第三十七話 優雅な鉄火場
全体朝礼の後は教室に戻ってそのまま解散となった。普通の学校と違うから組変えなどありえないし、担当教官が変わることもない。何事もなければ、卒業までガルド教官とこの同級生と一緒にお勉強ということである。優秀なクローネあたりは短期で卒業しちゃいそうだけども。
で、ガルド教官からは今年も基礎訓練をみっちりやっていくとありがたいお言葉があった。段々と軍隊形式に慣らしていくとも言っていたけど。今は指導を受ける側だけど、軍人になったら徴兵されてきた連中を、前線で指揮して戦わせなければならない。安全なところから命令を出せるのは貴族様だけなのである。
「…………ふぅ」
そんな感じで午前の出来事を思い返していたが、いよいよ緊張が高まってきた。今はごとごと揺れる馬車の中。今度の目的地は王魔研ではなく、ベリーズ宮殿。国王陛下の住んでいる無駄に立派な建物だ。その周囲には議会もあったり、裁判所もあったり、各局本部があったりとローゼリアの中心部だ。緑化教徒からしたらここで景気よく自爆したいに違いない。当然警備も超厳重である。いたるところに警備兵が立ち、前も見たけど宮殿を守る外壁には大砲が沢山だ。私のような人間が出入りできる場所ではないが、今日はご招待に預かったので来てやったのである。上から目線になることで緊張感を解きほぐそう。
「うーん。皺はないし、帽子は中で取ると。サーベルはいつまで提げてていいんですかね」
全身を見てみるが多分大丈夫。背中にも『馬鹿』とか『呪い人形』とかは貼られてないし。別に貼られたことはないけど。それに学長と事務官がやってきて色々とチェックもされたので問題ないはず。絶対に失礼なことを言わないよう、やらないようにと強く釘を刺されている。私は猛獣かと言いたくなったが、目が真剣だったので適当に頷いてあげた。私がなにかやらかして国王陛下の勘気を被れば巻き添えで学長も色々な意味でクビになる。旅は道づれと言うし、そうなったら軽く謝っておこう。ならないように善処はするけど。
「おー、これが噂の赤い薔薇の花壇ですか。やっぱり綺麗ですね」
宮殿のでかい門を通過すると、赤薔薇の花壇が出迎えてくれた。わざとらしくでかい独り言をつぶやいたが、完全にスルーである。馬を操る御者さんは挨拶以外は喋ってくれないらしい。残念。私は気持ちを切り替えて花壇を観察する。前はチラッとしか見れなかったけど、とても綺麗である。王家のみが許される名誉姓であり七杖家筆頭のレッドローズを象徴するのがこの花。何よりも尊く、何よりも気高く、何よりも美しいとされている。この花を庶民が手に入れることは当然できない。これを摘んだりしたら、警備兵がすっとんでくるだろう。たかが花なのに、人の命よりも重いのである。
と、感慨にふけっている間に無事到着したらしい。さっさと降りるよう外から催促される。私は手荷物を警備兵に預け、ボディチェックを受ける。サーベルは刃が潰してあるけど、何かあるとまずいからと取り上げられた。帽子の中、制服のポケットまでくまなく調べられた。
「――問題なし。しつこいようだが、くれぐれも失礼な真似をしないように。学生だからと、大目に見てもらえるなどとは思わぬことだ」
強面の警備兵がそう言い放つと、そのまま次の馬車へと向かっていく。誰にでもあんな態度らしい。それに苦笑いしながら、人の好さそうな警備兵が頭を下げてくる。
「失礼しました。最近は色々と物騒なので、隊長も気を張っているんです。学生である貴方がこの会に呼ばれるのは、本当に名誉なことなんですよ。陛下はとてもお優しい方ですから、緊張しなくても大丈夫です」
「ありがとうございます」
「それでは本日の流れについて説明させていただきます。既に新年を祝うパーティは始まっております。これから貴方を会場に案内しますので、そこで暫く料理や音楽を楽しんでください。その途中で、陛下が貴方に声をおかけするという形になります。パーティーは立食形式でダンスも行っておりますが、貴方は自由に移動したり、他の方々と歓談したり、ダンスに参加することはできません。立場というものもありますので、それはご容赦ください」
「はい分かりました。全然構いません」
やっほーとか言って、気軽に陛下の肩を叩いたりはできないということである。別にやらないけど。お前は絶対にここの円から出るなよみたいな境界があって、そこで食ったり飲んだりして陛下が来るのを大人しく待っていろという訳だ。とても分かりやすいしラクチンだ。全体朝礼より緊張しなくて済みそう。
「ただし、お客様の中には貴方に声をかけてくることはありえます。そうなりましたら、失礼のないようにお願いします。貴方の言葉、行動のすべてが士官学校の品位に関わるとお考え下さい」
