第四十七話 だって戦争だもの
ここはストラスパール州のどこかの廃屋。時刻は夜。何時かは知らない。時計なんて誰ももってないし。懐中時計は高級品だから、庶民は持つことができないのである。そんな薄暗い場所で、私とクローネ、その他大勢の敗残兵は休息を取っていた。食料は手持ちは食い尽くしたから、途中の民家や田畑からの徴発である。戦争なので仕方ない。恨まれたけど、私たちが持っていかなければプルメニア軍が持っていくだけ。先に頂いておくことに躊躇はない。だって戦争だからね。
「疲れましたねー」
「あはは。本当に疲れてたらそんな言葉はでてこないよ。外の連中のなかには、魂が抜けた顔してるのもいるし。あれはそろそろ危ないかもね。気力だけでもつのも数日が限度だよ」
「倒れたらどうします」
「もちろん置いていくよ。構っている体力も気力もないし」
「あれ、生かして帰してあげるって言ってませんでしたっけ」
「その気持ちはあるけど、実際にできるかは別さ」
「戦争だから?」
「そういうことだね。リマ大尉殿がどうしても連れて行くって言ったら、止めないけど」
廃屋内で、銃の手入れをしていたリマ大尉が静かに首を横に振った。渋いダンディなおじさんだったのに、この数日間ですっかり無精ひげが伸び放題。市民出身のたたき上げらしいので、話の分かる良いおじさんだ。そういえば、逃げる途中、話の分からない貴族階級の大佐殿がいた。こちらは悪いおじさん。名前はロウルとかいう要塞防衛隊長だったっけ。はぐれて部下もいないくせに、私たちに食料を寄越せだの、命を張って足止めしろと偉そうだったので、誰かが誤射してしまった。驚いたまま死んでて面白かった。数人で撃ったので連帯責任だ。消費した弾薬は大佐殿の荷物から頂いたので問題なし。私は額を狙ったのだけど、顔面ど真ん中に当たっていた。惜しい!
「残念だが逃げることを最優先にすべきだ。クローネ准尉、君の指揮に従うよ」
「本当にいいんですか? 私は准尉の若造、しかもまだ卒業もしてないんだけど。しかも女だし。後で軍法違反とかはなしですよ」
「君の言う通りにして敵騎兵を打ち破り、包囲を抜けてここまでたどり着けた。兵たちも君の言うことなら信用する。私も同じだ」
リマ大尉がそう述べて頷くと、クローネは満足そうに笑みを浮かべた。やっぱり彼女は指揮官タイプ。上に立つべき人間である。いつのまにか大尉にも適当な敬語だったし。彼女はなんとなく安心できるのが素晴らしい。彼女の下で働くと、安心したまま死ねるってやつだね!
「はは、それはとても助かりますね。さぁて、兵を休ませてる間に、私たちの状況を一度確認しとこうか。私たちの目的は、敵の追撃を逃れてブルーローズ州に逃げ込むこと。ストラスパール市はどうも戦わずに降伏したみたいだから、敵の追撃部隊がぞろぞろ州内を駆け回ってる。下手すると、市民が懸賞金欲しさに私たちを差し出す可能性がある。安全なところまで気をつけようねってことだね」
「そこら中で食料奪ったから、恨まれてますよね。はぐれたら殺されそう」
「あー、間違いなくやられるね。暴行略奪殺人とどさくさまぎれに皆やりまくっただろうし。色々な鬱憤やら欲望がたまるのが戦争とはいえ、やりたい放題だ!」
この部隊の兵たちは多分やってる。私もやった。本当は軍法違反だけどバレなければいいのである。軍法に従って餓死したいというなら、それはそれで止めないので死んでくださいというやつで。
「一番の問題は弾薬だろうな。もうすぐローゼリアの勢力圏とはいえ、残りの弾が各人5発程度しか残っていない」
「いやぁ厳しいね。最悪、石でも入れて撃とうか。至近距離なら砕けても散弾代わりになるんじゃないの」
「最悪それしかないだろうが、長銃の魔力貯蔵が切れている。充填できるほどの体力気力もなく、手持ちの魔粉薬も少ない。これ以上の連戦は難しい」
「頑張って撃ちすぎたかな。言うこと聞いてくれる兵が多いと、つい色々と試したくなっちゃうんだよね」
「それで、良い考えはあるか、クローネ将軍閣下」
「んー。最後は皆で銃剣つけて突撃だね。勿論玉砕の意味じゃなくて、先手を取って乱戦にもちこもう。私たちは数の少なさと地の利を活かすしかない」
