第四十二話 小さな兵隊さん
荷馬と一緒に大砲を引き連れながら、私たち士官学校組は王都ベルからストラスパール駐屯地を目指してゆっくりと行進中だ。統率をとるのは、名前も知らない臨時指揮官代行殿。別名ハズレくじ。歩兵科、砲兵科の選抜された面々と、王都付近で徴兵された1000人の哀れな人たちとともに私たちは進む。中身はあれだけど、ローゼリア国旗を高々と掲げ揃いの青白軍服を着ての行進は中々に壮観だ。兵卒はすでに歩兵士官たちに振り分けられている。これは軍の形式に少しでも慣れさせるためらしい。私たち砲兵士官は大砲に付き添いながらとことこ歩く。この大砲は士官学校に回されていたお古だったけど、徴発されるらしい。そんなものを駆り出すまで物資困窮してるのかな。どこにお金は流れて湯水のように使われているんだ。貴族の頭をたたいたら、コインがチャリンと出てくるからおすすめだ。叩きすぎてつぶさないように注意が必要。
「いいねいいね。チビの軍服姿、初めて見たけど本当似合ってるよ。その目つきも軍服で一層際立つし。なんだろう、幼さや違和感、目や表情の不気味さが畏怖を与えてるのかな」
「今の褒めてます?」
「もちろん。手放しで褒めてるんだよ。軍人が優雅だの華麗だのと褒められてどうするのさ」
「ならありがとうございます。でも、鏡で見たんですけど、パッと見は兵隊ごっこですよね」
「自分で言ってちゃ世話ないよね。鞄の大きさは仕方ないか」
「大きい方がいっぱい入っていいですけどね。紐を縮めて強引に背負ってますよ」
お願いしてリトルベルでゲットした曰くつきの長銃を持たせてもらった。私の大事な宝物である。他の学生たちも皆得物を抱えながら行進だ。鞄の中には水筒と
「で、ミツバ准尉殿は初の戦いへの意気込みは何かあるのかい。人を殺したことはもうあるから、そういう問題はなさそうだけど」
「特にはないですね。習ったことをやるだけです。一杯大砲を撃って、敵を殺しますよ。そう教えられましたし」
「うん、やっぱり平常心が一番だね。どんなときでも頭は冷静にだ」
「そういうクローネ准尉殿は?」
「私? そりゃ私は美味しい所だけもっていって、さっさと出世を狙いたいところだね。生還して卒業を待つなんて言ってないで、一気に大尉ぐらいまで上がりたい。時は有限だし、贅沢三昧は若い時に楽しみたいよね」
「何もできずに死ぬとか、考えないんです?」
「考えないよ。そんなこと考えても生産的じゃないし。悩んだって良いことなんてないよね。弾なんで当たるときは当たるよ」
「うーん、確かに」
「でしょ?」
前から回ってきた小さな瓶をクローネが受け取ってる。プルメニア産のウイスキーがはいった小さなボトル。手書きで『酒みたいにおいしい水』と書かれている。ガルド教官が秘蔵の逸品を供出してくれたのである。私はあんまり好きじゃないけど、こういうのは流れにのるものなので断りはしない。泥酔でもしない限り、基本は上官たちも見て見ぬふりをしてくれる。彼らも景気づけに飲んだりするから同罪だ。
「うーん、仕事中に飲む酒は美味しいね。ほら、チビもどう。偉い人には内緒だよ?」
「ありがとうございます」
「どう?」
「もうちょい甘みが欲しいです。わたしにはちょっときついです」
回し飲みして、後ろで震えていたポルトガル君にぽいっと渡す。私の渋い顔を見て軽く噴き出したクローネが、水筒を寄越してくる。水を含んで口直しだ。大柄だけど細かい気配りもできてしまう。流石は完璧超人。『私の辞書に不可能はないよ』とか言い出しそうで怖い。私の辞書? なにもかいてないよ!
