第十四話 明日に向かって撃ってみよう
今日はお待ちかねの銃を使った授業である。ちなみに大砲は一週間に一度だけしか撃てない。それはなぜか。経費がかかるから。世知辛い。当然マイ大砲なんていう素敵なものはなく、軍で古くなった物のお下がりである。小汚いそれをピカピカに磨くのも訓練の一種なのだ。
担任のガルド先生が教官を務めるらしい。射撃訓練場で、整列してお話を聞く態勢。私はチビなので一番前に並ばされた。
「さて諸君。今日は編入したばかりのミツバもいるから、もう一度初歩から学びなおすことにしよう。何事も基礎が肝心だからな。では質問するぞ、ライトン」
「は、はい!」
ライトンと呼ばれた生徒が立ち上がる。いたって平凡。一般兵その一って感じ。いわゆる地味。ちょっとうらやましい。
「魔術大国の異名を取ったこともある我が国だが、なぜ“魔光銃”などという無粋なものを使用しなくてはならなくなったのか。答えてみろ」
「はい! 怨敵プルメニアの研究者が“対魔障壁”の開発に成功したからです!」
「その通りだ。圧倒的優勢だった我が国だったが、それを境に一気に流れが変わった。プルメニアが、技術を秘匿せず他国に積極的に障壁技術を伝えていったのも一因だ。それ以降、我が国は圧倒的劣勢に追い込まれた。対魔障壁は、魔術師が具現化した魔力を阻む。無敵の精兵が、ただの烏合の衆になってしまったのだ。失った領土と植民地は数え切れないのは諸君も知っての通り。我が国の屈辱の歴史だ」
「……………………」
「――故に敵を殺す手段としての魔術は廃れ、医術や生活術が貴族の嗜みとして伝えられることとなったわけだ。全員、ここまでは問題ないな?」
全員と尋ねているが、視線は私を見ている。これはアピールチャンス。私はこれでもかと大きく手を上げておく。通信簿では『やる気がある』と評価されるに違いない。多分。でもなんとなくスルーされているような。がっかり。
「……よろしい。さて、窮地に追い込まれた我が国にも、プルメニアの研究者に匹敵する鬼才が誕生した。それがニコレイナス女史だ。彼女はローゼリア人が、生まれつき魔力保有量が高い事を何とか活かせないかと考えていた。そして研究を重ね『でかい魔力を使って鉛の塊を景気よくふっ飛ばせば全ての面倒事は一発で解決する。極めて単純なことだった』と先代国王に進言したのだ。――新型武器を携えてな。それが、このニコ壱式長銃だ。最初期のものだから、かなり希少なものだぞ」
ガルド教官が慣れた手つきで長銃に弾と火薬みたいなものをこめ、棒で忙しなく突いている。そして、何か紙みたいなものを銃の中央にある穴に挟みこむと、構えて狙いをつける。そして発射! 目標である案山子の胸部に命中。お見事である。
「頭を狙ったんだが、外してしまったな。初期型は命中率が酷く悪いのが欠点だ。ついでに撃った後が非常に煙い」
ボリボリと頭を掻いて、銃から漂っている白煙を手で掻き消すガルド。
「こいつは、魔光石を砕いた粉を使って術式を発動し、衝撃を起こして鉛弾をぶっ放す武器だ。連中ご自慢の対魔障壁ではこいつは防げない。なぜなら、敵を殺すのは優雅な魔術ではなく、この無骨極まる鉛弾の方だからな。解決策は馬鹿馬鹿しいくらい単純だったのさ。――では、セントライト、質問するぞ」
「はい!」
「これを開発し、量産に成功した我が国はどうなったか?」
「はい! 新型武器に敵国は激しく動揺し、我が国は連戦連勝。飛ぶ鳥を落とす勢いで、失った領土を取り戻していきました!」
「正解だ。今の我が国の栄光があるのもこの銃のおかげだ。まぁ俺たちが障壁をパクったように、敵もパクりやがったから、現在は五分五分の状況だがな。いわゆる我慢比べの消耗戦の時代に突入ってわけだ」
今の流行は対魔障壁ではなく、対物障壁なんだとか。敵の物理攻撃を防ぐ障壁。銃弾のような物理的な攻撃の威力を緩和してくれる。けど対魔障壁のように、魔術完全無効ほどの効果はないそうで。物理完全無効とかそんなに上手い話はなかった。
ついでに前線の歩兵の皆さまにはそんな素晴らしい障壁発生装置は配布してくれない。製造コストがひどく嵩むから。優先的に配られるのは貴族と精兵。前線の雑兵たちは消耗品だから仕方ないらしい。
「騎兵が息を吹き返しやがったのもこの障壁のせいだな。まったく面倒なことだ」
