第十九話 素敵な兵器
――士官学校での生活、ようやく一ヶ月が経過した。そして今日は待ちに待った大砲演習である。一回目は謹慎中のため、二回目は何故か参加を認められず私だけ自習と待ちぼうけをくらったのである。未来の砲兵としてそれはどうなんだということで、ガルドに直訴した結果、すったもんだで参加を認められる事に。良かった良かった。
「お、チビ。なんだかウキウキしてるねー」
「そうか? 私にはいつもと同じに見えるが」
「ふふん、私には分かるのさ。ほら、目の雰囲気が違うだろう」
「……私にはいつもと同じに見えるが。どうせどうでも良いことか、ろくでもないことを考えているに違いないのは分かるが」
「おやおや、サンドラ様ともあろうお方が観察力が足りないね。そんなんで立派な議員様になれるのかなぁ? 民意をくみ取れないんじゃダメダメだよねぇ」
けけけと邪悪に笑うクローネ。サンドラの機嫌がみるみるうちに悪化していく。
「貴様に言われる筋合いは全くない」
「それになんだか顔色まで悪いね。くくっ、そんなに大砲演習が嫌いなのかな?」
「うるさい。余計なお世話だ」
着替えながら二人で、がやがやとやっている。大砲演習は王都の外、砲兵演習場で行なわれる。ここは軍人も使用しているから、週に一回しか使えないわけだ。さらに大砲は高価なのは聞いていたが、その弾薬も高いらしい。景気良くぶっ放していたら、更に軍事費が増大すると。なるほど。
「私は毎度憂鬱になる。毎回無意味に大砲を移動させるくらいなら、常にあの場において置けば良いだろうが」
「何を軟弱なことを言ってるんだよ。必要な場所に移動して、必要なところにぶっ放すのが大砲の利点だろ」
「それはあくまで実戦の話だろう。訓練でそこまでする必要があるのか?」
「ふん、訓練で泣き言言ってる奴は、実戦で逃げ出すに決まってるのさ。それを叩きなおすのが訓練の目的だよ」
「知ったような口を。実戦経験などないくせに」
ああ言えばこう言う。二人の応酬は始まると結構長い。
「ま、そうなんだけどね。でも人の頭を吹っ飛ばした経験はあるからさ。それと大体同じだよ」
なんだか物騒な言葉が飛び出してきた。クローネは人殺しの経験があるみたいだ。私は――あったかな。どうだろう。どうでもいいか。知らない人が何人死のうとどうでもいいし。
「殺しの経験を誇るなど、実に馬鹿馬鹿しい。私には理解できんな」
「別にしてもらいたくないしね。でもそういう世界にアンタは足を突っ込んでるんだよ」
「課された義務をこなすのみだ。私の思考まで縛られる筋合いはない」
「一々小難しいことばかり言いやがってさ。本当にぶん殴りたくなってきたよ」
「先に手を出すということは、『私は野蛮な馬鹿で会話を理解することができません』と主張するのと同義だ。遠慮せず存分にやるといい」
「良い覚悟だね! 着替えるからちょっと待ってなよ。半身不随程度は覚悟しな」
「正当防衛の権利は私にもある。遺言は残しておけ」
と、クローネとサンドラの口げんかが段々とエスカレートしてきた。サンドラなんてこっそり袖から短銃を取り出してるし。暗殺者みたいで凄い。というか確実に校則違反である。
私がここに来る前は必要最低限のことしか話さなかったらしい。が、私が来た事で、会話をするようになったとか。結果は御覧の通り。相性が悪い。二人とも頭は良いのに、考え方が合わないようだ。そしてその仲介役は私である。
「まぁまぁ、喧嘩はやめましょう。さっさと着替えないと遅刻しますよ。ほら、今日は私が一番です」
「ああ、しまった。チビに抜かれるとは失態だ」
「…………」
目もあわせずに着替えを再開する二人。多分、これからもずっとこんな感じなのだろう。クローネとは良く遊びに行ったり飲んだりするが、サンドラは馴れ合いを好まない。つまり、三人で仲良く遊びにいく、昼食を共にするということは未来永劫なさそうである。残念。
◆
大砲、必要器具、砲弾各種を担いで私たちは移動中である。最初の内は道が整備されていたけど、一時間も過ぎた頃からもう農道に近い感じ。ある男子組はバランスを崩して水路に落っこちてしまった。大砲の車輪を大破させてしまい、どうなるかと思ったら、その場で修理を命じられた。実際にも起こりうることらしいので、気をつけないといけない。
「それにしても、大砲って人力移動じゃないと駄目なんですか?」
「いや、馬を使うこともあるよ。でも私たちは訓練だし、そんなもの用意してくれないさ。ついでに、戦場での移動は大体人力だね。道なんて整備されてないし、気合で押さないとね」
