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第二十二話 母として

「なるほどなるほど。別に良いんじゃないかしら?」

「本当に良いんですか? 11歳で実戦参加なんて聞いたことありませんよ。いくら条件つきとはいえ」

「常識に囚われては進歩がないわよ? それに可愛い子には旅をさせないといけないわ。まぁ、すでに元気過ぎる程学生生活を謳歌しているようだけど」


 副所長の呆れ顔を尻目に、あははははとニコレイナスはビーカー片手に大笑いする。と、ビーカーから強い光が生じ、勢いよく煙が上がり始める。そういえば今は実験中であった。特に慌てることもなく、おもむろに適当な壁にぶん投げる。爆発音とともに壁には大穴が開いてしまった。液体型魔粉薬の更なる威力改良実験中だったのだが、結果は満足できるものではない。ちなみに『液体なのに粉とはこれいかに』と誰かのツッコミを結構な間待っているのだが、特にだれも突っ込んではくれなかった。今だって周囲の研究員は特に気にもせず自分の作業に没頭している。これくらいはこの研究所では日常茶飯事なのだ。ニコレイナスはふーっと溜息を吐く。


「うーん。ちっとも威力が安定しないわね。もっと威力をあげたいのに」

「いや、十分ですよ。所長が欲張りすぎなんです」

「やっぱり面倒だから粉でいいんじゃないの? 液体にしても別に私は嬉しくないし。雨の日は戦争はお休みしたらいいじゃない」

「戦争に休みなんてありませんよ。それに、銃身、砲身の寿命を延ばす方策を考えること、雨天でも問題なく使用できることにすることが主目的だったと思いますが」

「そうだったかしら。歳を取ると記憶が曖昧になるわね」


 やれやれと肩を揉むが誰も突っ込んではくれない。優秀な研究員たちだがユーモアが足りない。 


「試作品も悪くはない結果です。四式に向けて、これを採用しても良いと思います」

「私も同意見です」

「同じく」


 紋章つきのローブを着た研究者たちが意見する。どうでも良くなったニコレイナスは、資料と大量の試作品を彼等に無造作に渡した。参式長銃の弱点、重量を改善するための次期新型銃計画書である。内容は弾丸を放つ魔粉薬の弱点の改善だ。一回一回手作業で詰め込まなくてはいけないこと、長時間運用で銃身を痛めること、激しい雨天だと粉が固まって暴発する欠点を、液体化することで一遍に改善してしまおうと言うものだ。これならば液体タンクを銃にくっ付けておくだけで大丈夫。ついでに魔力貯蔵装置もとっぱらってしまい、タンク増設分の減量も図る。乱戦時に悠長に魔力を充填するなど非現実的なので、ちゃちゃっと補給できる液体式の方が優れているのは間違いない。


「あっそう。じゃあ後は貴方達にお任せしましょう。私はとにかく忙しいのでこればかりにかまけていられないのよ」

「いや、殆ど完成しているじゃないですか。所長ほど仕事が早い人は世にいませんよ」

「仕事が趣味みたいなものだからねぇ。あははは、貴方たちは真似しちゃダメよ。私みたいに仕事にかまけて人生台無しになっちゃうから」


 副所長を引き連れて、さっさと所長室に戻る。首をこきこき鳴らした後、椅子に腰掛ける。すぐに珈琲を注いでくれる副所長。さすが優秀なだけある。惜しむらくは何かを生み出す才能に欠けることか。それをそのまま告げると傷つくだろうからと、遠まわしに言ったら一週間も休職されてしまった。懲りたのでもう言わない。


