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第十八話 澱みの中心はここ

 ――王都ベルの繁華街。士官学校に編入してから2回目の休日だ。一週目の休日は無実の罪で謹慎中だったから初めてのまともな休みといえる。謹慎中もぼーっとしてたり本読んでたりとぐーたらしていたけれども。

 しかし、流石に首都ど真ん中だけあって人通りも凄く多い。軍人やら商人やら市民やらがそれぞれの目的をもって往来している。目の色に違いがあって面白い。ニコニコしてたりギラギラしてたりどんより死んだ目をしてたり。

 時折すれ違う人たちに手をあげて挨拶するクローネ。学生やら兵隊やらケバい女の人やらちょっと怖そうな男の人まで。顔が本当に広いらしい。私も見習いたいものである。なにせお友達が全然増えないのだ。何が原因だろう。


「そういえばチビは王都に来たのは初めてなんだっけ?」

「はい、いわゆるおのぼりさんです」


 キョロキョロしながら歩いている私と、どしんと構えているクローネ。どちらが田舎者まるだしかは言うまでもない。


「はは、ここに比べりゃ大抵は田舎になっちまうよ。それで初の花の都はどうかな。私も最初にきた時は戸惑ったんだよね。広すぎるしゴチャゴチャしてるからさ」

「確かに、迷いそうですね。しっかりついていくので、置いていかないでください」

「はは、迷子にならないように気をつけなよ。なにせ夜の裏路地に入ろうもんなら、人買いやら盗人やらろくでもない連中が闊歩してる。あーチビの場合は格好の獲物……じゃなくて、相手が逃げていきそうだけど。例の怖い顔を夜に見たら叫ぶだろうね」

「じゃあ迷ったら幽霊の真似をすることにします」

「それがいい。明日の『王都にさまよえる亡霊』の噂で溢れるだろうさ。ま、迷子にならないのが一番だけどね。ほい、これ」

「あ、ありがとうございます」


 露店商から買った瓶のジュースをクローネから受け取る。嬉しい事に奢ってもらった。ちなみに、生活費はブルーローズ家から渡されているようで、お小遣いも事務局の人から頂いた。必要なものがある場合は申請しろとも言われている。早速自分の長銃が欲しいと申請したら却下された。大砲も右に同じである。


「えーっと、まずは美術館に行ってから、無意味にでかいベリーズ宮殿を見て馬鹿にして、酒場に寄って美味い酒を買って帰ろうか。実は在庫が切れ掛かってるんだ」

「あんなにあったのにですか? 私が飲みすぎたせいです?」


 結構夜にガブ飲みしている。飲んでも酔わない、酔えないんだから仕方がない。でも他に飲むものもないのでガブガブ飲む。渋いけどジュース代わりである。


「そうだよ。全く、水じゃないんだから」


 クローネが口を尖らせる。背は大きいけど、意外とかわいらしい。が、腰のサーベルが似合いすぎている。大人びているし、すぐにでも軍人になれそうだ。


「じゃあ次は私が奢りますよ」

「チビは何歳だっけ?」

「11歳です」

「私は17だ。……流石にチビに奢ってもらったら私のプライドがずたずただよ。遠慮なく飲んでくれていいよ」

「じゃあ、つまみの方は私が」

「ならそっちは宜しくね」


 道行く人々がこちらにちらりと視線を向けてくる。士官学校の制服は結構目立つのだろう。子供が軍服もどきを着ているのだから。普段着の方が良くないかと思ったのだが、こっちの方が面倒事を避けられるらしい。貴族の子息も制服は一緒なので軍人や警備兵からは因縁をつけられず、性質の悪い市民は後難を恐れて寄ってこない。最強の身分証だと言っていた。


