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第89話:二日目の夜

「サレンディアナ以外は、もう限界みたいだな。そろそろ良い時間だし、終わりとしよう。それと、夕飯は十九時から食堂となるが、決して遅れないように。すまないが、サレンディアナは解体を手伝ってくれ」

「分かりました」


 休み休みだが、三時間程ずっと障害物走をしていた。


 中々凝っているのもあり、完走するのは結構難しい。


 まあ俺は身体能力に任せ、一度もミスする事無く走り続けた。


 ミシェルちゃんは中々頑張っていたが、握力系の障害物に苦戦していた。


 他の面々は続ければ続ける程ミスが増えていき、着ている鎧はボロボロである。


 汚れを落としてから研磨すれば問題無いだろうが、綺麗にするのも大変そうだな。


 それにしても、固く結んだとは言え、一度も髪が解けなくて良かった。


「ミシェルちゃん。行きましょうか」

「はい!」


 時間が経った事で落ち着いてはいる様に見えるが、大丈夫だろうか?


 更衣室に入り、熱の籠った鎧を脱いでシャワーを浴びる。


 運動の後のシャワーはまた格別だ。


「その……模擬戦の時は助けて頂き、本当にありがとうございました」

「気にしないで下さい」


 惚けながらシャワーを浴びていると、ミシェルちゃんがまた謝ってくる。


 俺がミシェルちゃんを助けるのは依頼であるからであり、感謝を言われる程の事ではない。


 仮に依頼で無かったとしても助けるだろうが、もう少し雑にやっているだろう。


「今回の体験入団が終わったら、改めてお礼させてくれませんか?」


 ……なんだろう。似たような手法をキャバクラとかで見たことがあるな。


 これは、所謂ナンパ的な奴だろう。


 チャラ男がハンカチなどをワザと落とし、女性に拾わせてから今のミシェルちゃんと同じ様な事を言って、カフェなどに連れ込んだりするのを見たことがある。


 シャワー室は個室になっているために顔は見えないが、おそらく真っ赤になっているだろう。


 しかし……ううむ。


 構わないと言えば構わないが、外でミシェルちゃんと会う場合、ライラかシラキリが一緒に居る場合がある。


 俺を慕っている二人がミシェルちゃんとあった場合、どうなる事やら……。


 まあミシェルちゃんの感情も一過性のモノだろうし、もしかしたら俺の勘違いかもしれない。


 大丈夫だろう……多分。


「お礼は必要ありませんが、お暇がある時に一緒にお茶でも如何ですか?」

「は、はい! 是非お願いします!」


 隣から今にも乗り出してきそうな程大きな声がしたので、そっと頭を手で隠す。


 ――どうか、気の迷いでありますように……。








 

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 シャワーを浴びて、着替えてから時計を見ると、十七時半位だったので、寮に戻って寝るには少々時間が足りない。


 適当に時間を潰してから、食堂に行くのか無難かな。


 そう言えば図書館があったはずだし、少しばかり魔王とか王国とかについて調べてみるか。


 騎士団なのだし、街の本屋より詳しいものがあるのかもしれない。


「私は夕飯まで図書館に……」

「付いて行きます」


 うん。返事が早いね。


 先程まで遠かった距離は、今度は一気に近くなり、腕と腕が触れ合いそうな距離で歩く。


 シラキリのように耳があれば、おそらくピンと立っている事だろう。


 そんなミシェルちゃんを連れ添い、図書館に着く。

 

 案内の時に少しだけ見たが、ギルドにある資料室より広い。


 向こうはダンジョンや魔物の事が書かれた物ばかりだったが、こっちはどうだろうか?


 ゆっくりと本を読むほどの時間があれば良いのだが、食堂まで移動時間を含めると、一時間もない。


 今回は王国についての本だけを探してみるとしよう。

 

「私は少し本を探してきますので、ミシェルちゃんはミシェルちゃんで好きにしていて下さい」

「……一緒に居ても良いですか?」

「構いませんが、あまり面白くないと思いますよ?」

「大丈夫です」


 大丈夫ならい良いが……まあ護衛の観点からすればありか。


 今回の体験入団だが、自業自得とはいえ、ミシェルちゃんだけ無駄に怪我をしているからな。


 図書館だからと、何も起きないとは限らない。

 

 引っ付いてくるミシェルちゃんを無視して、王国関連の本を探すか……。


 ざっと流し目で探していると、大陸や国などの歴史が纏められている本棚が見つかった。


 適当に数冊読んでいくが、俺の欲しい情報は書かれていない。


 神の転生や、ダンジョンの成り立ち。悪魔の子などについて少しでも知る事が出来れば良いと思ったのだが、そううまくいかないか。


『上から三番目の棚の、左から五冊目を取ってみよ』


(分かった)


 時間が刻一刻と過ぎ、もうそろろそろ切り上げようとした所で、ルシデルシアが横槍を入れてくる。


 言われた通りの本を見ると、どうやら遺跡や過去の遺物について書かれている本みたいだ。


 内容を一つ一つ確認するようにして読んでいると…………面白い記述が見つかった。


 おそらく、エデンの塔跡地と思われる遺跡についてだ。


 優先度で言えばかなり低い内容だが、場所を知っておくのは必要だろう。


(読む限り、エデンの塔って結構大きいんだよな?)


『まあな。天と地を結ぶ役割のために存在していたからな。物理的ではないにしろ、相応の規模となっていた』


 この本がいつ書かれたかは分からないが、遺跡の周辺には普通に立ち入る事が出来るみたいだ。

 

 近くの街に付いても書かれているので、覚えておけば道に迷うなんて事もない。


 出来れば地図があれば良いが、時代的に難しいだろうな。


 エデンの塔についてだが、本ではいつの時代からあるか分からない古代のものとされており、使われている建材についても不明とされている。


 何もかも不明で、かと言って何か出土するわけではないので、ほとんど野ざらしにされている。


(行ってみる価値はあるか?) 

