第96話:終わりの朝
「やあ、おはよう」
「おはようございます」
ふと目が覚めると、目の前にミリーさんが居た。
起きたら目の前に美女が居るってのは、気分的には良いかもしれないが、今の俺にとっては恐怖の方が強い。
軽く辺りを見回すと、少し明るくなってきているので、朝の早い時間なのだろう。
起き上がりながら軽く頭を触ると、髪が解けていないので、ミリーさんに角は見られていないようだな。
ミリーさんは疲れているのか、今にも寝てしまいそうで、ふらふらしている。
「ふぁー。ちょっと寝るから、出発の時間になったら起こして。よろしくー」
「分かりました」
ぴょんと馬車の上にミリーさんは飛び乗り、直ぐに静かになった。
疲れているのは、俺を送り届けた後に、また森の中に入ったからだろう。
俺がルインプルートネスと戦っていた場所までは結構あるし、それとは別に調査とかもしていたからだと思う。
まだ早いし、二度寝する事も出来るだろうが、このまま起きるとするかな。
「早いな。まだ寝てなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫です。これ位で弱音を吐いていては、シスターを名乗れませんから」
焚き火の所には、ピリンさんが丸太に座りながら警備をしていた。
もしかして、寝ていないのだろうか?
「そうか……なら朝食の準備を手伝ってくれないか? 予備の備蓄が、馬車の下側に積んである筈だ」
「分かりました」
「私は少し見回りに行ってくるから、何かあれば他の騎士に聞いてくれ」
立ち上がったピリンさんは、そう言ってから森の方に歩いて行った。
それにしても、ちゃんと予備の食料を持ってきていたか。
俺が背負っていた荷物は、ルシデルシアの魔法で消しとんでしまったから助かる。
言われた通りの場所を見ると、予備備蓄と書かれた箱があり、それを持って焚き火のところに向かう。
箱は結構大きく、開けてみると瓶詰めの食料の他に皿や鍋まで入っている。
それだけではなく、料理の手順書も入っているので、変な事をしなくて済みそうだ。
箱に入っていた水を鍋へ入れ、焚き火で沸騰させる。
沸騰したら手順書に書かれている順番に瓶を入れ、最後にマカロニっぽいのを大量に投入し、十分程煮込めば完成である。
後は圧縮されているパンを軽く炙ってから、今作ったスープと一緒に食べる形となる。
「出来たようだな」
「はい。手順通りに作ったので、味の方は大丈夫だと思います」
「味見と称して、先に食べていても良かったんだがな」
「折角なら、食事は皆で食べた方が良いでしょうからね。皆さん落ち込んでいるでしょうし」
体験入団で騎士スゲーと思っていたら、 騎士の現実を見せつけられたのだ。
トラウマになってもおかしくない。
……というか、思った以上に料理へ夢中になっていたため、つまみ食いするのを忘れてしまっていた。
昨日の昼から何も食べていないので、かなり腹が減っている。
「ならば他の者達を起こしてくるので、盛り付けをしておいてくれ」
「分かりました」
人数は……約二十人位か。
皿自体はかなりの数あるので、大丈夫そうだな。
こうやって大きな鍋で料理してから盛り付けているのは、正にシスターと言った感じだ。
もしも孤児院とかを経営すれば、毎日こんな作業をしなければならないんだろうな。
多分自分でやらないで、人を雇ってやらせる事になるとは思うが、毎日は大変だろうな。
「おはようございますサレンさん! 昨日は運んでくれて、ありがとうございました」
最初に起きたのは、ミシェルちゃんだった。
流石俺が運んでいる間もずっと寝ていただけあり、元気いっぱいだ。
まあこの森で何が起きたのかを知れば、落ち込むことになるだろうけどな。
「おはようございます。気にしないで下さい。こちら朝ごはんになります。熱いので気を付けて下さい」
肌寒いと言うほどではないが、日が昇り始めたばかりなので、風が吹くと少し寒く感じる。
焚き火で料理している俺は暖かいが、起きてきたばかりの人達には、丁度良い朝食となるだろう。
「ありがとうございます。すっごい良い匂いがしますね!」
「予備として持ってきた物みたいですよ。量はあるので、足りなかったら言って下さい」
「? 分かりました」
一瞬何故? といった感じに首を傾げたが、この料理は今回来た全員を賄える量がある。
この今回とは、死んだ十三人の分もだ。
この箱自体が一回の食事分となるので、最低でも十三人前多く作っている事になる。
全員とまではいかないが、おかわりも出来るという事だ。
ミシェルちゃんを皮切りに、少年達が飯を受け取っていく。
その表情は決して良いとは言えないが、絶望していると言うほどでは無い。
俺が思っている以上に、芯が強いのかもしれないな。
さてと、俺も食べると……しようと思っていたら、豪華な馬車からエメリッヒ達三人とピリンさんが降りて来た。
向こうは貴族らしく、自分達で準備しているだろう。
と、思っていたら俺が居る焚き火を目指して歩いてくる。
もしかして、一緒の物を食べるのか?
