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第五十一話 舞台への誘い

 大輪歴586年11月。私の士官学校2期目ももう終わってしまう。ほとんど学校にはいなかったけど。凄く寒いからコートは必須、手袋もしないと駄目だ。そんな私はストラスパール州から、懐かしの王都ベルに戻っていた。で、寮でまったりしようと思っていたら、いきなりベリーズ宮殿行きが決まった。なにがなんだか分からないままドレスを着せられて、当主就任の儀が執り行われてしまった。意味が分からない。ついでに青薔薇の杖もプレゼントされた。色は不吉な紫色だったけど、それには誰も触れてこなかった。見て見ないふりをしていたともいえる。形式上は貴族になったらしいが、生活は特に何も変わらない。当主の仕事などもないし、これをしろという説明もない。誰かに聞こうにも、当主の知り合いなんていないからどうしようもない。というわけで、普通に士官学校の寮でのんびりしている。


「当主になったけど、特にやることがないんですよね。実家で呪いの家の主でもやってた方が良かったでしょうか。いわゆる隠者?」


 屋敷は正式に私のものになったので、王妃様の伝手を使って帰ってみた。一度くらい帰っても罰は当たらない。お家は、一言でいえば、綺麗な廃墟だった。本当に静かで誰もいないし価値のありそうなものも何もなかった。盗人が押し入った形跡もなく、完全に時が止まってた。でも素敵な雰囲気だったから、私は気に入ってる。放置しておくのももったいないし、住人を募集してもいいかも。今は名実ともに『呪いの家』だから住みたい人なんていないだろうけど。だって、お庭に紫の死体が沢山転がってたしね。ちゃんと埋めておいたよ。


「ふぁーあ。本当、寂しくなりましたねぇ」


 欠伸しながら話しかけても返事はない。士官学校は閑古鳥が鳴いている。学生が半分以上いなくなってしまった。騎兵科と魔術科なんて誰もいないし。警備兵に聞いたところ、歩兵科の学生が全滅したと聞いて、雪崩を打つように退学していったらしい。『死』が間近にあると認識したんだろう。騎兵科と魔術科の学生は無期限での実家帰り。情勢が収まるまで士官学校には近づかないつもりらしい。偉そうにしてたくせに酷い話である。学長は急病により自宅療養中、教官の中にも逃げ出す人がでているとか。もう色々と無茶苦茶である。士官学校とはなんだったんだろう。


「サンドラがいれば、非生産的だと小言が飛んできそうです」


 出迎えてくれるかと思ったサンドラはいなかった。荷物はすっかり片付いている。条約締結直後、退学届を出して、さっさと出て行ったらしい。卒業まで待っていられないと判断したのかも。卒業できなかった人には徴兵の義務があったはずだけど、誰もそんなこと気にしてないし、咎める人もいない。だって、王都はそれ以上に凄いことになってるし。デモの毎日、怒号の雨霰、武力衝突もしょっちゅうだ。市民の怒りは国王、王妃、貴族、上院議会、下院議会の全てに向かっている。


「まぁ、普通は怒りますよね」


 ストラスパール講和条約の内容が市民に知れ渡り、怒りに完全に火が付いた。賠償のために新たな課税が発表されたこともある。戦争税が軽く3倍になる計算だ。市民はふざけるなと激怒した。こんな講和は無効だと市民議会も怒り狂った。開戦反対の立場だった彼らだが、こんな条件での講和など到底飲める訳がない。負担するのは自分たち市民なのだから反対した。開戦賛成の立場だった連中は、全然気にしてない。税金は市民から搾り取ればいいと考えていたからだ。だからお互いの主張が逆転する謎の事態になった。市民議会は戦争継続を主張し、上院、下院議会は戦争終結を喜んだ。政治って難しいね! 

 でも上院には優越権が認められているから、市民議会の主張は絶対に通らない。だから、声を張り上げて国王に認めさせる運動に励んでいる。勢いは日を追って増しているから、どうなることやら。そのうち宮殿に攻め込んじゃいそう。

 なら各議会の代表者で話し合って、最後は代表者による多数決で決めようなんて仲介案が国王から出されたけど、焼け石に水。むしろ凄まじい反感を買ってしまった。今更そんなペテンに引っかかる間抜けな市民はいないのである。ちゃんちゃん。



 そして、また教室で『自習』と言う名の退屈な一日が始まるかと思いきや、ガルド教官が現れた。最近は見かけるたびに憂鬱そうだったのに、今日はなんだか吹っ切れた表情だ。


「おはよう諸君。……最後まで残ったのは20人か。お前らは根性がある。本当に、立派だよ」


 いきなり教官が褒めてくれた。でも、最後とはどういうことだろう。


「突然だが、本日をもってローゼリア王立陸軍士官学校は休校となる。悠長に教育している金も時間もなくなった。よって、残っている諸君らには卒業証書が渡される。まぁ、ただの紙切れだが、一応もらっておけ」

「きゅ、休校ですか」

「ああ。もう卒業してなかろうが関係ない。全員士官として軍に送る。陸軍本部の決定だ」

「そんな、いきなりすぎますよ!」

「いきなりだろうがなんだろうが、戦力増強を急がせろとのお達しだ。……先日、七杖家の貴族様が戦死しただろう。それに怖気づいた軍属の貴族様が役目を放棄しはじめてる。その尻を拭うのが俺たちの役目ってわけだ」


 チラッとガルド教官に目線を送られた。貴族様が逃げ出したのは私のせいじゃないと思う。いややっぱり私のせい? 風が吹けば桶屋が儲かる理論ってやつ?  