プルメニアの意地により編み出され、騎兵用に改良された“突撃用対物障壁”とかいう意味の分からないものがあるそうで。騎兵がそれを展開して派手に突っ込んでくると、兵は気持ちよく吹っ飛ばされてしまう。その後はそれはもう悲惨なことになるらしい。プルメニアのお家芸だと教官が説明してくれた。
そんな面倒くさい耐物障壁をぶち破るために、ニコレイナス所長は銃口を馬鹿でかくした大砲と弾薬を開発。効果が認められると他国もそれを模倣して製造を開始。そんなことが繰り返されて、現在の泥沼みたいな状況に至っていると、ガルド教官は最後に付け加えた。うーん、歴史って面白い。すっごい血塗られてる。
「以上でおさらいは終了だ。何故魔術や弓が廃れ、銃の時代になったかをちゃんと理解しておけ。この先、大砲が更に量産されれば、死にぞこないの騎兵共も戦場から追い出せるのは間違いない。なにせ戦争は常に進化しているからな。意地と誇りだけで戦える時代じゃないのさ。お前らもいち早く状況に適応して学んでいく事だ。死にたくなかったらな」
ひとしきり説明を終えたガルド教官が、別の長銃を手に取ると私に放り投げてくる。チビの私には、かなりの大きさであるが、よろけることなく受け止められた。なんだか手に馴染む。待ってたのはこれだよと、誰かが景気よく手を打ったような。そんな気がした。しただけ。
「これはなんです?」
「そいつが現在陸軍で採用されている、ニコ参式長銃だ。旧式のこいつに比べると、命中精度が上がり、更に耐久性も増した。更に、素晴らしい利点がこいつにはある」
「素晴らしい利点?」
「前もって自分の魔力をそいつに篭めておけば、魔粉薬を入れる手間を省けるようになったのさ。銃に自分の魔力を溜める機能がついたわけだ。6発程度はもつし、切れたら普通に魔粉薬を詰めることもできる」
「なるほど」
「ついでに、弾がなくなったらそこらの小石でも代用できる。威力は極めて低くなるが一応散弾銃としても活用可能だ。まぁ、そうなるまえに大抵は死ぬから豆知識と思っておけ」
「…………」
弾が尽きて、石を代わりに使うようじゃ完全に終わってる気がする。しかもどれくらい射程があるのかも謎である。そうなったらとっとと逃げた方が良い気がする。むしろ、死体から弾を回収した方がマシである。
「こいつは魔粉薬の経費が大分削減できた上に、発射間隔が短くなった傑作品だ。魔術大国だったローゼリア人にはもってこいの銃だったってわけだ。ちょっとばかり重いのが難点だが、どうせ最後は鈍器になるんだから気にするな。極めて頑丈だから多少乱暴に扱っても大丈夫だしな。まぁ相手もこいつをパクりはじめてるから実戦での優位性はそんなにないんだが」
最後の方の言葉は聞かなかった事にしたいが、ガルド教官の顔は真剣そのものだった。いよいよ弾がなくなったら、これに銃剣をつけたり、これで殴りかかるのだろう。石を拾うのもあれだが、銃剣突撃もいかがなものか。なにせ、小柄な私には死活問題である。剣先が届くのか心配だ。……何故か突撃して喜んでいるクローネの姿が脳裏に浮かんだ。彼女はそういうのが似合いそうだ。喜んで先頭を突っ走るに違いない。
「こういう話をすると、どいつもこいつも不安そうな顔をするんだがな。全く表情を変えないお前は中々度胸がある。最近じゃ改良された参式突撃長銃も出回ってるし、新型の四式長銃も開発中って噂だ。楽しみに待っていろ」
「はい、わかりました」
十分不安なんだけど、教官には伝わらなかったらしい。新型はどうでもいいので、弾を切らさないように気をつけよう。そうしよう。
「良い返事だ。ではいよいよ、ミツバ女史の記念すべき初射撃といこうじゃないか。全員で見届けた後は、自己魔力を使っての空砲演習とする。終了までに魔力が尽きた軟弱者はいつも通り銃を担いで校庭を走っているように! わかったか!」
『はい、教官殿!』
訓練で実弾など使わせてくれるわけもない。自分の魔力を燃料にして、空撃ちしなければならない。それが尽きたら、疲れた精神でひたすらランニング。これは脱走する人間が出てくるわけである。特に砲兵科はなおさらだろう。歩兵科同様に銃の訓練しなきゃいけないし、重い大砲を意味もなく担いだり磨いたりしなくてはいけない。超大変で汗臭い上に泥臭すぎる。全然花形じゃない!
