第三十話 私と私と私
今日の砲兵科の授業は、図書館での戦術教習である。といっても、戦いはこんな感じに進むからそれだけは覚えてね、へーそうなんだ! みたいなものである。襟章のついた参謀さんがやるような、駒を動かす図面演習などやるわけがない。なぜなら必要がないから。私たちは大砲をひたすらに撃っていればいいのである。というわけでガルド教官のためになるお話は10分で早くも終了。後は自習である。こんな適当なことでいいのかと思ったが、冬期休暇前に試験があるので皆助かっているのでOKだ。話が分かるガルド教官は人気がある。
ちなみに私はといえば、クローネ、サンドラ、その他男子数名と机を囲んでいる。実戦を体験し、前線の兵の話を聞いてきたクローネの話はとても参考になる。サンドラだけはもちろん別に勉強している。でも聞き耳は立てていると思う。なんかこっちを意識している雰囲気があるし。
「でだ。本当に兵の士気が低いんだよ。逆らったら罰があるから命じられれば動くけど、それ以上のことはやろうとしない。面倒なことには関わりたくないから何かあっても報告しない。あのまま本格的な戦争になったら、相当痛い目に合うだろうね」
「それは給料が安いからですか?」
私が尋ねると、クローネが頷く。
「それも理由の一つだろうね。といっても、プルメニア兵だって環境は同じだろ? 士官以外は皆無理やり駆り出された兵士ばっかりさ。だけど、ローゼリアよりもプルメニアの方が士気が高いのさ」
「なんでだ? あっちだって、駆り出されてるだけだろう。何の違いがあるっていうんだ」
男子が率直な疑問を口に出す。
「きっと現状の差だろうね。ここじゃあまり大きな声で言えないけどさ。市民からすれば、王政だろうが共和制だろうがどうでもいいんだ。そこそこの生活が送れれば愚痴があっても許容する。で、その生活を維持したいから、それを乱そうとする外敵は撃ち払わおうと気合が入るってわけ」
クローネの言葉に、皆なるほどと頷く。
「なら、このまま本格的な戦いになったら」
「今の生活に不満しかなく、自分の命が一番な兵隊で勝負になると思うかい?」
「それじゃ戦いにならないじゃないか。徴兵してきた連中なんて、まともに撃ち合う前に逃げ出しちまう」
「ははは、それを防ぐために戦列を組むんじゃないか。教官殿は誤魔化してたけど、実際は逃走防止だよ。持ち場を離れたら即座に殺す」
袋から歩兵を模した小さな人形を沢山並べていくクローネ。ご丁寧にサーベルを皆持ってる。旗持ちもいる。どこで手に入れたんだろう。学校の備品じゃない。私もほしい。ミニチュアで戦場ごっこできそう。
「ま、まぁ。俺たちは砲兵になるんだろうし、実際に味方へ手を下すことはないよな? それだけはついてるよな」
呑気な言葉を吐く男子の頭が軽くはたかれる。
「何がついてる、だこの馬鹿。砲兵士官になったら、大砲と運命共同体だぞ。戦なんてまっぴらだ。命がいくらあっても足らねぇ。ああ、歩兵科に転属してぇ!」
「歩兵だって同じようなもんだろ。大体大砲なんて知ったことかよ。前線が崩れたら、俺も一緒に逃げるぞ。命さえあればあとでどうにか」
「それは難しいだろうねぇ。兵はともかく、後ろ盾のないアンタみたいな奴は真っ先に銃殺だ。大砲の方が命より貴重だからね。そこに縄でもつけてなくさないようにしときな」
そう嗤ってクローネが男子の心臓らへんをつつくと、ひいっと情けない悲鳴をあげている。面白い人たちである。
「兵の士気がもう少し高ければ、もっと色々な戦い方ができそうだけどね。国じゃなく、指揮官のためなら命が惜しくない。先頭を切って死ぬことが誉。そんな頭の血管が切れた連中を上手いこと作り上げたいね。例えばだけどさ――」
散兵戦術云々と言ってクローネが持論を語り始める。何を言っているか私には良く分からない。なんだか知能指数が高い会話になりそうだ。私はミニチュア歩兵戦列の側面に大砲を配置した。騎兵は最後尾。並べてみると壮観だ。こんなのを実物でしかも万単位の人間たちで見ちゃったら、自分がこの世の支配者になったと勘違いしちゃうかもしれない。素敵な進軍ラッパで全員で突撃して敵味方入り乱れたらきっと楽しいだろう。