「ありがとうございます」
「うん。そういえばさ、出る時にサンドラとなんか話してたみたいだけど」
「ええ。自分が残ることになんか複雑なものがあったみたいです。もし死んだら墓標は長銃がいいですっていったら本気で頭を叩かれました」
「あはは! そりゃ見たかったね」
絶対に死ぬな、死んでも帰ってこいと言っていたので、言われた通りにしよう。帰ってくるまで活動は自粛するとか言ってたし。三度のご飯より政治活動が好きなサンドラが自粛とは。
「派手な活動は自粛するって言ってましたよ」
「あの馬鹿が自粛しても、いろんな流れは止まらないよ。今の状況で内側を掻き乱すと、更に大変なんだけどね。掻き乱すだけじゃなく、外敵もなんとかしてほしいよ」
「本当、困りましたねぇ」
じいさんばあさんの茶飲み話みたい。中身は物騒だけど。
「全くだよ。開戦を主張していた上院議員様たちは、この有様を予想していたのかねぇ。してたなら一発逆転の策を教えてほしいぐらいだよね。ないならせめて弾除けの盾くらいにはなれっての」
内憂外患。誰か助けて状態。わざわざプルメニアに口実を与えてしまった馬鹿どもは処刑してほしい。無事に帰れたら、賛成した議員の名前をサンドラに教えてもらおう。いつかギロチン送りにしてやる。とはいえ、賠償請求云々はただの口実で、戦争になるのは変わりなかっただろうけど時を早めた罪がある。八つ当たり先はいつだって必要なのだ。戦争を楽しみにしていたという奴がここに約2名いた気がしたが、それはそれ、これはこれである。
「それにしても移動が遅すぎるような。ちょっとちんたらしすぎじゃないです?」
「普通に歩けば2日でブルーローズ、7日でストラスパールにつくけど、この感じだとその倍以上かかりそうだね」
理由は簡単。訓練を受けてない兵卒が移動に難儀しているから。食事、テント、整列だけで物凄い時間がかかっている。ここで敵の襲撃があったら確実に壊走する。戦列を組まなくちゃいけない理由が分かってしまった。銃を持って軍服は着てるけど戦意なんて欠片も感じない。
「ちんたらしてるうちに、駐屯地が戦場になってたりして」
「あはは、ありうるから恐ろしいね。ま、もしそうなってたら一緒に逃げようか。自殺するつもりはないし。命さえあれば再起もできるよ。混乱してるから死人の名前を借りることもできるし」
「いいですね。そのときは二人でなんとかしましょう。……それはともかくとして、結局私たちはどこに配属なんですかね」
ストラスパール州駐屯地で一旦再編し、やってくるプルメニア軍を迎え撃ち、頑張って押し返してそのままの勢いで西ドリエンテを奪還する。そして目指せ敵国帝都メルガルド。劣勢なのにこれって無理じゃないかな。でも目標は大きくないと。堅実な小さな目標だとやる気や向上心がないと怒られちゃう。人生は無常である。
「そうだねぇ。私たちは多分、駐屯地に着いてからベリエ要塞行きかな? 流石にいきなり本隊に組み込んで、どこかを攻撃しに行けなんて言われないと思うよ。指揮系統が混乱するだけだし」
「ベリエ要塞ですか?」
「街道の要衝に築かれた要塞さ。そこを落とされると、ストラスパール市は落ちたも同然。ま、もしも要塞が落ちたら、ドリエンテみたいに東西に分けて、まだ陥落してないと言い張るかもしれないけど」
「ビックリするほどの劣勢ですね。なんでこんなに押されるんでしょう」
「さぁて。最高指揮官様の人望の差か、国の景気とやる気の差じゃないの。植民地運営で儲かってる上に、戦争になれば色々活性化してもっと儲かる。溢れた利益は上から下へと降り注ぐ。そりゃやる気も出る。こっちと違って良い循環だね」