クローネは獰猛に笑う。私たちは敢えて厳しい細道やら獣道みたいなところを進んでいった。こっちも大変だけど、敵も大変。馬が自由に移動できないのが利点である。それでも全力で追いかけてくる忠誠心溢れる敵兵もいるわけで。彼女は積極的に突出し過ぎた敵兵を刈りまくった。特に伏兵戦術を多用して、それはもう殺しまくった。脱走の心配がいらないから、戦列なんて組む必要がない。だって逃げるために敵を潰すんだから。皆精一杯頑張るから、動きも良い。クローネの指示も的確だ。そして敵の指揮官を潰せば兵卒は混乱する。そこを反転突撃して叩き潰すのである。狙撃してるのは実は私。なんかよく当たるから、狙撃手に選抜されたのである。これが結構楽しい。おかげで戦果は上々、犠牲者も少ないけど、まだブルーローズには到着できていない。
「まぁ、あまり肩肘張るのは止めとこうか。今まで通り無理せず目立たず後退して、突出してきたところを潰す。貪欲に敵の武器も狙っていくよ。食料は途中の民家から根こそぎ頂いていく」
「そこまで徹底すると、まるで山賊だな」
「あはは。否定できないのが悲しいね。チビ、サンドラにはこのことは内緒にしておいてよね。本気で私を殺しにきそうだ。ほら、正当防衛になるとはいえ、学校で殺すと面倒でしょ」
「分かってますよ。少ない友達がさらに減っちゃいます。私もその食べ物を食ってるから同罪ですし」
市民のために戦うサンドラが聞いたら、烈火のごとく怒るだろう。でも、これが現実なのだ。食料なんて誰も届けてくれないし、市民たちも困ってる私たちに手を差し伸べたりしない。だから、奪う。食べなくちゃ死んじゃうから。どうせ見逃してもプルメニア軍に取られてしまう。ならば国のために戦う私たちに差し出すべきである。クローネの甘い言葉は皆の心と頭にすんなり入っていっただろう。
「クローネ! 大変だ!」
「うるさいね。大声を出すな」
クローネが小石を侵入者に軽く投げる。さっと避けた侵入者の正体は、動きが機敏なライトン君だった。砲兵科の士官候補生の皆はまだ一人も死んでない。運が良いのかも。そろそろ死ぬかなーと思ったりするのに、死なない。トムソン君が肩に銃弾を喰らったけど、弾が貫通してたから大事に至らず。相当痛いだろうけど足が動いているので、見捨てられてない。
「ちょっと離れた場所に偵察騎兵がいたんだ。ローゼリア軍の軍服だったから声を掛けたんだけどさ。良い感じに情報交換できたぜ」
「危ないことするね。敵の偽装だったら命はないよ。私たちも見つかるところだ」
「騎兵は自尊心が強いからそんな真似できないだろ」
「ま、そうなんだけどね。馬鹿ばかりとも限らない」
貴族様はプライドを重視して、非効率的な作戦を立てたり愚かな行動をしたりする。聞いて驚いたのは、戦列の指揮官を狙うのは卑怯な行いなんだとか。指揮官が誰もいなくなると、壊走した兵卒を統率できなくなる。敗走兵は周囲の皆さんに迷惑をかけ、見ていてとても見苦しい。『戦争は国と国、貴族と貴族が威信をかけて行うものであり、見苦しい光景は許容できない。だからできるだけ止めようね』、みたいな。一種の紳士協定というやつ。意味が分からないけど、そうなんだって。だから狙撃手も卑怯だからいないのである。クローネは馬鹿馬鹿しいと言っていたので、普通に狙撃戦法を行使する。指揮官を積極的に潰していこう戦法だ。その愉快な頭に鉛玉ぶち込んだら、きっと思考が改善されると思う。その時は死体になってるけど。
「で、その偵察騎兵はどこから来たんだって?」
「ベリエ要塞へ向かう増援部隊だったらしい。陥落したって分かったから、ブルーローズの州境で待機して情報収集してるとか言ってたぞ」
「負けたからだろうけど、慎重というか悠長というか。敵もチンタラしてないで一気に突撃すれば、王都まで一直線だったんじゃないかな?」
「いやいや。そんなことして失敗したら全滅だろ。敵も馬鹿じゃないだろう」
「だから勝てばいいのさ。負けたらどうするかなんて考えてたら、一々動きが鈍くなるよ」
「いや、そりゃそうだけど。そんなんじゃ命がいくらあっても足らねぇよ」
クローネなら犠牲を気にせずやってたかも。まぁ、敵も疲れてるから止めたんだろう。私も一息つきたいときは、そういう判断をする。無理をするといいことないしね。
「ま、それはいいや。私たちから見れば、朗報には違いない。そこを目指して合流しよう」
「で、でもよ。その増援部隊に合流したら、また戦わされるんじゃ」
おびえるライトン君。なるほど、そのままお家に帰れるほど甘くないかも。