「ではミツバ、心の準備ができたら長銃に弾を込めろ。今回は小石だな。そして、術紙を差し込んでから魔力を込めるように。無理なら最初だけ魔粉薬を渡す」
「……えっと。はい」
ゴツい銃に、教官がくれた小石を突っ込んでロック。本当にただの小石で絶対に砕けること間違いない。更に真ん中の穴に術紙とかいう謎のブツを差し込む。後は魔力を込めるだけらしいが。上手くいくかな?
「魔力を込めて、狙いを定めろ。絶対にこちらに銃を向けるなよ? 使い手が誰でも、ある程度の威力が保証されるのが銃だ。小石とはいえ、この距離なら危険だからな」
「…………」
「どうした?」
「あのー、どうやって魔力を込めるんですか?」
知らないことはできないのは当然である。ガルドはそこからかよと一度溜息を吐いた。ローゼリア人なら知ってて当然のことだったようだ。折角やる気をみせて授業ポイントを稼いだのに、また内申点が減っていく。そんなのがあるかは知らないけど。あったらヤバいかも。最後には最前線送りとか。
「いいか? 適当に集中した後、息を吹き込むようにその銃身に念を込める。一度コツを掴めばどんな馬鹿でもできる。ただし、魔力が枯渇すると意識を失いかねないから気をつけろ。それについては個人差が大きいからな」
「はい」
念念念。むむむむと祈りを込める。なんだか不思議な感覚だ。確かに、何かが湧き出てくる。いや、私の体の中、奥の方、中心からたくさん滲み出てくる。また紫だ。ブルーローズなんだから青が良いのだが、私は紫らしい。
「お、おい。待て、ちょっと待て! お前、一体、何をやっている? というか、それは――」
「頑張って魔力を込めてみました。アレにむかって撃てばいいですか?」
立ったまま銃を構えて、目に案山子を捉えた。兵隊さんになった感がある。早く撃ってみたい。撃ちたい。撃とう。殺そう。折角だし案山子じゃなくて本物に。誰かの頭にあたったら、きっと綺麗な色が飛び散ると思う。考えるとワクワクする。誰の頭がいいかな。誰でもいいかな。
「だから、その紫の靄はなんだッ! ま、待て! 撃つのを止め――」
「発射っ」
邪魔がはいりそうだったので、さっさと発射してしまった。ドンと重い手ごたえ。紫の靄を纏った小石はキーンと高い音を響かせて、案山子に命中。砕けることなく、そのまま後方の防壁を貫いていく。最後は謎の建屋に直撃したようで盛大に爆発炎上してしまった。結構造りの良い建屋なので、歩兵科や砲兵科のではないと思う。案山子も何故か豪快に炎上しているし。バチバチ火の粉が飛んでて、中々盛大である。世界が少しだけ明るくなった。実にいいことである。小石じゃなかったら、誰かの頭まで届いたかもしれない。『もっと標的をイメージできるようになると、もっともっと素敵なことになるよ』とどこからかアドバイスが脳裏をよぎる。どこかで見た映画か小説のセリフだったっけ。全く覚えがない。とはいえ、初の試射としては中々の結果と言っていいかも。
「…………」
「…………」
『…………』
沈黙が場に流れている。なんだかやってしまった感が強い。おかしい。あんなテンション上がるなんて思わなかった。ガンナーズハイだろうか。知らないけど。私はアハハと笑っておくと、銃を置いてさっさとお暇しようとした。が、近づいてきたクローネに首根っこを掴まれた。
