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第五十三話 絡まる思惑

「……………………」


 一年ももう終わりを迎えるというのに、ニコレイナスは机に向かって猛烈に作業を行っていた。その顔にはいつもの余裕は見受けられない。苛つきと怒りがこれでもかと滲み出ている。理由は、先のプルメニア軍との戦いだ。ライバルと評されているプルメニアのダイアン技師長の新兵器、ダイアン要塞攻略砲の登場である。大砲を超大型にしただけの単純な代物。コストを度外視して作られたそれは、見事な威力を叩き出した。全部品、弾薬は特注品のため量産不能。しかも耐久性が著しく悪いために数発撃てば壊れる使い捨て。ニコレイナスの美意識には受け入れがたいが、模倣を強く求められているのだ。ちなみに、パクることが嫌なのではなく『使い捨て』が極めて受け入れ難いだけである。

 

「あれに勝てるものを金と時間を掛けずにさっさと作れ? 全員撃ち殺してやりたいですねぇ!」


 いつものごとく、お偉い軍人貴族様が好き勝手に言い放って帰っていった。『軍事費に余裕はない。他国の動向が不穏なので時間も待てない。王魔研はプルメニアを上回る兵器を直ちに制作せよ』と死ぬほど勝手な言い分である。育毛薬やら勃起不全薬を何よりも優先しろと言っていたのは、自分たちだろうが。

 

「発車式の輸送車両は、ある程度最高速度を抑制してはどうでしょうか。製造費はかさみますが、車体の耐久性を向上させれば対物障壁の使用量は削減できるかと。……問題は発射機構ですが、この改善は間違いなく時間がかかります。それさえ終われば、超大型砲の問題も解決しますが……」

「そんな時間が残ってますかねぇ。完成すれば素晴らしい輸送効率を叩き出すでしょうけど、現在の技術力に問題がありますよね」

「向こうも苦労しているようです。ストラスパール戦役終盤では、輸送に支障が出ていたようですし。安定性もなく、毎度の使い捨てでは頭が痛いでしょう」

「全く同じものを投入する手もありますが、それだと国が破産しますねぇ。もちろんこっちが先に。あははは!」


 改良期間は1年以上は見込まなければならない。部品製造期間も考えると、数年がかりか。費用も凄まじいものになりそうだ。一応提出するが、許可が下りるかは怪しい。実現させる自信はあるが、時間がそれを許してくれそうもない。


「例の新型砲弾については、アレはなんというか。どう手を出せば良いか、見当もつきません」

「でしょうねぇ。ちなみに、いろんな噂が飛び交ってますけど、アレは私の仕業じゃないですからね。彼女にお願いして現物は手に入れましたけど。あんなものどうしろって言うんです? 撃ちだせるんですか、アレ」

「難しいかと。どうやって制御できているのかも不明です。衝撃を与えるのは危険すぎます」

「でしょうねぇ」


 発射と同時に飛び散りそうな気がしてならない。何か極めて嫌な予感がするので試験もしていない。アレを制御できるのはこの世で彼女だけだろう。

 

「では、このまま見せ札という形ですか。折角の新型を秘匿する気かと、また軍部から苦情がきそうですが」

「あはは。新型砲弾の存在を否定はしませんが、私には扱えません。頼まれてもどうしようもありませんよ」

 

 大事に金庫にしまってある危険な紫の贈り物。あれは普通の人間が手を出してはいけない。試しに作ってもらったのがまずかった。あまりにも暇で時間を掛けてくれたらしく、とんでもない代物と化してしまった。他の所員には手出し無用と伝えてある。世の中、触れてはいけないものもある。触れた人間が言うのだから、間違いない。でも捨てるのはもったいないので、一応とってある。反乱でも起きたら投げつけたいが、それも不味い気もする。鬼札ならば、そのうちどこぞの誰かに押し付ければ良い。


