第90話:偉い人の護衛任務
異世界だが、この世界には時計があり、目覚まし時計すら存在している。
廃教会にはないが、やはり文明の利器とは素晴らしいものだ。
朝の五時に甲高い音が鳴り響き、目が覚める。
そして思い出す。俺の場合目覚まし時計代わりのルシデルシアが居るので、別に必要なかったな……と。
とりあえずさっさとシャワーを浴びて、身支度を済ませてミシェルちゃんの部屋に向かう。
ドンドドドンドンドドンと扉を叩くが、思っていた通り反応がない。
まあ反応が無いと分かっていたので、リズムを刻んでノックしたのだが、起こすために部屋へ入るとするか。
ベッドの上では昨日寝かせた状態から動かず、すやすやとミシェルちゃんが寝ている。
これが男なら腹に一撃でもいれて起こすのだが…………いや、男でもそんな事は出来ないな。
下手にそんな事をすれば、今の俺では風穴を開けてしまう。
「ミシェルちゃん。朝ですよ」
身体を軽くゆすっていると、うわ言を言い始め、ゆっくりと目が開く。
トロンといしていた目はゆっくりと開かれていき、顔が徐々に赤く染まっていく。
「す、すすすすみません! 今起きます! ぐふぁ!」
いきなり起き上がろうとしたミシェルちゃんは俺の額に頭をぶつけ、ベッドの上でのた打ち回る。
朝から元気だなー。
「外で待っていますので、ゆっくりと準備してください。まだ時間はありますから」
「はい~……」
消え入りそうな声を背にして、部屋から出る。
はてさて、大丈夫だろうか?
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「全員集まったな。先ずは昨日と同じチームで集まってくれ」
予定時間の五分前に第一訓練場へ着いたが、既に全員集まっていた。
結構余裕があると思っていたのだが、鎧に着替える必要がある事を、すっかり失念していたのだ。
その結果ギリギリ間に合う程度の時間となってしまった。
昨日と同じくチームと騎士の計六人で集まり、ジェイルさんの前に整列する。
俺達の担当は、昨日と同じくピリンさんだ。
「今回君達には、とある馬車を護衛して、北にある妖精の森へと行ってもらう。護衛対象に傷一つ付けず帰ってくる事が、任務の絶対条件だ。また、冒険者らには各チーム3回まで命令が出来る。よく考えて使用するように」
なるほど、これは間違いなく騎士団側で障害を準備しているな。
盗賊のまがい事をするのか、魔物でも準備しているのか分からないが、注意しておこう。
「自己紹介だけはしてもらったと思うが、冒険者達はクラスと得意な事をもう一度話してくれ」
ジェイルさんの横にミリーさんを含めた、三人の冒険者が並ぶ。
流石に今日は居るみたいで良かった。
「俺は西冒険者ギルド所属のドグラだ罠の解除や生物の痕跡を追うのが得意だ。冒険者ランクはBになる」
最初に自己紹介したのは、俺の不正を疑って500キロのバーゲルを持ち上げようとした男だ。
今日はしっかりと武器と防具を装備しており、中々風格がある。
武器は弓かな?
