第三十四話 共同作業
楽しい冬期休暇も残り三日を切ってしまった。ほとんど一人でだらだらしたり、雪だるまを作ったり、学長室で羽を伸ばしたりしてただけであるが。たまにクローネが飲みに連れて行ってくれたので、多少は充実度があがったのが救いだ。向こうの方々は盛り下がっただろうけども。
「うーん、食料が残り少ないから買いにいかないと。三日分の買い出しですね」
学校の食堂は当然お休み。じゃあどうしていたかというと、外に出て王都で楽しくお買い物である。街の様子は景気を表すかのようにどんよりしているので人々は楽しくなさそう。なんか疫病がちらほら出始めているとか、戦争が近くてヤバイとか、貴族連中は早くくたばれとかそういう感じでなんか殺気立ってる。世界は中々ハッピーにはなれないのである。思考を切り替え、全員が苦しむようになれば平等な世界だけは実現できそう。
で、生活費は実家のブルーローズ家から嫌々送られているらしいのでそこから捻出。事務官に使い道を申し出ればちゃんと支給してくれる。無駄遣いは許されないからそんなにハッピーではない。
「寒いからここから出たくないけど、でないとお腹が満たされないです」
くるまっていた布団からだらだらと起き上がり、ささっと制服に着替える。靴を履き鞄を持って出発準備完了だ。お金はもらってあるので大丈夫。忘れ物はなし。
「それじゃあ、不景気で不幸せで満ち満ちた街に出発です!」
気合を入れて部屋を飛び出し、小走りで学校を出ようとしたところで、紋章つき装束の謎の一団に囲まれてしまった。こちらをやたら警戒しているが敵意は感じられない。集団で囲んでのカツアゲではなさそうなので職務質問だろうか。わざわざ正門で待ち伏せとは驚きである。
「驚かせて申し訳ありません、ミツバ・クローブさん。私たちは、王国魔術研究所所属、つまりニコレイナス所長の部下です」
「怪しいものではありません。ですから、警戒しなくて大丈夫です。敵意はありません」
「どうか心を落ち着かせてください。興奮してはいけません」
こちらの反応を待たずに、どんどん話しかけてくる。とにかく落ち着いて話を聞いてくれと、拝むように私に語り掛けてくる。落ち着いた方がいいのはそちらだと言おうと思ったが、なんか必死だったので素直に頷いておいた。
「ありがとうございます。パルック学長には話を通してあります。事務官から先に伝えて頂こうと思ったのですが、連絡がつかなかったのです。その間に出発されようとしているのが見えたのでお止めしました」
「ですので、私たちは貴方に危害を加えるつもりは毛頭ありません。どうかお気を安らかに」
「私たちは間違っても緑化教徒ではありません。貴方の味方です」
最後の魔術師は両手をひろげて降参の意を示していた。どれだけ怖がられているのかと思ったが、顔が面白いのでスルーしてあげることにした。そんなことよりも、用件はなんだろうか。
「私はこれから食料を買いに行こうと思ってまして。用ならそれからでも良いですか?」
「それならご心配には及びません。こちらで買いにいかせますし、代金もこちらがもちます。満足いただける量を後ほどお届けにあがります」
「至れり尽くせりですね。もしかして、何かの罠ですか? 凄く怪しいです」
少しばかり警戒する。甘い話に乗らないかという抜き打ちテストだったりして。敵に内通しないかどうか見るための囮調査。
「と、とんでもない。もしお疑いでしたら、学長にこちらへ来ていただきますが」
「あ、大丈夫です。ただ言ってみただけなので」
最近のパルック学長は何故か非常に元気がないので、引っ張りまわすのは可哀想である。『お腹が痛いので放っておいてほしい』と医務室に籠っているし。おかげで学長室は公認で使い放題なんだけども。あそこのソファーは座り心地が良いのでお気に入りである。事務官の人がたまにお茶まで持ってきてくれる。
「馬車を用意してありますので、このまま王魔研に向かいましょう。ニコレイナス所長がお待ちかねです」
「ニコ所長が私に用事だったんですか?」
「ええ。取り組んでいただいた公募の件です」
「あ、休み中なのにもう届いたんですか」
「はい、学長から急ぎでとのことで所長に渡されております。それをご覧になって、直接お話したいと」
