第三十九話 軍靴の音は聞こえる?
翌日教室に行くと、待ってましたとばかりにクローネに捕まった。そのまま机に連行され、事情聴取を受ける羽目に。サンドラもやってきた。それなりに話したことのある男子連中も数名集まってくる。なんだか人気者になった気分である。他の人が宮殿に行っていたらもっと大騒ぎだと思うけど。
「それでどうだったの? 呑気な国王の顔でもぶん殴った?」
「なんで呑気だと殴らなくちゃいけないんです?」
「チビのことだから何かやらかしたんだろうと思ってね! 世界は荒れ模様だってのに、呑気すぎてムカついたとかありえそうだし」
あはははと大笑いしているクローネ。今回は私が呑気に大人しくしていた。というか私はいつも平穏にしようと心がけている。大体ほかの要因のせいで騒ぎに巻き込まれている気がする。例えば緑化教徒=カビとか! 少しは人を巻き込まず呑気に生きてほしい。もしくは勝手にこっそり爆死してほしい。
「いやいやいや。美味しいワインと料理をたらふくご馳走になりましたよ。でも警備隊長には睨まれ続けてましたね。あれです、私は不発弾ですかと言いたくなりましたね」
「はは、そりゃあ仕方ないよ。目離したら何しでかすか分からないし。目離さなくてもうっかり爆発しそうだけどさ」
「こら! 私は爆死しませんよ!」
私が怒ったふりをすると、笑いながらクローネがおどけてみせる。仕方ないので、近くにいたポルトガルケーキ君の太ったお腹を強めにつんつんしておいた。
「ひやああッ!」
「男なのにうるさいですね」
「いきなり何するんだ!」
「もちろんなんとなくです」
他の男子学生は一歩後退していく。危険を察知したらしい。名前はなんだったかな。ライトン君とセントライト君とレフトール君だっけ。右、真ん中、左でとても覚えやすい人たち。でも配置がずれてムズムズするので、強引にその順番に入れ替えておく。こういうのは大事である。
「な、なにすんだよ」
「おい、やめろ」
「ったく、なんだってんだよ」
ちゃんと名前通りに入れ替わった。これでオッケー。満足した私は深くうなずいて再びこしかける。
「なぁ。今の行為には何の意味があるんだい?」
「この3人はこの並びが落ち着くと思いませんか」
「いや、私は知らん」
サンドラに冷たく切り捨てられてしまった。私が落ち着くので問題なし。
「あと何がありましたっけね。あー、王妃様がウチの継承権を調査するとかなんとか」
「継承権だって? ブルーローズ家の?」
「ええ。青薔薇の杖の所有者こそが後継者だからって。でもそうするとですよ、なんと、私が当主になっちゃいますね。いいのかなぁ?」
「さっぱり分からないね。面白そうだから詳しく教えてよ」
興味深そうなクローネと怪訝な顔をする他の人たち。仕方ないので、私はかいつまんで青薔薇の杖についての謎を説明してあげる。
亡き父ギルモアが何の説明もないまま、私に継承の儀式を行ったこと。私が家から謎に追い出される際に没収されてしまったこと。青い杖の色が謎の紫色になっちゃったこと。多分誰も触れなくなっちゃったこと。当主代行を謎のおばさんミリアーネが行っているのは、兄グリエルが青薔薇の杖を継承する術がない間抜けであること。たまに謎の暗殺者がやってきていること。そして王妃様は私を当主にするとミリアーネを脅して牽制しようとしていること。優しい私は謎と憶測と罵倒も含めて全部喋ってあげた。
途中から男子学生の顔が、これは深入りするとまずいと言った感じに変化していったが、当然逃がしてあげない。聞いてしまった以上は関係者である。道連れが増えて万々歳。クローネは更にワクワクした表情になり、サンドラは思案顔だった。
「……なるほど。謎という単語が多い気がしたが、それなりには分かった。お前は頭が良いが、馬鹿だということもな。それともわざとやっているのか。そうだとしたら末恐ろしいな」
「褒めるのと悪口を一緒に言うのは止めてくださいよ」
「ほぼ悪口だから気にするな。それと、こんなことを下手に吹聴したら、命が幾らあっても足りん。お前たちも気を付けることだ」
「い、言えるかこんなこと!」
「うっかり聞くんじゃなかった」
「……ついてねぇ」
覚えやすい三人組が慌てて首を横に振っている。聞き耳を立てていたせいなので自業自得でもある。秘密を共有することで仲良くなれるらしいので、これからは友達になれることだろう。良かった良かった。ポルトガルケーキ君は震えながら耳に両手を当てている。もう手遅れなのに本当に面白い人である。
