第86話:訓練……一応
「よし、集まっているな。これより訓練を始める!」
ミシェルちゃんを寮の自室に追いやり、深夜までミリーさんと酒宴をした翌日。
言われた通り第……幾つだったかな? 訓練場に五人で集合している。
別に眠い訳ではないが、少しやる気が出ない。
まあ、そのうち良くなるだろう。
因みにミリーさんは案の定来ていない。おそらく寝ているだろう。
俺と違いミシェルちゃんは朝からやる気満々であり、他男子三名はミシェルちゃん程ではないが、やる気があるように見える。
「先ずは赤翼騎士団で一般的に使われている、フォーメンションの説明をしよう」
フォーメンションか……チームとして戦うならば、当然必要となって来るか。
今回は戦いが近接のみとなるが、それでも前に出る役や、遊撃に回る役。
或いはかく乱や盾役など、やる事を分ける必要がある。
全員横に並んで突撃したところで、普通なら囲まれるだけとなるだろう。
ピリンさんが教えてくれたフォーメンションは、ざっくり言えば前衛が二人か三人のパターンと、前者に遊撃を一人いれた前後二人のパターンだ。
あくまで基礎であり、本来は状況によって色々と変える。
ピリンさんのおすすめは、前三人の、後ろ二人のフォーメンションだ。
防御面でも優れているし、後ろに控えている二人が隙を突いたり、上手くカバー出来ると、相手の消耗を誘うことが出来る。
難点としては、後ろの二人が弱ければ意味が無いって事だろう。
相手ががむしゃらに突っ込んでくるならば問題ないが、相手も間違いなくフォーメンションを組んでくる。
因みに何故フォーメンションを組むかだが、その方が消耗率を下げられるのと、役割を分ける事で有事の際の動揺を無くすためだ。
決められたことを決められた通りにする。これは簡単なようで中々難しい。
弱気になったり、パニックに陥った人間は何をしでかすか分からない。
そのようにならないために、この様なチームでの訓練をしているのだろう。
多分。
簡単な説明をしたピリンさんは、ミシェルちゃんを見る。
「さて、リーダーたるミシェルよ。どうする?」
「……一つ確認ですが、戦いの最中にフォーメンションが崩れた場合は、如何すればいいのでしょうか?」
「どのようにしても良い。そのまま戦うか、抜けた穴を他で補うかも、その場でしか判断できないだろうからな」
考え込むように顎に手を当てたミシェルちゃんは、しばらく黙り込んだ後に顔を上げる。
「それでは、三つ目のフォーメンションで基本は戦おうと思います」
「分かった。因みに理由は?」
「勘です。前衛はサレンさんとドリン。後衛はバザニアとリーザン。私は遊撃します」
ピリンさんはミシェルちゃんの説明に「そうか」と答えるだけで、それ以上聞かなかった。
そんな僅かな静寂の中、リーザンが手を挙げる。
「なに?」
「サレンディアナ……さんが前衛の理由は何でしょうか?」
俺を呼び捨てにしようとしたリーザンに対し、一瞬だけミシェルちゃんが目を細めたことで、さん付けが追加される。
何か思っている以上に、ミシェルちゃんってやんちゃなのだろうか?
