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第四十九話 講和条約成立、そして平和へ?

「時間の感覚がおかしくなりそうです。今日は何日でしたっけ」

「…………さぁ。不味い献立と同じくらいどうでもいい。美味しいものが食べたい」


 プルメニアとの戦争から、多分半年くらいが経過した。要塞陥落からは1~2か月? えーと、4月の桜の時期から始まったでしょ。いつの間にか10月が過ぎてたわけで。月日が過ぎるのは早いね。私も12歳だし。私たち砲兵隊はセルベール元帥のおかげで、激戦区に向かうことはなかった。帰れもしなかったけど。砲兵科のトムソン君は、負傷した肩の傷の治療のために、後送されて王都の病院行きになったよ。腐りだすと切断らしいけど、治ると良いね。肩から切断して生きていられるのかは謎である。この世界の医療を信じて祈るくらいしかできない。私は別に祈らないけども。


「はー。しかし退屈ですね。敵なんて全然こないですよ。最後に戦ったのはいつでしたっけ」

「俺だって、王都に戻ってゆっくりと料理がしたいよ。臭いコーンパンも萎びた野菜くずもカチカチの肉片も飽きた。干してない肉と魚が食いたい! 料理がしたい!」


 油断しまくりの私。たまに牽制射撃を行うくらいしか仕事がない。隣では大砲のお掃除棒を振り上げて、ポルトガルケーキ君が叫んでいる。自分で美味しいものを作り、自分で美味しく食べる。自己完結できるポルトガル君はすごい。


「料理がしたいのに、砲兵科に入る意味がよくわかりません。あえて苦難の道を進むとか?」

「選択肢がなかったんだよぉおお!!」


 ポルトガル君の叫び声が響くのは、ストラスパール市の西側丘陵地帯。ここに大砲を並べて威嚇しているのである。最前線はここからかなり先だ。ストラスパール市に入った敵は、近くの丘陵で同じく大砲を並べている。でも、ローゼリアの第7師団の頑張りで形勢は挽回しつつある。敵は疫病が蔓延、物資も予定数量届いていないっていうのも大きい。捕虜の話だと、使い捨て輸送車両の生産が追い付かなかったとか、線路が破損して使用不可だとか。撤収するときに皆奪っていっちゃったから、徴発もすぐにはできない。プルメニアはせっかく広げた戦線を縮小して、ストラスパール市、ベリエ要塞周辺の防衛に集中させたというわけだ。知らないけど。全部クローネ大尉殿からの又聞きだからね。たまに顔見せや手紙で教えてくれる。


「ああああああ! 甘いものが食いたい! 死ぬほど、甘いものが!」

「うるさいですね。いつもなんか食べてるじゃないですか」

「もういやだ。泥も大砲も死体もうんざりだ」


 麻薬切れの常習者みたいなポルトガルケーキ君。同じものを食べてるのに痩せる気配がないのは凄い。どこから食料を手に入れてるのかは知らないが、暇さえあれば何か齧っている。今もなんか食べてるし。へそくりでも持参しているのかも。ジャンプさせてみようか。


「講和がまとまれば帰れるってクローネが言ってましたし、もうすぐですよ」

「……あれから何日経ったと思ってるんだよ。もう10月だぞ。あと2か月で俺たちは3期目! なんてこった」

「どうせ軍人になるんだからいいじゃないですか。同じことですよ」

「軍隊の料理を作る仕事につきたいと思ってたのに。でもそんな募集なかったし。なら砲兵で適当に経験詰んでから転属しようって。砲兵って無駄に歩かなくて良さそうだったのに。……ああ、騙された」


 ぶつぶつと一人で愚痴っている。誰も騙していないので言いがかりである。人生設計が適当すぎる気がする。まぁ真剣に考えたところで上手くいかないらしいけど。そんなことを大砲の傍でぼんやりと立ち尽くす。無駄玉は極力撃つなと命令されているから、景気づけに撃つこともできない。それなら石でと思ったけど、砲身が傷つくし、魔粉薬を使わなくちゃいけないからそれも駄目。


「俺たちだけ先に帰らせてくれないかな。もういいだろうよ。帰りたい」

「偉い人にお願いしてきたらどうです?」

「……いや、それは。殴られるどころか、敵前逃亡で捕まりそうだし」


 今の私たちは第7師団砲兵大隊の一員である。正式に統合されたからね。それに安いけどお給料も出てるよ。雀の涙だけど。アットホームだけど死にやすいし給料安いし見捨てられるよ。ここってブラック職場じゃないかな。でもやりがいだけはあるよ!