「はは、まーたお得意の机上の空論か? 俺達には関係ないんだから、余計なことを考えるなよ。大砲を敵陣に撃ってりゃいいのさ」
「まぁ、やりたいことは一応は理解したが無理だな。お前が本当の英雄殿ならできるかもしれないけどよ。というか俺たちが指揮官になるなんてありえねぇし」
男子が茶化す。こう見えてクローネは真面目に戦術の勉強に取り組んでいる。大きな象がちんたら動くのではなく、小さな部隊が蛇のようにそれぞれ敵に襲い掛かる。そんな戦が理想らしい。色々と大変そうなので、私としてはあまり考えたくない。
「笑っていられるのも今のうちさ。戦争が近いのは間違いないんだ。国境沿いで敵の斥候が好き勝手やりだして、いつ大規模衝突が起こってもおかしくない。私の予想だと、後2、3年の内だね。色々な局面を考えておくのに越したことはないよ」
今までになく真剣な表情のクローネ。普段は余裕のある表情や、人懐っこい笑みばかりなので、こういう顔つきは迫力がある。男子たちも息を呑んでいる。
「……下手したら卒業後いきなり前線送りかもな」
「もしかすると、強制的に卒業させられる可能性もあるぜ。そういうことは前にもあったみたいだし」
男子がそれぞれ顔を見合って、溜息を吐いた。
「だそうだけど、チビ。今までで何か感想はあるかい?」
「士官就任の最年少記録を達成できそうでなによりです。精々ふんぞり返ることにしますよ」
私はクローネのミニチュアを弄りながら適当に呟いた。実は、さっきから兵が逃げないようにする方法を考えていたのである。クローネの言葉には理があるので私もそれを実践することにした。
「チビは怖くないのかい? って、今のは愚問だったかな」
「戦って殺したり殺されたりするのが軍人だと思うので。いやなら退学すればいいんじゃないですかね。別の場所で殺されない保証は何もないですけど」
「はは、まさに正論だ。うん、チビはたまに鋭いよね」
「たまには余計ですよ」
うっかり思考が逸れてしまった。でだ、兵の脱走を阻止する一つ目としては、士気を高めて自発的に戦闘をするようにすることがてっとり早い。これこそがまさに理想の兵隊である。各自が御国のため、勝利のために、最善の手段を取るのである。方法に違いはあっても、皆が勝利を目指す。うん、実に素晴らしい。でも今のままじゃ完全に夢物語なのが悲しい現実だ。くそったれな国のために喜んで死ぬのは、きっと麻薬で頭がやられているか能天気な人間だけである。そうだ、緑化教徒を捕まえて上手いこと前線で戦わせるのはどうだろう。さらに麻薬を投与して頭をおかしくするのもいいし。普通の人が麻薬を使うのはよくないけど、ゴミの有効利用はとても素晴らしい考えだと思う。ゴミにゴミを使って上手く廃棄する。一つの案としてもっておこう。
緑化教徒の件はひとまずおいておいて、一般人の場合はどうしようか。自発的な士気向上が無理ならあとは恐怖で縛るしかない。戦ったら死ぬかもしれないけど逃げたら絶対に死ぬ、ということを徹底的に植え付ける。逃げるよりは突っ込んだほうがマシと思考を変化させる。今は戦列の後ろに歩兵士官を配置して、脱走者がでないように見張ってはいるけど、壊走しはじめたらそれも無駄だ。そこで踏みとどまって、相手に銃剣を突き出すような気合が欲しい。まぁ、それができたなら苦労はない。うーん、もっといい方法はないのかな。
「チビ、なにやら悪い顔をしてるねぇ。また悪だくみかい?」
「またとは聞き捨てならないですね。私は平和主義で穏健思考の持ち主です。いわゆる穏健派の筆頭ですね」
「あはは! チビが穏健派だったら、この世の全ての人間が慈悲深い神様だよ! 私はきっと女神さまだね!」
腹を抱えて机を叩き出したクローネ。サンドラが迷惑そうに睨んでくる。男子たちは何いってんだこいつ的な視線。慣れっこなのでもう気にしない。しかし、この女は些か笑いすぎである。