「ウチの植民地は?」
「つい最近だけど獲得競争に負けて、貧乏くじを引かされた。その損失が地味に大きいねぇ。ついでに緑化教徒やら謎の疫病の蔓延やらで景気も治安も最悪だ。遥か自由の国『アルカディナ独立戦争』なんかに手だしてる場合じゃなかったんだよ。本当に馬鹿だよね」
隣国リリーア王国憎しで兵1万と軍船、物資などを独立軍に援助したらしい。リリーア植民地だったアルカディナは見事独立を獲得したけど、特に見返りはなし! あ、『自由の後援者』『我が国の心の盟友』とか泣けるお言葉をもらって体よく追い返されたとか。今困ってる心の盟友への援助? 応援のお手紙が来たらしいよ! 国宝物だからしっかりと保存して後世に残してほしい。
「心の盟友は置いておいて。本当の同盟国のカサブランカからの援軍は来ないんですか?」
「向こうも戦力的に難しいだろうし、そもそも助けるつもりがあるのかも怪しいよ。むしろ下手に手を出されると、リリーアを刺激しかねない。ヘザーランドの動きも怪しいって噂があるし」
「ヘザーランドって?」
「ちっさい国がまとまってる諸国連合さ。王様だけは一杯いるから、私が上に立ったら真っ先に整地したい地域だよ。確か10人ぐらい王様がいてまとめ役の代表が『大王』だって。真剣に馬鹿だね」
北西に位置するヘザーランド連合国とローゼリア王国は相互不可侵を結んでいるらしい。でも向こうはプルメニア帝国とも結んでいる。中立を謳っているけど、いつ攻撃してきてもおかしくない。領土欲あふれる王様ばかりらしい。
「でも大王って格好いいですね」
「そうかなぁ。クロッカスも大帝とか名乗ってるし。馬鹿は大きいのが好きなのさ」
「クローネも大きいですよ」
「背は関係ないし、これはこれで役に立つことばかりだよ。そんなこといったらさ、小帝や小王は格好悪いよね」
「うん? 今チビを馬鹿にしましたか?」
「いや、全然してないよ。気のせいだね」
「ならいいんです。やっぱり大きいとか小さいとか、名前で人を判断してはいけません」
「じゃ間を取って中王なら?」
「中途半端なので却下です」
そんな感じの馬鹿話で盛り上がりつつ、のんびり行進していた。ちなみにストラスパール駐屯地についたのは2週間後のことだった。途中臨時の食料補給が2回も行われたことから、陸軍のお偉いさんから『本当に使えない連中』の烙印を見事に押され、『無駄飯ぐらいの鈍亀大隊』と、臨時指揮官代行殿はきつい罵声を嫌というほど飛ばされたそうだ。まぁ本当に責任を取るべきだった大隊指揮官は『急病』のため逃げやがったので、その罵詈雑言はパルック学長のところにいったに違いない。こちらもご愁傷様である。
◆
駐屯地に設営されたテントの中で私とクローネ、男子2名はだらだらしている。駐屯地はもうテントがいたるところに生えており、まさにテント村って感じである。食べ物は不味いし、そんなに身動きもできないし、トイレや風呂も不自由しまくりで、不衛生極まりない。寝泊りするテントも男女の区別などあるわけがない。女性にはとても向かない職場である。戦争反対と声高に叫ぶ寛容派議員に一瞬なりかけた。
私は汚れた手や足をタオルで拭きながら、クローネを見る。余裕で下着姿になって身体を拭いて着替えていた。同室の男子のことなど全く気にしていない。そして、男子も下心を出している余裕はなさそうだ。震えながらひたすらお祈りしている。恐怖は性欲や食欲に勝るらしい。うるさいから早く寝ればいいのに。
「うちらはやっぱりベリエ要塞行きだね。えっと、第10師団砲兵中隊所属になるのか」
「私たち凄く邪魔者扱いでしたね」
