第二十話 実弾、空砲、居眠り
いよいよ砲撃演習のときが来た。標的は、つみあげられた岩とプルメニアの国旗。仮想敵は東の強国プルメニアだ。海軍では西の島国リリーアの国旗を標的にするらしい。
「よーし、まずは砲身の掃除を行なえ。発射の際に、魔粉薬が散ってこびりついている可能性がある。筒内爆発の原因になるから、発射前に必ず行なえ。砲身を長持させることにも繋がるからな。目の前に敵がいたら、気にせず撃ちまくれ。鹵獲されるよりはマシだ」
『はい、教官殿!』
サンドラがお掃除棒を使って砲身の中を突いてゴシゴシ掃除。撃ってないからもちろん汚れてない。毎日磨かされてるから大砲のお手入れは完璧だ。古くてなんか傷もいっぱいだけど。
「次、魔粉薬の詰った布袋を大砲に押し込めろ。その後で砲弾だ。順番を間違えるな。大砲導入すぐに馬鹿が陣内で爆発させた事例がある。粉、弾だ。いいな!」
『はい、教官殿!』
弾を先に入れて、その後に粉。着火したら、こっちに飛び出てこようとする。だが入り口は空いてない。ということは筒内爆発が起きて、大砲が勢い良く吹っ飛ぶんだ。びっくりである。
「実戦時には気が動転するもんだ。掃除、粉、弾だ。頭じゃなく体に覚えさせろ。よし、無事に入れられたら呪紙棒を用意しろ。それ以外の者は照準あわせ。狙ってあたるもんじゃないから、敵陣に着弾するようにすれば良い」
呪紙棒を構えるのは私。これを大砲の上についてる、着火点に接触させることで術式発動、魔粉薬が炸裂するわけだ。棒を握る手に汗が滲んできた。
「チビ、緊張してる?」
「ちょっとだけ。何で分かったんです?」
「頬が一瞬引き攣ったから」
「なるほど」
私が頷くと、クローネがどんと肩を叩いてくる。鼓舞してくれたらしい。将来は良い指揮官になるだろう。陸軍元帥とかになってたりして。家来にしてくれるらしいから、凄い大砲を回してもらおう。それで大きな建物を粉砕するのである。とてもにぎやかで楽しいだろう。
「この状態が発射態勢だ。後は砲兵隊指揮官の合図を待て。命令があるまで勝手に撃つな。『射撃態勢』で準備、『撃て』で発射だ。『各自砲撃せよ』の命令がでたら、弾の続く限り撃ちまくれ」
『はい、教官殿!』
「よし、ではプルメニア陣に向かって撃て!!」
教官がサーベルを抜いて、振り下ろす。各砲兵組がそれぞれ着火をはじめ、大砲をぶっぱなしていく。中にはいってるのは普通の砲弾。ドンドンドンと景気の良い音が響いていく。
「チビ、掛け声を忘れるな。発射、って大声でね。私たちに知らせる意味もあるから」
「分かりました」
「頼むから、私が準備している最中に着火するなよ」
「分かりました。ではいいですか? ――発射!!」
耳を抑えるクローネとサンドラ。私は呪紙棒を着火点に接触させる。一瞬光ると、ジッという音とともに呪紙が燃えた。そして、大砲から砲弾が発射される。――砲弾は残念ながら積み上げられた岩の少し右に着弾。ハズレである。
「おしい!」
「当たる方が珍しいからな」
「そうなんですか」
「うむ。熟練砲兵でも狙い通りにはまず当たらんそうだ。射撃間隔を短くする事が技量上達の証らしい」
「なるほど」
私は納得して、着弾跡を眺めていた。そして、疑問に感じた事があったので挙手をする。警戒心を露わにしてガルド教官がこちらを向く。
「なんだミツバ」
「大砲には参式長銃のような機能はついてないんですか?」
「どういうことか」
「魔力貯蔵装置です」
「馬鹿でかい弾を飛ばす量が必要だ。一発で意識を失う奴が多発するから存在しない。魔粉薬の量をみただろう。その布袋に入ってるのは、熟練魔術師の魔力量と同等だ」
触媒やらを使って具現化する方が魔力の消費が少ないらしい。原始的な分だけ、消費量が多いとかなんとか。上手く行かないものである。そもそも魔力というのがなんなのか良く分からないんだけども。でも、体力だって目に見えるもんじゃないからそういうものかもしれない。気力に至っては言うに及ばずだ。