「うーん、働いた後の一服が美味しいわ。さて、なんでしたっけ」


 美味しい珈琲に口を付けたニコレイナスは、十分に一息ついた後で尋ねなおす。


「ミツバさんの件です。パルック学長は厄介払いしたくて仕方ないようです。釘を刺すなら、私がやっておきますが」

「別にいらないわね」

「しかしです。既に陸軍本部、王都警備局、治安維持局の許可を取り付けたようです。こちらで手を打たなければ本当に――」

「いらないと言っているの。余計な手は出すんじゃない。これは、命令よ」


 表情を変え、語気を強めて厳しく警告する。仮面の使い分けが人心掌握のコツである。使い分けすぎて本当の自分が分からなくなってしまうのが難点だ。


「……分かりました」

「ふふ。とても不服そうね」

「所長が彼女に掛けていた熱意と執念は良く存じております。それが、万が一流れ弾にでもあたって無為にと思うと」

「あー、それなら大丈夫よ。それくらいで死ねる訳がないもの。そんな結末を私が許すと思う? うふふ、冗談じゃないわ」


 時間、金、魔力と労力、そして執念。どれだけのものをあの子に注ぎこんだのか。今は亡きギルモアもかなりの金を提供してくれたが、そんなものでは全然足りない。今まで蓄えてきた金、そして培ってきた人脈を活用して彼女をこの世に舞い戻らせた。何故そこまでしたか。絶対にこの世に遺したいものがあったから。だから、全身全霊を賭けて挑んで挑んで挑み続けた。そして達成した。今のニコレイナスには、その成果を眺め続けるという夢、野望がある。

 素体を提供してくれたギルモアには深く感謝しているが、残念なことに完全に用済みであった。とっとと死んでくれてむしろ助かったくらいだ。あの男に束縛され続ける人生など、彼女には相応しくない。第一、ギルモアも死ぬ前に幸福を味わえたのだからさぞ満足しているだろう。

 ミツバには自由に思うがままにこの世界を生きて欲しい。そう願っている。そうあるべきだ。


「……所長」

「どうしたのかしら。今日は珍しく食い下がるわねぇ。さぁ、怒らないから言ってみなさい」

「彼女をこの研究所に引き取りましょう。所長の下でしっかり育てるべきです。そうすれば、必ず立派な魔術師、そして研究者となるはずです。貴方の後継者として――」


 首を横に振り、その言葉を途中で遮る。


「ここをこうやって私の言うとおりにしっかり進みなさい、と、道を敷くのは嫌なのよね。私は束縛したくない。自由というのが最近の流行なんでしょう? ま、彼女が自分でそうすることを選んでくれたのなら尊重するけど。友達もできたみたいだし、そのまま軍人になるんじゃないかしら」

「それで、本当に宜しいのですか?」

「本当に宜しいのよ。好きなように生きて、好きなように死ねばいいじゃない?」


 別に研究者になどなってほしくない。意地だけでここまで這い上がったが、失ったものも大きかった。家畜以下の蛆虫からスタートし、ここまで上がるためにどれだけの努力をして、どれだけの代償を支払ったか。後悔はしていないが、納得もしていない。人間というのは複雑なのだ。特に女は。


「ところで、ミツバが士官学校に入ってからどれくらいだったかしら?」

「大体半年でしょうか。途中、謹慎期間があるのであれですが」

「うーん。最低でも半壊ぐらいはやらかすと思ってたんだけど。意外と大人しかったわね」

「……そうでしょうか。所長は彼女に関与して死亡した人数をご存知ですか?」


 書類を捲りながら、副所長が複雑そうな表情を浮かべる。そんなこと知るわけがない。自分と、自分の気に入ったもの以外、何人死のうと知った事じゃない。


「あー、もしかしてクイズかしら? じゃあ、10人、いや、おまけして11人!」

「直接的、間接的もあわせると33名です」

「ふーん。でも全員自業自得なんでしょ?」

「ほとんどそうですね。ただ、初期に関しては――」

「あー、怖がったり気味悪がったりしただけで死んじゃったんだっけ。そうかそうか。ほら、まだ人格、魔力ともに暴走気味だったでしょう。だからね。まぁ、理由もなく悪意を向けるからそうなるんだけどねぇ」


 大体のことは金を握らせた職員やら潜ませた調査官からの報告で分かっている。密偵を飼っているのは貴族様だけではないのだ。執事ピエールはうっかり落としてしまった毒瓶をミツバに拾われ、逆に毒素を喰らって死亡。ほぼ事故のようなものだ。使用人たちの半数は副所長の報告の通りこれも事故。警備兵は余計なことを言ったせいで軟体生物化。残りはイエローローズの密偵だった者達だ。始末しようと仕掛けたところで返り討ち。素敵なオブジェとして塔と一体化してしまった。


「でもまぁ、私の予想以上に短期間で制御が利いているわ。意外と相性が良かったのねぇ。不完全なのに、中々良いモノを拾ったみたい。余計な知識があるのはいただけないけど、まぁ許容範囲内ね」

