだったらしい。なんだか恍惚としているし、私をみた瞬間、とろけそうな顔をしていた。ヤバい薬でもやってるのかと思ったが、これでやっていないのである。脳内麻薬って恐ろしい。
「アルストロさん。ちょっとお願いしたいことが――」
「ああ、ミツバ様。まさかこのような場所にいらしてくださるとは!」
食い気味のアルストロ君。典型的な馬鹿貴族だった彼がこうなるんだから、死の恐怖って凄い。私のせいじゃなく、全部緑化教徒のせいだけど。私は彼をたまたま助けてあげただけだし。うん、わたしのせいじゃないよ。
「突然ですが、難民の皆さんに訓練を行うことにしました。悲しいことに、最近の王都は治安が乱れまくっています。いつ緑化教徒たちがここに突っ込んでくるか分かりません。ですので、士官学校の倉庫にある長銃と大砲を使って訓練を行います。私が皆に教えますので、動ける人を集めて校庭に集合してください」
「ミツバさま直々の教え。ああ、確かにこのアルストロが承りました。皆、喜んでその命をミツバ様にささげることでしょう。……いよいよ、決起の日が近いのですね!」
さりげなくヤバイことを言っているアルストロ君。声が大きすぎるので、口に指をあてておく。
「あまり緑化教徒じみたことは言わないように。自爆と麻薬は許しませんよ。意味もなく命を捧げられても全然うれしくありません。あと、そういうことは声を小さくしてください」
「も、申し訳ございません! ど、どうか愚かな私をお許しを……」
「許すから早く呼びにいってください。サルトルさんがいないから、今はアルストロさんが頼りですよ」
「こんな私を頼りにしていただけるとは……。ああ、もう思い残すことは」
「いいからさっさと動いてください。さぁさぁ!」
手拍子してアルストロ君を急がせる。杖をついているからといって甘やかしはしない。動くのが億劫だからと甘やかすと、そのうち足腰が弱って歩けなくなってしまう。そういうことにして強引に人を動かす。これこそ人間である。
◆
「ミツバ様、皆、集め終わりました。一人も欠けることなく揃っております。一人で立てない者は寝転がしてありますが、どうかお許しください。不敬な心があるわけではないのです。私同様、最後まで戦い抜く覚悟です」
「いや、全員じゃなくてよかったんですけど。不敬とかもどうでもいいですから。明らかに無理そうな人もいるので、銃を渡さないでください。片腕でどうやって銃を撃つんですか」
気合で弾込め、撃つまではできるだろうけど、狙いもつけられず、明らかに効率が悪い。だったら他の作業をしてもらった方が良い。
「全く問題ありません。彼は死ぬまで戦うといっております!」
「問題しかないから言ってるんです。とりあえず、私が仕分けますから手伝ってください。ついでに銃の撃ち方も教えますよ」
「承知しました!」
皆が校庭に集まっている。大勢が整列している光景は壮観だが、中々ひどい面子だ。お爺さんお婆さんから、腕や足がない戦傷者、見るからに銃を持てない幼児までいるし。これは流石に不味いだろうということで、全員弾薬運びなどの雑用係にしてあげた。子供でもどうせ死ぬときは死ぬし、大人しく隠れていろというつもりはない。彼ら難民にとって、この士官学校はお金と食料がたくさんつまった大事なお家。でも守る力がないと、ただの餌場にすぎない。緑化教徒や暴徒の群れがいつ押しかけてきてもおかしくない。私のように、自分の身は自分で守る癖をつけないといけない。というわけで訓練だ。
「ではさっき教えた通りに、長銃を撃ってみましょう。ここにいる人たちは、ちょっと前に捕まえておいた緑化教徒です。なんでも、死ねば楽園にいけるそうなので、皆さんはそのお手伝いをしてあげましょう。死後の楽園なんてありませんが、助け合いの心は大事ですからね」
「――ッ!!」
私は笑顔で、踏み絵を拒んだ頑固な緑化教徒の頭を死なないように長銃でぶん殴る。耳元で『潜入任務に失敗して犬死するあなたは免罪符は与えられません。どこにも楽園なんてないですけど、まぁ、いずれにせよあなたに資格はないということです。本当、残念でしたね』と上機嫌でつぶやいてあげる。
『ッッ!! ッッ!!』
「私が悪魔とか呪い人形とか呼ばれているのは知ってますよね?」
『――ッ!!』
「私の仲間に殺される貴方たちが行くのは、確実に地獄です。意識を失うこともできず、地獄で未来永劫苦しみ続けるんです。おめでとうございます」
目を充血させて首を左右に振っているが、もうどうすることもできない。こいつらは難民の振りをして潜入しようとしていたのを、私が見つけたのだ。臭いで分かるし。速攻で拘束して踏み絵させてみたが、改宗するつもりは毛頭ないということだったので死刑確定。本当は言葉の拷問の後に餓死させようと思ってたけど、使い道があってよかった。うるさく騒ぐから、さるぐつわを噛ませてある。両手両足はへし折ってあるから、逃げられない。でも折角なので棒に括り付けてある。なんとなく処刑っぽいからという理由だ。そういうのは大事にしていきたい。