「では次に、所長考案の火炎放射機について報告します。威力制御と安全性に多少の問題がありますが、使用に耐えうる試作品が完成しました。ご覧になりますか?」

「それはご苦労様でした。でも今は忙しいからまた今度でお願いします。で、安全性に問題とは?」

「重量の問題で、魔光液筒の耐久度を削らざるを得ませんでした。敵の銃撃で筒が破損すると使用者が炎上します。後は転んで後ろにひっくり返ると高確率で自爆します」

「なんだ。それくらいなら問題はありませんよ。それを陸軍のお偉いさんに見せてください。説明書にちゃんと書いておけば、後は使用者責任です。どうせお気に召さないでしょうけどねぇ」

「分かりました」


 貴族様が多い陸軍本部では、こういう色物は評価されにくい。大道芸と一笑に付されるのが目に見えるが、仕事をしているということは見せないといけない。そうしないと予算を減らされてしまう。

 ニコレイナスが今取り組んでいるのは、大量の銃身を備え付けた兵器である。これが投入されれば、びっくりするほどの戦果を叩き出すのは間違いない。色物以外の何物でもないが、威力、見た目ともに派手だし、貴族様も大喜び間違いなし。まぁ、数発連射したところで、銃身が熱と衝撃に耐えきれず、壊れたり溶けてしまうけど。耐久性を増そうとすれば製造費が上がり量産できなくなる。何よりまた重量がかさんで文句がでる。あっちを立てればこっちが立たず。あとはどこで妥協するかだが、使い捨ては許せない。

 

「安くて丈夫で軽量な金属でも落ちてませんかねぇ。それも大量に。ついでに研究予算も」


 うーん、とニコレイナスが頭を抱えていると、罵声やら怒声が混ざり合ったものが耳に飛び込んでくる。しばらく我慢したが、すぐに怒りが頂点に達する。こめかみには青筋が強く浮き上がっている。

 

「あー、本当に忌々しいですねぇ。衛兵は何をしているんです!?」

「今抑えようとしていますが、何せ人数が違うもので。衛兵がやられたら、試作品を全投入して皆殺しにします。すでに武装させた所員を待機させております」

「当たり前です。ただ、後片付けが面倒なのでやりたくないですね!」

「では、先手を打って我々も鎮圧に参加しますか? 試作火炎放射器も使用可能ですが」

「折角の新型を今披露するのは避けたいですよねぇ。でもうるさいと研究が捗らない! あー忌々しい! あああああああああああっ、本当に苛々する!!」


 目が発狂寸前のニコレイナスが奇声をあげながら金髪を乱暴に搔き乱す。王国魔術研究所の入り口で、市民と衛兵がもみ合っているのだ。誰かの入れ知恵で、市民から搾り取った税金を湯水のごとくここでも消費していると噂が広まったらしい。しかも、先の育毛薬、勃起不全薬の件も暴露された。国のためではなく、貴族の愉しみのためだけに存在する贅沢研究所。今すぐ叩き潰してしまえとビラが配られた。そんなに間違ってはいないが、国のための研究もやっている。仕事は仕事、趣味は趣味でちゃんと両立させてきたとニコレイナスは胸を張る。

 

「全力で対処しますので落ち着いてください。現在、王魔研の功績をまとめたビラを作成して、配布を開始しております。市民は日々の暮らしに追われて忘れやすいものですから。手間を惜しまず説得すれば、彼らも引き上げてくれるかと思います。代表者と話をする段取りも行っております」

「……そういえば貴方も市民階級でしたか。面倒だけどお願いしますよ」

「承知しております。もうしばらくお待ちください」


 流石は副所長、色々と先んじて気を回してくれる。だから常に傍に置いている。ニコレイナスが拾い上げたこの副所長は、有能だが出身のせいで埋もれていた。見事な働きぶりだからすぐに引き上げた。やる気があって、出来る人間はどんどん使う。それがこの研究所の方針である。逆に生まれが良いだけの馬鹿は一日でクビにしてやった。

 