「……しかし、このまま安定してくれるでしょうか」

「大丈夫でしょう。私は楽天的思考の持ち主だし、多分彼女もそうだしね。そういうところも私に似ているのね」


 冷めてしまった珈琲を見つめる。ミルクが入っていないので、黒い。副所長が用意してくれたミルクと砂糖を入れてみる。ぐるぐる回る。回り続けて、だんだんと同化していく。

 ――ほら、安定した。


 


 ――ベリーズ宮殿。舞踏会会場。


「これはこれはご機嫌麗しゅう。ミリアーネ様は今日もお美しいですなぁ。後で是非、私と踊っていただきたい」

「これはお上手ですね、ベイル伯爵。お誘いとても嬉しく思いますわ」


 内心馬鹿馬鹿しいと思いつつも、ミリアーネは見事な作り笑顔を浮かべて好色な伯爵に挨拶する。新しく手がける魔光石発掘事業への投資に協力を要請している最中だからだ。今は小康状態にある大陸情勢だが、後数年以内にプルメニア帝国との戦争が始まるだろう。お互いに力を蓄え終わる頃だからだ。銃による戦いにおいては、魔光石は大量に消費されていく。値上がりするのは確実だ。現在のブルーローズ家の財政は逼迫している。他所から大金を引き出し、それを使って倍以上に儲けを取る。金はなくとも、適切な指導者と七杖家の信用があれば返り咲くのは簡単なことだ。


「ところで先日のお話の件ですが、喜んで投資させていただきますぞ。その代わりといってはなんですが――」

「ええ、お食事のご招待についてですわね。それも、もちろんお受けいたしますわ」

「それはそれは。貴方のようなお美しい方とお食事を共に出来るだけで、いやはやなんとも」


 下卑た笑みを浮かべるベイル伯爵。この男は未亡人に手を出すのが何よりも好きという情報が入っている。屑ではあるが、金は持っている。自分の広大な土地を農民に貸し出し、使用料をせしめているのだ。農民に知識がないことを良い事に、詐欺まがいの条件で荒稼ぎしている。最初は良いが、徐々に苦しくなる契約となっている。共和派の煽動家たちが言う『寄生虫の如き貴族』の見本といったところか。

 しかし、取引相手としては全く問題ない。上手い事転がして、こちらに有利な条件で投資を引き出したい。強引な手法は向こうも取れない。貴族相手に下手をうつような相手ではない。その上こちらは七杖家当主代行だ。妄想に出されるだけで虫唾が走るが、それは手数料という事で堪えてやろう。


「それでは、またのちほど」


 適当に会話をした後、伯爵の傍を会釈しながら離れる。周囲の夫人たちと談笑しながら一息入れていると、見覚えのある顔が視界に入った。実の兄、現在のイエローローズ家当主、ヒルードだ。ミリアーネがブルーローズを乗っ取った後、父は見届けたかのように急死。急遽後を継いだのがこのヒルードだ。父に似て、手段を選ばない冷酷な性格だ。ミリアーネもそうであるからして、きっと血筋なのだろうと思う。

 作り笑いを浮かべながら兄に近づく。予想に反して、兄は露骨に不機嫌な表情を浮かべてくる。まるで苦虫を噛み潰したかのようだ。


「御機嫌よう、兄上。……と思ったけれど、どうもご機嫌がよろしくないようね」

「ふん、リーマスと喧嘩してしまってな。餓鬼一人すら始末出来ない無能な親なのかと謗られたよ。実際その通りなのだがな」


 ヒルードが溜息を吐いている。他人を何人殺しても何とも思わないくせに、身内には甘いようだ。しかし、その餓鬼というのはもしかして。


「……兄上。餓鬼というのは、まさか、ミツバのことでして?」

「それ以外に何があるというのだ。息子の友人といざこざがあってな。えらく面子を潰されたらしい。お前からの依頼もあったから、一気にカタをつけようとしたのだが」

「…………」

「見事に失敗したよ。完敗だな。くく、あんな餓鬼に手をだしたばかりに、我が家が誇る『毒蛇』は半壊状態だ。もはや溜息しか出ない」

「そんなまさか。いつから兄上はそんな冗談を――」

「冗談なものか。殺された者も多いが、恐怖のあまり再起不能になった者も多い。なにせ、頭領が壊れた人形のようにされてしまったのだから。物理的にだぞ。お前も知っているあの男だ」