「じゃあ言葉遊びでもやります? 知識が深まるうえに、遊んでいるとバレずに時間を潰せちゃいますよ」

「……俺にかまわず、一人でやっててくれ。俺は頭の中で料理研究してるから。はは、俺の作ったごちそうがいっぱいだぁ」

「…うわぁ」


 ポルトガルケーキ君は虚ろな表情になり、よだれを垂らして夢の世界に行ってしまった。私が言うのもなんだが、近づきたくない。ライトン君とレフトール君は今は休憩中。私とポルトガルケーキ君がペアである。どうせ立ってるだけなので、いつの間にか交代制になっていた。時折、敵の動きに合わせて隊の配置が変わるけど大規模戦闘はない。というわけで、かなり退屈なのだ。


「おーい! 激熱の新聞を手に入れたぞ!」


 新聞ガチ勢のセントライト君が現れた。何が激熱かはわからない。多分彼もおかしくなってきている。他の士官がどこかで買ったのを、安値で売ってもらっているらしい。彼は意外と話が上手い。私には前と同じ態度のままだけど。死線を潜り抜けた戦友なのに、悲しいことである。


「なんだよ、賑やかなセントライト記者さんよ。またまた、講和交渉に進展があったとかいうホラ吹き記事か?」


 砲台傍で寝転がってたライトン君が茶々を入れている。偉い人が見てないところでは全員サボり放題である。毎日気を張ってるわけにはいかないしね。私もぼーっとしたりしてる。大砲撃ちたいけど、今度壊したらガチで怒られそう。大砲は高価なんだよ。


「今回は違うぞ! 講和交渉がまとまって、敵はストラスパールから撤兵するらしい。ようやく戦争が終わるぞ!」

「本当か? 今度は嘘じゃねぇだろうなセントライト!!」

「こんなこと、嘘なんて言わねえよ! ほら、具体的な日程まで書いてあるぞ!」


 その大声を聞いた周りの砲兵たちがこちらを嬉しそうに振り向く。ニュースは各隊にも伝わりだしたようで、帽子を取って歓声を上げている連中もいる。もう勝敗なんてどうでもいいから、生きたまま帰りたい、それが嫌と言うほど伝わってきた。


「い、いつ、いつ帰れるんだ?」

「もうすぐ元帥閣下から命令があるんじゃないか? それまでの辛抱だ!」

「いやっほう!! 肉と魚と甘味が俺を待ってるぜ!! 妄想の食事はうんざりだ!!」


 デブが横で小躍りしていた。私も嬉しい気持ちが半分、残念な気持ちが半分というところか。退屈だから帰りたいという感情と、やりたりないという感情。もっと激戦の連続になれば面白いのに。お互いまだまだ引き際をわきまえているらしい。今回は、ここまでかな。





 翌日、セルベール元帥閣下より各士官に通達があった。このままストラスパール市に入るそうだ。その後、ベリエ要塞を破却するので、兵たちはその土木作業にあたり、終了次第帰還できることになった。なんとプルメニア士官様がわざわざ監視してくれるそうだ。実に情けない話である。が、講和条件の一つなので仕方ない。セルベール元帥は顔が盛大に引き攣っていたが、本国からの指示だから従わざるを得ない。王都から指示を伝えにきた特使はぶん殴られたようで、顔に痣があったけど。


 で、クローネのテントにこっそり呼び出された私は、超極秘の講和条約の詳細を教えられていた。持つべきものは友達である。


「笑うしかないから、これ、見てみなよ。ああ、その前にチビの講和条件予想は?」

「歴史と伝統ある麗しのローゼリア王国ですよ? それはもう1ベリーも一摘み程度の土地だって払いませんよ。それくらいの気概で突っぱねてからが本番です。良い感じの落としどころを、相手と仲良く探します」