「ここが国王陛下御自慢の美術館だね。はてさて、どれだけの金がかかったことやら」

「ほえー。立派ですね。……中に入らないんですか?」


 何故かいきなり立ち止まるクローネ。中に入ろうとはせず、苦笑いを浮かべている。


「外の石像を見るのはタダだけど、入るには安くない金を払う必要がある。どうする?」

「私は芸術センスがなさそうなので、やめておきます。お金がもったいないですし」


 前衛的に仕上げてしまった芸術品、とげとげ椅子を思い出す。あれはなかったことにしよう。うん。


「はは、それなら私と同じだね。堅苦しいのはどうも苦手でね。華やかなのは大好きだけど」

「じゃあ次に行きますか? 綺麗な庭園もあるみたいですけど」

「いや、庭園はチビの気になる奴と行くと良いよ。雰囲気も良いからね。それより、大事なものを見ていかないとね。あれは色々な意味でこの王都を象徴する逸品だよ」


 クローネがそこそこ人だかりの出来ている一画を指さす。ちょっとした広場みたいな感じの場所に石像が配置されている。結構な芸術品なのに、なぜか警備兵はいない。というかその人だかりもただ座り込んだり、ぼけーっと空を眺めたりと芸術を楽しんでいる様子には見えない。身なりも粗末だし。


「こいつは『ローゼリアス建国の父』の石像だ。どうだい、立派だろう?」

「うーん、なるほど。かなり良い仕事してますね。お高そうです」


 私がうーむと感心していると、身なりの良い人達がこちらを眺めて、鼻で笑って係の人間にお金を払って中に入っていく。なんだか馬鹿にされてしまった。ハンカチでわざとらしく鼻を抑えていたし。というか結構離れているのにひどい連中である。警護の兵が入口周辺やら通路を固めているからなんだか隔離されている感が凄い。

 こちらにいるのはなんだか疲れた顔をした人達ばかり。石像やら石碑やらを見ているのではなく、ただ暇を持て余してだらだらしているように見える。後は、なんだか身なりの良い連中を睨んでいるようにも見える。黒いオーラがなんだか滲んでるし。本当に出ているわけもなく、そんな感じがするだけ。人間らしくてとても良いなぁと思う。だからこの街はすばらしい。よどんでいるから。めをこらしてみみをすませてみよう。このまちだけじゃなく、せかいによどみがかくさんしていくのがわかるはず。でもまだたりない。もっとだ。だからわたしたちは――。


 ――ん? 思考が混濁した気がする。いわゆる白昼夢。首をぶんぶんと振って眠気を追い出していく。


「うんうん、見とれるのも良く分かるよ。中々よくできてるし。残念ながら、ただの模造品なんだけど」

「え、そうなんです?」

「最初は私も本物と思ってたけどね。そんな貴重品外に出しておくわけがないさ。盗まれちまう」


 よくよく見ると、造りは結構精巧なのにお手入れがいまいちである。手を触れさせないための柵とかも設けられてないし、それを咎める見張りもいない。こうしてツンツン偉そうなおじさんの像を触っても怒られたりしない。


「本物は宮殿の中だよ。装飾には本物の宝石が使われてるし。外にあるのは全部偽物さ。お優しい王妃マリアンヌ様が、『貧しい下々の者にも芸術に触れる機会を与えましょう』って進言したんだよ。ま、評判を上げたかったんだろうけど、見事に逆効果さ。貴族様や金持ち連中は貧民を見てせせら笑い、下々の者は憎悪を更に膨らませるってわけさ。暴動が起きかけたこともあるね」

「あらら」


 周りでぐだぐだしていた男たちが、国王やら王妃の陰口を叩き始めた。警備兵には聞こえないように小声でだ。耳に入りでもしたら大変な目に遭うから仕方ない。でも、士官学校の服を着ている私たちは気にしないようだ。どうやら外見が貴族様っぽくないと判断されたらしい。いわゆる下々の者側である。