「あはは! いない方がマシと思われて、後ろから撃たれないようにしないとね」
到着後、第10師団司令官のガンツェル中将から挨拶があったけど、血管が今にも切れそうで面白かった。まさか子供士官交じりの軍隊を送ってくるとは思ってなかったのだろう。可哀想に。ちなみにパルック学長と同じでハゲだったけど、中将閣下はその上小太りだった。将軍の威厳はでてたけど、銃の良い的になりそうだった。早死にしそう。あ、臨時指揮官代行殿は臨時が取れてしまったらしい。いわゆる殴られ役に進化である。全然羨ましくない。階級は中佐らしいよと教えてもらった。名前はなんだっけ。まぁいいや。
同僚になる士官の人たちからはもちろん邪魔者扱いの視線だった。特に私は注目の的だ。これも全然嬉しくない。でかいこそこそ話がかなり聞こえたけど、悪口以外にも情報を得ることができたので良し。やってきた歩兵は特別大隊として一纏めにして、一番最前線行き。私たち選抜砲兵は、大砲には一応価値があるということで要塞の邪魔にならないところを守らせるみたい。ある意味ラッキーだけど、歩兵科の人たちはとても可哀想である。ほとんど死ぬ。
「第10師団5000人とおまけの1000人が、ベリエ要塞の防衛隊と合流する。さて問題、プルメニアはどの程度の規模で攻めてくるかな?」
「そうですねぇ。1万人ぐらいですか?」
ピンとこないので適当に言ってみる。クローネがうなっているから、そんなに外れてはいないようだ。仮にも要塞なんだから、それくらいの攻勢ぐらい跳ねのける作りじゃないと困る。
「いいところだけど、向こうも予備兵を増強してたら分からないね。もしケリをつけるつもりで攻めてきてたら……」
「なんだか帰りたくなってきたかも」
「あはは。そんな顔には見えないけどね。ま、賑やかになるのはもう確定だね」
実際その通りで、私は早く大砲をぶっ放してみたいのである。実に楽しみだ。これでもかというほど連発してしまおう。敵も味方もバラバラだ。多分私も。
「それで、また明日の朝に移動ですか」
「そういうことだね。ま、ここだって結構危ないし、柔らかい布団もないし、どこだっていいけどさ」
「住めば都みたいな? 都じゃないですけど」
「悪い意味で、どこも同じだよ」
その瞬間、テントの中でウッと何かを吐き出そうとした間抜けがいた。緊張感で瀕死状態のポルトガルケーキ君である。突き刺すような先輩士官の視線、不慣れな軍隊行動、死への強い恐怖、ついでに彼が苦手とする私と同じテントという超絶の不運だ。それらが重なった結果、いよいよ限界に達してしまったらしい。両手で口を頑張って押えているが、膨れた頬を見る限りもう限界だ。このままではテントがゲロまみれ、私はとても困ってしまう。白目を剥いてそのままぶちまけようとしたので、思いっきり尻を蹴飛ばしてテントから追い出した。
「ぐええっ!! おえっぷ」
といううめき声とともに、そのまま地面に突っ込んで吐しゃ物をまき散らしていた。不運にもゲロ爆弾を浴びてしまった被害者の怒声が春の闇夜に響く。巻き添えが増えるのは想定の範囲外だったが、私のせいじゃない。うん。
「チビって結構容赦ないよね。例のギロチンとか緑化教徒への対応を聞いて、わかってたつもりたったけど」
「涙を呑んで断腸の思いで蹴りだしました。戦友とはいえ、ゲロまみれで寝るのは嫌ですよね」
「戦闘中ならともかく、戦う前からゲロまみれはちょっとね」
「なかったことにしましょう」
コラテラルダメージ? ちょっと違うか。私とクローネはそれらを見ないことにして、粗末な防寒布にくるまるのであった。4月も下旬とはいえ、夜はまだ冷えるのだ。おやすみなさい。