第97話:体験入団の終わり
「全員居る……とは言えないが、注目してくれ」
片付けが終わり、ミシェルちゃん達の運動が終わった頃、ピリンさんが此処に居る全員を集める。
その横には先程まで居なかった騎士と、他の騎士が並んで居る。
「今回の事件だが、先ずは謝罪を」
全員揃って直角九十度で頭を下げる。
「何が起きたとしても、守らなければいけないはずが、被害が出てしまった。まだ原因の究明は出来ていないが、この事件は人為的に起されたと思われる。だが、あくまでも世間では事故として扱われる事になる」
他国が絡んでいる以上、一般には公表する事は出来ないだろうから、機密扱いとなるのは分かっていた。
そして俺達が反論することは出来ない。
「もしも下手な噂が広がった場合、君達の未来は永劫に閉ざされると思ってくれ。勿論君達の親御さんや関係者には相応の誠意を見せるから安心してくれ」
誠意……こっちはこっちで臨時収入が見込めそうだな。
死んだ奴らには悪いと思うが、全く知らない連中だ。
テレビのニュースの死者と一緒で、ちょっと可哀そうと思う程度で、一週間もあれば存在を忘れるだろう。
「帰ったらジェイル副隊長から正式な話があると思うが、一応護衛任務は帰るまで続くと心得よ。何があったとしても、騎士は任務を遂行しなければならない。分かったな!」
予想外の事が起きたからと言って、俺達は名目上今も騎士となっている。
護衛対象であるエメリッヒも居るわけだし、任務を遂行する義務があるって訳か。
まあその方が気も紛れるだろうし、良い選択だろう。
「それでは、全員準備を始めろ。2チーム減ったので、後ろ側は騎士が受け持つ。最初は4番テームが前を護衛をしてくれ。それでは、解散!」
準備と言っても、荷物は無くなり剣すらない俺とミシェルちゃんはどうしようもない…………と思ったが、そういえばさっき運動をしている時に、ミシェルちゃんは剣を持っていたな。
馬車の中に剣の予備があるって事かな?
ミリーさんを起こすついでに、一本拝借するとしよう。
「ミリーさん。もうそろそろ出発しますよ」
「うーん。起きるー。起きますよー」
馬車の上から転がる様に落ちて来たミリーさんを避けると、手足を付いて地面に着地する。
まるで猫みたいだな。
……あっ、ミリーさんの分の飯を残しておくのを忘れてしまった。
まあ半日もあればホロウスティアに帰れるわけだし、大丈夫か。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。それより、早く帰って休みたいよ」
年寄みたいに腰を叩きながら、ミリーさんは溜息を吐く。
都会になれると田舎の生活が苦痛に感じる様に、その意見には俺も同意だ。
田舎は田舎で車での移動が基本となるが、都会程店が密集していないので、面倒なのだ。
とぼとぼとミリーさんは歩き出し、残っている冒険者の所に向かっていく。
さてと、今の内に剣を拝借するか。
「そろそろ出発するぞ!」
馬車の奥の方に積んであった予備の剣を装備して外に出ると、丁度ピリンさんが出発の合図を出していた。
帰りは何事も無ければ良いな。
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「到着だ。皆お疲れであった。名目上護衛任務はここで終わりとなる。この後は北支部へと帰り、ジェイル副隊長の話の後に直ぐに解散となるだろう」
流石に帰り道では何も起こらず、ホロウスティアまでスムーズに帰ってくることが出来た。
強いて言えば念のため行きとは違い、エメリッヒが外へ出てくる事が無かった事くらいだろう。
エメリッヒ達が乗っている馬車は門で待ち構えていた騎士達と共に、街の中に消えていく。
出来れば、二度と関わりたくない。
と思っていたら、エメリッヒ達の馬車の護衛をしていた騎士が一人、俺に向かって走ってくる。
「あなたがサレンディアナ様ですね?」
「はい」
「これを渡すようにとエメリッヒ様からです。中身は他に漏らさぬようにと」
一度頭を下げ、騎士は馬車へと戻っていく。
…………糞が。
手紙は教会に帰ってから読むとして、間違いなく面倒事が書かれているに違いない。
こっそりと手紙を渡すって事は、そういう事だからな。
「サレンさん。どうかしましたか?」
「何でもないですよ。それよりも、北支部に向かうとしましょう」
「はい!」
任務中はしっかりと先頭を歩いていたミシェルちゃんだが、終わると共に俺の横へぴたりとくっ付いてくる。
ルシデルシアが忠告したって事は、相応に怖い目に遭っているはずだと思うのだが、思いの外俺を恐れているようには見えない。
普通あんな破壊の痕跡と、怖い人から脅されれば委縮すると思うのだが、この通りである。
それどころか、「大丈夫です。私はわかってますから」って感じに俺を見ながら頷く事が、帰ってくる途中何度もあった。
いっそのことネグロさんの依頼の事をバラしてしまおうか?