 

『あるかもしれぬが、確証はない故、サレンに任せよう。暗躍している神の手掛かりを得られるかもしれぬが、知った所で変わらぬからな』


 優先順位で言えば、下から数えた方が早い位だからな。


 ルシデルシアの言う通りならば、相手が誰であろうと負けることは無い。


 知っていようがいまいが、変わらないのだろう。


 何かの拍子に、行けそうだったら行くとしよう。

 

 さてと、別に知らなくても良い事しか知れなかったが、もうそろそろ行くとするか。


「ミシェルちゃん。時間なので、もうそろそろ行きましょう」

「ふぇ? ……はっ! すみません。寝ていました!」


 あれだけ身体を動かしていたのだし、眠いのは仕方ないだろう。

 

 図書館は静かだし、本の匂いは結構眠気を誘う。


 そんなわけでいつの間にか寝ていたミシェルちゃんを起こし、食堂に向かう。








2







 食堂に着くと、模擬戦の時のチーム番号で席が決められており、4番チームのテーブルは見るからに豪華な仕様となっている。


 二位だった1番チームは元々食堂にあったテーブルだが、負けた2番と3番チームは酒場にありそうな木製の丸テーブルとなっている。 


「これは結構差がありますね。勝てて良かったです」

「そうですね」


 ミシェルちゃんには同意するが、個人的には何だって構わない。


 今も食べる物の大半は、初めての味の物が多いからな。


 なんだって楽しむことができる。


 4番チームの席には既に三人共座っているが、やはり疲れているのか、元気が無さそうに見える。


 と、いうよりも、俺以外の全員が疲れてしまっているのだろう。


 今日は一日中身体を動かしていたし、仕方ないだろう。

 

 俺達が席に座って数分すると、騎士達と冒険者が食堂に入ってくる。 

 

 ミリーさんの姿はやはり見えず、気になる所だ。


「お疲れのようだが、明日以降は今日よりも大変だぞ。しっかりと食べるようにな」


 俺達のテーブルにピリンさんも座り、注意してくる。


 他の席にも教育係をしていた騎士が座っているので、騎士達も担当していたチームと同じものを食べるのだろう。


 だからピリンさんは、あれ程厳しくしていたのか。

 

「待たせたな。腹が空いていると思うが、先ずは話を聞いてほしい」


 最後にジェイルさんが入室し、飲み物だけが先に出された後に、ジェイルが全体を見回す。


「明日の予定についてだが、近くの森までの護衛依頼となっている。対象は明日まで内緒だが、朝の六時に第一訓練場へ集合し、それから出発となる。備蓄類は騎士団側で用意するが、各自持っていくものが有れば、食事中に騎士へ話しておけ。それでは腹も減っているだろうし、食事を楽しんでくれ」


 話が終わると直ぐに料理が運びこまれ、各自のテーブルに置かれていく。


 4番チームの料理は、所謂コース料理みたいな感じだ。


 高級感があり、今日や昨日の食事とは比べ物にならない。


 ただ、俺とピリンさん以外の食べ方は、やはり馴れていないのか、かなり拙い。


 ミシェルちゃんだけは一応マナーがなっているが、頑張っている感じが伝わってくる。


 今回の食事だが、言わんとしていることは分かる。

 

 平の騎士ならともかく、役職付きならば貴族との会食などもあるのだろう。

 

 その予行練習みたいなものだ。


「サレンディアナは慣れているようだが、どこかの貴族の出なのか?」

「いえ。ただの平民だと思います」

「思う……とは?」

「実は記憶を失っていまして、あまり自分の事が分かっていないのです」

「そうか……何かあれば騎士団か、役所を頼るが良い」

「心遣い感謝します」


 うん。なんだか、俺とピリンさんだけ場違い感が凄いな。

 

 料理は見た目通り中々美味しく、俺としては満足できるものだった。


 因みに、食事が足りない人のために、肉やらパンやらが用意されており、若者たちはこぞって食べていた。


 その中には勿論、ミシェルちゃんも含まれている。

 

 そう言えば明日の護衛任務では、持ち物を用意しても良いと言っていたが、何か用意した方が良いのだろうか?


 おそらく一泊して帰って来るだけなので、替えの下着を一応持っていくか。


 後は…………そもそも着替えと聖書位しか持ってきていないので、持っていけるようなものが無い。


 流石に下着を持っていくことまでは、ピリンさんに話さなくて良いだろう。


 そして夕食はつつがなく終わり、腹がいっぱいになった事でうつらうつらし始めたミシェルちゃんを背負って食堂を出る。

 

「す……みま……せん」

「疲れているのですし、仕方ありません。もう少しで寮に着きますよ」


 女性用の寮は食堂などがある建物から離れているため、どうしても着くまでに時間が掛かる。


 この道程を人一人背負って帰るの普通大変だろうが、この時ばかりはこの怪力に感謝である。


「すーすー」 


 あと少しで着くという所で、背中からの反応が無くなり、規則正しい寝息が聞こえ始める。


 どうやら、間に合わなかったようだな。

 

 仕方ないが、このまま部屋まで運んでベッドに寝かしつけよう。


 結局今日はミリーさんと会う事が無かったが…………また酒を持ってきてくれない物だろうか?

 

ミシェル「(ヤバい。サレンさんすっごい良い匂いがする)」

サレン「(お酒…………)」


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