「あらら。そうなんですか」
学長が気を利かして早めに提出してくれたのかもしれない。流石は学長、優しい人である。最初に部屋に貼ってあるのを見せた時には革新的すぎて油汗をだらだら流していたのが面白かった。そのまま首とお腹を押さえてトイレに駆け込んでいったのも面白かった。
「では向かいましょうか。昼食も用意しますので、ご心配なく」
「何から何までありがとうございます」
「とんでもありません。ではお乗りください」
なんだかこれでもかと賓客待遇である。前は凄い雑な扱いを受けた気がするのに。やはり士官学校の学生になったからだろうか。それともニコ所長が気を遣ってくれたのか。いずれにせよあんまり調子に乗らないようにしよう。自重というのはとても大事なことである。平和に穏健に生きるには大事なことだ。
◆
「いやぁ、色々と大変だったみたいですねぇ。でも元気そうで何よりです」
「ど、どうも」
降りると同時に、紋章つき白衣を着たニコレイナス所長がにこやかに挨拶してくる。しかもそのまま頭をなでなでしまくってくる。最初に会ったときは、金髪眼鏡のクールな美人の印象があったので、ちょっと驚きである。意外とフレンドリーな人だった。もちろん嫌いではないが、親しみを感じるかと言えば違和感が生じる。これはどういうことだろう。分からないのでスルー。
「最初に会ったときから、もう半年ですか。時が過ぎるのは早くて嫌ですねぇ。あ、前のように堅苦しいのは抜きでいきましょう。ここは私の家みたいなものですしね」
「でも、私はただの学生ですし」
「気にすることはありませんよ。遠慮なく」
無礼講でいきましょうと肩を叩かれたあと、そのまま導かれて大きな建物へと入っていく。ここが王国魔術研究所らしい。中には謎の工房やら、用途のわからない大型器具やら、奇妙な魔法陣が沢山描かれている。長銃の部品やらばらばらの大砲がそこら中に放置してある。弾薬も転がってるからうっかりが怖いところだ。当然そんなヘマをする人間はここには存在しないだろうけど。研究員や職員っぽい人たちはどれもこれも顔色はアレだけど気合の入った表情をしているし。動きもキビキビしていて、なんだか軍人顔負けである。
「どうですか、我が王魔研は。自慢するわけではないですが、中々のものでしょう。私の血と汗と涙に時間、それと結構な資金も投じられています。今では国の財産とも言える施設ですよ」
「ここで作ったものが、ローゼリア軍の武力を支えているんですよね。凄い熱気を感じます」
「ええ、毎日賑やかなのは確かですよ。怨敵プルメニアとの開発競争を、日夜繰り広げていますから。ふふ、開発競争の行きつく先はどのような地獄なのか、とても楽しみですよねぇ」
ニコ所長がニコっと笑う。名前通り穏やかな笑みを浮かべる女性であった。戦場ではないけれど、ここは常に最前線なんだなぁとまたもや感心してしまった。
「実はここだけの話なんですがね。我がローゼリア王国とカサブランカ大公国との同盟が正式に決まるみたいです。敵国プルメニアは対抗してリリーア王国とクロッカス大帝国で三角同盟を締結するらしいとか。これが実現したら、いよいよ血踊り肉片弾ける大戦争になりますねぇ。今度こそすべてに決着をつけられるかと思うと、ワクワクしますよ」
ニコニコと楽しそうに物騒なことを言い出した。南の隣国カサブランカ大公国は、うちのマリアンヌ王妃様の出身国だ。かつての停戦時にやってきた人質だったけど、今のルロイ王に見初められて結婚、そのまま関係は改善していったとか。だから同盟を結んでもおかしくはない。平和万歳である。
が、対するプルメニアはそういう訳にはいかない。西のローゼリア、南西のカサブランカから攻められたらたまったものではない。そこでローゼリアから海を挟んですぐ西に浮かぶ島国リリーア王国と軍事同盟を締結。同じように挟撃してやろうという魂胆だ。ついでに、東に大きな領土を持つクロッカス大帝国と結び後顧の憂いを断つ。なんだか戦略ゲームをやってるみたいである。考えているうちは楽しいけど、戦う当事者からするとたまったものじゃない。時期的に、主に私が前線送りになりそうだし。全然平和じゃなかった。アンハッピー!