「そのうちチビが当主様になるのか。そうしたら楽しそうじゃない。とりあえず、高いお酒を一杯奢ってよね。あ、一杯っていうのは両手一杯ってことね」
「いやいや、なれないと思うんですけど。義母が許さないでしょうし。会ったことのない兄さんたちも絶対に認めないですよ」
「でも肝心の杖はチビのものなんでしょ?」
「それはそうだろうが、杖は贋作を作るなどして誤魔化すのだろう。七杖の家が集まりでもすれば一発で贋作とバレるだろうが。面子を重んじる貴族様には耐えがたい屈辱だろうな。しかも七杖家の象徴たる『薔薇の杖』が偽物となればな。ククッ、実に愉快極まりないな」
凄く悪い顔のサンドラ。悪い笑みを浮かべながら楽しそうに腕組みしている
「当主なんてやっても楽しくなさそうなので、大砲とか銃撃ってる方がいいですよね。貴族になっても色々疲れそうです」
「でもさ、贅沢し放題だよ?」
「貴族にならなくても贅沢はできますし」
「なるほど。うん、納得した。チビらしくていいよね」
クローネのお墨付きを頂いた。というか貴族になっちゃうとクローネ、サンドラと疎遠になりそうなので嫌なのである。なれるかわからないけど。特にサンドラなんかは貴族アレルギーだから縁切られちゃいそうだし。
「……その目は、『私が貴族になったら敵視するんだろう』と言いたげだな。言っておくが、私は貴族だから軽蔑するんじゃない。自分のことしか考えず、寄生虫のごとく国の中枢に巣食い、市民の税を貪るから軽蔑しているのだ。お前はそうならないだろうし、なることもできないだろう。他の貴族と違い、市民的な馬鹿者だからな」
「ひどい」
市民的な馬鹿者とはなんだろう。新しい言葉に違いない。
「今のは褒めているんだ」
「全然褒められてる気がしませんけど」
「まぁ、それはともかくとしてだ。王妃と七杖家の仲は更にこじれるな。家中のことである継承権にまで口出ししてくるなど、あの無駄に自尊心の高い連中からすれば耐えられることではない。とすると、議会が荒れている裏事情も分かってきたな」
「そうなのか?」
「ああ。私の聞いた話だと、上院で開戦について論戦が交わされているそうだ。論が成立しているかは知らんが」
サンドラの情報源は一体どこなんだろう。すでにどこぞの議員さんみたいである。
「おいおい。開戦って、後2年ぐらい先じゃなかったのか? 気が早すぎだろう」
クローネが嫌そうな顔をする。卒業前に戦いが始まったら、クローネは参加できない。それが嫌なのだろう。男子学生はちょっと安心しているような、でも困っているような。自分が卒業前に戦争が始まり、終わってくれるのが一番である。でも学んだことや訓練したことを活かしたいという気概も少しはあるのかも。上手く行けば立身出世も夢じゃない。だから男心は複雑なのである。
私はどっちでもいい。戦争はない方がいいけど、兵士になったら仕事だからちゃんとやらなくちゃいけない。人は普通は殺しちゃいけないけど、戦争だと殺してもいいのである。何かおかしい気もするけど皆が言っているから間違いない。神様の声が聞こえる神父様も言っているし、頭の良い先生も言っている。当然王様も言うし王妃様も言う。でもそれは相手も一緒なので気をつけないといけないね。
「気が早いどころか今にも宣戦布告しそうな勢いだそうだが」
「行くのは自分たちじゃないからって、気楽だねぇ」
クローネが吐き捨てると、サンドラが続ける。
「普段の上院は七杖家の利権争いが中心だが、今は寛容派叩きで盛り上がっている。最近小うるさい寛容派を叩くのに、開戦は丁度良い理由付けになる。市民の理解者を気取る寛容派は、確実に開戦反対を主張する。が、問題は後ろ盾が王妃マリアンヌということだ。彼女は隣国カサブランカ出身、弱腰な姿勢なのは我々ローゼリアを守るつもりがないからと叩きやすい。そして最後は数の力で押し切り、寛容派には何もできないと烙印を押すわけだ」
「へー。そういうことなんですか」
「重大な議題では、下院は上院の顔色を窺うことしかできん。市民議会には気概のある人間もいるが、優越権の縛りがあるから上院の決議には逆らえん。つまり、戦争が起こることは確定的だ」
サンドラ先生の政治談議が終わった。うへぇという表情の男子生徒。クローネは嘲りの表情を浮かべながらサンドラに問いかける。
「で、賢いサンドラ先生の見立てではどういう感じに進むんだい」
「ふん。少しは自分で考えたらどうだ」
「いいから教えなよ。ここまで話したんだからさ。ついでだよ」