「余計な機能をつけたところで、コストが嵩むだけだ。今はとにかく、量産、そして軽量化が第一だからな。ニコレイナス所長の手腕に掛かっている」
「試しに、魔力込めて良いです?」
「――おい。人の話を聞いていたか? 貯蔵装置はついていないと」
「だから、試しに。ようは弾が前に飛べばいいんですよね」
大砲内で魔力を炸裂させればいいわけだ。どうやれば良いのか分からないけど、なんかやってみたい。手を大砲にかけたところで、慌ててとんできたガルドに手首を押さえられる。
「やめろ。非常に嫌な予感がする。どこぞの屋敷を吹っ飛ばすわけにはいかん。だから、やめろ。そういうのは俺がいないところ――じゃなくて実戦でやれ」
「……はい」
がっかり。しかしいつかやってみよう。
「次からは空砲だ。弾も魔粉薬もなし。空砲用弾包を各自使用するように。『各自、砲撃を開始せよ!』」
早速掃除しているサンドラ。クローネは鞄から別のものを取り出した。なんというか、適当に造りました感に溢れる茶色い包み。
「これ、しょぼいんだよねぇ。音も造りもしょぼい。そのくせ重いし、撃った後は焦げ臭い」
「空砲用のですか」
「ああ、音と光だけ出すんだ。撃ったつもりになれるってね」
「訓練で実弾を使うなど無駄もいいところだからな。おい、さっさと詰めろ。教官が発射回数を測ってるぞ」
「分かってるよ。一々煩い奴だね」
舌打ちしながらクローネが茶色い包みを詰め込んでいく。本当ならこの後に弾だが、空砲なのでなし。
「あ、チビ。その呪紙巻きなおさないと駄目だよ。使い切りだ」
「分かりました」
そういえばなんか一杯紙を渡されていた。慌てて黒ずんだ呪紙を外して、新しい物を結びつける。
「よし、発射態勢完了!」
「発射!」
ポフっとなんだか気の抜けた音とともに、光が砲口から迸った。火花っぽく見えなくもないが、安っぽい。確かに偽物である。あんまり面白くなかった。やっぱり実弾が良い。
「砲身清掃を開始する」
サンドラが中からボロボロになった空砲弾包を取り出し、お掃除棒で掃除。クローネが新しいものをつめる。発射態勢、発射。ルーチンワークでだんだん眠くなってきた。5回くらい繰り返したところで。
「お、おいチビ。寝るな。起きろ!」
「――はっ」
目を見開いて、周囲を確認する。うっかりしていた。でも着火はちゃんとやっていたようだ。
「確かに空砲だけども。砲撃演習で居眠りするやつは初めて見たよ」
「豪快なのか馬鹿なのか。多分私は後者だと思う」
「違うんです。集中していたんですよ」
「嘘つけ。涎たれてたよ」
「嘘」
「涎は出ていないが、完全に目は閉じていたな。居眠り以外の何物でもない」
あははと私はごまかし笑いを浮かべた後、発射態勢を待つ。
「――発射!!」
ボフッ。
「大声出しても、居眠りしてた事実は消えないんだよね」
「そのうち、目を開きながら眠ってしまうかも」
「それは怖いからやめろ。また悪評が広まるぞ」
呆れたようにサンドラが呟いたところで、ガルドが笛を鳴らした。砲撃演習は終了のようだ。
「そこまで! 20回発射できなかった組は、休憩時間半分だ! 飯の前に腕立てしておけ! 残りは休憩にしてよし!」
『はい!』
午前の授業終了。お昼の時間だ。午後も砲撃演習をした後で帰還するんだろう。大あくびをしたクローネと、汗を拭っているサンドラの後を追って、宿舎へと向かっていく。昼食はそこで取るらしい。
――二人からお裾分けしてもらった後、昼寝をした私。寝起きでまた居眠りをしてしまい、二人から盛大に突っ込まれたのだった。やはり空砲演習はいまいちだ。全部実弾にしてほしいな。ブルーローズ家から出してくれないかなぁと思ったが、絶対に無理だと思うのであきらめよう。世の中の景気は悪いみたいだから仕方がない。