「そうなったら、大勢の人が死んじゃいますね」
「死んじゃいますねぇ。私たちが作り出した武器で、大勢を殺し殺される。でも、私は何も思いませんね」
「どうしてです?」
「それはね、私が引き金を引くわけじゃないからですよ。弾を込めて引き金を引くのは兵の意思です。命令されていようがなんだろうが、人殺しですよ。その片棒を全力で担いでいることは認めますが、特に罪の意識は感じません。嫌なら撃たずに死ねばいいのですから。何か問題がありますか?」
穏やかな笑みに黒くどんよりと濁った瞳。人の不幸も自分の不幸も喜ぶ意志。どこかとても近くで見覚えがあるなぁと思った。
「あの。私がその最前線の兵になりそうなんですけど」
「本当に嫌ならやめてもいいんじゃないですか? 色々な生き方はありますし。貴方にはその力がある。ただ――」
「なんです?」
「貴方は逃げないでしょう。だって、これからがはじまりなんですから」
さくっと言い切られてしまった。力があるかは分からないが、確かにその通りである。別に何をしたいとかもない。どこに行きたいとかもない。それを見つけるために学校にいるような気もしたけれど。果たして。
「……もうちょっと勉強してから考えます」
「ふふ、それは学生らしい良い答えですねぇ。実に素晴らしいですよ。でも、時間切れには注意してくださいね」
研究所内を通り抜け、中庭のような場所に案内された。そこにもいろいろな器具や機材が置かれている。屋外での効果を試すためのものだろうか。パラソルつきのテーブルが置かれており、そこにはお茶とクッキーが用意してあった。
「さ、座ってください。今日の貴方はお客様ですから。折角ですし、今までの学生生活のこと、色々聞かせていただけますか?」
「どうしてそんなに私のことが気になるんです? 観察対象だからですか?」
そこまで親しい間柄ではない。だって半年ぐらい前に一度会っただけだし。学校をお世話してくれたのはこの人だけど、仲良しではない。ニコ所長は笑みを浮かべたまま口を開く。
「貴方のお父様から後見役を頼まれていると言ったじゃないですか。お忘れでしたか? 私は貴方のことを見守る義務がある」
「あ、そういえばそんなことも言っていたような」
確かに言っていたかも。あの時はなんだか一杯ありすぎてすっかり忘れていたけれど。父ギルモアのこともすっかり忘れていた。一か月ちょっとの付き合いだから仕方ないけど、娘としてはちょっと情けない。たまに思い出せるよう努力しよう。大した思い出もないけれど。
「魔術の使い方は勉強できましたか?」
「それがさっぱりでして。魔力の流し込み方は分かったんですけど、魔術なんて触れもしません」
ちんからほいと何か便利な魔術を勉強する機会があるかと思いきや、まったくなかった。魔力を参式長銃に籠める時ぐらいか。それも実際は意識して強く呼吸をしているようなものなので、魔術師になったーとかそういう感じはない。完全に砲兵さんになるための授業ばかり。楽しいからいいんだけど。
「まぁ、魔術なんて時代遅れの代物ですし。障壁が生み出された時に絶滅を約束されたようなものです。今は貴族の方々のために辛うじて生かされているに過ぎませんよ」
「貴族様たちのためですか」
「ええ、高貴なご婦人方へのウケがいいんですよ。まぁ華やかなのは認めますが。あの方たちは落ちぶれたら大道芸人になれて羨ましいですねぇ。私のために火吹き玉乗りを披露してもらいたいです」
「ど、毒が凄いですね」
通称呪い人形の私が言うのもあれだが、軽やかに悪口が出てくるのが凄い。