「ははははは。チビは骨があるね。交渉した外交官に爪の垢でも飲ませてやりたいよ。あははは」


 乾いた笑いがテントに木霊する。そして、クローネがくしゃくしゃになった手書きの紙を見せてくれた。文字が細かく並ぶが、途中から字体が雑に乱れてくる。


「どれどれ」


――ストラスパール講和条約。両国の平和、共存、繁栄のために戦争を即座に終結させることを宣言する。ローゼリア国王ルロイは、プルメニアに対し宣戦布告したことを謝罪する。プルメニア皇帝ルドルフは、その謝罪を受け入れる。ローゼリアは今戦争におけるプルメニアの戦費を賠償金として負担する。プルメニアは占領したストラスパール各都市から撤兵する。ローゼリアは、西ドリエンテの支配権を放棄し、プルメニアに割譲する。講和の証として、ベリエ要塞は完全に破却し、今後ストラスパール州には要塞の類を築かないこと。ストラスパール市には、プルメニア帝国領事館を設立すること。


「……うわぁ」

「笑えた?」

「なんですかこれ。まるで敗北宣言じゃないですか。街と要塞は落ちてましたけど、最後は押し返してたのに」


 講和条約が不利になるのは仕方がない。それでも少しは挽回しようとセルベール元帥と第7師団は気張っていたわけで。クローネもなんだか疲れている。


「あはは。笑うしかないね。こんなもの受けるくらいなら、もっと粘った方が良かった。被害を恐れなきゃ、ストラスパール市だけは取り戻せたはずだ。大体、講和したからって攻めてこない保証なんてどこにもない」

「ウチは平和と信じる心を持った良い人が多いんですよ。きっと」

「ははは、本当に良い人なのかなぁ。七杖家領に敵の手がかかったのを見て、国王陛下や上院議員が日和ったんじゃないかな」


 まだ兵卒や市民には知らされていない。当たり前だ。下手をすれば暴動が起きかねない。ストラスパールは確かに戻ってくるけど、失うものが多すぎる。多額の賠償金は一体だれが負担するのでしょうか? 王様? 貴族の皆さん? 議員さん? ブー、正解は市民の皆さんでした!


「ストラスパールもほぼ丸裸にされましたよ」

「見事に楔を打ちこまれてる。いつでもお越しくださいってやつだ」

「多分、大変なことになります。皆、絶対に怒りますよ」

「だろうねぇ。これが破滅の序曲にならないといいけどさ。あー、なんのために攻勢に出てたんだよ。ただ働きの無駄骨だ!!」


 久々にクローネが怒っている。本当に頑張ってたけど全部無駄働きでしたというのは辛い。出世の足掛かりにはなるだろうけど、その大本が腐り始めてるんだからたまらないだろう。


「でもクローネ。相手の金で、好き放題に戦争出来たら気分がいいでしょうね」

「そりゃもう最高だろうね! 敵の金で弾を作って、敵陣めがけてぶっ放す。うーん素晴らしい! 言われなくても24時間やってあげるよ!」


 喧嘩を吹っ掛けたのはこっちだけど、正式な宣戦布告はしていない。そうみなして攻めてきたのはプルメニア。超劣勢だったけど最後は押し返してた。相手も疫病と補給困難とかで苦しんでたし。

 そこを上手く交渉で揉んでいくかと思いきや、国王が謝罪して責任がこちらにあると認めてしまった。人が良いのか本物の馬鹿なのか。王妃が寛容派だし、とにかく早く戦争を終らせたかったのかな。いずれにせよ、責任を認めたから賠償金を払わないといけない。ストラスパール市は戻ってくるけど、要塞は壊されちゃうし、新しいのは作っちゃダメ。プルメニア領事館設立のオマケつき。どっちが統治者なのか分からなくなる。損ばかり!


「あの、守らなきゃダメです? これ」

「外交ってのは信用の積み重ねだからね。舌の根も乾かぬうちになかったことにはできないよ」


 私なら、相手の撤兵終了後に『賠償金? そのうち一括で渡すからちょっと待ってね』とか余裕でやる。だって、やりすぎた条約は守らなくて良いって、誰かが言ってた気がするし。でも陛下は良い人っぽいからその通りにするだろう。貴族の中の貴族、王様だから多分そうなる。この国に、王様って必要かな?