「北冒険者ギルド所属のスニールです。採取と調合。そこそこ腕があります。冒険者ランクはBとなります」
二人目のスニールはドグラより日焼けしていて、筋肉もありそうに見える。
武器はショートソードとバックラーを装備しているので、戦いも得意なのだろう。
ただ、この二人はミリーさんから金を巻き上げられているんだよな……。
金を貰っている俺が言えたことではないが、不憫だ……。
「どうもー。東冒険者ギルド所属のミリーでーす。何でも出来るので、どうぞよしなに。冒険者ランクはCだよ」
「騎士になると、冒険者を雇って任務を遂行することか多々ある。その練習と思ってもらっていい。護衛対象とは北門と落ち合うことになっているので、担当の騎士と向かってくれ。それと、任務の内容が書かれた紙を渡しておくので、読んでおくように」
流石に外にまで、ジェイルさんは付いてこないか。
一応副隊長らしいし、色々と大変なのだろう。
何だが昨日より疲れているように見えるし。
「これが今回の任務の全容だ。読んだら回収するぞ」
ピリンさんから渡された紙を読むと、思ったよりも詳しいことは書かれていない。
多分だが、平の騎士と上位の騎士では伝えられる内容に差があるのだろう。
護衛対象はホロウスティアを領地としている、プライド公爵家の次男で、概要はジェイルさんの言った通りだ。
護衛期間は今日から、明日ホロウスティアへ帰ってくるまで。
それから幾つか注意点が書かれているが、纏めれば次男の命は絶対と言った感じだ。
万が一の際は、身命を賭して守れってわけだ。
まあ何かあれば、ピリンさん達騎士がどうにかするだろう。
流石に子供に死ねとは言うまい。
紙をピリンさんへと返すと、その場で魔法で燃やしてしまう。
ピリンさんは火の魔法が使えるのか……良いなー。
他のチームの方を見ると、別に燃やしたりしていないので、多分紙を返しに行く時間を省くために燃やしているのだろう。
紙を返した後は、用意されている物資を受けとるのだが、一泊二日とは言え五人分ともなると、それなりの量がある。
これは……なるほど。実に分かりやすい罠だ。
「荷物は全て私が持つので、皆さんは護衛の任務に集中してください」
「え? でも分けて持った方が良くないの?」
ミシェルちゃんの言う通りではあるが、今回のこれは遠足ではなく、護衛任務だ。
いざと言う時に、直ぐに動ける状態でなければならない。
それにこの五人チームだが、最初から一人は予備として運用する手筈なのだろう。
休憩役や、ポーターとしてローテーションに組み込むのだ。
「私達に求められるのは、荷物の運搬ではなく、護衛です。護衛ならば、常に動ける状態でなければならないのではないでしょうか? リーザンさんはどう思いますか?」
「確かにその意見には同意できますね……。でしたら、荷物持ちは交代制でやるのはどうです?」
それが普通なのだろうが、俺には荷物持ちをしていたい理由がある。
出来るならば、あまり戦いたくないのだ。
身体の能力的には下手な魔物に負けることは無いとは言え、俺自身は素人のペーペーだ。
いざとなれば仕方ないが、出来る限り命のやり取りなんてしたくない。
「私は回復の奇跡が使えますので、控えていた方がお役に立つでしょう。それに、体力には自信がありますので」
「確かに持久走では、一番最後まで残れていましたし……ドリンやバザニアでは体力に難がありますし、一人に集中させた方が、護衛の点からしたら良いのでしょうか?」
「うーん。ピリンさんどうですか?」
俺達の話を聞いているピリンさんは、今のところ口を出してこないで、黙って聞いている。
ルールから逸脱するようなら何か言ってくるはずだし、俺の提案は大丈夫な筈だろう。
「護衛に差し支えなければ、どんな方法でも問題ない。後で他のチームとのすり合わせを行うが、サレンディアナの提案は問題ないだろう」
やはりな。
ミシェルちゃんは若干納得いかない感じだが、俺の提案は受け入れられ、俺達のチームの方針は決まった。
それから各チームの担当の騎士が集まり、最後の打ち合わせをする。
護衛は4番チームを二つに分け交代で護衛する。
基本は前と後ろか、左右に分かれて守るのだが、やり方は俺達に任せるとの事だ。
また俺達が組むのは、2番チームとなる。
模擬戦での結果を踏まえての組分けだが、勝ったチームと負けたチームで分けてバランスを取ったのだろう。
「何だが緊張しますね……」
赤翼騎士団の北支部を出ると、実感が募ってきたのか、ミシェルちゃんの歩き方がカクカクし始めた。
馬車が何かで移動すれば良いと思うのだが、北門までは近く、体験入団の宣伝をするため歩かされた。
いざ一般の目に触れると、人の目が気になるが、いつもよりはマシな気がする。
これだけ人数が居るので、埋もれる事が出来ているのだろう。
「大丈夫ですよ。何かあれば騎士の方がどうにかしてくれますでしょうし、私達の手に負えない様な事は起こらないはずですから、気楽に行きましょう」
「ううぅ……」
緊張しているのはミシェルちゃんだけではなく、ほぼ全員動きがギクシャクしている。
若いね~。
この程度で緊張していられるのは、平和な証だろう。
或いは魔物とかと命のやり取りを普段からしているため、逆にこういった時に緊張してしまうのか……。
ともかく、何事もなく終われば良いな……。
住人A「あら? あの騎士達はどうしたのかしら?」
住人B「何でも将来に向けて、騎士の仕事を体験しているそうよ」
住人C「たい……けん?」(大荷物を背負っているサレンを見ながら)