「王妃様もなんとかしたかったんだろうけどね。ま、ずっと贅沢な暮らしをしてきたんだからこちらの考えは分からないさ。実際体験してみないとね」


 クローネいわく、元々王妃マリアンヌは国民に憎まれていたらしい。理由は簡単でマリアンヌがカサブランカ大公国出身だから。カサブランカとは戦火を交えた仲であり、停戦時に関係改善のために当時王太子だったルロイと結ばれたと。政略結婚かと思いきや、二人の仲は宜しいらしい。が、国民からのウケは非常に悪い。なぜなら元敵国の余所者だから。


「色々と難しいですね」

「そんな美術品より、税を安くしろってのが本音さ。ここの石像も何回か壊されてるしね。腕とか頭とか。人間、腹が減ってたら芸術も楽しめやしない」

「じゃあ誰かが教えてあげたらいいのに」

「うん、教えてあげようとした真面目な連中はクビになったよ。偉大なる国王陛下のなさることにケチをつけることになるからね。というか本当の意味でクビになった奴もいるから恐ろしいよねぇ」


 クローネも石像の王冠を背伸びしてつんつんしている。わたしではどう頑張っても届かない。


「そうそう、王都ベルのデートコースだとここは定番さ。庭園の散歩だけでもそれなりに雰囲気出るし。この偽石像広場だけはやめた方がいいけどね。愚痴を言いに来るにはいいけど」


 苦笑いを浮かべるクローネ。確かに、この澱んだ一画に連れてこられて喜びそうなのはサンドラくらいだ。


「後は洒落た喫茶店でお茶をして、街の露店を見て回るんだ。で、夜になったら……あー、チビにはまだ早いか。とにかく、機会があったら遊びに行くと良い。他にも大抵は知ってるから聞いてくれていいよ」

「クローネはモテそうですもんね」

「はは、老若男女問わずに引っ張りだこさ。ま、人間楽しければどうでもいいよね。大体、こんな風にだらだらできるのも今だけさ。多分ね。だからどんどん遊んだ方が良いよ」


 ぼさぼさ頭を掻きあげると、大きく伸びをしてあくびをしている。人生心から楽しんでいそうである。私も見習いたいものである。



「ここからはあまり派手に悪口を言わないようにね」

「言いそうなのはクローネです」


 次に到着したのは、ベリーズ宮殿だ。偉大なるローゼリア国王ルロイ陛下がおわす超高貴な場所である。宮殿を囲う城壁はそれはもう高く、門には長銃を担いだ立派な装束の警備兵が厳重に固めている。その後ろには何故か大砲が10門並んでいる。良く見ると、城壁の上にも大砲がずらりと並んでいるし。臨戦態勢にしか見えない。


「この前暴動一歩手前になったって言ったよね」

「ええ」

「それ以来、王様がビビっちゃってさ。ああやって自分の武力を誇示するようになったのさ。そうしたら余計に市民の怒りを煽る事になってね。守るべき民に武器を向けるのか、それでも国王なのかってまた押しかけられて。それでも解除しないところを見ると、本気で脅えてるみたいだね。人は良いんだろうけど、肝が小さいのさ」


 門にいる警備兵が、こちらに不審そうに視線を向ける。こちらは士官学校の制服なので問題ないだろうと思ったが、私を見て明らかに表情を曇らせている。が、面倒くさくなったのかすぐに視線を元に戻す。