「これからどうなるんでしょうね」

「ひどいことになるのは予想できるけど、細かくはここではねぇ。いろんな情報が足らない。まず、ありえるのは市民の暴動かな。しかも戻ってくるストラスパールが一番危ない。荒らされまくってるからね」

「……あらら」

「燃え方次第では内乱突入もありうるね。私はやばそうなら仲間を連れて逃げるし。旅団でも作って文字通り旅に出るかな。……チビは王都に戻ったら気をつけなよ」

「クローネは一度帰らないんですか?」

「私は帰らないよ。この第7師団で偉くなるつもりだし。私の年齢で大尉って相当異例らしいからね。それ以上に昇れるかが問題だけども。ま、こういうときは流れに乗るだけさ」

「流れですか」

「ああ。流れ次第では、師団を乗っ取って、どこぞを攻めて建国ってのもいいね。失敗したら死ぬだけ、成功したら王様だ。やってみる価値はあるよね」


 またヤバイことを言ってる。クローネは己の野心のままに生きると決まったようだ。私はまだ定まってない。ただ、方向性は見えてきた。


「寂しくなりますね」

「はは。永遠の別れじゃないよ。後2年とちょいで卒業でしょ? 学校が存続するかも怪しいし。そうしたら一緒に大砲をぶっ放そう。前言った私の言葉、覚えてる?」

「私の指揮する大砲が世界を変える、ですか?」

「そうそう。その時にはチビに目撃者になってもらうよ。一番の特等席で見ると良い。うん、親衛隊あたりがおすすめだね。他からの災厄をはねのけそうだし」

「それは楽しみですね」

「でしょ」

「でも、もしかしたら、私の傍で見ることになるかもしれませんよ。そのときは軍務大臣と第一軍司令官の兼職でお願いします。大元帥にもしてあげますから、ぜひ過労死するまで働いてください」

「へ?」


 私がそう言うと、クローネは一瞬素に戻った後、顔を両手で覆って大笑いし始めた。『大元帥! ……ま、まさか小元帥もあるんじゃ』とか爆笑、涙までにじんでいる。謎のツボに入ったらしい。笑いすぎである。中元帥もあるよとか言ったら多分、火に油なのでここは何も言わず微笑んでおく。笑いを取りに行ったんじゃないのに。


「あはははははは! いやぁ、笑った笑った。それは本当に愉快で面白い未来だね。じゃあ、私たちの栄光を願って乾杯しちゃう? 安物のウイスキーだけど、飲めば同じだよ!」


 クローネが鞄からウイスキーボトルを取り出す。確かに安そうだった。色が濁って汚い。


「うへぇ。ウイスキーですか」

「贅沢言わない。ほらはやくコップだして!」

「はっ、大元帥閣下」

「そ、それはもういいから」


 笑いを漏らしそうになるクローネ。乾杯して、飲む。うん、苦いし不味い。栄光の味とは、こういうものなのかもしれない。


「一つ、忠告しておくけど。サンドラの動きには気をつけなよ。あいつはいざとなったら、簡単に人を見捨てられる。その判断ができる奴だ。私と違うのは、あいつは自分もその対象に入れていること。うっかり巻き込まれて処刑されないようにね」

「なんですか、いきなり。物騒ですね」

「今回の件が大っぴらになれば、間違いなく共和派は動きを活発化させる。そして王党派とぶつかる。共和派同士の権力争いもあるかもしれない。勝ち馬に乗れば大儲けだけど、負けたら死ぬ。そういう鉄火場の到来だ。だから、気をつけなよ。参加するなとは言わないけど」

「分かりました。気をつけます」


 私はしっかりと頷いておいた。いよいよ国を挙げたお祭りが始まるね。そういえば、偉大な先人からお借りした、人道的な処刑器具『ギロチン』の生産も完了しているころだろう。花の王都に沢山の赤い花が咲くに違いない。私はどこからそれを見ることになるのだろう。掛けられる方? とにかく楽しみ!

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