「…………まさか」

「しかも、あのザマで暫く生きていたのだ。私もこの目で見たがおぞましいものだった。…………実に恐ろしい。まさに悪魔の所業よ」


 ヒルードが顔を青褪めさせ、脂汗を流している。こんな情けない兄の姿は見た事がない。


「どうなされたのです。兄上らしくないですわね。どうして報復なさらないのです」

「報復、だと? お前、アレの危険性を知っていたな? 何故私に何も言わなかった」

「そ、それは」

「貴様に貸し出した密偵に、『父の命令』などと口止めしていたことも分かっているのだ!」


 怒声とともにヒルードが敵意を向けてくる。周囲の視線を感じ、ハッとした兄が口を噤む。

 確かに、口止めはした。そして危険性も知っていた。できるならば、自分のあずかり知らぬところで、兄の手勢で殺してくれれば幸いとも思っていた。自分が呪いを受けるのは怖い。そんなものがあるとは思っていないが、可能性はゼロではない。だから兄を利用しようとした。それだけだ。


「何か誤解があるようですわね。いいですか? 私は一応アレの義母にあたるのです。直接的にせよ、間接的にせよ手を出せば噂が流れるでしょう。ですから、兄上のお力を借りようとしただけのこと。始末は急がないともお伝えしたでしょうに」

「――黙れ。あわよくば私をアレに殺させて、イエローローズ家まで乗っ取ろうとでも企んだか? 派閥を全て手中にしようとでも思いあがったか? だが貴様の思い通りにはならんぞ。私は金輪際アレとは関わらん。息子にも厳命しておいた。……我が妹ながら、恐ろしい女よ。母娘ともども、中身は悪魔に違いない」


 舌打ちすると、ヒルードは足早に立ち去っていってしまった。


「私と、アレが親子ですって? 冗談じゃ――」


 ミリアーネは一瞬気色ばむが、すぐに微笑を浮かべる。兄も馬鹿ではない。折角乗っ取ったブルーローズ家と対立関係になりたいとは思っていないだろう。王党派本流として確固たる立場を築けたのだから。国王を牽制しつつ、議会の流れを握る。自分達に有利な施策を押し通す。利益は放っておいても入ってくるのだ。金持ち喧嘩せずとは良くいったものだ。ミツバに関しては一旦保留だ。兄も少し落ち着けば必ず報復を再開するに違いない。あれの性根は陰気で粘着質だから必ず逆恨みする。

 ミリアーネが薄ら笑いを浮かべていると、国王ルロイと王妃マリアンヌが近づいてきた。ついでにまだ幼い長男も連れている。これまた見事に平凡そうな顔である。そのまま立派な操り人形になれるよう育っていって欲しいものだ。多少知恵をつけてしまったルロイのようになってほしくはない。王は馬鹿で単純で善良なほど好ましい。


「ごきげんよう、ミリアーネ。来てくれて本当に嬉しいわ」

「先日の謁見以来だな、ミリアーネ。今はブルーローズ当主代行だったか。今日は楽しんでいるかな?」

「これはこれは国王陛下、王妃陛下、そして王子殿下。このような素敵な催しにお招き頂き、恐悦至極に存じますわ。勿論楽しんでおります」

「うむ、楽しんでくれているなら良いのだ。最近は不幸が続いたからな。ところでな、マリアンヌが聞きたいことがあるそうなのだが」


 ミリアーネはこれでもかというほどの笑みを浮かべて、国王一族のご機嫌を取る。一応王党派とはいえ、国王はそれほどこちらを良く思っていないだろう。市民に寛容を与えようなどという愚かな政策を繰り返し提案してくるのを撥ねつけているからだ。赤、桃派を除く上院、下院議員の力で徹底的に否決している。皮肉なことに、市民議会からの受けが良いかというとそういう訳でもないのだ。市民のご機嫌を取りたいのは理解できるが、それならば贅沢な暮らしの一つでも改めれば良い。だが、そこまでは考えが至らない。ゆえに口先だけで何も実行できないお飾りの王という悪評ばかりが蔓延する。そして市民に寛容を与えた結果、何が起こりどうなるかまで考えることもできない。馬鹿が多少知恵をつけると、碌でもないことしかしないという証左である。


「ブルーローズ名誉姓を取り上げられた、亡きギルモア卿の忘れ形見のことなのです。私、とても気になっておりますの。まだ11歳の少女と聞いていますわ。どうか、温かな寛容を与えてあげることはできませんか、ミリアーネ」

