第87話:模擬戦終了
「4番なので、二回戦目になります」
くじ引きから帰ってきたミシェルちゃんだが…………4番か。
「そうか。一つ忠告だが、なるべく体力を使わぬように戦え。特にバザニアとリーザンはな」
「分かりました」
「はい」
軽くピリンさんが助言をしてくれるが、やはり連戦となりそうだな。
「それと、サレンディアナは少し話したいことがある。少し離れるぞ」
「分かりました」
はて? 一体なんだろうか?
訓練場の端へと移動するとピリンさんは足を止め、申し訳なさそうな顔で振り返った。
「剣を交えて分かったが、君が本気を出せば勝つのは簡単だろう」
素人同士の戦いならば、力の強い方が勝つ。
しかも魔法も禁止されているので、相手を倒すには近づかなければならない。
「申し訳ないが、なるべく手加減してやって欲しい。負ける必要は無いが、最低限戦いの体を取って欲しい」
これが本当の実戦や、大会などならば手加減なんて必要ないだろうが、騎士団側には騎士団側の思惑がある。
圧倒的な個が暴れられては困るのだろう。
そして今ピリンさんがやっている行為は、潔白でなければならない騎士団の理念とは離れてしまう。
だから申し訳なさそうにしている。
まあ最初からそのつもりだったので、ピリンさんに言われるまでもない。
「私も無駄に不和を広げる気はありませんので安心して下さい。それに、私は将来騎士になるつもりもありませんから」
「助かる。私個人としては騎士になってほしいが、無理強いするつもりはない。やりすぎないように頑張ってくれ」
「分かりました」
一言余分だが、まあ良いだろう。
ミシェルちゃんがやられない限りは、耐えていれば良いだけだ。
それにピリンさんとの訓練により、少しだけ得られたものがあった。
実際は墓場の掟で戦うライラを見ていた時から薄々分かっていたが、身体強化などで魔法を使っていると、何となく動きが分かるのだ。
なので意識を切り替えなくても、防御するだけなら簡単である。
話しも終わり、ミシェルちゃん達の所に戻ると、既に一回戦目は終盤となっている。
二体二となっており、お互いに隙を探るようにジリジリと戦っている。
四人とも見るからに疲れており、隙を晒すのも時間の問題だな。
「そこまで! 1番チームの勝ち」
案の定戦いは直ぐに終わった。
2番チームの一人が、疲れから膝が笑ってしまったのだ。
その隙に有効打を入れ、最後の一人を挟んで一気に攻めた。
動きは微妙だが、半日の訓練にしては良い連携だろう。
「次! 3番と4番チーム!」
ジェイルさんに呼ばれ、ミシェルちゃん達に緊張が走る。
どうせ訓練なのだし、もっと気軽にすれば良いと思うのだが、そうもいかないか……。
「ミシェルちゃん。頑張りましょうね」
「――はい! 行きましょう!」
ハッと我に返り、ミシェルちゃんが歩き出す。
五人の中で俺だけ綺麗な鎧のせいでかなりアウェーな感じだが、今更気にしてもしかたない。
3番チームと向かい合い、此方は前二人の後ろ三人でフォーメーションを組む。
ミシェルちゃんは遊撃となるのでどこでも良いが、油断を誘うためにこの様になっている。
相手は前四人の後ろ1人か。教えてもらった基本とは違うが、基本以外を使うなとは言われていない。
速効で叩きのめす気なのだろう。
「両者構え……始め!」
号令と共に、四人中三人が俺に殺到する。
やれやれ……仕方ないが、頑張って耐えるとしよう。
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「両者構え……始め!」
二回戦の始まりを告げたジェイルは、3番チームの動きを見て、戦いの結末がどうなるか分かった。
(何も知らないとは、やはり無謀なものだな)
サレンは食堂で身体強化が出来ないと発言したが、だから弱いとは限らない。
力とは強さに直結する。
そこに速さが加われば申し分なく、体力があるならばなお良い。
技量など、後からどうとでもなる。
最低限サレンには体力と力があることは証明されており、前衛で盾役をやるならば、速さは別になくても構わない。