「というわけで、俺も軍に呼び戻される。先日の敗戦を見て、リリーア王国が動きを活発化させている。ヘザーランド連合もだ。講和を結んだとはいえ、プルメニアにも備えねばならん。戦線を拮抗させておくためにも、即座の戦力増強が不可欠と軍部は判断した。中身はいいから、数だけでも揃えろということだ」

「…………」 

「追って配属先が伝達される。家族には準備期間中に会っておけ。……それと、ミツバに関しては事情が相当複雑で、俺には分かりかねる。よってこのまま寮で連絡を待つように。使用許可は貰っておいたぞ」

「はい、わかりました」


 私はまだお留守番みたい。そのまま存在を忘れられちゃったりして。最後は食料もなくなって餓死。そうしたら本物の悪霊になって、この士官学校を徘徊するとしよう。むしろ王都を彷徨いまくってやる。


「この先どうなるか分からんが、国のために共に戦っていくことに変わりはない。――皆、卒業おめでとう」

『ありがとうございました、ガルド教官殿!』

「生きてまた会おう」


 一応全員起立して敬礼だ。声はでかいけど顔は困惑だらけ。本当にこの先どうなるんだろう。


――部屋にもどって一人で黄昏れていると、ノックの音。私、クローネ、サンドラの部屋だけど、今いるのは私だけ。それは残っている皆だって知ってるはず。つまり、私に用事らしい。だらだらと立ち上がりドアを開けると、ライトン君たちがいた。20期砲兵科の戦友が勢ぞろいだ。4人しかいないけど。ライトン、レフトール、セントライト、ポルトガル君。トムソン君は療養中。元気にしているといいね。


「……よう。ちょっとだけ、いいか?」

「皆で集まってお別れ会でもやるんです? でも私を誘いに来たわけじゃないですよね」

「その、あれだ。別れの挨拶に来た。俺たち、第7師団に配属になるんだ。クローネの下につくことになる」

「そうなんですか?」

「ああ。さっきこっそり教官に聞かされた。どうもクローネが裏で手を回してくれたらしい」


 私だけ仲間はずれだった。ずるい。


「俺も輜重隊に入れてもらえるって。なんだか分からないけど、料理できるならどこでもいいしな。念願かなって幸運だぜ!」


 干し肉を咥えたポルトガル君だけ嬉しそう。もう皆は先のことが決まってる。私も考えてみたけど、具体的に何をやればいいのかが思いつかなかった。とりあえず、騒ぎに紛れて緑化教徒でも撃ち殺しに行こうとか考えてたりしてたんだけど。ちらほら見かけるから鬱陶しいのだ。

 そういえば、この前散歩に出かけたら、緑化教徒たちが苦しそうにのたうち回ってて面白かった。麻薬のやりすぎだと思う。致死量まで吸ったのか、顔が凄く紫だったし。とどめを刺したら喜ばせちゃうので、そのまま死ぬのを傍でじーっと見守ってあげた。全員更に苦しんだ挙句死んだので、めでたしめでたし。ウジ虫が湧いたり疫病が発生したら迷惑なので、ちゃんとゴミと一緒に埋めておいてあげた。私は優しいのである。ほんとうに?


「私は配属先をまだ教えてもらえてないんですよね。どうなるんでしょうか」

「……お前はもう貴族だし、家に帰れるんじゃないか? というか当主様なら大人しくしといた方がいいだろ」

「戦場に出たらいつ死ぬか分からないしな。教官も言ってたけど、金があるなら籠ってた方が利口だ」

「……最後だから正直に言うけど、お前の雰囲気が苦手だったぜ。なんでかは分からないけど、怖いんだよ」

「…………」


 目をそらしながらつぶやくライトン君。セントライト君、レフトール君もそんな感じ。軽口は叩けるけど、私とはやっぱり目を合わせたくないようだ。ポルトロック君だけはいつも通り干し肉をくちゃくちゃしている。輜重隊入りが決まって気が緩みまくっている。というか干し肉飽きたとか言ってるのになんで食ってるんだろう。


「これからは身分も違うし、もう会うこともないだろう。……色々あったけど、元気でな」

「そちらも元気でやってください。クローネにはよろしく伝えてくださいね」

「……ああ。ちゃんと伝えるよ」

「さっきから食ってばかりのポルトケーキ君もお元気で」

「先が決まったら腹が減っちゃってな。あー、なんだかんだで俺たちは一緒の砲台を守った仲だろ? 今度会ったら、全員に最高に旨い飯を作ってやるよ。当主様には料金は弾んでもらうけどな。それと、本当に一番大事なことだから良く聞いておけよ。いいか、俺の名前はポルト――」