「は、はい」
なんだか緊張してきた。偉そうな大貴族様が因縁つけてきたらどうしよう。いきなりワインをぶっ掛けてきたりしたら大変だ。パーティが大惨事になってしまう。
「……顔がこわばっているようですが大丈夫ですか? それに先ほどから少々目つきの方が」
「全く問題ありません。これは生まれつきなので大丈夫です」
「そ、そうですか? ならば良いのですが。無理はなさらないように」
爆弾を見るような目をしてきたので、私は全然平気ですよと笑っておいた。なのに爆弾から核爆弾に進化した目つきになった。私は触るな危険なのだろうか。いやきっと違う。というわけで、精一杯パーティーを楽しまなければ。歓談はないけど、美味しいお酒に美味しい料理が食べ放題である。
◆
で、パーティー会場に来たけどなんかすごかった。音楽家たちがなんか高そうな楽器持って生演奏してるし。芸術家はそのパーティの光景をリアルタイムで描いているし。貴族の紳士方は獲物を狙う瞳でご令嬢を品定めし、令嬢方は舌なめずりして値踏みしている。なんだか生々しいけど、いい相手を見つけるのも仕事なんだろう。頑張ってくださいと心の中で応援だ。そして、悪だくみしてそうなのがおじさんおばさん連中。見つけてしまったミリアーネ義母様もその一派。なんだかそれぞれに集団があって、派閥ごとに分かれているみたい。こそこそ話したり酒を勧めたりしている。口を高価そうな扇子で隠したりして、なんだかすごくそれっぽい。ニヤニヤして見ていたら義母様と目があった。向こうは苦虫を噛み潰したような不快な顔をしてる。余程嫌いらしい。私も嫌いなので、お揃いである。
と、その一派の中に、士官学校最優秀学生のリーマス君もいた。隣にいるのはお父様かな。わざとらしく手を挙げて合図をしたら、二人そろって目をそらしやがった。酷い連中である。近寄って全力で目を合わせてやりたいが、この私だけしかいない丸テーブルから動くなと言われているので我慢我慢。というかこれは新手の嫌がらせに近い。料理にお酒は一杯ある。グラスに食器もいっぱいある。なのに私オンリー。超ぼっちだった。これが見せしめの刑、平穏な私の精神に大ダメージ。私たちの怒りゲージが少しアップ!
「でも料理は美味しいですし。パンもあるし、ケーキもある。ついでにライスもあった。まさにいたれりつくせりです」
パンがないならケーキをうんたらかんたら。ついここに来ると言いたくなってしまう。かの有名なお人は実際は言っていないらしいが。でもなんだか言いそうだから別にいいじゃんという過激派も存在しそう。私は穏健派なので言っていない説を取ろう。
と、ルロイ国王陛下、マリアンヌ王妃殿下、マリス王子殿下が連れ添って各テーブルのあいさつ回りを始めた。マリアンヌが合図すると、お付きの使用人がワインをそれぞれのテーブルに置いていく。良く分からないが、何か意味のある行為なのだろう。上司が部下にお酒を注いで回る感じかな。その時に、なんだか色々な会話を交わしているようで、時折貴族たちの顔が喜んだり、不満そうにゆがんだりしている。百面相の顔芸だ。一方の国王は柔らかい表情のまま。王妃マリアンヌも同じくニコニコしている。中々のやり手なのか馬鹿なのかは良く分からない。意味が分かってない可能性もあるけど。
「うーん高い酒は美味しいです。というわけでもう一杯誰か注いでくれないですかね」
ちらりと私を見張っている警備隊長を振り返る。当然無視。私は溜息を吐きながらまた前を見る。なんでか知らないけど、ぼっちテーブルの私の背後で、この警備隊長がひたすら私を見張っているのである。この人だけじゃなく、目立たないように配置された警備兵全員の視線が私に釘付け。全然嬉しくない。誰も注いでくれないので自分で満杯にする。
と、国王一家が各派閥の貴族様や、音楽家、芸術家へのお声がけが済んだようだ。政治闘争の一種なのか、妙に生臭い感じが漂う。私には分からないけど、私たちには分かるそうだ。
そしていよいよこのぼっちテーブルにやってくるロイヤルファミリー。同時に周囲から警備兵が小走りでやってきて、私の周囲を取り囲む。なるほど、やっぱり私は猛獣ミツバライオンだったらしい。餌をくれないと噛みつくぞ。
「良く来てくれたなミツバ。以前より噂は聞いている。リーマスに負けず劣らず、中々優秀な学生らしいとな。余も嬉しく思っているぞ」
敵愾心が全くうかがえない朗らかな国王、ルロイ陛下。年は30代半ばくらいか。私を見ても全然ビビったりしない。流石に国王なだけはある。そしてすぐに挨拶しないと怒られる。無視したと思われたら大変だ。私がギロチンに送られてしまう。