とにかく耐えることさえしてれば良いのだ。
女だからと侮っている……という分けでもないだろうが、3番チームの悪手以外の何物でもない。
それに囲めるならともかく、三人で前から攻めるのはあまり良い手段ではない。
何故ならば、剣を横に払うだけの範囲を取れないからだ。
絶え間なく攻められるのは確かに辛いだろうが、攻撃の手段を一つ考慮しなくて良いのは、サレンからしたら楽になる。
現に三人の攻撃をサレンは動揺することなく受け止め、崩れるような様子もない。
ドリンも攻めらならともかく、守る側は体力の消耗も少ないので、今は難なく耐えている。
まさか耐えられるとは思っていなかったのか、3番チームの後衛は攻めあぐね、苦い顔をする。
足が止まり、前衛が居るからと見るからに油断している。
それは隙であり、それを見逃さない人物がサレン達のチームには居る。
「はぁ!?」
後衛に居るミシェルが――跳んだ。
サレンや3番チームの前衛を飛び越え、後ろにミシェルは回り込む。
誰もこんな重い鎧を着て跳ぶとは考えてはおらず、思わず上へと視線を向けてしまう。
そして隙を晒していた3番チームの後衛は、後ろに回り込んできたミシェルに反応出来ず、一撃で吹き飛ばされて戦闘不能となる。
3番チームを挟撃する形となった事により、前衛達はあわてふためき、後衛のリーザンとバザニアがそこを斬りつける。
そして、あっという間に3番チームは瓦解する。
一回戦目より瞬く間に決まる決着に、ジェイルの口角が思わず上がる。
各個人が決められた動きを、決められた通りにやる。
しかも、この戦いで一番消耗を強いられたのはサレンだ。
そのサレンは息も乱れず、汗すら流していない。
この後の事を考えれば、最上の勝ち方だろう。
それに、サレンの異常性もそこまで表立っていない。
「それまで! 4番チームの勝利! 続いて、1番チームと4番チームの対戦を始める!」
ジェイルの決定に、異を唱えるものはいない。
明らかに4番チームが不利だが、不利な戦いだからと逃げてはいけない。
直ぐにフォーメーションを組み直し、1番チームが来るまでの僅かな時間で休憩を取る。
ミシェルの取った手段は奇策であり、二度も使うことは出来ない。
一応4番チームはサレン以外の能力は並であり、ミシェルも先程は活躍したが、総合力で見るとそこまで高いものではない。
ミリーに師事しているおかげで、戦闘センスはずば抜けているが、身体がまだ追い付いていないのだ。
(さて、次はどうなるか……)
ジェイルから見た限り、サレンは自分から剣を振るおうとしていない。
重量挙げで500キロを持ち上げられる膂力があれば、吹き飛ばすなんて容易いだろう。
騎士団としてはありがたいが、何故こんな化け物が名もなくホロウスティアに居るのかが分からない。
確かにホロウスティアは広いが、能力がある人間は緑翼騎士団が情報を回してくる。
ミリーが言っていたことも気になるが、先ずは戦いが無事に終わることを祈るしかない。
1番チームは前衛三人の後衛二人のフォーメーションを取り、ミシェルの動きに対する牽制する。
「両者構え……始め!」
4番チームの前衛の二人は防御の構えを取り、一番チームを待ち構える。
サレンには一人が向かい、ドリンに二人が向かう。
ドリンを援護するため、バザニアとリーザンは後ろに控え、サレンの後ろにはミシェルが付く。
(サレンを抑え、先にドリンを崩す気か。どうなるか……)
日頃からならともかく、重い鎧を着て戦うのは、初めてだろう。
魔力の消費や、体力の配分。
鎧の稼働領域など、問題を上げればきりがない。
何より、体力を消費しなかったとしても前衛には一つ問題がある。
「あっ!」
剣を受け止めた拍子に、ドリンは剣を手放してしまった。
この時点でドリンは敗けとなるが、リーザンがドリンを攻撃した相手の前衛を一人倒したので、何とか均衡は保てる。
剣と剣がぶつかれば、手に衝撃が走る。
そして何度も繰り返していれば、手が痺れてしまう。
根性でどうにかなるものでもなく、連戦の弊害と言うわけだ。