…………いや、多分ネグロさんがミシェルちゃんから怒られるだけで、俺へも評価は変わらないだろう。
まあこの護衛依頼が終われば、ネグロさんが俺にミシェルちゃんを近づけるとは思えない。
ライラの件で王国に行った後は、教国が待っている。
俺個人がどうにかできる問題ではないが、このまま宗教を拡大していくとなると、間違いなく教国とは敵対することになる。
それに、多分ミリーさんが手を打ちそうな気がするんだよな。
どこかの騎士団所属…………とは思わないが、国かホロウスティアのそれなりに、暗い所に所属していると予想している。
元々は、シラキリの違法奴隷商かライラを追っていたのだろう。
そこに俺が加わり、これ幸いにと近づいて来た。
言っては何だが、俺はあの時点ではただの不審者だ。
もしも同じ状況で、別の場所でミリーさんと会っていたら、今みたいに放置されていないだろう。
或いはペインレスディメンションアーマーの件で、どうするか決めあぐねているのか……。
仮にだが、ライラと共に王国へ向かう際、ミリーさんが付いて来たら黒と見て良いだろう。
その時には多分ミリーさんも白状するだろう。
もしも来ないならば…………まあその時はその時だ。
情報源としてミリーさんはとても有能だが、破壊力ならば俺やライラの方が上だろう。
居なかったとしても、どうにかなる。
「やっと体験入団も終わりますね。ミシェルちゃんはこれから先どうするのですか?」
「――私は、騎士を目指そうと思います。まだどの騎士団に入団するかまでは決めていませんが……」
「そうですか。入団できるかは分かりませんが、頑張って下さいね」
「はい」
笑いながら、ミシェルちゃんははっきりと返事をする。
本当に、この世界の住人は心が強い。
そのままミシェルちゃんと並んで歩き、北支部の長い壁が見えて来た。
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北支部に返ってくると、そのまま最初に来た会議室へ通される。
中にはジェイルが待っており、全員集まると口を開く。
「良く帰って来た。この度の事件は我ら騎士の不徳の致すところであり、諸君らを想定外の危機に陥れた事を心より謝らせていただく」
俺達が森に向かった時よりも少しやつれているジェイルさんは頭を下げ、現在分かっている事を報告してくれた。
どこかの組織が魔物を扇動し、エメリッヒを誘拐するために起こした事件。
これがジェイルさんの説明であるが、やはり本当の事を話すことは出来ないか。
ミリーさんの話を信じるとすれば、実際はどこかの教国が王国と帝国を戦争させるために、エメリッヒを殺そうとしていたのだ。
今回のメンバーでS級の魔物に勝てるとしたら、俺とミリーさん。それとピリンさん位だろう。
ミリーさんは間違いなく実力を隠しているし、ピリンさんも班長なので相応に強いはずだ。
まあ、魔物以外にも問題はあったので、魔物だけに気を取られてしまえば、どうしようもなくなっていたかもしれないがな。
俺とミシェルちゃんの前に現れた男も、どうみても裏の人間ぽかったし。
「説明はピリンの方からあったと思うが、今回の事件は他言無用とする。この四日間よく頑張ってくれた。もしもめげずに騎士を目指すなら、これからも頑張って欲しい。君達に再び会える日を楽しみにしている」
定型文みたいな事を最後に言い、解散となる。
相手が相手なだけあり、俺達の中でジェイルさんに反論したり怒りを向ける者は誰も現れなかった。
当然と言えば当然かもしれないが、ここでジェイルさんに怒りを向けるのはお門違いだし、もしもそんな奴が現れたら、騎士を目指すのは止めておいた方が良い。
結局のところ、自己責任なのだ。
森で騎士が逃げたならともかく、一緒に死んでいるって事は、守ろうとはしていたのだろう。
……まあいい。終わったなら帰るとしよう。
他人の事を考えている余裕なんて、あまりないし。
「終わりましたね」
「はい。とても濃い四日間でした」
ジェイルさんの話が終わり帰ろうとすると、ミシェルちゃんが感慨深くつぶやく。
普通なら終わったという事でテンションが上がりそうなものだが、騒ぐ者は誰も居らず、会議室から退出していく。
「サレンさんって、どこに住んでいるんですか?」
「東地区になります。少々入り組んでいる場所に住んでいるので、もし来るのでしたらミリーさんに聞くか、ギルドに伝言をお願いします」
きっとシラキリやライラが首を長くして待っているだろうし、今日は真っ直ぐに帰るとしよう。
出来る事なら酒場にでも寄りたいが、そうすると後々怖い。
「寮で着替えて、帰るとしましょう」
「……はい」
ミリーさんは……そう言えば、いつの間にか消えているな。
まあ、用が有れば向こうから寄って来るだろう。
ピリン「ジェイル副隊長。顔色が優れませんが大丈夫ですか?」
ジェイル「大丈夫だ。一度休んで、報告書を纏めたらまた来てくれ」
どとからか覗いているミリー「(あらら。まあ、今回は泥を被ってもらうとするかな)」