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第五十二話 腐敗の中枢

 訳が分からないまま、私は上院議員になってしまった。マイ長銃を担いでなんとなく馬車を待ってたら、通行人から化け物を見るような目で見られた。議場には武器の持ち込みが禁止なので、サーベルも含めて全部没収。ちなみに、サーベルはちゃんと斬れるやつに変わってる。

 結局、色々と落ち着くまで、私は士官学校で暮らせとお達しがあった。別宅はミリアーネに抑えられていたらしいし、私を預かってくれる親戚筋などない。そこは感謝すべきなのかもしれないけど、広すぎる士官学校に私一人だけ。もう衛兵すらいない。食堂の人もいない。事務官もいない。困ったことがあったら、モーゼス爺さんに伝えてくれと言われたけど、あんまりな扱いである。こういうところから使われない公共施設の廃墟化が始まるのだと思う。……というか、すでに呪いの士官学校跡とか噂が広がってそうな気もする。


 で、馬車で連れていかれたのは、ベリーズ宮殿から少し離れたところにあるアムルピエタ宮殿である。歴代の国王が住んでいたとかいう、古いけど由緒ある建物。私が観光客ならぜひ写真に撮っておきたいが、まだカメラはないっぽいので諦めよう。私の場合、下手すると心霊写真扱いされそうな気もするし。


「こちらがアムルピエタ議場になります。基本的に、席に指定はございませんので、ミツバ様のお好きなところにお座りください」

「本当に好きなところで良いんですか?」

「…………」

「本当に好きなところに座りますよ」

「……実際には各派閥ごとに席が分かれております。これ以上は、ミツバ様ご自身でお確かめください」


 使いのお爺さん――モーゼス爺さんはそう言って立ち去ってしまった。議場に取り残された私は周囲を見渡す。議場の中央に、立派な演説席が設置されている。正面に議長席と書記席。議員席は演説席を囲むような、3階層の構造になっている。上院、下院はこの議場を交代で使用、市民議会はどこぞの演劇場跡を再利用してるとか言っていた。議席の外周の傍聴席には、新聞社の人間が大勢座っていて、忙しなく辺りを伺ったりメモを取ったりしてる。彼らがここで得た情報を記事にして、新聞を作り出すのだろう。情報の解釈は自由だけどね!


「で、どこに座ればいいんでしょう。というか、私は派閥に入ってるんですか? でも寛容派に入れとは言われてないんですよね」


 右側には黄、緑、青の派手な薔薇型バッジをつけた人たちが座ってる。そして中央に白と黒。左側に赤と桃。カラフルで面白い。私はブルーローズ家当主なので、やっぱり青派閥だろう。というわけで紫色の青薔薇の杖を片手に向かおうとしたのだが。


「申し訳ありませんが、貴方をこちらに入れるわけにはいきません。別の席へどうぞ」


 変なおじさんに通せんぼで止められてしまった。この人は黄色のバッジをつけてる。その顔には嘲りが浮かんでいるので、意地悪な変なおじさんである。


「でも、私はブルーローズ家当主ですし。だったら青のところじゃないんですか?」

「ははは、これはご冗談を。我々は貴方をブルーローズ家の当主などと、全く認めてはおりません。陛下が認めようともです。貴方には何の権限も力もない」

「あちゃー」

「一度鏡をご覧なさい。自分に尊き血が流れているように見えますか? 陛下のきまぐれで当主の座についただけの、薄汚い子供に過ぎないのです。そんな者をヒルード様の派閥に迎え入れるなど、断じてありえない」

「……そうですか。それは失礼しました」

「ええ、本当に無礼ですよ。それに臭くてたまりません。貴方には向こうがお似合いだ」


 紙屑を丸めて投げつけられた。私のおでこに当たる。何かが漲ってきた。顔は全力で覚えた。ヒルードさんに目を向けると、怯えた表情で目を全力で逸らされた。アイコンタクト不発。


「ふざけるな! 自分たちの不始末をこちらに押し付けるな」


 向こう――白黒の方を見たけど、罵声付きでしっしっと振り払われる。面倒には関わりたくないという表情だ。どこもかしこも来るなオーラが凄い。


「……我らが迎え入れるのか? 当主としての実権を何も持たない小娘を?」

「王妃様は乗り気だが、気にすることはない。一人加えたところで何の意味もない。いつも通り、聞き流しておけばよかろう」


 赤、桃は困惑した様子。あからさまに敵対はしてこないけど歓迎ムードもない。とはいえ、行くならあの近くが良さそうだ。空席が多いし、派閥バッジがついてない人もちらほらいる。孤独なボッチ議員の隔離所かも。とりあえずはその席に陣取り、一人で『ミツバ派』を設立することにした。モットーは『来るものは拒まない、裏切りは絶対に許さない』。具体的に何をやるかは私が全部決める。私の派閥だから私利私欲で動いてオッケーなのだ。素晴らしい!