「リマ大尉に上手いこと報告してもらうよ。私らがボロボロなのは本当なんだからね。回復する時間ぐらいねだっても罰は当たらない。敗軍にできる最善を尽くしたよ」
「……そ、そうか。なら、いいんだけどよ。ふぅー」
安心したら喉が渇いたのか、座り込んで水筒を飲み干すライトン君。顔には疲労感がありありだ。もう一度前線行ってねって命令されたら倒れちゃいそう。
「そこまでに敵の追撃がありませんかね」
「ウチの増援が来てるってすぐに伝わるだろうし、もうないんじゃない。今までは、できる限りの戦果稼ぎって感じだったけど。私みたいな命知らずがいるかもしれないから、油断は禁物だけどね」
「なるほど。説得力がありますね」
「そうだろう? ……さて、明るくなり始めたら、増援部隊の野営地に向かおう。それで今回の楽しく辛い遠足は終了さ」
「一杯殺しましたね。どれくらいだろう」
「うーん。私は直接は30人ぐらいかな。騎兵隊長の首が一番の手柄になりそうだ」
首といっても、ぶったぎっただけで持ち歩いてはいない。戦国時代じゃあるまいし。階級章、肩章を奪えばそれが証拠になる。あえて首を切ったのはただの嫌がらせである。その首は適当に放り投げたから探すのは大変だろう。ちなみに、男子は手が震えてたから私が全員切ってあげた。そういうのするのは市民階級らしいけど、私は市民だし良いよね。
「羨ましい。私なんて、なんにもなしですよ。くたびれました」
本当にたくさん死んでるのに、証明できないのである。どんどん死んでるよ!
「チビの頑張りは私が証言してあげるし。リマ大尉もしてくれるよ。ほら、騎兵士官を捕虜にしたじゃない。あいつのもちゃんと持ってるから、帰ったら渡すよ」
「いつの間に!」
「はは、一番忘れちゃいけないことだよ。ただ働きになっちゃうじゃない。戦果を気にする割に、意外とそういうの無頓着だよね」
「ありがとうございます。流石の気遣いです」
「別にいいってことさ。褒賞に期待だね」
哀れな敵騎兵士官さん。緒戦で捕まり体はボロボロ、散々連れまわされた挙句、罠として使われて騎兵が半壊する場を見せつけられた。なんか血反吐吐きながら卑怯者とか言ってたけど、『子供に捕まった一番の間抜けに言われたくない』って言ったらさらに怒って叫んでた。だから『全部お前のせいだ』って顔を近づけて百回ぐらい繰り返してあげたら、精神が錯乱しちゃった。なんだか皆ドン引きしてたし、クローネもそろそろ許してやりなよと言ってたから、銃床で頭を潰してあげた。いわゆる介錯である。
「ま、私は褒賞よりもそのまま軍に入りたいんだけどね。これだけやったし、昇進は間違いないと思うんだけど」
「私が強く推薦するから心配するな。君の即時入隊と昇進は間違いない。他の連中も、それなりに覚悟しておけ。学校に戻って、悠長に学んでいられる時間があると思うな」
リマ大尉がクローネ、男子連中、そして私たちを順番に睨んでくる。と思ったら目を逸らされた。
「あれ、私は?」
「……君はあれだ。うん」
「そこそこ頑張ったような気がします」
「君が活躍したという、報告はする。だが、年齢を考慮すると、入隊については期待はしないで欲しい。褒賞はもちろん期待してくれていい。最悪、私が出そう」
とても乗り気じゃないリマ大尉。結構頑張ったのに残念。身近に変なのがいると、死が近くなる気がするからね。でも、上がケチでもポケットマネーからくれるらしいので、まぁいいか。
「あはは。まぁ、慌てず卒業まで待ってなよ。偉くなれたら私の副官にしてあげるから、将来はどこかの屋敷で一緒に贅沢しようよ。豪勢な料理が山ほどで、パーティの毎日だ!」
「パーティの毎日。実にしびれる言葉ですね」
「しびれるだろう。毎日酒を浴びて、惰眠を貪っていいよ。ちゃんとやることやればね!」
最後の言葉は聞かないことにしたい。やることやってから贅沢するというのは人間として当たり前のような気がする。でもやることやっても、まともに生活できないのが今の世の中だけどね。かなしいね。
「ならお酒はワインがいいです。ウイスキーはちょっと。それと牛乳は嫌ですね」
「いきなりお酒の話って。でも分かったよ。おめかしして、最高の場所で、最高級のワインで乾杯しよう! 牛乳はなしでね」
「それは、本当に楽しみですね」
敗走中だというのに上機嫌の私とクローネ。それを見ていた他の男連中は疲れた顔をして嘆息している。暗いより明るい方が楽しいので、これで良いのである。