第91話:大量のフラグ
北門に着くと豪華な馬車が一台と、他に二台の馬車が門から避けられて置かれている。
ついでに執事とメイドが居るが、軽く武装しているので、護衛も兼ねているのだろう。
「本日はプライド家が次男。エメリッヒ・プライド様の護衛を引き受けていただき、ありがとうございます」
「ハッ! 赤翼騎士団一同、身命を賭して守らせていただきます」
メイドは見事なカーテシーをし、それに対してピリンさんが敬礼で返す。
その敬礼に少し遅れて、他の騎士と俺達も敬礼をする。
急だったので少し面食らってしまったが、何とか合わせることが出来た。
「流れは打ち合わせ通りで問題ないでしょうか?」
「はい。予定通りで問題ありません。それでは出発しましょう」
最初は俺達じゃない方のチームが護衛となるので、片方の馬車に乗り込む。
馬車は自衛隊の車の様に後ろから乗るタイプとなっており、後ろは開け放たれたままとなる。
馬車があるのならば荷物なんて持たなくて良いと思うかもしれないが、何があるか分からないため、護衛する時も荷物は持っていなければならない。
馬車が暴走するかも知れないし、もしかしたらこの中に裏切り者が居る可能性だってある。
特に今は例の王国の件や、教国の件がある。
正直、もっと位の低い人物の方が良いと思うのだが…………何か裏がありそうだな。
もしもの時のために、アーサーからガイアセイバーを借りてきた方が良かったかもしれないな。
そんな事を考えている内に馬車は出発し、後戻り出来なくなる。
ダンジョンに向かう以外で初めて外に出るが、日本では滅多に見ることの出来ない自然が広がっている。
その中に、上にも横にも大きなホロウスティアが鎮座している。
パカラパカラと馬の足音が響き、長閑な時間が流れていく。
まるで俺の考えが、間違っていた様な気がするが…………間違っているならばその方がいい。
ただ、寄りかかってくるミシェルちゃんが少々気がかりだが、気にしても仕方ない。
「何だが妙に近いけど、どうしたの?」
気にしたくなかったが、ミリーさんがからかう様に聞いてきた。
「べ、別に何もないですよ! ねえサレンさん!」
あからさまな反応にミリーさんは首を傾げ、俺は首を振る。
「ふむふむ。ふーん。なるほどねー」
「な、なんですかミリーさん!」
「ベつにー。まあ、若いなーと思っただけだよ」
俺からすればどちらも若いのだが、ミリーさんは察してしまったみたいだな。
まあ、分かりやすい反応だし、ピンと来るのも仕方ない。
それからしばらくミリーさんがミシェルちゃんを揶揄い、少しだけ馬車内に柔らかい雰囲気が流れる。
そう言えばミシェルちゃんの強化についてミリーさんに聞こうと思っていたのだが、そうこうしている内に馬車が止まってしまう。
結局何も起こることなく、交代の時間となってしまった。
一応念のため、交代する前に例の権限を使っておくか。
「すみません。ミシェルちゃん。ミリーさん」
「はい?」
「どうしたん?」
馬車から降りる前に、二人を呼び止める。
「冒険者の命令権限を使いたいのですが、良いでしょうか?」
「……内容は何ですか?」
「森へ先行しての偵察です。既にホロウスティアから離れていますし、ここから先は身を隠せるような場所も多くなってくると思われるので、どうでしょうか?」
嘘みたいに何も起こらなかったが、だからとこの先何も起こらないとは限らない。
これがただの任務ならともかく、仕組まれているならば、何かしら騎士団側で用意しているだろうしな。
「なるほど。確かにその可能性は……」
ミシェルちゃんは少し悩んだ後に、ミリーさんの方を見る。
「命令なら従うさ。騎士さんの方も、問題ないようだからね」
俺達の会話は、近くに居るピリンさんには聞かれている。
そのピリンさんは此方を見て頷いているので、問題ないって訳だ。
「それじゃあ先行して少し見てくるねー」
「よろしくお願いします」
風の様にミリーさんは駆けて行き、あっという間に見えなくなってしまう。
「良い判断だ。正直、最初のチームにもやって欲しい事だったが、偵察は護衛任務でも重要である。今回の様に人数に余裕があるのならば、やっておいた方が良いだろう」
丁度護衛していたチームが近くに居たため、ピリンさんは態々聞こえるように大きな声で話す。
