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第四十一話 地獄への切符

 戦争が始まってからもう3か月が経過し4月になった。とても暖くて穏やかで過ごしやすい。こんなに陽気はのほほんとしているのに、士官学校の訓練はなんだか殺気立って実践めいたものに変わってきている。なにせ、学生ではなく、徴兵でかき集められた市民の皆さんが、歩兵科学生の指揮の下で隊列行進訓練を行っている。一人につき大体10人程度つけられている。全然サマになってないのは当たり前だ。若造に率いられた、自信がなさそうな痩せたおじさんたち。行動も全く統率が取れておらず、命令の意味を理解するだけで苦労している。子供に教えるように、一々懇切丁寧に学生が教えている様子はまさに涙がでそうである。

 うーん、これってヤバイ臭いがプンプンする。私たち士官学校の生徒も投入されるんじゃないかな?


「これはいよいよだね」

「何がいよいよなんですか?」

「ドリエンテが劣勢って噂は本当だって話だよ。即席でもなんでもいいから前線に送り込めってね。あのおっさんたち見てみなよ、あんなのが前線で銃持って戦わされるんだよ。練度も低く、士気なんてある訳がないよ」


 クローネが教室の窓から訓練光景を見下ろす。なんだか苛々しているようだ。あれを率いて、どうやって戦うのかと頭で考えているのかも。囮に使おうにも逃げ出しちゃいそうだし、脅さないとダメそう。クローネやサンドラあたりなら上手く士気をあげるような洗脳手段が取れそうだけど。なんで戦わされるのかの、『なんで』を上手くやるのが多分ポイント。なんでなんで分析は大事である。


「私たち学生を動員するつもりなんですかね」

「ああ。歩兵科は卒業を早めるらしいよ。今あれと一緒に訓練してる連中は、階級を授与されて最前線行きだね。騎兵科、魔術科は貴族様しかいないから、当然駆り出される訳がない」

「私たちは?」

「19期砲兵科が連れていかれたら危ないかも。私としては望むところだけどね」


 砲兵科は新設されてまだ3年目。最上級生が19期、私たちは20期、新入生が21期である。


「ドリエンテの戦いはそんなにまずいんですか? 多少は奮戦してるとか新聞に載ってましたけど」

「全力で盛ってあれってことは、西ドリエンテ州は陥落する可能性は高いだろうね。チビも覚悟しておきなよ」

「覚悟ですか?」

「予定より早く軍人になるって覚悟さ。まぁ、チビはまだ11歳だから免除されるかもしれないけどね」


 ニカッと笑って私の頭をぐしゃぐしゃ撫でてくる。クローネの手はとても大きい。嫌な感じはしない。


「おーい! 新しい新聞買ってきたぞー!」


 セントライト君が昼休みを使って、熱々の新聞を入手してきてくれた。皆でお小遣いをちょっとずつ出し合って、共同購入である。私もいつまでも聞き耳を立てているだけでは気まずいので、少しだけだが出している。気配りができるいいところもあるとアピールしたが、友達は増えていないよ。おかしいね。で、昼食を終えて教室でまったりしていた学生たちが集まってくる。最近の新聞社は景気が良いらしい。皆前線の様子が気になって仕方がないのである。当然ローゼリアの士気を盛り上げようと、奮戦中だの、逆襲に転じただのと猛々しい感じ。でも冷静に語句を取り上げて、過去の記事やら地図と照らし合わせると真実が見えてしまう。悲しいね。


「どれどれ。……『ローゼリア陸軍本部は戦略的価値を喪失したとして、任務を完遂したドリラント市を放棄し転進することを決定した』『先の防衛戦においてプルメニア軍に壊滅的打撃を与えた我が軍は、ストラスパール州にて兵力を更に増強中。再編を終え次第攻勢に転じ、プルメニア帝都メルガルドまで侵攻予定と発表』。なるほどねぇ」

「……なんというか、あれですね。かなりヤバそうですね」

「この場合の戦略的価値ってなんなのか、今すぐ教官殿に聞きにいってみたいね。任務完遂ってそもそも防衛任務じゃなかったのかとか、壊滅的打撃を与えたのにどうしてストラスパール州まで退いてるのかとか ドリラント市から転進とか言ってるけど、実際は敗退しての西ドリエンテ州の放棄なんじゃないのとか、色々と突っ込みたいね!」