「初めまして、国王陛下。もったいないお言葉をいただき、恐悦至極に存じます」
「わはははは! そんなにへりくだらなくて良い。名誉姓を取り上げられたとはいえ、ブルーローズの血を引いていることには疑いない。余は今は亡きギルモアとは長い付き合いであった。故に気には留めていたのだが」
ルロイ陛下が悲しそうな顔をした。いい人だけど、実行力がないんだろうなぁというのが第一印象。なぜかというと、このおじさんは結局私を助けてはくれなかった訳で。ニコレイナス所長が後見人になってくれたから私は士官学校に入れた。というか下手をするとミリアーネに殺されていたし。百の言葉よりも一つの行動のほうが私は嬉しい。
「初めまして、ミツバ。貴方のお母さま――ツバキさんとはとても仲良くさせていただいていましたの。ですから、こんな事態になってとても悲しく思っています。貴方のように可愛らしい子が、まさか士官学校に進まなければならないなんて」
マリアンヌ王妃が悲しそうな顔をした。これもルロイ陛下ときっと同類だ。悲しいといいながら、美味しいご飯を食べて、美味しいお酒を飲んで、世を儚むのである。苦労しているようには全く見えない。とても綺麗で金髪のふわふわ髪。子供を一人生んだとは思えないほど綺麗な女性である。20代後半かな? ちょっと予測しにくい。
「マリアンヌよ。これは彼女が自分で選んだことなのだろう。ならばその言い方は些か失礼ではないか」
「いいえ、ミツバにはこの道しかなかったのですよ。10歳で士官学校など、普通なら考えられませんわ」
マリアンヌが優しく咎める。そして、チラッとミリアーネを一瞥する。おやっと思った。なんだかさっきの感じと違う。圧力みたいなのを感じたし。気のせいかもしれないけど。
「ふむ。余にはよく分からんな」
「色々な事情があるのでしょう。ですが、やはり悲しく思います。このような子供が銃を取り、人を殺す訓練をしなくてはならないなんて。そんな立場に追いやった人間は、さぞかし冷酷なのでしょうね」
同情しながら誰かに向けて嫌味を放つ。どうやら外見で判断してはいけない人らしい。ふわふわ笑顔をしながら人を殺せる人間っぽい。
「なるほど。確かに言われてみればそうかもしれん。ならば直ちに名誉姓を戻させようか? 余が働きかければなんとかなろう」
「いえ、強く反対する者がおりましょう。貴方を支持すると言いながら、意思を尊重しない者たちが」
「うーむ、議会のことか。それは困ったな。余は他に何ができるだろうか」
「ですから、今日ミツバを招いたのですわ。彼女の働きを褒めることで立場を築き、いずれ名誉姓を回復させるための足掛かりにすればよいのです。名が高まれば手出しもできません」
「そこまで考えていたとは、流石はマリアンヌだ。一朝一夕には難しいが、段階を踏めば可能というわけか」
ルロイ陛下がうんうんと満足げに頷いた。こっちは馬鹿っぽい。けど、奥さんが意外と優秀そうなのでなんとかなるかも。でもならずにギロチン行きかも。
「そうそう、働きと言えば、あれは本当にそなたが考えたのか?」
「あれ、といいますと?」
「例のギロチンだ。ニコレイナスが顔を紅潮させながらえらく褒めていたので余も興味を持ったのだ。木製人形を使った実験を先日見せてもらったが、あれならば苦痛を感じる間もないだろう。あんなものを良く考え付いたものだ。感服したぞ」
「はい、過去の偉人の技術を復活させてみました」
「なるほど、古の技術を取り入れた発明ということか。確かに、過去より学ぶのは重要なことであるな。余も見習わければなるまい」
わははと笑いながら、のんきに酒を飲んでいる。この人のように生きられたらとても幸福だろうなぁと思う。そんな目で見ていたら、マリアンヌと目があった。こっちは顔は笑っているけど、目が笑っていない。やっぱり頭がよさそう。
「ギロチンはきっとローゼリア中に行きわたりますわ。あれは見る物を強く惹きつけ、畏怖を与えます。開発した貴方の名前もきっと広まるに違いありません」
「そうですか。ありがとうございます」
それを喜んでいいのかは微妙である。広まるのはなんとなく悪名のような気がする。
「いずれ、貴方がブルーローズの名誉姓を失うことになった細かな経緯を広めたいと思っておりますの。国のために尽くす貴方の働きを見れば、心を寄せる方も増えるでしょう。そうなれば、名誉を取り戻すこともきっとできますわ」
「……色々とお気を遣わせてしまい申し訳ありません」
「いいのです。貴方はきっと陛下の心強い味方になってくれるでしょう? 私には分かるのです。うふふ、自慢ではありませんが、私は人を見る目があるのですよ」
優しい言葉なのになんか脅迫されている気分になるのはなぜだろう。 不思議!