「なるほど」
戦場までは、馬二頭で大砲を牽引するのが現在の定石だとか。各国は、量産化に努力すると同時に、軽量化も目指しているらしい。大砲の難点は高いこと、重過ぎること、故に移動に時間がかかることである。
「はぁ、はぁ」
「サンドラ、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
「……うるさい。余計なお世話だ」
なんだか疲れているようだ。各種弾薬はクローネが背負い、お掃除棒や呪紙棒をサンドラが背負っている。私はチビだから押す事に専念しろと言われた。
「チビは本当に余裕だね。というか大砲がいつもより軽く感じるし、私もラクチンだ。頑張って押してるねー」
「じゃあもっと飛ばしますか?」
「いやいや、水路に落ちたり、くぼみに嵌ると面倒だ。のんびり行こうよ」
「この前みたいに、暴走したら、撃ち殺してやる」
汗だくのサンドラがこちらを睨んできた。
「わぁ、怖い」
「こいつは頭がおかしいからね。普通にやりかねないよね」
「本当にやる、お前たちに、言われたくはない」
言葉にいつものキレがない。丸眼鏡も曇ってるし。おかっぱの茶髪がおでこにべったりはりついている。
「後どれくらいなんです?」
「後一時間くらいじゃないかなぁ。二時間移動で三時間現地演習、また二時間移動がいつものパターンだね」
「本当にピクニックですね」
「誰かさんには死の行進だけどね。あー情けない。本ばっかり読んでるとこうなるんだ。軍人を目指すんなら、身体が資本だよね」
「…………」
いつにも増してクローネの嫌味が炸裂している。サンドラは歯を食い縛っている。と、よく周囲を見ると男子学生もかなり苦しそう。余裕綽々で無駄口を叩いてるのは私とクローネだけだった。
「もしかして、私たちの方がおかしいとか?」
「ん、それほど優秀ってことかな?」
「……体力馬鹿なだけだ」
――そして演習場に到着。宿舎やら倉庫やらが立ち並び、銃撃、砲撃演習用のスペースが用意されている。ここなら遠慮なくぶっ放す事ができる。
「よし、大砲をそれぞれの持ち場に配置しろ。10分の休憩後、砲撃演習を行なうぞ。おら、へばってるんじゃない!」
「は、はい」
座り込んでいた痩せ気味の学生が叱られている。私たちはさっさと大砲を移動させ、水筒から水を飲む。
「ふー。良い汗かいたね」
「…………」
無言のサンドラ。そこで私はふと気がついた。
「ところで、今日ってお昼ご飯はあるんです? あの建物が食堂ですか?」
「…………あー」
「え?」
「うっかり伝え忘れてた。弁当は各自持参するんだよ。わざわざご飯を用意してくれるほど優しい学校じゃないよ」
「あらら」
「んー困ったね」
「よし、誰かから奪いましょう。実戦形式の演習なら文句も言われないですよね。弱肉強食です。文句言ったら始末しちゃえばいいですし。死人に口なしです」
口から勝手に言葉がでてきた。でもよくよく考えるとそんなに間違ってない。いわゆる現地徴用である。使えないへばっている連中から拝借し、有意義に使うのだから問題ないはず。舌なめずりしながら品定めをする。太り気味の学生に目をつける。目があったが、なんだか汗がひどい。奪ったら餓死してしまうかも。次に叱られていた痩せ気味の学生。ひっ、と痩せ気味の学生が悲鳴をあげる。よし、小食っぽい彼にしよう。足を踏み出そうとしたら、肩に手を置かれた。
「冗談にしちゃ目が本気だったね。大丈夫、安心しなよ。私のをわけてあげるから。中身は保証しないけどね」
「く、クローネ」
奪う事を即断した私が恥ずかしい。顔が赤くなりそう。なってないだろうけど。
「ん?」
「ありがとうございます。今度奢りますね」
「あはは。別に気にしなくて良いよ。お優しいサンドラ様も分けてくれるだろうし」
「……勝手に決めるな」
「いつも残してるじゃないか。好き嫌いは良くないね」
「残してはいない。あれは二度に分けているだけだ。……仕方ない、今日だけはお前にくれてやる」
「サンドラも優しいですね」
「こいつは身体の芯から捻くれてるだけさ。ま、元はといえばこいつが悪いんだけど。知ってて伝えなかったんだからね」
「そうなの?」
「……朝言おうとしたら、馬鹿が騒いだせいで忘れてしまったんだ」
珍しくバツが悪そうなサンドラ。眼鏡の位置を所在なさげに直している。