 あれだ。大本営発表と似たようなもんだ。この新聞はあてにならない。検閲でも入ってるのかな? でも一応事実は伝えているからこれでも頑張っているのかもしれない。じゃなきゃ放棄したなんて書けないし。


「……もしかして、本当に劣勢なのか?」

「もしかしなくても大劣勢だよ。プルメニアが予想以上に鍛えていたのか、ローゼリアが弱すぎるのか。武器の性能が互角でも、兵の質が問題だろうねぇ」

「嘘だろおい。まだ覚悟なんてできてないぞ……」

「お、俺たちは大丈夫だよな? まだ19期が連れていかれてないし」

「そりゃそうだろう。俺たちはまだ2年目だぞ?」


 同級生たちの顔色がいよいよもって真っ青になってきた。前線に送り込まれる覚悟なんて全然できていないに違いない。人を殺したこともなさそうだし。そんな若造に指揮される市民から兵卒になる皆さん。これは負けそう!


「それにしても、プルメニア軍の展開が早すぎるね。たった3か月で一気に西ドリエンテを席巻したってことになる。ウチの守備隊が相当に間抜けなのか、なにか革新的な人員輸送法でもプルメニアが開発したのか。……うーん、ここにいてもさっぱり分かんないね」


 クローネが諦めたようにかぶりを振った。革新的な人員輸送。車なんてあるわけないし、なんだろう。魔法で空を飛んだとか? さっぱり分からない。新聞にも書いてないし。分かっていても書かないだろうけど。そんな凄い技術、我が国には影も形もありませんとは書けないはず。そんなことになったら、遅れをとったニコレイナス所長は憤死しちゃうかもしれない。


「ストラスパール州の次は、いよいよ超要衝の各家のローズ州。その先に控えるは我らが花の王都ベル! 王都陥落の危機再びってね」


 王都ベルの周囲は、七杖家の名を冠した州が花びらのように守っている。花びらがどれくらい広がっているかで派閥の力が分かる。これが一枚でも枯れたりしたら超大変。そして東からプルメニアはやってくる。西ドリエンテ州、ストラスパール州、その後は私の実家のブルーローズ州じゃないか。


「あちゃー。私の実家がある州が圧し潰されちゃいますね」

「それなら故郷を守るために銃を取るかい?」

「命令があれば行きますけど。特にあそこが故郷って感じはないですね」

「ははは! そりゃあ残念」


 悲壮感のない私たちの会話。暗くなっても事態は好転しないし、私としては特に絶望していない。最悪ローゼリアが滅んでも特に困らないし。混乱に乗じて緑化教徒を皆殺しにしたり、ムカつく奴の顔を殴りにいくのは良いかもしれない。もしも。もしも大混乱になったら。その時はどうしようか?




 

 ――翌日。ガルド教官がいつになく真剣な表情で教室に入ってきた。そこにあるのは、軍人の顔だ。私たちも思わず背筋を伸ばしてしまう。


「……諸君、プルメニアとの戦争の実態についてはある程度は聞き及んでいると思う。本日、西ドリエンテ州が陥落した。敗走中の我が軍はストラスパール駐屯地で再編を行っている。各地で徴兵された兵卒たちも、逐次そこに集められる」


 正直に劣勢を伝えるガルド教官。いつもの余裕は全くうかがえない。空気は張りつめ、学生たちが唾を飲み込む音が聞こえる。いつもは余裕の笑みを浮かべるクローネも、今日は違う。まるで鷹みたいに鋭い目をしている。


「だが率いる士官の数が圧倒的に足りなくてな。……陸軍本部からの強い要請により、18期歩兵科は卒業時期を早め、正式に軍隊に編入されることとなった。急ではあるが、明日卒業式を執り行う。配属先は後日個別に言い渡される」