「…………ふぅー」


 そんなことを考えながら、大きくため息を吐く。さっきはいきなりムカついたが、派閥を設立できたので気持ちが落ち着いてきた。なかなかできない経験ではあるし、ここは楽しく乗り切りたい。私はよしっと気合を入れておく。


 それから少しして議員が揃い、上院議会がスタートした。上院の主な構成はヒルード派、正道派、寛容派の三つだ。提出された議題について議長が意見を求め、各派閥が政策について意見を戦わせ、最後に採決が行われる流れっぽい。今日のワクワクの議題は『賠償金の財源』だ。王妃が後ろ盾の寛容派が、市民への大増税に頑強に反対しているため、採決が延期されていたらしい。特権階級にも負担させようというのが寛容派の主張だがそんなものが通る訳もない。議会は無意味に停滞するというわけだ。他国は待ってくれないけどね!


「いつまでこの茶番を繰り返すんだ。寛容派の連中は馬鹿ばかりで話にならん。今更そんなことで人気を稼げるはずもなかろうに」

「何しろ、自分たちで推し進めた講和条約だからな。それとも、賠償金をどこから出すつもりか考えてもいなかったとでも言うつもりか」

「ありうる。あいつらは馬鹿だからな」

「採決を引き延ばして、ある程度議論を尽くしたという印象が欲しいのだろう。やりすぎると市民の反発が強い」

「だがこのまま収まるとは思えんぞ。ヒルードたちは甘く見ているようだが……」

「我らもそろそろ身の処し方を考えておく必要があるかもしれんぞ」


 近くのボッチ議員たちが吐き捨てているのが耳に入る。数は力だから、どうせヒルード派の政策に決まる。でも、支持を広げたり、自らを売り込むためにために議員が意見や見解を述べていく。傍聴席にいる記者さんがそれを頑張ってメモってる。暇な観客が野次を飛ばしたりもしている。実にうるさい。悠長に一人ずつやるならすごい長くて寝ちゃうなと思ってたら、各派閥から選抜された数名だけだった。声がでかくて滑舌が良いとか、立場が偉いとか、そういう条件で選抜されてるみたい。……かと思えばとにかく国王万歳の頭のおかしい寛容派議員も見受けられた。応援はしないけど適当に頑張ってほしい。というか飽きてきた。


『ミツバ・ブルーローズ・クローブ議員、前に! 議会初出席の、君の発言を許可する!』


 ――議長の大きな声。なぜか私が呼ばれてしまった。そういえば、新人議員は、最初の議会で己の考え主張を述べなければならない、とかモーゼス爺さんが言ってた気もする。丁重に辞退したかったけど、皆の視線が集まるので仕方がない。とことこ歩き、演説席に立って議員の皆さんに向き直る。どうしようか。ここは、ヒルード派が提出した『賠償金の財源として"愛国税"を設け、市民に負担させるべし』という案への反対意見にしよう。面倒くさいから、思いの丈をぶつけて退場してやる。後でサンドラへの土産話になりそうだから、全力で馬鹿にしてやろう。


「初めまして皆さん。ブルーローズ家当主に就任しましたミツバです。何の因果か分かりませんが、上院議員になってしまいましたので、ご挨拶させていただきます。短い間とは思いますが、どうぞ宜しくお願いします」


 しーんと静まり返る議場。拍手も何もなし。呆れ、侮蔑、嘲笑の表情が私に突き刺さる。とてもいい感じで元気が湧いてくる。ニコリとそれを受け止めて、一人一人素早く見渡していく。どんな人がいるのかな?


「さて、賠償金の財源として愛国税を設けるとかという、どこぞの派閥の意見ですが、私は全力で反対させていただきます」

『市民の愛国精神を侮辱したぞ!!』

『新入りが何様のつもりだ!!』

『小娘が図に乗りおって!!』

『その馬鹿をとっとと下がらせろ!!』


 一瞬の間をおいてわーわーと怒号とヤジの嵐。議長が木槌を叩くけど収まらない。けしかけているのはヒルード派が多い。続いて正道派か。寛容派と無所属はとくに何も言ってこない。しかし、ヒルード派は本当に野次がうるさいな。でも、一番偉そうなヒルードさんは、青ざめた顔をひたすら下に向けている。彼は一度も私を馬鹿にしていない。なんでかな? もしかして、怖いのかな?