普通は受け止めるよりも避ける方が多く、手が痺れるなんて事はまず起こらないが、今回は避けずに受けるように言われているので、ジェイルはこうなる可能性を考慮していた。
皆の目がドリンの方に引き寄せられ、ほぼ同時に二人の脱落者が出たことで、ミシェルは好機と見てサレンの後ろから剣を突き出す。
「うぶぁわ!」
「うっそだろ!」
サレンを押し止めていた前衛は、後ろに居た後衛を巻き込んで吹っ飛んで行く。
ミシェルの細腕から繰り出されたとは思えない威力に、見ていた者は驚くが、結果は覆らない。
一気に三人脱落したことにより1番チームは窮地に立たされるが、ミシェルの腕も無事では済まない。
腕の骨にはヒビが入り、痛みに顔を顰める。
ミシェルがミリーから教えられたのは、一点集中型の身体強化の方法だった。
女でも男に勝てる方法ではあるが、身体への負担が大きい諸刃の剣である。
最初の戦いでのジャンプもその一点集中型の身体強化の応用だが、それで足を痛めてしまっていた。
だからサレンの後ろで、好機をずっと待っていたのだ。
勝つためならば多少の負傷を厭わないミシェルの意地だが、負傷したミシェルはもう剣を振る事すらできない。
人数的には有利ではあるが、サレンは耐えこと以外する気は無いので、実質二対二である。
ミシェルは痛みのあまり剣を手放してしまい、サレンの隣に倒れてしまう。
そんなミシェルの所に、サレンを攻撃していた前衛の一人がバランスを崩し、倒れこもうとしてしまう。
ミシェルは動く事が出来ず、このまま鎧を着た男が倒れこめば、ミシェルの頭が潰れてしまうだろう。
あまわ命の危機…………となるが、そんな事態をサレンが見逃すはずもない。
意識を切り替えたことにより、サレンの視界がゆっくりとなる。
タイミングが悪く、サレンが手を伸ばした程度では、倒れようとしている男には届かない。
その様子を見ていたジェイルは、焦りを露わにする。
ミシェルに何かあれば、ジェイルもただでは済まない。
走馬灯の様なものがジェイルの脳裏に走る中、サレンは瞬時に剣を構え直し、剣の腹を男の鎧に当てる。
そして…………剣を振り抜いた。
「おぉぉぉ!」
「ぐはぁ!」
ベコリと鎧が凹み、1番チームの最後の一人を巻き込んで遠くに吹き飛んで行く。
あまりの事態に誰もが絶句し、吹き飛んだ二人の呻き声だけが僅かに木霊する。
「危なかったですね。大丈夫ですか?」
「は、はひ! あ、ありがりょうございましゅ!」
サレンに助けてもらったミシェルだが、顔は赤く紅潮し、呂律も回らない。
それも仕方のないことだろう。
サレン自身は気付いていないが、意識を切り替えている間は、いつも以上に目付きが鋭くなり、視線で人を殺せるのではないかというレベルになる。
命の危機がある状態でそんなモノを見てしまったミシェルは、心を撃ち抜かれてしまった。
つり橋効果と呼ばれるものだが、それも仕方ない事だろう。
死の恐怖による胸の高鳴りと、恋による胸の高鳴りは似ているのだから。
それにミシェルは父親があれであり、女だてらに騎士を目指しているため、同世代の男子とはあまり仲が良くなく、女子の友達もあまり多くない。
なのでミリーに懐いたわけだが、ミシェルにはそちら方面の下地があったのだろう。
サレンはミシェルの反応に首を傾げた後、チラリとジェイルの方を見る。
今のサレンの一撃により、1番チームは全員戦闘不能となった。
「勝者、4番チーム! それと、吹き飛んだ奴らを誰か助けてやれ」
我に返ったジェイルは直ぐに宣言をして、模擬戦は終わりとなる。
訓練場にはもしもの時のために、神官が来ているので、腕が取れでもしない限り怪我を治すことが出きる。
(とりあえず、何事もなく終わったか……さて、早く戻らなければな)
ミリーに急がなければ大変なことになると言われているため、ジェイルは昨日から赤翼内を徹夜で調べ回っている。
この後も直ぐに戻り、内部調査の続きをする気でいる。
時間は殆ど残されていないのだから。
騎士A「なあ、あの鎧見たか?」
騎士B「ああ、大きく凹んでいたな。あの鎧はかなり堅いはずなのだが……」
騎士C「もしかして俺達より強いのでは?」