<< 前へ次へ >>  更新
21/38

第二十一話 爽やかなかび

――毎日忙しい日々を過ごしていたら、あっと言う間に三ヶ月がすぎていた。季節は秋です。ちなみに夏休みなんていう洒落たものがあるわけもなく、汗だくの毎日を過ごしていたわけで。水泳訓練はあったので、まぁまぁ良かったけど。それと、日焼けすれば多少は死体じみた肌の色が変わるかと思ったけど無理だった。赤くはれたりもせず、真っ白のままだった。もしかして本当に私は死体なのかと思ったけど、そんなに食欲旺盛な死体はいないとクローネに笑われた。


「暇です」

「…………」

「はー」

「…………」


 今日は休日。試験も終わったので、もう勉強することはない。クローネはデートだそうで、青春を謳歌している。羨ましい。一度紹介してあげるといわれたので、ものは試しと喫茶店に行ったら、ごつくて精悍な先輩士官候補生がいた。なのに相手は私の顔にビビってしまって話は全く盛り上がらず。珈琲と安いお菓子を食べて終了。積み重なる悪評のおかげで私に男の縁はないらしい。残念。私はお化けか。

 積み重なる悪評については、素性不明の男の死体が校庭から見つかったり、演習場に何故かいた素性不明の男が私の撃った弾に直撃してしまったりと。砲撃演習場の的の傍にいるのが悪いのに。

 前者については知らないし、後者は不可抗力である。狙って撃って当たるものじゃないので、私は放免されたけど。謹慎回数はもう二桁である。栄えある記録は現在も更新中。何故だろう。


「それにしても暇です。暇暇暇暇暇暇」

「やかましい!」


 同室のサンドラが仕切りのカーテンを開けて怒鳴り込んでくる。休日はいつも読書か自習している真面目なサンドラ。私としてはたまには遊んで欲しいところなのだが、そうはいかないらしい。彼女は議員になるために一杯勉強しなくてはいけない。しかしたまには息抜きも必要である。私は気を使ってみたのだが、逆効果だった。


「あの、どこか遊びにいかないです? 暇すぎです」

「私はいかない。お前一人で行って来い」

「そうですか。分かりました」


 けんもほろろだったので、諦めて一人で出かける事にする。そういえば、一人で王都を散策するのは初めてだった。どこから行ってみようか。まずは露店か。制服に着替えて、お小遣いを持って出発だ。


「行ってきますよ」

「…………」


 もしかしたらとも思ったが、特に返事はなかった。いつものことなので気にしない。我が道を行くのがサンドラなのである。というわけで私も我が道を行くのであった。


 



 露店でなんだか分からない焼き菓子を買った私は、それをパクつきながらぷらぷらと王都を散策していた。時折通りかかる警備兵にはほぼ確実に立ち止れと大声を出される。制服が身分証にならないと前回学習した私は、ちゃんと学生証を持ち歩いている。しょぼい紙きれなので、普段は持ち歩かないのだが。なくすと再発行とか面倒くさいらしいし。それを見せると、なんとか解放してもらえる。私は悪魔か何かなのだろうか。歩くだけで職質される哀れな少女である。


「なんだか賑やかだし、あっちに行ってみようか」


 繁華街と住宅街の境目にある広場、そこには綺麗な噴水がある。そこに、演説台を作って、腕を振り上げて熱弁してる人がいる。それに群がるように熱狂する人達。一番後ろについて、話を聞いてみる。


「――よって、我々市民こそが国なのである! いいか、貴族ではなく我々市民の意見こそが尊重されるべきなのだ!! 国のために血を流し、その命を捧げているのは誰か? 貴族ではない、我々だ! 国のために大地を耕し、汗を流して税を納めているのは誰か? 貴族ではない、我々だ! 国のために剣を鍛え、銃を作り、弾を運んでいるのは誰か? 貴族ではない、全て我々だ!! 我々こそが全てなのだ!」

『その通りだ!!』

『全部我々の働きだ!!』

「そうだ諸君! 我々市民の持つべき権利は、貴族に不当に奪われてきた! ただ生まれの幸運に甘え、ろくに働きもせず贅を貪るのが貴族共にだ! それを愚かにも許容するのが国王だ! この不平等な状況を変えるには、我々はもう行動で示すしかないのだ! 国王にこの窮状を理解させなければならないのだ! そうだろう諸君!!」

『そうだ!』

『貴族は我々に権利を返せ!!』

『国王は我々に寛容を示せ!!』

「彼らは剣と銃で我々を弾圧しようとするだろう! 恫喝しようとするだろう! だがそれに決して屈してはならない。皆がまとまって声をあげるのだ。一つの声は小さくても、それが集団になれば決して掻き消すことはできない! 力で自由を欲する心を弾圧することは、断じてできないのだ!!」