 流石にやかましいので、なんとかしてくれないかなーと思ってたら、段々と怒号が収まってきた。叫んでばかりだから喉が痛くなったんだろう。話を続ける。


「やっと静かになりましたね。で、なぜ反対かと言いますと、開戦を主張した人間が何の責任も取っていないからです。議事録を徹底的に調べ、開戦決議に賛成した馬鹿どもの財産を全て没収し、賠償金に充てましょう。それでも不足したら、その時は市民の方々に泣いて許しを乞い『失策税』としてお金を恵んでもらいましょう」

『失策税とはなんだ! 我々を侮辱するか!!』

『泣いて許しを乞えとは無礼な!』

『貴様が貴族などと誰も認めんぞ!!』

『何が当主だ、呪い人形め!! 悪魔は地獄に還れ!!』

『議長、そいつを議会侮辱罪で逮捕しろ!』


 流石に言いすぎである。悪意と罵声を飛ばしてきた連中を素早く見渡す。我慢する必要がどこにあるんだろう。だって、ここは言葉の戦場だよね?


「声だけはでかいくせに、金は1ベリーも支払わない。自分は戦地に行かずに安全地帯でぬくぬくと過ごしてばかり。緑化教徒と同じクズだと思います。カビついた貴族なんて一人も必要ありません。恥を知るなら、今すぐに、ここで、のたうち回って死んでください。ブルーローズ家当主のミツバ、謹んでお願い申し上げます」


 慇懃無礼に軽く膝を曲げ、頭を下げてやる。言いたいだけ言ってやった。侮辱罪は知らないが、不敬罪はここでは適用されないだろう。別に国王陛下は馬鹿にしてないし。代わりに嵐のような怒号がくるぞーと待ち構えていたら。


「――ううっ。げぇええええええ!!」


 ヒルード派の議員がいきなり立ち上がり白目を剥いたかと思うと、ごろごろと転げ落ちていく。最初に私を通せんぼした意地悪おじさんだった。ざわめきと動揺が広がっていく。続いて怒号を挙げまくっていた議員の皆さんも立ち上がると、血反吐を吐いて顔を紫に変えていく。傍聴席で野次を飛ばしていた奴も。ぷるぷると震えた後、次々に倒れ伏せていく。恥辱と憤怒のあまり死んでしまったようだ。これがいわゆる憤死である。可哀想に。もちろんうそだけど。


「あ、ああああ、の、呪いだ。やっぱり呪いだ!!」

「た、助けてくれ!! 私は違うんだ! こいつらに乗せられただけで!」

「そこをどけ! 私は関係ない!! 無関係だ!」


 ヒルード派の議員の皆さんが泡を吹いて議場から逃げ出した。真っ先に逃げたのがヒルードさんだったのを私はしっかりと目撃している。流石、機を見るに敏だ。ところで、憤死って初めて見たけど、とても迫力があった。憤死するぐらい真面目に議論していると新聞に伝えてもらえば、市民の皆さんも大いに満足するに違いない。記者さんには頑張って真実を報道してもらいたい。

 そして転がってる死体は議員10、傍聴席に20か。大いに満足した私は、自分の席に戻ってリラックスするのであった。ああ、お茶か紅茶か珈琲が欲しい。


「……なんというか、恐ろしい、いや、本当に、凄まじい。か、体の震えが止まりません」

「何が凄いのかは良く分かりませんが、ありがとうございます」


 顔色の悪い、だが目が爛々としている近寄りがたいおじさんたちが集まってきた。さっきまで愚痴ってた無所属の議員の人たち。声色は震えてるのに、逃げようとはしない。


「こ、言葉の力、今まさに、この目で見させて頂きました。逃げ失せた連中同様、私も心から怖い。ですが、貴方には恐怖と同じくらいの、惹きつける何かを感じます。……もはや日和見を決め込んでいる場合ではありますまい。どうか我らをお導きください」

「は?」

「この国家存亡の事態を乗り切るには、貴方の力が必要なのです。私は確信しました」

「え」


 狂気を感じる無所属の議員たちの姿に、寛容派と残りの正道派、傍聴席の人たちはひたすらドン引きだ。なんだか知らないけど、勝手に無所属の皆さんが名乗っていく。言葉の力ってこういうもんじゃないと思うけど、誰も咎めてこないのでいいことにしよう。私は武力は使っていないし。うん。言葉は銃よりも強いのである。どこかの偉い人もそう言ってたし。

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