「ちょっと。笑いすぎですよ。えっとですね、恐怖で人を縛る方法がないかなぁと思ってですね」
「うわぁ、やっぱり怖いことを考えてるねぇ。ま、無理矢理戦わせるには、それがてっとり早い。問題はやりすぎて恐慌状態になると、元も子もないってことだよね」
「そうならない方法を考えましょう」
「じゃあ良い案が思いついたら教えてよ。私も参考にするからさ」
私とクローネがあはははと笑っていると、男子たちがドン引きしていた。そんなことで立派な士官になどなれるのだろうか。私は人を殺したことがあるので大丈夫。それに一人やるのも千人やるのも同じである。もし地獄とやらがあれば地獄行きは確定だ。でもそんな都合の良い世界は多分ないので大丈夫。だから一杯殺して一杯死ねば良いんだ。夥しい死体の上にはやがて綺麗な花が咲くに違いない。そうして世界は綺麗になるのである。素晴らしいハッピーエンド。だから私だけでなく王族も貴族も市民も緑化教徒も皆平等に死ねば良い。……うん? なんだか破滅的な思考に染まってしまったような。平和主義の私は気をしっかりもたないと駄目である。危ない危ない。皆仲良くハッピーになろう!
「話は全然変わるけどさ、王国魔術研究所が士官学校になにやら依頼してきたらしいよ。公募品の課題を冬期休暇明けに提出するだけで、卒業考査に加点してくれるって。目に留まって正式に開発決定でもしたら更に莫大な褒賞ががっぽりだよ」
「そりゃ本当か?」
「クローネは本当に耳が早いなぁ」
金と聞いて目が輝きだした男子諸君。根が単純なのだ。砲兵向きだと思う。ガルド教官もこんな感じだし。
「先輩方にもそれなりの人脈があるからね。アンタらも何かあったら私に教えてくれよ。情報は共有してこそ価値があるんだからさ」
「分かってるっての。それにしても公募か。金が貰えるならやってもいいな。冬期休暇の間はどうせ暇だし」
「うーん。でもどんなものを募集してるんだ? 王魔研なんて、俺達にはほとんど縁がないから思いつかないぜ」
確かに。全科の学生に呼びかけるっぽいけど、実際は魔術科向けではないだろうか。将来有望な魔術師――研究者候補を探すためだ。いるかは知らないけど。普段何やってるのか全く分からないし。噂だと、伝統的な詠唱魔術訓練に、星占術実践とか魔道具作成とかを勉強してるらしい。何の役に立つかは知らない。令嬢方にモテるらしいというのは聞いた。格好良い詠唱とともに光の花を作ったりすると、メロメロなんだって。ダンスの技術みたいなものか。つまり社交術を学んでいると考えれば納得。
「新しい発想を取り入れるのが今回の目的だとか。えーっと、革新的な新型武器、革新的な移動手段、革新的な携帯食糧、後は人道的な処刑装置とあるね」
クローネがメモを取り出して教えてあげている。こう見えて結構マメなところがある。良い指揮官になれるに違いない。
「……革新的ってのが多すぎるだろ。そんなのがぽんぽん浮かんでたまるか」
「というか最後の人道的な処刑装置ってなんだ。さっぱり意味が分からないぜ」
「なにせ所長があの奇才ニコレイナスだからねぇ。平凡なのはいらないそうだよ。例えば、現在の参式長銃を強化してみたらとか、そういうありきたりなのは見ないで捨てるってさ。ちなみに提出物は企画書でも実物でもいいそうだ」
「実物とか無茶言うなっての。二週間程度だぞ。大体、あの所長の眼鏡に適うものなんかできるわけがねぇよ。あー、やめたやめた!」
「俺は一応出してみるかな。移動手段とか面白そうだし。認められなくても、案を出すだけでいいんだぜ? 結構美味しいだろ」
「はっ、見てくれたらいいけどな」
「ははは。で、チビはやってみるかい?」
クローネが私を気遣って話を振ってくれた。男子連中は基本的に私に絡まない。私が話しかけると、答えてくれるようにはなったけど。触らぬ悪魔に祟りなしとでも言いたげなのはよくわかる。私は孤立している。ぼっちと思いきや、クローネとサンドラがいるので助かっている。持つべきものは友人である。