『そうだそうだ!!』

『決して屈しないぞ!!』


 ――凄かった。一応皆に合わせて拍手しておいたけど、熱気がちょっとついてけなかったので、私はその場を離れる事にした。いずれは、サンドラもこんな感じで演説するのだろう。私に選挙権があったら一票を投じてあげよう。一定以上の税金を納めてないと駄目らしいけど。


「共和派の屑どもが! 許可のない演説は禁止されている! 何度言わせるつもりだ!!」

「さっさと散れ!! 逮捕されたいか!!」

『貴族の犬が来たぞ!』

『脅しに屈するな! 追い返せ!!』


 と、警備兵の集団が押し寄せてきた。頭に血が上っている群衆の一部が物を投げつけると、警備兵も剣を抜いて応戦。もう入り乱れてぐちゃぐちゃだ。血飛沫も舞い上がる。だが、人数が違う。警備兵たちは剣を取り上げられた挙句、暴行を受けて逃げ去って行った。


「見たか諸君! 我々を力で弾圧することはできないのだ!」

『うおおおおおおおおおおおおッ!!』


 そのまま革命が起こりそうな雰囲気だったが、最後にパンフレットみたいなものが配られて集会は早々と終了した。本隊が来たら流石に耐えられないと扇動者も冷静に判断していたのか。

 それにしても、群衆も熱しやすく冷めやすいのか、いつもこうやって終わっているのだろうか。その両方なのかもしれない。怒りを持続させるのは大変だ。だが、こうやっていくうちに不満は蓄積していく。聴衆がこの話を人々に広めれば、不満は更に拡大していく。演説してた人もそれが狙いなのかも。

 それと、国もそこまでまだ本腰を入れていないような。本気で鎮圧するつもりなら銃撃するだろうし。甘くみてるのか、何も考えていないのか、ただ舐めているだけなのか。こちらも全部かもしれない。

 まぁ、下手に最大武力で鎮圧でもしたら一気に火が付きかねない気もする。今は燃料がそこら中にばら撒かれている状況なのかも。――どうでもいいけど。なんにせよ賑やかなのが一番である。


「どれどれっと。しかし、良いタイトルですね」


 押し付けられたパンフレットを見る。『自由をその手に』。帰ったらサンドラにプレゼントしてあげよう。


「そこの学生、少し待て、何を持っている」


 それをひらひらさせながら街を散歩していたら、また警備兵に拘束された。今度は煽動容疑をかけられた。流石は歩くだけで職質される少女。何の自慢にもならない。助けてクローネ。


「貴様、栄えある陸軍士官学校の学生のくせに、共和派のパンフレットを何故持っているっ!」

「違います。無理矢理押し付けられただけです。本当です。立派な軍人を目指すただの子供です」


 でも捨てなかったので有罪認定喰らっても仕方ない。しかもタイトルを褒めてしまったし。


「嘘をつけ! ただの子供がそんな目をするか!! それに貴様、士官学校で煽動活動をおこなうつもりか! この怪しいやつめ!」


違うと言ってるのに、なかなか解放してくれない。段々面倒くさくなってきた。最後に弁解して、駄目ならそうしよう。うん。私の中で全会一致で可決された。


「本当に違うんです。どうしたら信じてくれますか?」

「ならば、それを捨てられるか? 全力で踏みつけてみろ! できないようなら――」

「はい」


 特に何の感慨もなくビリビリと破り、そのまま踏みつけてあげる。あまりに淡々としていたからか、警備兵のおじさんも一瞬呆然としていた。そして、誤魔化すようにゴホンと咳払いすると私の肩をようやく離してくれた。目はまだ疑っているようだが。


「……学生なら、勘違いされるような行動は慎むことだ。その目は、どう見ても常人のものじゃないからな。ただの子供には全く見えない」

「気をつけます」


 常人の目じゃないと言われてしまった。なるほど、呪い人形が反体制派のパンフレットを握り締めていたらそりゃあ怪しい。しかもそいつは士官学校の学生なのだ。怪しさ百倍。職質されて当然だった。だが話の分かるおじさんで助かった。

 踏み絵を行なったのでなんとか許してくれた。私は千切れてしまったパンフレットを拾って、鞄にいれる。ゴミはゴミ箱へ。ゴミ箱は街に設置されているのだろうか。そんなことを考えながら歩いていたら。


「…………ん?」


 見覚えのない、なんだか暗い路地。自分の居場所が分からなくなってしまった。なんだかヤバイ雰囲気も感じる。だって、懐かしい臭いがするし。あの、血の臭い。でも全然気にならない。むしろ、気分が落ち着く。なんだか凄く爽やかな臭いもするし。