「そそ。景気が悪いのも税金が高いのも治安が悪いのも全部こいつが悪いんだ。まさに諸悪の根源だね。粛清しなきゃ」
「なんでも私のせいにするな! 諸悪の根源は一番目立つところいるだろうが!」
冗談に真顔で返すサンドラ。人生苦労しそうである。なんでも真剣に考えてしまうのだろう。だから若いのに国と政治を憂い、議員を目指そうとしている。だけど勉強するお金がないから、遠回りをして士官学校にやってきてしまった。色々手を尽くしたのだろうけど、これしか道がなかったのだろう。うん、白髪が増えそうな人生だ。
そんな感じでわいわいやっていたら休憩時間終了。サンドラは全然休めなかったらしく、疲れきった顔をしている。可哀相に。
「これからやるのはいつも通りの砲撃演習だ。これもいつも言っていることだが、一発目は実弾を使うから扱いに気をつけろ。訓練で手足を失うなんて無駄もいいところだ。口うるさく言うのは、それだけ失うものが大きいからだ。分かったか?」
『はい、教官殿!』
私も合わせて斉唱だ。はい、教官殿、が了解の合図らしい。へい、と言ったら拳骨をおとされそうなので言わない。格好つけて敬礼したら、まだ早いと怒られたし。
「よし、今日はミツバがいるから説明から行なう。二度目だから、他の者は復習のつもりで聞け。大砲の原理は長銃と一緒だ。魔力を砲腔内で炸裂させ、その勢いで弾を放つわけだ。違うのは弾の大きさと、種類があることだな」
鞄から形状の違う3個の弾を取り出す。
「それぞれ、砲弾、榴弾、散弾だ。砲弾は単純に鉛の弾。これをぶつけて敵をぶっ殺したり、施設を破壊する。普段お前らが使う事になるのは、これだろうな」
砲弾をポンポンと叩き、地面に落す。ドスンと地面にめりこむ砲弾。
「これだけの重さだ。身体にぶつかりゃそのまま持ってかれるぞ。対物障壁だろうと無駄だ。銃撃は緩和できても、こっちの前じゃ紙くず同然だな。突撃騎兵なんて一発だ。――ま、当たればだが」
ガルドがニヤリと笑いながら砲弾を拾い上げ、布巾で拭いてからしまいこむ。
確かに、当たれば痛いというか死ぬだろうけど、大砲の数はそんなに多くない。素早い連射も無理だろう。騎兵科が存在する理由が分かった。
「次に榴弾。こいつは、特別な素材で作られていて、中に魔力を溜め込んである。何秒後に爆発させたいか命令を刻んでから発射。敵陣で炸裂して、魔力の衝撃と砲弾の破片で敵を殺す。もちろん対魔障壁は役に立たない。術式なんて組んでないからな」
「凄く便利ですね」
私の独り言が聞こえたガルドが、深々と頷く。なんだかその目は警戒しているようだけど。
「ああ。だが、コストが高い。一発作るのに普通の砲弾10発分だ。特別製の砲弾、製造魔術師に魔力を充填させる手間がある。ここぞというところで撃つのがベストだな。ま、乱戦時以外は上官の指示に従うように」
「あの、中身が空っぽの弾はないんですか?」
気になったので聞いておく。空っぽなら、そんなに高くならないのでは。暇なときに自分で溜めればいいじゃんみたいな。
「……言いたいことはわかるが、やめておけ。溜めている最中に爆発されたら困るからな。一度試して死人が出てからは、訓練を積んだ魔術師にしかやらせていない。第一そんな悠長な時間もないからな」
「分かりました」
自分の魔力を溜めた榴弾ってなんだか面白そう。花火みたい。今度なんとかして空のを手に入れて撃ってみよう。楽しそうだし。
「そして最後に散弾だ。この弾の中に、更に小型の弾が入っているんだが。発射と同時に外殻が砕け、小型の弾が前面に展開するというわけだ。見かけは派手だし、複数の敵に当たって便利なんだが。射程が驚くほど短いのが欠点だな」
ガルドが弾を割って、中に入っている小型の弾を見せてくれた。あれが当たったら体が蜂の巣である。
「こいつが出番のときは、敵がビックリするほど迫っているということだ。周りの大砲と連携して発射間隔を合わせろ。交互で撃ちまくれば、時間を稼げる。その間に味方の援護がくることを祈る訳だ。逃げ出す敗北主義者は撃ち殺されるから注意しろ」
ガルド教官の楽しい砲弾解説が終了した。ああ、早く撃ってみたい。最後の散弾とか、たくさんの人間にぶっぱなしたら凄い事になりそう。賑やかになること間違いなし。とてもワクワクする。
後、中に入っているのは小型の弾だったけど、代わりに錆びた釘とかでも良さそう。刺さったらとても痛い。もし散弾がなくなったら、代用してもいいかも。要は、大砲の中にはいって、ぶっぱなせれば良いのだから。