「提出するのは完成品か設計図、もしくは企画書ですよね。うん、凄く面倒くさいです」
「ははは。そりゃそうさ。簡単にできたら加点なんてしてくれるはずがないしね」
「でも、人道的な処刑装置っていうのには心がとても惹かれますね。素晴らしい考えです」
私がそう言うと案の定男子生徒諸君がドン引きする。正直に発言しただけなのにひどい話である。
「こんなものまで公募するなんて、あの所長やっぱりどっかおかしいよね。奇才というか、変人というか。大事なネジが百本ぐらい抜けてるというか」
「学生にそんなの考えさせるか普通。第一、処刑するのに人道も糞もないだろ」
「確かに。……そういえば、今の処刑方法って何が主流なんだ?」
「例えば、軍人なら銃殺、弾がない場合は剣で斬首だったね」
クローネの豆知識が披露される。陸軍研修で勉強どころか実践してきたのかも。
「銃殺にはなりたくないけど、斬首も嫌だな」
「安心しろ。お前は多分流れ弾で死ぬからよ」
「うるせぇこの野郎!」
男子が小突きあっている。処刑手段にも格差があるようだ。この時代の銃は命中率が低いから、銃兵を並ばせないとダメかも。となると、斬首も認めておかないと忙しい時は面倒くさい。
「じゃあ一般市民の罪人はどうなんです?」
私が疑問を口に出すと、本を置く音がした。そしてすすすすと音もなく寄ってきた。
「市民の場合は罪やその地方によって絞首、斬首、撲殺、銃殺、毒殺、生き埋め、最悪の場合は八つ裂きなどもあるな。地方の慣習によって異なったり、裁判官の裁量次第というのは恣意的すぎるという批判もある。だから人道的な処刑方法を公募して統一しようというのだろう。悪くはない試みだと思うがな」
市民と聞いてサンドラが会話に加わってきた。
「ふんふん。なら銃殺が一番だと思うけどねぇ。なにせ引き金を引くだけでいいんだからさ。誰でもできるし簡単だろう」
「簡単に言うな。誰もが上手く狙いをつけられると思うな」
「なら練習しなよ」
「下級官吏にそんな時間はない。そんな無駄な時間があるなら民衆のために使うべきだ」
サンドラとクローネが言い合っている中私は首を捻る。
「うーん」
「なんだいチビ。チビも弾代と時間がもったいないとかケチを言うのかい?」
サンドラも「そうなのか?」と睨んできたので慌てて手を振る。
「い、いえ、全然違いますよ。ただ、やっぱり人道的な処刑装置っていうのが」
「もしかして、案が浮かんだとか?」
「ええ。ギロチンという素晴らしいものがあったなぁなんて」
「ギロチン?」
「ええ、いわゆる首切り装置――断頭台なんですけど。紐をひくだけで首がストンと落ちる装置なんです。刃を交換すれば何度でも使えちゃいますし。見栄えも良くて皆も大盛り上がり、しかもとっても効率的でして」
「…………」
「でもそれだと首に刃が入ったときには痛いですよねきっと。人道的というならもう少し考えてみますね」
超メジャーな処刑装置のギロチン。あれほど分かりやすい見た目もそうそうない。折角だからここにも作ってしまおうか。名前はもちろんそのままギロチンだ。でも痛いのは可愛そうなので、先に緑化教徒から押収した麻薬を再利用した『痛み止め』を摂取させたらいいんじゃないか。ヘロインは駄目だけどモルヒネは私的にはオッケーだし。観衆たちには見た目による恐怖を与え、これから死ぬ人には何も感じなくなるという慈悲をあげちゃおう。よし、これでどうだろうと私は提案する。
――と、私の中の私が、バランスが取れているからOKと賛成を表明。残りの私も諸手を挙げて大賛成だ。今すぐ作れ、さっさと作れ、でも開発した先人にはしっかり敬意を払えとせっついてくる感覚を受ける。私は平穏、享楽、悪意。この三つから成り立っている。まぁ、私は私なので、全部気のせいなんだけど。私は私であり私なのである。私の精神は極めて正常で均衡がとれている。私が言うのだから間違いない。