「ぐえっ」
「おい、すごいじゃないかチビ! いやあ、見事にやったね! 見なよ! 魔術科の連中のたまり場が燃えてるぞ! あはは、ざまぁみろってやつさ!」
「今、暴発したのはミツバの魔力量が要因か? ……次は大砲で試してみたいところだな。宮殿を吹っ飛ばすのに使えるかもしれん」
「お、次は魔術科ご自慢の占星術館に燃え移りそうだ。目障りだったから丁度良いさ。ほら、後少しだよ。風よ吹けーってね」
「あ、本当だ」
なんだか装飾の凝った建物に火がずんずんと近づいている。風の具合次第では、即座に燃え移りそう。
クローネはご機嫌で、サンドラはなにやら思案顔だ。張本人の私はどうだろうねとクビを捻っておく。と、我に帰ったガルドが怒鳴り声をあげる。
「本当だ、じゃない! 直ちに消火しなければ責任問題だぞ! 男子は俺に続いて全員バケツで水を用意しろ! 女子は銃に弾薬を片付けておけ! 煙に気をつけろよ! それと占星術館だけは絶対に死守だ、死ぬことは許さんが死ぬ気で守れッ!」
『は、はいっ!』
――結局、占星術館はちょっと焦げただけだった。だというのに私は晴れて二度目の学生指導室送りになってしまった。一週間で二回は記録更新だとクローネが腹を抱えて笑っていた。全然嬉しくない。
その上、いけ好かない魔術科の茹蛸教官のお説教つき。でも、主な標的はガルド教官だった。魔術科の教官は私を一切視界にいれたくないようで、いないものとして扱ってくれた。私は空気私は空気。それはそれで寂しいものである。いますよと盛大にアピールしてやったら、泡を吹いて倒れてしまった。ちょっと面白かったので指をさして笑ってあげたら、「……もう良い」と疲れた顔の学長先生により解放された。パルック学長は話が分かる人で助かった。
ちなみに一応責任者だったガルドは、銃の手入れを怠っていたことでそれはもう責められてしまったようだ。あれはガルドの管理下にある銃だから、事故の責任は重大だと。つまり、今回の一件は魔力充填機能の故障による、銃の暴発が原因ということで落ち着いたわけである。これで私の無罪が確定である。
でも、説教タイムから解放されたガルドは私を訝しげに見ていた。『絶対に銃の暴発が原因なんかじゃない。もっと別の――』と深刻そうな顔で呟いていたし。実は私もそう思う。
私の魔力って、もしかしてだけど、なんだかアレなんじゃないだろうか。いや、魔力だけじゃなくて、主に私自身だけど。色々と良いか悪いかは別として、ちょっと気をつけたほうがいいのかも。でも、気をつけなくてもいいって気もするし。ぐるぐるぐるぐると思考が回る。相反する色々な何かが混ざり合って、『結局なるようになる』ということで落ち着いた。というわけで、これからも出たとこ勝負である。
――ガルド教官、減俸三ヶ月。私、謹慎一日と色々な後片付けの手伝い。無罪放免と思ったのに、連帯責任なんだとか。私は命令通りに撃っただけなのに。士官学校はやっぱり厳しいね。
顔やら服を煤まみれにして片付ける私を、クローネが腹を抱えて笑っていたので微妙にイラッとしたけど、差し入れついでに掃除を手伝ってくれたのだった。色々アレだけど良い人である。何故かサンドラも無言で手伝ってくれたし。こちらも色々アレだけど良い人なのかもしれない。うーん、青春物語だ。