なんかそんな雰囲気っぽいし、準備するか……。
「ありがとう。それと昨日は助かった。詳細をピリンから聞いたが、もしも僕と執事だけだったら、命は無かっただろう」
「気にしないで下さい。人として当然の事をしたまでです」
エメリッヒ達三人と、ピリンさんに朝食を渡すと、そんな風に謝られた。
俺が何も知らなければ、この感謝を言葉通り受けとれたのだろうが、原因の一つはこのエメリッヒにある。
もしもエメリッヒが来なければ、ここまで大事にはならなかっただろう。
やったとしても、魔物を嗾ける位だと思う。
王国の影を匂わせる程度で、ここまで大々的にはしなかっただろう。
俺達を殺しても、戦争まで持って行く事は出来ないだろうしな。
「……そうか」
それだけ言って、エメリッヒは馬車へと戻って行った。
ピリンさんが少し心配そうにしていたが、俺から積極的に関わっていく気は無い。
知らない振りをするのが一番だ。
最後に騎士達にも朝食を渡し、祈りを捧げてから俺も食べ始める。
スープはトマトと何かの香料が利いているのと、とろみがついているので、マカロニと絡まって結構美味い。
パンも結構硬いが、スープに浸すと案外いける。
正直干し肉にもっと不味いパンとかを想像していたので、驚きである。
「あの……サレンさん」
「どうかしましたか?」
鍋の近くで食べていると、暗い表情をしたミシェルちゃんが近寄って来た。
どうやら、おかしい事に気付いたようだな。
「人が少ないのはもしかして……」
「はい。昨日お亡くなりになりました」
衝撃を受けたのか、目を大きく見開いて固まる。
その間に、空になった皿を受け取ってスープを注ぐ。
「あ、ありがとうございます」
「落ち込む気持ちは分かりますが、騎士を本当に目指すならば、落ち込んでいる暇はないのではないですか?」
「サレンさん……」
「仮に冒険者を目指すにしても、仲間や自分が死ぬ可能性は何時だってあります。それを分かっていて、目指しているのでしょう?」
皿をミシェルちゃんに渡し、軽く頭を撫でる。
励ますわけではないが、この事件でトラウマを持たれるのは困る。
一応ネグロさんとの約束を守っているが、娘大好きのネグロさんが、何か言ってこないとも限らない。
最低限のケアはしておいた方が良いはずだ。
もしかしたら追加報酬を、望めるかもしれないしな。
「サレンさん……私……」
「ホロウスティアに帰るまで時間はありますし、まずは朝食を食べましょう。冷めてしまいますからね」
「はい!」
よし、これで大丈夫だろう。
ぶっちゃけ、ミシェルちゃんに構っている余裕は俺にはない。
王国に教国。エメリッヒにミリーさん。シラキリにライラ。
そして、教会を運営するための金。
極めつけは、ルシデルシアが言っている黒幕だ。
ただ楽して生きたいだけだというのに、なんでこう色々と起きるのだろうか?
元気を取り戻したミシェルちゃんはスープとパンをパクパクと食べ、運動を始めた。
そんなミシェルちゃんに感化されたのか、暗い雰囲気だった他の体験入団生も一緒に運動を始めた。
青春だねぇ……。
全員食べ終わり、鍋は水魔法を使える騎士が洗い、食器は全て滅却して埋めた。
あんな事があったと言うのに、今日の天気は雲一つない晴れ空である。
ともかく、後は帰ればこの体験入団も終わりだ。
ミリー「(ありゃあ闇属性の魔法だったねー。けど、普通に考えればサレンちゃんが使えるわけがない)」
ミリー「(まあ、帰ってから考えれば良いか)」
サレン「朝ごはん美味しいですねぇ~」