 一気にざわめいた。ついこの前卒業生を見送ったばかりのような気がする。ガルド教官の話は続く。


「……また、極めて異例なことだが、19期、20期の歩兵科、砲兵科より選抜した者を特別補充戦力として直ちに派遣することとなった。今から名前を呼んだ者は、来週ストラスパールへ赴くことになる。悪いが拒否権はない。士官学校にいるんだから、もしもの時くらいは覚悟していただろう?」

「う、嘘でしょう!?」

「本当の話だ。もう一度言うが、拒否権はない」


 男子たちの悲鳴があがる。まだどこか遠い世界の話だったに違いない。だが、地獄への切符というのは突然渡されるものなのだ。往復かどうかは誰かが決めてくれるよ。


「もう自主退学も脱走も許されん。逃げたら銃殺刑になるから気をつけろ。それでは名前を読み上げるぞ」


 さて、栄えある地獄行き第一号は誰かな?


「――クローネ・パレアナ・セントヘレナ!」

「はい」


 クローネが立ち上がった。流石は最優秀成績者。彼女はどんな戦地でも確実に生き残りそう。なんとなくそんな気がする。今はなんというか死にそうにない。


「ライトン・ベルナグル、セントライト・ガレリア、レフトール・ダイノス、ポルトクック・タペリ、トムソン・ガス!」


 小さな声でゾンビみたいにのそのそと立ち上がる男子生徒たち。こっちは誰か死ぬかも。私としてはポルトガルケーキ君の真の名前が分かって新しい発見である。でもすぐに忘れそう。覚えにくいし。料理が上手だったということだけは覚えておこう。


「最後に、ミツバ・クローブ!」

「はい」


 なんと呼ばれてしまった。一瞬で喧騒が止む。注目が集まる中、私はすっと立ち上がる。子供を戦場に送り込むとは何を考えているのか。もしかして誰かの策謀だったりして。パルック学長は良い人っぽいので、ミリアーネの横やりかな? プルメニア軍服でも手に入れて狙撃しに行こうか。でもあれか、きっと立派な屋敷に籠ってるに違いない。というかいろいろと構ってくれるという意味ではミリアーネも面白い。だから好きになるかというとそんな訳はない。ここら辺は私たちの複雑な感情のことなので仕方がない。だって思春期だし。


「確かにミツバの年齢については疑問を抱くところだが、特に優秀だと判断されたため、選抜されることになった。実地研修、公募採用など成果をあげていることも判断理由の一つだ」

「そうですか。良く分かりました」


 なんとなくバツが悪いのか、ガルド教官が理由を説明してくれた。そういわれると結構目立つことをしていたようだ。


「以上の7名が我が20期砲兵科より選抜された。我々の先駆けとして戦地に赴く彼らに祝福を送る!」


 パチパチパチとヤケクソ気味の拍手。よりによって選ばれてしまうとは。私は確か11歳だった気がするけど、この世界に労働基準法などというものはないのだ。クローネと目が合う。色気のある敬礼をしてきたので、私もさりげなく敬礼。私に色気はない。サンドラは少し気まずそう。彼女が選ばれなかったのはなんでだろう。もしかすると、ガルド教官がわざと外したのかも。共和派思想があることは気付いてそうだから、送り込むと問題になると上手く外したかな。


「待遇については正規軍人同様で、給与もしっかり与えられる。授与される階級は准尉だ。学んだことを活かして存分に戦ってこい!」


 ガルド教官がそれぞれの学生と目を合わせていく。最後に私。今までお世話になりましたという意味で、会釈しておいた。一瞬硬直したが、すぐに強く頷いてくれた。もしかしたらもう会うことはないかもしれない。私は死ぬつもりはないけど、どうなるかなんて分からない。未来というのは不確定だから面白いのである。私が国王やら皇帝やら教皇になる未来だってあるかもしれない。或いは死ねないとか強がってたのに流れ弾を喰らって、ウジ虫みたいにのたうち回った挙句、何もできないで腐るかもしれない。それだからいいんじゃないかな。

 しかし、私はミツバ・クローブ准尉になるのか。なんだか格好いい。軍服も支給されるだろうし。私専用の大砲とかあるのかな。名付けてミツバ砲。もしかしたら弾薬運ぶ係とか、砲身お掃除係かもしれない。なんにせよ、これからが楽しみである。

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