「この銃は使い方を覚えれば誰でも撃てます。狙いなんて適当で良いですよ。とにかく前方に向かって撃ちましょう。皆で並んで撃てばどれかが当たります。狙いよりも弾込めの速度をあげましょう。はい、じゃあ準備できたらどんどん撃ってください。弾は今回は全部本物です」
今回は斉射とかはしない。練度が低すぎる場合は、待っている時間がもったいないからどんどん撃つべきだと思う。という訳で射撃講習開始。当然そう簡単には当たらない。緑化教徒の皆さんはそれはそれは恐ろしい時間を味わっているはずだ。身体の震えから恐怖が伝わってくる。それとも楽園にいける喜びで震えているかな? まぁどっちでもいいや。と、派手な血しぶきが上がった。数を揃えれば結構当たるものである。
「大砲係の皆さんは、釘散弾の撃ち方を勉強しましょう。砲弾は高くて重いし持ち運びが大変です。威力はありますが、沢山敵が近づいてきたら困っちゃいます。そこで、この釘を詰め込んだ袋を使います。これを撃ちだすと、散弾みたいに釘が飛んでいくんです。ここにいた教官に教えてもらったので、本当ですよ」
実際にやったことはないので、ワクワクする。操作に戸惑っている人たちに混ざり、私が発射用意する。また銃弾で血しぶきが上がった。元気な残りは後一体。最後はこいつで一気に決めてしまおう。
「準備はいいですか? 釘散弾、発射ッ!」
炸裂する釘が、括り付けられた緑化教徒たちに突き刺さっていく。派手な藁人形、或いはハリセンボンみたいで面白かった。これを大群に向かってやったら壮観だろう。私が結果に満足して拍手すると、難民の皆も拍手。良くできたら褒めてあげるというのは大事なことである。これで、緑化教徒が襲い掛かってきても、ただで死ぬことはない。私の家を守るために、ちゃんと戦ってくれる。皆で戦った方が楽しいし、賑やかだね。
「本当に素晴らしいです。皆、やりましたね」
『ありがとうございます、ミツバ様!』
「あ、このカビは骨まで完全に燃やしてください。疫病が蔓延するといやなので、ちゃんと粉々にして埋めてくださいね。緑化教徒はまともな人間じゃないので気にすることはありません。だって、私たちの迷惑を気にせず、好き勝手に自爆してますしね」
笑顔で賞賛していると、始末を終えた皆がのそのそと囲んでくる。アルストロ君が一番前だ。うーん、立派な方陣が完成したけど、全然喜ばしくない。
「……ミツバ様、どうか我らをお導きください」
『私たちをお導きください』
「うわぁ」
不吉な紫ミツバッジをつけた全員が一斉に拝んできた。ちょっと怖い光景だ。この人たち危ない目してるし。バッジに洗脳効果なんてなかったと思うけど。アルストロ君みたいにはならないでほしいのだが、もう手遅れっぽい。何もかも失った人たちが最後に縋るのは宗教なのかな。知らないけど。
気を付けたいのは、別に私が人気者になったという訳ではなく、恐怖が畏怖へとすりかわっただけ。私は彼らから人として見られていない。つまり偶像崇拝の対象ってことだよ。私への恐怖、嫌悪を捨てきれなかった人は、食料を受け取ってとっくに出て行っている。ここに残ったのは、いわゆるそういう人たちだ。
「導くって言われても。何を助けてほしいんですか?」
『私たちに慈悲を与え、飢えの苦しみから救ってくださったのは、ミツバ様でした』
『病をいやしてくれたのもミツバさまでした』
『この子が、また元気に走れるようになったのもミツバ様のおかげです』
『どうか、このまま我らとともに』
『永遠の安息をお与えください』
また永遠の安息か。人を神か仏と勘違いしている。病気を癒すなんて奇跡を起こせるわけがないので、勘違いが大半だ。いわゆるプラセボ効果。ここで麻薬を配って、自爆すれば楽園にいけるよなどと言えば、私もカビの仲間入り。でもそんなことは言わない。だって楽園なんて存在しないから。私が知ってるのは、死んだ後には真っ暗な空間があったということだけ。意識を持ったままあんなとこにいたら、発狂しちゃうよね。
「わかりました。じゃあ、もっと色々考えてみますから、皆は適当に訓練したら休んでください。よく食べて、動いて、寝る。体力をつけないといざというときに動けませんからね」
「承知いたしました、ミツバ様」
「アルストロさんも無理しないように」
「しょ、しょ、承知いたしました。あ、ああ、ああ――」
そう告げると、感極まって涙が止まらないアルストロ君。私はそれを放置して、学長室でのんびりしにいくのであった。今回の休暇は相当長くなるはず。訓練する時間はまだまだありそうだ。その時がくるまでに、出来る限り鍛えておこう。私を都合の良い偶像扱いするんだから、逆にそういう扱いをされても文句は言わないよね? 彼らも救われ、私も楽しい。まさにウインウインってやつだね。……本当にそうなのかなぁ。