それならばミリーさんが、言葉を濁した理由も納得である。
「サレンさんは持久走で、一番最後まで走れる体力があります。またあの鎧を着てですので、力もそれなりにあるはずです」
「そうですが……分かりました」
ミシェルちゃんにけちょんけちょんにされたせいか、男共は静かなものだな。
まあ、静かなのは俺も一緒だが。
「さてフォーメーションは決まったが、実際に動いてみないことには感覚も掴めないだろう」
ぴりんさんはそれはそれは笑顔となり、腰の剣を引き抜く。
「並べ。午後までみっちりと仕込んでやろう」
なるほど、これはピリンさん側の訓練でもあるのだろう。
たった午前一杯で、どれだけ新米を使えるようにするか。
さてと、なるべく無理しないように頑張るとしよう。
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「時間だな。ここまでとしよう」
ピリンさんの拷問……虐待……訓練は、一度も休むことなく行われた。
因みに感想は客観的に見た場合であり、俺個人からしたらそれほどでもない。
まず俺と共に前衛をする事になったドリアンだが、ピリンさんの最初の一撃で吹き飛んだ。
そのまま俺の横を抜け、バザニアとリーザンを地面に叩きつけた後、怯んだミシェルちゃんの腹を殴ってドリアンと同じく吹き飛ばした。
ほんの数秒の出来事だが、流石騎士の中でも選ばれた存在なだけはある。
そしてそんな気はしていたが、俺はガン無視でした。
そんな初戦から始まり、見事にボコボコにされながら何とか訓練は終了した。
一応一度だけピリンさんは俺にも攻撃をしてきたが、防ぐだけならば問題なく、ピリンさんの膂力では吹き飛ばされるようなことも無かった。
剣を受けとめた時の驚いたピリンさんの表情は、何とも言えなかったが、直ぐに俺を諦め他四名への攻撃を始めた。
「あ、ありがとうございました」
「……」
ミシェルちゃんは何とかお礼を言うものの、男子組は床に倒れ伏して動かない。
「私の攻撃に耐えられたのだ。模擬戦での攻撃など取るに足らんだろう。後は如何に相手を倒すかだ。今から二時間後、第一訓練場へ集合するように。解散!」
やっと飯の時間か。午後も頑張る為にしっかり食べるとしよう。
「大丈夫ですか?」
「な、なんとか……」
ピリンさんに返事をしたミシェルちゃんは、解散の声と共に膝から崩れさり、男と元同じく地面に転がる。
気合で何とか立っていたのだろう。
しかし、これだけ激しい戦いをしたが、魔力は大丈夫なのだろうか?
二時間の休憩で回復するのか?
まあ気にしても仕方ないか。
「立つことは出来ますか?」
「少し休めば大丈夫ですので、私の事は放っておいて下さい」
そう言われても、一人で食堂に行くのは流石に寂しいものである。
それに、ミシェルちゃんを一人にするわけにもいかない。
仕方ないが、更衣室まで運んだ後に、治してやるとするか。
「仕方ないですね」
「ふぇ? うぇぇえ!?」
よっこらせてミシェルちゃんを肩に担ぎ、更衣室に向かう。
鎧と言っても、ミシェルちゃんの体重と合わせても100キロ以下だ。
そう重いモノでもない。
更衣室に入り、床へとミシェルを下ろす。
「天に居ります我が神よ。彼の者に癒しを与えたまえ」
疲労回復をイメージして、軽く奇跡を使う。
淡くミシェルちゃんの身体が光り、その後に飛び上がるように起き上がる。
あわてふためきながらも、ミシェルちゃんは直ぐに身体の変化に気づいたのか、首をかしげる。
「あ、ありがとうございます……」
「気にしないで下さい。それでは、シャワーを浴びてから食堂に行きましょう」
「はい!」
軽くシャワーを浴びてから鎧を着て、食堂で飯を食べる。
相変わらずミシェルちゃんは大量に食べるが、一体どこに入ってるのやら……。
食べ終えたら時間になるまで休み、準備を整えてから第一訓練場へと向かう。
「緊張しますね……」
「大丈夫ですよ。あくまでもこれは訓練ですし、相手もピリンさんより弱い筈ですから」
怪我だけはさせないようにしていたと思うが、それにしてもよく生き残れたものだ。
「そ、それもそうですね。よし! 頑張って勝ちましょう!」
「はい」
やる気を取り戻したミシェルちゃんはズンズンと進んでいく。
若いね~。
『若さで言えば、サレンは実質ゼロ歳だろう?』
(身体じゃなくて、精神的な若さだよ。こういった肉体的な運動は、精神的に疲れてしまう)