「緑の旗?」


 路地の壁には、『我々を導きたまえ』の字と緑色の薄汚れた旗が貼り付けられている。と、後ろの方から爆発音が鳴り響く。後ろは住宅街かな。悲鳴と逃げ出す人々、黒煙も上がっている。警備兵もかけつけ始めた。


「へっ、良い気味だ。カビも金持ちも全員死にやがればいいんだ」

「…………?」

「お前、とっとと出て行った方がいいぜ。もうすぐ日も暮れる。そんな格好でここにいたら、襲ってくれと言ってるようなもんだ」


 汚れに塗れた服を着た、頬に傷のある壮年の男。なんだか凄みがあるし、わずかに血の臭いもするような。


「あの爆発は? それにカビって?」

「……俺の話を聞いてなかったのか? 死にたくないなら、今すぐ出て行け。ガキだから見逃してやるだけだ」

「はい」

「こんな場所に二度と来るんじゃねぇ」


 しっしっと追い払われたので、私は薄暗い路地を出て行く。途中、爆発現場を目撃した。緑の鉢巻を巻いた男の死体があった。臓腑がばら撒かれて、腕が千切れ飛んでいる。

 一方、同じ鉢巻をした女は、半身が焼け爛れているが生きている。野次馬の話をまとめると、緑化教徒とかいう人達が自爆したそうだ。榴弾でも抱えていたのだろうか。中々元気な人達である。もう元気じゃないけど。あ、また死体と瀕死の女の人から爽やかな臭いがする。なんでだろう。香水だろうか。

 そういえばサンドラは緑化教徒をカビとか言ってたような。でもカビの臭いはしない。


「むしろさわやか。変なの」


 まぁ、目の前にいる死体と瀕死の女がさわやかな人達でないのは間違いない。無政府主義を標榜する傍迷惑な連中らしいけど。王政を否定したい共和派からも忌避されているとか。国なんていらない、死ぬまで自由に過ごし、自然の中で死ぬべきというのが緑化教会の教えだとか。資金源は大いなる自然の恵み、麻薬である。こうして実物を見てみると、結構碌でもない連中だった。自爆は危ないし、とても迷惑である。私に迷惑を掛けそうな連中は全員死んだ方が良いと思う。軍人になったら積極的に消毒していく事にしよう。


「この糞カビ共がっ!! そんなに死にたいなら自分達だけで死ね!! 俺たちを巻き込むな!!」

「こ、これで免罪符を、あ、与えて、もらえるの。わ、我々を導きたまえ。か、神よ、我々を、楽園に――」

「何が楽園だ! お前達は全員地獄に落ちるんだよ!!」


 思わず同意の拍手をあげようと思ったが、それは周りの野次馬がやってくれたので控えておこう。目立つとまた職質される。死ぬと暗いところにいくから、あそこが地獄なのかもしれない。知らないけど。明るいところは天国かと思ったけど、この世界は天国じゃなかった。残念。


「お、愚か者め。貴様らは、罪を抱えて、地獄に、落ちるの。ふ、ふふ、わ、私は、楽園であの人と、永遠に」

「とっとと死ね、罪人めッ!!!」


 いよいよ怒りが頂点に達した警備兵が、銃剣で女の顔面を突き刺した。既に瀕死だった女は、悲鳴をあげることもなく息絶えた。多分、麻薬常習者だから痛みなんて感じないのだろう。ある意味幸福な人である。それを、汚いものでも見るように眺めている群集たち。現在進行形で燃え上がっている料理屋の店主は、この世の終わりのような顔をしていた。


「わ、私の店が。私の夢が、人生が燃えていく。なくなってしまう」

「男なら泣くんじゃないよ。それに怪我だけで済んでよかったよ。そうだろ、アンタ。死ななかっただけで運が良かったんだ」

「……しかし」

「もう一度頑張るしかないよ。生きてりゃ、いつかいいこともあるさ。ほら、体を動かしな!」


 奥さんに背中を叩かれている店主。泣いていた店主も、目元を拭うと消火活動にあたりはじめた。私の見る限り、この世界は女の人の方が精神的に強い。良くも悪くも。


「生きるって大変だね」


 しみじみと頷いてみたが、同意してくれる人はいなかった。警備兵が怪しげにこちらを見ているので、退散することにしよう。

 しかし王都がこれでは、他の街は一体どうなってることやら。どうも、先行きはいまいち良くない気がする。国が大変だと、私の未来も大変になる。サンドラには頑張って良い世の中にしてもらいたいものである。

 楽しい土産話が出来た私は、ウキウキしながら寮に帰宅した。が、鞄に入ったビリビリのパンフレットをうっかり発見されてしまい、サンドラから凄まじい怒鳴り声を上げられた。しかもそのまま『自由』についての授業開始である。事情を納得してくれるまで一時間もかかってしまった。サンドラは、興奮すると人の話をきかないようだ。

<< 前へ次へ >>目次  更新