叱る意味はなく、覚えておいて損はないって感じなのだが、もうちょい優しい感じに言って欲しい。
若干変な目で俺を見てくるのが、ちらほらと居る。
さっさと馬車の近くから離れ、持ち場である馬車の前方に移動する。
配置は馬車の中でミシェルちゃんと、2番チームのリーダーが話し合い、前後で挟む配置に決まった。
そして万が一何かあるとすれば前なので、俺達が前を担当する。
先導自体は他の騎士がしていてくれているが、何かあれば直ぐに逃げるらしい。
あくまでも道案内との事だ。
「それでは、進みましょう」
ミシェルちゃんの掛け声で、再び馬車が動き出す。
ホロウスティアを出て、大体一時間。
森までは、後どれ位掛かるのだろうか……。
1
「戻ったよー」
俺達が護衛する番になり、体感で三十分程するとミリーさんが戻ってきた。
ミシェルちゃんと共に駆け寄り、ミリーさんの報告を聞く。
「お疲れ様です。何かありましたか?」
「道中は何も無いけど、森の浅い所にゴブリンやフォレストウルフが居たね」
なるほどね。着いたと油断した所で、魔物が出てくるという流れだったか。
魔物のランク的にもそんなに強くないし、こんな鎧を着ていればそうそう殺されることも無い。
「そうですか……」
「先行して討伐とかした方が良いのですかね?」
「相談してみれば? その為に居るわけだし」
「私が聞きに行ってきますね。一応リーダーですから!」
俺とミリーさんが何か言う前に、ミシェルちゃんは馬車の方に駆けだしてしまう。
実際に見て来たミリーさんを連れて行けばいいのに……。
置いてけぼりにされたミリーさんは、頭の後ろで手を組んで苦笑いをしている。
「ああ、そうだサレンちゃん」
だがそんなミリーさんの雰囲気が、急に変わる。
表情が変わった訳でも、話し方が変わった訳でもない。
何かが切り替わった……そんな感じだ。
「多分大丈夫だとは思うけど、注意しておいた方が良いよ。何か起こるかもしれないから」
……。
「そうですか。それはどれが原因ですか?」
「さてね。冒険者の私じゃあ詳しくは何とも。ただ心構えが出来てるかどうかだけでも、結構違うでしょう?」
「分かりました。忠告感謝します」
「サレンちゃんだから話したけど、他には言わないようにね。不安を煽る趣味はないからさ。じゃあ私は馬車に戻るね」
軽く手を振りながらミリーさんは馬車に戻っていく。
どうせ何か起きるだろうとは思っていたが、ミリーさんが忠告するとなると、確実に何か起こるのだろう。
森の中で何か見て来たのか、それともこの護衛任務の裏にある何かを知っているのか……。
「お待たせしました。森の手前で止まり、先行して魔物を狩ることに決まりました。私達は待機して護衛となるので、狩るのは今休んでいるチームになります」
帰ってきたミシェルちゃんは俺達全員に聞こえるように話し、隊列に戻る。
最低限ミシェルちゃんを守れれば、俺の依頼は問題ない。
開けた場所ならともかく、森の中に入ってしまえば常に守るのは難しい。
有り得ないとは思うが、この世界には転移や結界なんて代物がある。
運悪く分断されたり、強力な魔物が出る可能性だってあるだろう。
俺一人ならばルシデルシアを使えばどうとでもなるが、近くに人が居る時はあまり使いたくない。
いざとなれば仕方ないかもしれないが、最低限ミリーさんに知られるわけにはいかない。
味方なのだろうが、何者なのか分からない以上頼りすぎるのは良くない。
なんだか、もう帰りたくなってきたな……。
2
「エメリッヒ様。本当によろしかったのですか?」
「何度も言わせるな。これは必要なことだ」
サレンが不安を募らせている頃、馬車の中で執事がエメリッヒを心配していた。
実はこの体験入団の疑似依頼が決まった時、護衛される役はもっと位の低い者の予定であった。
だが、公爵家にとあるタレコミがあり、エメリッヒが出ることとなった。
「赤翼のピリンの腕については信頼しているし、黒翼も紛れて居るのだ。それに、此方はあくまでも囮だ。何も起こらない可能性の方が高い」
「分かっていますが、場合によってはこの依頼を受けている者達に、被害が出る恐れが……」
「外に出ている以上、何か起こるにしても自己責任だ。それに、騎士を目指すならば常に死は隣り合わせの筈だろう?」