剣で戦うのは憧れるが、思った以上に俺には向いていないように感じる。
かと言って魔法も使えるわけではないので、戦いそのものに向いていないのだろう。
『爺臭い奴じゃな。もっと人生を楽しめばよいのもを……』
(これでも結構楽しんでいるさ。それに、生きるのには金が必要なんだよ)
ルシデルシアのせいで実質的にダンジョンには潜れないし、あくせく働いて金を稼ぐなんて面倒な事はしたくない。
今は仕方ないが、将来は遊んで暮らしたい。
そんなやり取りをしている内に訓練場へ着き、他三名と合流する。
「三人とも、やる気はあるわよね?」
「ああ」
「勿論」
「少し節々が痛いですが、やるからには全力です」
昨日はミシェルちゃん……と俺を侮っていた三人は、一緒にピリンさんにズタボロにされたことにより、仲間意識が芽生えたようだな。
一度も吹き飛んでいない俺に、何か言いたそうな視線を向けてくるが、ミシェルちゃんが横に居るため何も言えない。
辺りを見ると既に結構集まっており、どこもやる気十分と言った感じだな。
「五人共集まっているな。勝てとは言わないが、飯のために頑張るように!」
指定された時間より少し前にピリンんさんも訓練場へと来て、俺達を激励してくれるが、言葉とは裏腹に視線は必ず勝てと告げている。
実際問題、もしも俺一人が残ったとしても勝つのは容易い。
容易いだけで勝つことが問題だが、いざとなれば剣を落とせばいい。
一応勝つつもりだが、状況次第では負けるのも止む無しだろう。
目立つことで信徒が増えるならばいいが、そうもいかないのが現実だ。
騎士から信徒を得るのは、不可能ではないが、間違いなく無理に近い。
俺の様な木っ端宗教ならともかく、大きな宗教はいずれかの教国と関係がある。
つまり、スパイを身内に持つようなものなのだ。
特に今の教国は荒れているようだし、帝国も態々関わろうとしないだろう。
よって、ミシェルちゃん以外に何かするのは、俺の得にならない。
なので、リーザン達に奇跡を使う気は毛頭ない。
「全員集まっているな。午前中は扱かれたと思うが、正式に騎士になればそれ以上の訓練が待っている。我々は民を守る盾であり、敵を駆逐する剣でもなければならない。妥協は許されないのだ」
あれですら序の口と言うが、多分ピリンさんのあれは普通じゃなかったような気がする……。
他の訓練を見ていないので正確には言えないが、あそこまでボコボコにはしないだろう。
現に他と比べて、ミシェルちゃん達の鎧はかなり汚れている。
因みに俺は傷一つない。
「模擬戦はトーナメント形式とし、順番はくじ引きとする。代表者は前に」
代表者と言えば、やはりリーダーたるミシェルちゃんだろう。
「ミシェルちゃん」
「はい! 行ってきます」
集まっている中でも、ミシェルちゃんは人一倍やる気があるように見える。
ある意味この体験入団は、ミシェルちゃんにとって人生の分岐点となる行事だ。
めそめそしたり売られた喧嘩を買ったりもしているが、この四日間の結果次第では、騎士になる道を諦めるかもしれない。
俺としてはどうなろうと構わないが、若い子には頑張って欲しと思っている。
「あの。少し宜しいでしょうか?」
「はい?」
去って行くミシェルちゃんを見ていたら、リーザンが後ろに居た。
振り返ると少し後退られたが、まあ良いだろう。
「か、確認したいのですが、サレンディアナさんは訓練の時に、強化魔法を使っていませんでしたよね?」
「はい。そういった魔法は使えませんので」
「――ピリンさんの剣を受け止めていた様に見えたんだが……」
「神の御導きの賜物ですね」
これ以上は面倒だから聞くな。
そういった威圧を込めてほほ笑む……多分。
「すすすすみませんでした!」
「いえ。今日は同じチームとして、頑張りましょう」
「はい!」
うむうむ。若い子は元気があって良いな。
ヘドバンみたいに頭を振ちゃって、これなら模擬戦もしっかり戦ってくれるだろう。
トーナメントは四チームなので、シードなどは無い。
1番だろうが4番だろうが問題ないが、出来れば一回戦目の方が有利となるだろう。
おそらく休憩を挟むことなく、連戦になるだろうからな。
魔物や人との戦いの途中で、疲れたから休みます……なんて出来る筈もない。
昨日まではともかく、今の俺達は客ではなく騎士である。
相応の態度を求められて当然だろう。
リーザン「(この人……普通じゃない)」ガクブル
ミシェル「(サレンさんはカッコいいなー)」