「……例えば、まず先の国境紛争事件の賠償金をプルメニアに要求する。これを相手が蹴ってくるのは確実だ。それを口実に開戦だな。どの程度の規模にする気かは私も知らん。連中の考えなど理解したくもない」
「だってさチビ。派閥争いが切っ掛けで戦争になるなんて、前線で死ぬ方からするとたまったもんじゃないよね」
「まさに無駄死にだな」
「……俺も今から新大陸に行こうかな」
「もうあっちは美味しいところは全部取られちまってるだろ」
男子諸君は一瞬だけ新大陸アルカディナ合衆国に夢をはせたが、あそこにはもう住んでいる人がいるし。元旧主国の偉大なるリリーア王国様は完全に叩き出されている。入る隙間はないだろう。この前少し勉強したのでこれくらいは常識である。
「その戦争の最終目的はなんになるんですか? プルメニアを滅亡させるなんて、一朝一夕でできないですよね」
「不可能だ。ある程度疲弊したところでまた手打ちにするんだろう。定期的に戦うことで貴族は己の存在価値を示せるし、軍隊も無駄飯ぐらいじゃないと証明できる。新しい領土を得ることができれば、支配できる土地も増える。お抱え商人も武器食料資材が売れて大儲け。国王や王妃が開戦したくないのは、貴族共にこれ以上権力を持たれたくないからだ。そのための国軍制度だったが、議会に王権を制限されてはどうしようもないな」
「なんだかなぁ。聞いてると戦争ごっこしてるみたいだよね。本当に死ぬけど」
「あっさり死なないよう気を付けることだな。お前もだぞ、クローネ。未来の英雄殿」
「一々うるさいな。この嫌味な頭でっかちめ」
いつも通り戦争が始まって、それなりに市民たちが死んで、適当に戦果を得たところで手打ち。その繰り返しで貴族は権威を高めて儲けてきた。でも、いつまでもそれが続くのかな? 虐げて搾取している相手が、一番人数が多いということを忘れてないのかな? 彼らが知恵をつけ、武器を得て、機会を得てしまったらどうなるんだろう。とても楽しみである。それにふさわしい人道的な処刑器具も量産体制に入ったみたいだし。この王都が、この国がどうなるか、本当に楽しみだなぁ。思わず拍手しそうになっちゃうので、ぐっと堪える。
「まーた悪い顔してるよチビ! 魅力的だけど、思わず私のものにしたくなっちゃうからやめてよね!」
「私は性的倒錯の趣向はないんです。本当にごめんなさい」
「あのねぇ、私もそんなにないよ! 来るものは男女拒まずなだけで。私は能力以外では差別しないのさ。思想が合う合わないは話は別だけど。相性は大事ってね!」
クローネが抱き着いてきた。重いでかい苦しい。邪魔なので押し返す。
「あ、あっちいってください。でかいから、つ、つぶれる」
「あははは。ほら、サンドラ議員が怖い顔して見てるから、今のうちに所有権を主張しておかないとと思ってさ。ね、知ってる? こいつ密かに自分の手下にしようとしてるんだよ。チビはあげないよーっと」
「お前の部下にさせるぐらいなら、私が手元に置いておく。色々と役に立つのは十分分かったからな。お前はそこの男子連中でも囲っていろ」
「えー。こいつらはサンドラ議員にあげるよ」
「私はいらん」
「じゃあ私もいらないかな」
即答のクローネ。
「おいクローネ! いくらなんでもひどすぎるだろう!」
「この前昼飯奢ってやっただろうが! いらないってなんだいらないって!」
「第一、この前砲兵科の皆で栄光を掴もうとか演説してただろうがよ!」
「あははは! あれはあれ、これはこれだよ! 勢いって大事だよね」
なんだかもう滅茶苦茶だった。ここはフォローが必要な場面である。
「仕方ありません。じゃあ、ポルトガルケーキ君は私の秘書兼調理人ということで」
「誰が秘書だ! それに、な、なんで俺が料理が好きなことを知ってるんだ?」
ビクビクしはじめたポルトケーキ君。ニコ所長に公募案で缶詰を提出したことを私は知っているのである。つまり料理大好き人間。少し太っているのは多分味見しまくってるから。厳しい鍛錬なのに全然痩せないのはそういうことである。結構裕福な家なのかも。商人とか? あんまり興味ないけど。
「理由は教えてあげないです。いわゆる軍事機密です」
「何が軍事機密だ! それと、俺の名前はポルトクックで――」
「覚えられないのでごめんなさい」
「そこは聞けよ! 聞くつもりがないだけだろうが! いいか、俺はケーキじゃねぇ! 謎のポルトガルでもねぇ! ポルトクックだ!」
やっぱり滅茶苦茶だった。