「それほどでもないですよ。ちなみに貴族様御用達の騎兵はまだまだ現役ですけどね。プルメニアの変人のせいなんですけど。私の邪魔ばかりするんですよ。まったく、魔術も騎兵も潔く滅びれば良いのに」
そういってクッキーをぼりぼりと貪り始める。穏やかで知性溢れる顔つきなのに、色々話してみると結構アレだった。やはり国を代表する研究所の所長になるには清濁併せ持たないと駄目らしい。
「えーと。じゃあ私は頑張って砲兵科で大砲を勉強します」
「それがいいですよ。私もまだまだ頑張ります。そうそう、長銃も四式を精兵向けに配備する予定ですから楽しみにしていてください」
さっきから秘密事項をぺらぺらと話してくれる。これでいいのかと心配になるが、ニコ所長の後ろにいる副所長が黙っているので問題ないっぽい。軽く挨拶しただけだが、サンドラっぽい几帳面な性格だ。間違いない。
「大事なことを忘れていました。緑化教徒の件はお疲れさまでした。沢山潰してくれたみたいですねぇ」
「はい。騒動に巻き込まれちゃいまして、仕方なく処理しました」
「ついてるのかついていないのか。微妙ですねぇ」
「確実にアンハッピーです」
「ははは、そうむくれずに。……内緒ですがね、私も偉くなる前にカビ浄化をやったことがあるんです。でも、潰しても潰しても潰しても次々に湧いてくるのでキリがない。それでいて、死を救いと思っているから死ぬほど腹が立つ。そういう連中は実験材料として地獄の苦しみを与えましたがね。流石に数年もやると殺すのにも飽きてしまいました。私の時間を無為に奪われている気がして、こう、色々な感情が湧いてくるのですよ」
笑顔のままクッキーを数枚握りつぶしてしまったニコ所長。直接潰していたとか、想像した以上に嫌いらしい。所長は我に返ると、アハハと照れ笑いを浮かべながら破片を一つずつ口に放り込んでいる。
「カビが本当に嫌いなんですね。私もですけど。なんか気に入らなくて」
「そうなるでしょうね。……なら、今日はきっと楽しくなりますよ」
「――所長。用意ができましたが」
「そうですか。では、楽しいお話はまた後で一杯聞かせてもらうとして。先にアレを見てもらいましょう。ここへ持ってきてください。ついでに観客の皆さまもね」
「承知いたしました」
副所長が一礼して研究所内に入っていく。私とニコ所長が取り残される。お茶のお代わりを注いでくれた。リーリエ産の紅茶らしい。香り豊かで中々美味しい。
「アレを見たらきっとビックリすると思いますよ」
「えっと、アレってなんです?」
「それは来てからのお楽しみで」
ニコ所長が悪戯っぽく微笑む。実年齢はもう四十をすぎているらしいが、全然そんな風には見えない。ずばり白衣を着た若奥様である。
「さぁ、来たみたいですよ。この一週間全力で制作にあたりましたから。いやぁ、本当に楽しかったですねぇ。子供のころに戻った気分でした」
ガラガラと滑車付きの台が運ばれてくる。重量感もあり結構でかい。ブルーローズ家の門ぐらいの大きさだ。しかも凄く見覚えがあるような。あのいかにも革命といった感じの処刑器具。首をちょっきんちょっきんしてくれちゃう世界一有名で素敵な断頭台。首桶つきなのも素晴らしい。
「もしかしてギロチン? いつのまに作ったんですか」
「いやぁ、すばらしい企画書をありがとうございます。あまりの出来の良さに、いてもたってもいられなくなっちゃいまして。全部放り投げてこれの製造作業に没頭しちゃいましたよ。ね、副所長」
「ええ。私も良い仕事をしたという実感があります。ミツバさんに気に入っていただければ嬉しいですね」
仕事をやり終えた男の顔だ。実に良い顔をしている。ニコ所長は満面の笑みでそのまま昇天しそうなほど。私は混乱状態にあるので、思考が上手くまとまらない。