「じゃあ、さようなら」


 握手とかはなし、笑顔で軽く手を振ってお別れだ。干し肉くちゃくちゃマンを気にせず、さっさとドアを閉める。凄くあっさりしてた。戦友だけど友達じゃないから仕方がない。でもポルトクック君はご馳走してくれるらしいから、一応忘れないでおこう。

 それにしても、明日からは私一人になるのだろうか。教室にはポツンと私だけ、教官も職員もいないとか何かの罰ゲームじゃないかな。私はこれからどうしたらいいんだろう。新年を迎えるまでには決めないと。うーん、やっぱり悪霊になっちゃおうか。



 ――で、次の日の朝。王妃マリアンヌ様からの使いがやってきた。モーゼスとかいう身なりの整ったお爺さん。特に感情のこもらない声で『軍人として働くのは保留し、ブルーローズ家当主としての責務を果たしてもらいたい』、『私たちに力を貸してほしい』ことを伝えられた。要点はその2つなのだが、長々とした口上を伝えられて、なんだか眠たくなってきてしまった。軍隊に慣れてると、物事は簡潔に話してほしくなるものである。


「えっと、良く分からないんですけど、結局どうすればいいんです? 私に何をさせたいんですか」

「ルロイ陛下が推薦した上院議員が老衰により亡くなられたため、欠員が一人生じました。国王推薦議員の定数は常に5人と決められております。規則は守られなければなりません。よって、貴方には、国王陛下の推薦により、上院議員になっていただきます」

「議員」

「はい」

「しかも上院議員」

「はい。その通りです」

「あの、私はまだ12歳ですよ」

「存じております。しかし、初陣はお済です。とても立派なことです」

「……私に議員をやらせるのは、かなり無理がありませんか。貴方もそう思いますよね? そもそも私はぽっと出の見習い貴族ですよ。いきなり杖と屋敷を貰っただけで、当主の仕事なんて何もしてないし。そういう儀礼も常識も分かりせん。きっと反発も凄いから止めた方が」

「詳細は私には分かりかねます。しかし、陛下が決められたことです。間違いがあるとは思いません」


 無茶振りここに極まれりである。頭がおかしい。陛下が決めたことに間違いがないのなら、先の戦争の一件を説明してほしい。それも『陛下の決めたことです。間違いはありません』でスルーされそうだけど。使いのお爺さんの顔をジッと見る。表情が読めないから本心が分からない。慇懃無礼とも思わない。ひたすら命令に忠実な執事さんタイプだ。モーゼスとか言ったっけ。間近で目を合わせても、特に嫌悪のような感情はない。うん、この人も変人か狂人なんだ。


「……うーん、本当に困りました」

「その他のことは後ほどお伝えします。服装はこちらの軍服を用意しましたのでお使いください。また、階級章、青薔薇の杖、ブルーローズ紋章は常にお持ちください」


 返事は聞かれもしなかった。承諾方向で話がずんずん進んでいく。だって王様のお言葉だからね。大輪の神様から権利を授けられた凄い人だよ。逆らうことはまだ許されない。私はもう一つだけ確認しておくことにした。


「議員なのに軍服でいいんですか?」

「軍属の議員の方もおられますので問題ありません。軍人議員とも呼ばれますが。貴方は准尉の階級をお持ちです。国のために戦う意思を持つという表明ですので、その発言には重みがございます。とても立派なことです」

「はぁ。そうなんですか」

「はい、敬意を受けるべき立場です」


 軍人さんは発言を尊重してくれるそうだ。なら皆軍人になりそうだけど、どうなんだろう。サンドラはそれも狙っていたのかな? そもそも軍人で議員になるというのが難しそうだけど。上院、下院は市民出身者には絶望的だし。市民議会なら誰でもなれるけど、大して重みがない。


「それでは、後ほどお迎えに参ります。どうぞよろしくお願いします」

「え」

「失礼いたします」


 使いのモーゼス爺さんはそう言って、さっさと立ち去ってしまった。私が上院議員。多分これは夢か幻である。本当だったら世も末だ。良く分からないけど、とりあえず着替えることにしよう。いつものより少し豪華になってるけど、動きやすくて良い。この前の当主就任式で着たドレスは最悪だった。動きにくいしコルセットは苦しいし、靴はなんか小さいしで散々だ。『可愛いらしい』と国王陛下と王妃様はお世辞を言ってくれたけど、私は早く脱ぎたくて仕方なかった。愛想笑いはさぞかし引き攣っていたことだろう。私は貴族よりも軍人に向いているのかもしれない。議員に向いていないのは間違いないと思うが、意外と楽しい可能性もある。それはやってみないと分からない。せっかくのお誘いだからね。


「なんだか分からないけど、混沌としてきました。やっぱり意味が分からない」


 ブルーローズ家当主兼、砲兵准尉兼、上院議員の誕生だ。特に生まれ変わった感はない。自慢できる相手はいないけど、とりあえずふんぞり返っておくことにした。鏡を見る。残念だが、いつも通りだった。


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