「しかし面倒ですねぇ。一体誰がこの研究所を目の敵にしてるやら。私たちそんなに悪いことしてましたっけ。特定の貴族さんには恨まれてますけど」

「……共和派の仕業かと。市民を扇動するために、分かりやすい敵を沢山作り上げているようです。最大の標的は国王陛下と上院議会ですが、それに我々も巻き込まれたのでしょう」

 

 貴族のために働く奴は全員市民の敵と見做して攻撃。効率的で効果的な戦略だ。考えた奴は性格が相当悪いに違いない。性格の悪いニコレイナスが言うのだから間違いない。


「あー怖い怖い。……はぁ。なんだか疲れたから一服しますか。そこの貴方、すみませんが珈琲を淹れてきてください。あと全員に休息を取らせなさい。私の真似をして不眠不休なんて馬鹿馬鹿しいですからねぇ」

「はっ、直ちにお持ちします。ですが休息についてはお断りします。私たちの生きがいは研究であります! 体力が尽きたら勝手に寝ますのでご心配には及びません!」


 近くで大砲を弄っていた、顔色の悪い研究員が目を充血させながら敬礼してきた。研究所でいちいち敬礼してくる意味が分からない。寝不足でネジが緩んでいるらしい。よくもまぁ頭がおかしい連中ばかり集まったものである。

 

「副所長、ご覧の通りですよ。外が静まったら全員に休みを取らせるように。三日間頭と体を休ませなさい。これは命令ですよ」

「はっ。しかし、皆所長のお力になりたいのだと思います。おそらく、休息と称して勝手に研究所に残ると思いますが」

「一度全員叩き出しなさい。その後のことまでは知りませんよ。……全く、どいつもこいつも好き勝手に生きてますねぇ」


 持ってこさせた珈琲を口に含む。熱くて苦い。でもこの苦みが頭を覚醒させてくれる。新しい発想は、こういう苦しい時にこそ生まれるものだ。そんなことを考えながら一息ついていると、研究室に誰かが笑顔で走りこんできた。噂好きのお調子者研究員。無意味に騒がしい奴だが、仕事はできる。

 

「所長所長! 面白い新聞を買ってきましたよ!」

「買ってきた? どうやって包囲を突破したんです?」

「着替えて旗振りながら、共和派万歳って言いながら突破しました。帰りはもみ合いで混乱してたからむしろ楽でしたね」

 

 馬鹿なのか利口なのか判断に苦しむが、成果は出したから有能なのだろう。別に新聞を買ってこいなんて一言も言っていないが。


「で、面白い話題とは一体何ですかねぇ。あ、もしかして陛下と王妃様が心中したとかですか? 葬儀には参列するから日程を調べておいてくださいね」

「全然違いますって! 見たら驚きますよ?」


 研究員が大げさに新聞を広げる。これは市民寄りの左派系新聞だ。新聞というのは、それぞれの出身や階級に合わせた論調で記事を書く。ほとんどが貴族や商人の機嫌を取ろうとするが、市民寄りの新聞は容赦がない。度々検閲され取り締まりの対象になっている。一か所潰しても、すぐに生えてくるからどうしようもないが。特にこの左派系新聞はもう頭がイカれてるんじゃないかというぐらいに国王と貴族を叩き、共和派を熱烈に応援する。

 

「どれどれ」


 ――ブルーローズ家の新当主にして新上院議員のミツバ・ブルーローズ・クローブ准尉、上院議会で愚かな貴族たちを徹底批判。開戦に賛成した議員を調べ全ての財産を没収すべしと断罪、怒り狂ったヒルード派議員10名を憤死に追いやる。同日、無所属議員を統合してミツバ派を結成へ。主な議員は、ミツバ、ラファエロ、アルストロ、サルトルなど。また、ブルーローズ家の私財を投入し、休校中の士官学校に難民救済所を設置、困窮した市民の救済活動の実施へ。国王はこれを絶賛し、貴族の手本とすべしと表明した。