「ちょっと早いですが、これを公募合格第一号に認定します。最優秀品に認定してもいいぐらいですね。というか早速公式採用するように表と裏から全力で手を回しちゃいました。実はですね、今日はそのお披露目も兼ねてまして。各所からお偉いさん方を招いてあるんですよ」
ぞろぞろ偉そうな勲章やら肩章を着けた制服のおじさんたちがギロチンの傍に集まってくる。明らかに貴族っぽい人や、お鬚が整ったお役人もいる。手で装置を触ったり、刃の付き方を観察したり、執行方法を研究員に確認したりしている。それをおつきの人が一々書類に記しているので、どうやら本気のようだ。
「はい、それではお集りの皆さん、大変お待たせいたしました。来てくれた皆さまには後でちゃんとお礼しますのでご心配なく。ではこれから人道的な処刑器具、栄えある公募合格第一号『ギロチン』の実証試験を行います。皆さま、発案者のミツバ・クローブさんに盛大な拍手を!」
ノリの良いニコ所長が盛大に声を張り上げる。もうこれでもかと全力で拍手しているのは副所長と研究員の人たち。一方、来客の皆様方は乾いた拍手である。『あれが例の……』やら『ギルモア卿の呪い人形』やら、『恐ろしい悪魔の落とし子』などなど素敵な陰口も叩いてくれた。呪い人形と悪魔の落とし子と言った奴は、今は怒らないけど、顔は覚えた。
「最初は木製人形でやろうと思ったのですが、それではいまいち盛り上がりに欠けると思いまして。そこで、私思いつきました」
意味深に一拍あけるニコ所長。
「ミツバさんが見事に壊滅させたハルジオ村の事件は皆さんご存知ですよね? あの事件の元凶、国を裏切ったタルク元少尉こそが第一号に相応しいと思いまして、こちらに来ていただいているんですよ! ささ、一刻も早くこちらに連れてきてください!」
魔術師たちに引き摺られて、見覚えのある人間が現れた。薄汚れた囚人服に身を包むのは、かつては好青年だったタルク元少尉だ。髪と髭は伸び放題、手足は完全に拘束され、至る所に暴行の痕が残っている。精神を病んでいるのか、口からは涎が垂れ流し、目も虚ろだったのだが――。
「ひ、ひいっ!! あ、悪魔、悪魔、悪魔ッ!! ち、近づくな、俺に近づくなあああああッ!!」
「人の顔を見るなり悪口とは、いきなり失礼ですね」
正気に戻るなり悪魔呼ばわりしてきやがった。カビの分際でとんでもない奴である。私はすたすたと近づいていき、みぞおちを思い切りぶん殴ってやった。そして首根っこを引きずり、ささっとギロチンにセットしてやる。もちろん、刃の見える仰向きでだ。こういう応用を効かせるのも大事である。
「これは人道的な処刑器具なので、本来は恐怖を与えることなく死んでもらうことができる代物です。誰でも簡単に使えるし、苦痛を感じる暇なく死ぬことができちゃいます。お手入れも簡単ですし、とても効率的なんです」
なんだか私の中の気分が盛り上がってきたので、皆様に振り返ってつい説明してしまう。周りは王魔研所属の一部以外はドン引きだが気にしない。タルク元少尉は口から赤い泡を吹き始めているが、意識はあるだろう。目から何か流れてるし。
「あとは罪状に応じて、必要なら痛み止めを服用させてください。多分、首に刃が入る時だけは痛いと思いますし。でも実際は分かりませんので、首を落とした後で本人に聞いても良いと思います。意識があるのかは、本人に聞いてみないと分かりませんよね?」
「なるほど、首を落としてから聞くというのは考えたこともありませんでしたねぇ! 副所長、今度試してみましょう!」
「はい所長」
「でもカビ化した重罪人には苦痛と恐怖を最後まで味わってもらいます。というわけで刃が落ちる瞬間を見れる仰向きに設置してみました。じゃあ早速いきましょうか」