「チビがちょっと怪しまれたっぽいね」

「身に覚えがありませんけど」

「身に覚えしかないの間違いじゃないかな」


 クローネがニヤニヤ笑っている。


「だってただの子供にしか見えませんよね」

「ただの子供には見えない、の間違いだね。そうそう、沢山牛乳飲んで背をでかくすると良いよ。私は毎日飲んでるからね」

「あー、私はあんまり牛乳は……」


 なんだか味が生臭くてキライなのである。生命の源を飲んでるみたいで、なんだか嫌だ。とにかく相性が悪い。朝食に出たので飲んだら吐きそうになった。身体がうけつけない。


「はは、好き嫌いも個人の自由だから好きにすればいいさ。でも後で泣かないようにね。ちなみに私に好き嫌いは存在しないよ」


 ふふんとドヤ顔のクローネ。


「別に羨ましくないですし。私も嫌いなのはいまのところ牛乳だけです」

「これから増えないと良いけどねぇ。さて、チビをからかったところで、王妃様ご自慢の花壇でも見ていこうか。実はちらっと見える角度があるのさ」


 門前を西側に移動し、角度を変えて眺めることにした。先ほどの警備兵は完全に呆れ顔だ。門を覗くと、大砲の代わりに綺麗な赤い薔薇が目に入ってきた。でもちょっとだけしか見えない。


「国王陛下が王妃様に情熱的にプレゼントしたんだって。詩人様いわく、プロポーズの時に渡した赤い薔薇があれなんだって。王様が自分の手で育てたらしいよ。今では入り口だけじゃなく、中庭にもたくさんあるっんだってさ」

「うーん、ちらっとしか見えませんね。真っ赤で綺麗っぽいですけど、ちょっと物足りないです」

「はは、もっと近くで見たかったら偉くならないとね」

「あ、ブルーローズ姓を持ってたら入れましたかね」

「そいつなら十分すぎるね。間違いなく顔パスだよ。後は、お抱え画家やら音楽家、料理人、召使とかになればまぁ入れるかな」

「うーん、良く考えると別にそんなに入りたくなかったかも」


 所詮花だし。一本貰えるなら入りたいかもしれない。


「はは、まぁそうだよね。それに、ここは無意味に大きくて広いから掃除が大変そうだ」

「…………」


 二人でまた正門正面に移動する。豪華な馬車が中に入っていく。見覚えのある紋章。あ、あれはブルーローズ家のだ。ということはミリアーネお義母さまが乗っているのかも。まぁ、もうどうでもいいんだけど。


「そういえば、王妃様って若いんですか? マリアンヌ様でしたっけ」

「えーと。確か、今20代後半じゃなかったっけ。王様が30そこそこ? 心底どうでもいいから良く覚えてないね」

「二人ともまだ若いのに大変ですね」


 クローネが噴き出した。子供が知ったようなことを言ったからだろう。警備兵の手前、必死に笑いをこらえている。


「チ、チビに若いって言われちゃアレだよね。ま、まぁ貴族様も苦労してるかもね。その分美味しい物食べたり飲んだりできるんだけど」

「クローネは偉くなりたいんでしたっけ?」

「そりゃもちろん。偉くなって贅沢してハッピーに暮らすのさ。でかいお城で沢山の人間を抱えて大宴会、楽しそうだろう」


 クローネが夢を語りながら不敵に微笑む。野心がギラギラしていて、力がみなぎっているように見える。夢は子供っぽいけど、そこに向かって全力で駆け出していきそう。周りを巻き込み、あるいは跳ね飛ばしながら。


「じゃ、私たちも将来の栄達を願って乾杯しましょうか。まずは野外の小宴会といきましょう」

「はは、それはいいね。享楽主義に乾杯!」

「サンドラに怒られますよ」

「知らないね」


 空になりかけのジュース瓶を打ち付けて、笑いながら乾杯しておいた。ごくごくと飲み干し、空き瓶を鞄にしまいこむ。もう一本買っておくべきだったか。というかおやつも用意すべきだった。


「そろそろおやつ買いたいですね。お腹がすいてきました」

「じゃあ露店を回ろうか。ついでに昼飯も買っちゃおう。そろそろあの怖いおじさんが怒り出しそうだし、お暇しないとね」


 警備兵のこめかみに青筋が立っていたので、覚えたばかりの敬礼をして退散することにした。クローネはそこそこ完璧、私はどうみても兵隊さんごっこであった。自分でもアレだなと思っていたが、クローネが腹を抱えて笑い出したので、すねを蹴飛ばしてやった。全然効いていない。どうやら私は格闘戦には向いていないようだ。


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