「ところで、士官学校では、普通の勉強もできるのですか?」
「え、あ、はい。一般常識として身に着けるようにと」
「そうですか。ならば、今のうちに視野を広げてみるのもいいでしょう。そして、名誉を回復した暁には、ブルーローズ家の当主に就任すればいいのです」
「え」
うふふふとマリアンヌがとんでもないことを言いながら笑っている。聞き耳を立てていた、ちょっと離れた席にいるミリアーネは目をこれでもかと見開いて遺憾の意を表している。憎悪が目から滲み出ているからとても面白い。そういう顔芸はもっとやってほしい。愉快な気分になれたのでマリアンヌ王妃様にはミツバポイントがプラス! やったね。集めると金のミツバが貰えるかも。
「おいおい、いきなり何を言い出すのだマリアンヌ。ブルーローズの当主は長男のグリエルがなるのではないか? 確か、軍務が落ち着き次第、杖の継承が行われると聞いているが」
「ええ、本来ならそうなのです。……ですが、見過ごせないある噂を小耳に入れまして。……すでに、青薔薇の杖の継承は終わっていると。杖を先代より受け継いだ者こそが正統な当主、生まれの遅い早いなど些細なことですわ」
王妃の小耳に入るってどの情報網からだよと誰か突っ込むかと思ったが、警護兵含めて誰も突っ込まなかった。それは国王以外には許されない。そして国王ルロイはそれは大変だと目を丸くしている。呑気!
「なんと、それが事実なら大変なことではないか。今すぐ調べさせなければならぬ!」
「うふふ。まぁ落ち着いてくださいな貴方。折を見てミリアーネ様に確認していただければ良いのです。『杖の実物を見せろ』と。それまでは、この件は保留にしておきましょう。今はまだ、噂にすぎませんから」
「う、うむ。お前がそういうならそうしよう。だが、今すぐ本人に聞けばいいような気もするのだが……」
「こんな楽しい会に、無粋なことをなさってはいけませんわ貴方。折角のパーティーが台無しになってしまいますもの。こういうのは"時機"というのも大事なのです」
ニコニコ笑いながら、私、そしてミリアーネに笑いかけるマリアンヌ。歯ぎしりしつつ平静を保とうとするミリアーネ。なぜか私を射殺さんばかりに睨んでいる。それは逆恨みである。
「"時期"か。いやはや、新年くらい明るく迎えられるかと思ったのだがな。一向に減らない緑化教徒に勢いを増す共和派、宿敵プルメニアとは一触即発だ。しかも謎の奇病で急死する貴族が数名と暗い話題には事欠かん。その上、継承の疑義まで持ち上がるとは。明るく振る舞うのも一苦労だな」
「それも国を治め民を導く者の役目ですわ。どうかお心を強くお持ちください」
「やれやれだな。余のことも導いて欲しいくらいだ」
深いため息を吐くルロイ、その背中を撫でているマリアンヌ。贅沢はできても心労は絶えないのかもしれない。いっそ本当の馬鹿の方が救われるのかもしれない。なぜなら、ギロチンにかけられるまで己に迫っている破滅に気が付かないで済むから。優しいだけで救われるなら世の中苦労はない。民は導くだけじゃなく食い物もくれと声を大にして言いたいだろう。
「えっと、お酒が美味しいですね。あはは」
私は愛想笑いを浮かべつつ、貴族階級も結構大変と思うのである。面倒なやりとりを毎日しながら、自分の利権を広げていかなければならないわけで。己を磨き、人脈を作り、派閥を作り、利権を獲得し、家の格を上げ、最後には後継者を作って己の全てを譲る。そのためなら血も流すし戦争もするし搾取もする。そんな欲望入り乱れる鉄火場では、市民の生活など考えている余裕などない。
心に余裕がないのが貴族なら、命に余裕がないのが市民である。貴族がどれだけ恨まれ妬まれ憎まれているか。それを知りたいなら、飢えた市民のもとに行って『パンがないならお菓子を食べればいいのに』とニコニコ笑顔で言えば色々な意味で一発である。
私は貴族でもあり軍人でもあり市民でもある色々と中途半端な人間なので、誰が勝っても問題はない。王妃の口車にのって、ブルーローズを乗っ取り傀儡になるのも面白いし、国王の首をチョッキンしても面白い。何がどうなろうと、ミリアーネが赦されることは決してないのだけれど。