「?」


 意味が全く分からなかったので、ニコレイナスは眼鏡を外し目を指で軽く揉んだ後、もう一度ジッと記事を見る。間違いなく、ミツバ・クローブのことだ。あの娘が、どういう流れかはしらないが上院議員になったらしい。ニコレイナスは研究にひたすら没頭していたから、世間の情報をあまり仕入れていなかった。率先して頭に入れていたのはプルメニア軍の新型兵器、技術の情報だけである。当主になったという話も、副所長が教えてくれたおかげで知ったぐらいだ。王妃の後押しのみで実権はなかったという話だが。


「なんです、これ。この世知辛い年末に、ちょっとした笑いを提供しようとしてくれてます? でも過激な左派系新聞とはいえ記事の内容がやけに具体的ですし、まさか本当なんですか?」

「はい、全部事実のようです。貴族が10人も死んで、市民は大喜びですよ。貴族御用達の王国新聞では、ただの人気取りに過ぎないと批判していました。所詮は『王妃の犬』や『迎合主義』だとか。ただ、憤死した議員たちについては全く触れていないのが面白いですね」


 副所長は嘘をつけるような性格ではないので、事実らしい。12歳の子供が軍人で当主で議員とは、まさに世も末である。こんな国は滅んだ方が良いような気がしてきた。気がしただけで実行はしない。面倒くさいし、研究できなくなる。自分がやらなくても誰かがやるだろう。


「まぁ王妃の犬だろうが迎合主義だろうが、市民にとっては今日の食い物が大事ですよねぇ。それと馬鹿貴族の不幸は蜜の味ですし」

「その通りかと。後で士官学校に所員を向かわせ、状況をしっかり確認させてきます。確認次第、私が挨拶に向かいます」

「よろしくお願いしますよ。ついでにミツバに差し入れでもしてあげてください。そうですねぇ、甘いお菓子が良いでしょう。軍生活では食べれなかったでしょうから」

「分かりました。お任せください」


 ニコレイナスはなんだか心が躍ってくるのを感じる。戦場に行ったというのは聞いていたから、きっと人を一杯殺していることだろうと予想していた。だが、こういう展開は予想していなかった。どういう流れでこうなるのか。思惑が絡まりまくったに違いない。なんだか楽しくなってきた。記事の続きを読む。

 

「それで続きはと。市民議会の山脈派(共和派急進主義)、平原派(共和派中道主義)、大地派(共和派穏健主義)の各派はミツバ派の動向を注視すると表明した。同時に、市民議会こそが国を代表する唯一の議会であると強く主張した、と。動向もなにも、本人もどうしてこうなったか分かってないんじゃないですかね。……もしくはその混沌すらも楽しんでいるかも」


 ニコレイナスは溢れる笑みを隠せない。珈琲を飲むのも苦労するほどだ。無所属議員たちがミツバを担ぎ上げたのは、拠り所が欲しかったとかいう思惑もあるだろう。もしくは死を間近に目撃し、恐怖に魅入られたか。

 彼女が苦しむ市民のために立ち上がるなんてあるわけがない。なんとなく流れでそうなってしまったに違いない。士官学校を避難所にしたのも、多分年末に寂しいのは嫌だとかそんな理由である。食料を配布したのも、もともと人の金だから執着がないだけ。自分が七杖貴族当主という自覚も誇りもないはずだ。あったら、とっくにミリアーネは死んでいる。

 

「本当におかしいですねぇ! うーん、沢山笑ったらなんだか研究意欲が湧いてきました! 私も負けないように頑張らないといけませんよねぇ! 出来立ての試作火炎放射器、徹底的に仕上げましょうか!!」


 ニコレイナスが気合を入れると、どこからともなく研究員たちがわらわら湧いてきた。確か休息を命じたはずだったのだが。まぁ、本人たちが過労死したいというなら止める必要もない。どんどん扱き使って死なせてやるとしよう。幸せなんて人それぞれである。

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