騎士とは剣であり盾である。
それは体験入団している若者達とて例外ではない。
今回の件を表向き知っているのは、赤翼騎士団の中には誰も居ない。
エメリッヒが取った手は、凄腕をこの護衛任務に組み込んだ事くらいだ。
公爵家の独断であるが、何も起きない可能性の方が高いと思っており、誰にも話を漏らしていない。
強いて言うならば、タレコミをしてきた黒翼騎士団が知っているくらいだろう。
この護衛に黒翼騎士団の団員が紛れていることは知っていても、誰がその団員なのかは、エメリッヒには分からない。
「そうですが、無為に人材を失うのは、帝国に反する行いなのではと具申します」
「もしもの時は、僕が責任を取るだけだ。僕は何も起きないと思っているが、絶対なんてありえないのだからな」
「そうですか……それでしたらこれ以上は何も申しません……が、責任を取れば良いからと無謀な行為はあまりしないで下さい」
「分かっている」
また小煩い事をとエメリッヒは顔を顰め、手で執事を払うような仕草をする。
どうしたものかと考えていると、話を逸らすのにいいネタがあったのを思い出す。
「そう言えば、体験入団者の中に、副ギルド長の娘が居たよな?」
「え? はい。ミシェル・ラムレス様ですね。噂では、この催し物自体が彼女のために行われているとか」
ネグロが行った事は勿論公爵家まで話が行っており、そんな噂が流れるのも仕方のない事だ。
そしてその噂は当たっており、何ならば護衛まで付けている。
「騎士を目指してくれるのはありがたいが、腕の方はどうなのだ?」
「どうやら既に騎士が使う身体強化を未熟ながら習得しており、先日行われた模擬戦でも結果を残していたようです」
「それは喜ばしい事だな。だが、なぜそんな顔をしている?」
ミシェルの話をした執事の顔は喜ばしいものとは程遠く、道に迷った子供の様に困惑している。
「いえ、ミシェル様の件は良いのですが……あちらの赤髪の女性が見えるでしょうか?」
執事は前方にある馬車の小窓を開け、 4番チームの面々が見えるようにする。
軽く身を乗り出したエメリッヒは言われた人物を見る。
身長は近くに居るミシェルより高く、赤い髪を頭へ回すようにして結んでいる。
結構な量の荷物を持っているが、足取りは軽そうに見える。
「あれがどうかしたのか?」
「模擬戦で鎧を着た男を二人纏めて、吹き飛ばす程の膂力の持ち主らしいです」
「……」
「またシスターであり、今回の件には知見を広めるために参加しているらしいです」
「それがどうしたと言うのだ?」
執事の説明を聞いても、一体何を言いたいのか分からず、エメリッヒは外を眺める。
「いささか妙だと思いまして。少々変わった雰囲気……魔力をお持ちの様ですから」
「それはあからさま過ぎるだろう。それとも、あのプロフィール以外に何か知っているのか?」
エメリッヒは執事が言おうとする事を察し、バカバカしいと吐き捨てる。
今回体験入団している者の中で、背後が存在していないのはサレンだけだ。
それ以外は何かしら親の繋がりや、横のつながりが存在している。
もしも、何か起こす存在が居るならば、誰かなんて言葉にしなくても分かる。
だが執事は、そう言いたいわけではない。
「いえ。強いて言えば、最近頭角を現してきた宗教の関係者という事位ですね」
「それはつまり、教国と関係ない存在だと?」
「はい。そして、黒翼騎士団が手を出すなと言っておりました」
「……あまり黒翼に詳しくないが、それはよくある事なのか?」
「私が公爵家に入ってからは二度目ですね。あの時はとある若者でしたが、いつの間にか白翼騎士団の隊長になっていました」
暗に執事は、この場には騎士以外にも頼れる人物が居るかもしれないと、エメリッヒに伝えているのだ。
今回はポーションの類は持ってきているが、距離が近い事もあり、神官は誰も雇っていない。
エメリッヒはサレンの後姿を眺め、執事の言わんとしている事を考える。
何もないにこした事は無いが、何かあるかもしれないから、こんな場所に居るのだ。
「覚えておこう」
小窓が閉じ、椅子に座り直す。
目的地まで、あと少し……。
エメリッヒ「あの背負っている荷物はどれ位重いのだ?」
執事「約80キロ程かと。鎧などを合わせれば、100は優に超えていますな」
エメリッヒ「……そう……か」