私は合図すると、副所長が安全装置を外し、紐をこちらに渡してくれる。するとニコニコ笑顔のニコレイナス所長が近づいてきて、自然な感じで一緒に紐を握る。なんだかくす玉を割るみたいで楽しくなってきた。
「では3つ数えてひきましょうか。ああ、楽しみですねぇ。でも抜け駆けはやめてくださいね? そういうのは悲しくなりますからね」
「分かりました。ではいきますね。3、2、1――」
『ゼロ』
ゼロで紐を一緒に引っ張る。刃が勢いよくストンと落ちる。目が真っ赤、いや全部黒に染まったタルク元少尉の首が桶にころころと転がり落ちる。口からは黒い泡を汚らしく吹いている。胴体からも黒飛沫が吹き上がる。血の色は赤だった気もするけどまぁどうでもいい。これに意識が残っているのかどうかもどうでもいい。私には興味がない。
「はい、以上で終了です。剣や斧による斬首刑よりも簡単楽々、野蛮な撲殺や糞尿を垂れ流す絞殺はもう古い! 上手くやれば、後片付けが大変な、八つ裂き以上の恐怖を与えられる逸品に仕上がりました。罪状に応じて痛み止めの慈悲を渡してやれば、民衆もそのやさしさに涙ぐむこと間違いなしです。いやはや、素晴らしい出来栄えとは思いませんか?」
中身入りの首桶を足で揺らしながら超ご機嫌なニコ所長。
「これが人道的……? いや、革新的なのは認めるが」
「ああ、恐怖を与えるのも間違いないだろうが……」
「いやいや、頭から否定する必要もないだろう。どうせ殺すんだから楽な方が良い。執行人の技量を必要としないところは大きい利点だ。これなら誰でも執行人を務めることができる」
「後片付けも楽そうですな。労力を考えれば製造費も大して問題はないでしょう」
「よし、早速持ち帰り検討するぞ。発案者はアレだがモノは確かな出来栄えだ。それに費用も抑えられそうで何より。流石は王魔研だな」
「……全く、あの呪い人形、どうしたらこんなモノを思いつくんだ? それを真に受けて作る人間も狂っている。狂人どもめが、いずれ神の裁きを受けるぞ」
「全く恐ろしい。命令じゃなければ誰がこんな悪趣味な催しに参加するか。と、小悪魔の方はともかく、所長に聞こえたら面倒か」
「狂人に聞こえたところで一分も気にもするまいよ。しかしギルモア卿も余計なモノを残してくれたものだ。ミリアーネ様もなぜ悪評の源を放置しておくのやら。世の中理解に苦しむことだらけだ」
「いやはや、我々善良な貴族が救われる世の中になってほしいものです」
色々な小声が聞こえてくる。評判は上々のようだが、悪口はしっかり聞こえている。先ほどから数えてこれで2度目だ。私だけじゃなく所長とギロチンの悪口も聞こえている。私は許さない。絶対に逃がさない。偉そうな服を着た、2名の中年貴族の顔をしっかりと、両目に焼き付ける。神様がいたら彼らはきっと救われるだろう。じゃあもしもいなかったら?
――と、ニコ所長が額の汗を拭うしぐさをして話しかけてくる。私は気を緩めて、大きく息を吸い、吐き出す。
「ふぅ、いい仕事ができましたねぇ。でも、本当に名前はギロチンでいいんですか? 貴方の好きな名前をつけてもいいんですよ。たとえばミツバの素敵な首チョッキンとか」
「いえ、これはギロチンじゃないと駄目なんです。一番重要なことです」
「そうなんですか。ええ、こだわりは大事にしなければいけません。ならギロチンのままでいきましょう。いやいや、これが国中に配備されるのが楽しみですねぇ」
「そうなったら、きっと楽しくなります」
「ええ、私もそう思いますよ」
そういって満足そうに笑うニコ所長。本当に楽しそうだったので、私も思わずつられて笑うのだった。