「……王妃陛下のお言葉ではございますが。それはできかねます。あれは我が家に恐ろしい災いをもたらしたのです。青薔薇の杖を御覧いただければ、きっとご理解いただけるかと思います。掟に背いて彼女が触れた杖は、今も毒々しい色を携えております。どうして許すことなどできましょうか」


 何を言い出すのかとミリアーネは内心で激しく舌打ちする。興味本位でアレに手を出されては困るのだ。万が一、国王一族に何かあったら、巡り巡ってこちらにも災いがもたらされる。追放したとはいえ、一族は一族。必ず責任問題となる。だが、顔には出せない。苦渋の決断であったという表情を努力して作る。


「……そうなのですか。事情も知らずにごめんなさい。この通り、謝罪いたしますわ」

「そんな、どうか頭をお上げください王妃陛下」


 その言葉を待ってましたとばかりにニコっと笑うマリアンヌ。馬鹿だがそこそこに賢しいのが腹立たしい。国王に余計な知恵を与えているのもこの女である。 


「ところで、聞いたところによると、今は陸軍の士官学校にいるとか。それは真ですか?」

「生憎ですが、私は存じ上げません。ニコレイナス所長に全てお任せしてありますので」

「そうですか。ならばこちらで調べてみることにします。災いの件についてはとても悲しく思いますが、それでも彼女には寛容が与えられるべきと考えております。出来れば多少でも援助できればと思っておりますの」

「…………」

「はは、一度言い出したら聞かないのだよマリアンヌは。誰にでも幸福に生きる権利はあると言ってな。悪いが、そういうことになりそうだ」


 何が援助だと吐き捨てそうになるのを必死にこらえる。表情には出ていないが、腸は煮えくり返っている。

 となりで苦笑しているルロイ。相変わらず妻マリアンヌには甘いようだ。そんな様だからカサブランカ人の女に骨抜きにされたなどと陰口を叩かれる。


「承知いたしましたわ。つまらぬことに囚われている私の愚かさをどうかお許しください。王妃陛下のお優しさに、世の者はさぞ感嘆することでしょう」

「ふふ、聞きたかったのはそれだけですわ。さぁ、行きましょうか、可愛いマリス坊や。この母と一緒に踊りましょう」

「はい、母上!」

「元気で良いことだ。それではな、ミリアーネ。グリエルとミゲルにも宜しく伝えておいてくれ。最近会えてなくて気になっているのだよ。特にグリエルはブルーローズ次期当主であろう。余が期待していると伝えておいてくれ」

「はい、必ず。我が子たちも喜ぶことと思いますわ。グリエルは、必ずや陛下のお力になれると思います」

「そうかそうか。頼もしいことよな」


 上機嫌で立ち去っていく国王一族。マリアンヌは恐らく本気だろう。あれはカサブランカ大公の娘のくせに、やけに市民に同情的なのだ。それがルロイに感染し、市民にも寛容をなどとぬかすようになった。しかも王党派に属する赤と桃の派閥を、寛容派などという愚劣極まりないものに塗り替えてしまった。市民の人気を取りたいのだろうが、愚かなこと極まりない。

 市民は諸悪の根源は国王だなどと言っているが、貴族からすればマリアンヌに他ならない。他国の女はさっさと死ねば良いのだ。どうせ国王と息子以外、誰からも愛されない他国者だ。――なるほど、呪い人形とは通じるところがあるのかもしれない。ならば、二人そろって仲良く地獄に行ってもらいたい。なんなら、国王一族全員に死んでもらっても良い。レッドローズ家には他の七杖家から養子を出して代わりの国王とすれば済むし、形骸化しているピンクローズ家などは取り潰してしまえばいい。お飾りは誰でも構わない。どうせ王権には多大な制約がかかっていて、自由になど振舞えないのだから。自分たちがそれを許しはしない。


(何をしようが、私たちの時代は続く。この国を動かすのは、私たち選ばれし貴族なのだから。国王はお飾り、議会は我々に都合の良い世界を作り出すための道具。市民とは奴隷の別名。だから自由なんて市民には必要ない。働いて働いて働き尽くして死ねば良いの)


 ――莫大な土地と財産と名誉を築き、自らの血を継ぐ子にそれらを全て引き渡す。それが貴族に生まれた者に課せられた義務、使命だろう。その繰り返しが、我々の血を更に尊きものにしてくれるのだ。その定めから目を逸らすものは、貴族を辞めて市民になるか、とっとと死ねば良い。そう、あの愚かなギルモアのようにだ。

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