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第85話:ミシェルちゃんさいつよ

「やあやあサレンちゃん。こんな所でどうしたの?」


 ジェイルさんの執務室出て歩いていると、どこからともなくミリーさんが現れた。


 しかも手には酒が入っていると思われるビンを持って。


 やはり外に出歩いていたのか……ミリーさんらしいというか、なんと言うか……。


「明日から始まる訓練の為にチームを組むことになったのですが、そのミーティングに向かう途中です。別件で遅れてしまっていますけどね」

「なるほど。そんじゃあ私も付いて行こうかな。それと、終わった後に一杯どう?」


 軽く瓶を揺らし、銘柄が見えるようにこちらに向ける。


 ロークレイシアか。確かミリーさん行きつけの店のメニューに載っていた奴だな。

 

 赤ワインで結構甘口だが、芳醇な香りで度数も結構高かったはずだ。


 問題はどれだけ寝かせているかだが…………そんなことは置いといて、俺の答えは決まっている。


「ありがたく付き合わせていただきます。それでは行きましょう」

「そうこなくっちゃ!」


 笑顔のミリーさんと並び、第五会議室を目指す。

 

 まさかこんな所で酒を飲めるとは思わなかったので、少し気分が良くなる。


 さっさとミーティングなんて終わらせて、一杯しゃれ込むとしよう。





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「来たな…………冒険者も一緒か……空いてるところに座ってくれ」



 会議室に入ると、ピリンさんがミリーさんを見て固まり、それから手に持っているものを見て固まり、そっと目を逸らす。


 見なかったことにしたな。


 会議室に居るのはミシェルちゃんに、他二名……とするのは流石に失礼か。


 名前は確かドリンとバザニア。それからリーザンだったかな。


 ドリンはガタイがよく、赤い髪を短く切り揃えている。


 バザニアの方は身長が百八十ほどあり、ドリンに比べると線が細い。


 髪はドリンより少し長く伸ばしており、黒色である。


 最後の一人であるリーザンは、この中ではミリーさんの次に身長が低く、頭はツルツルである。


 真面目そうな雰囲気だが、ハゲだから多分武闘派だろう。


 年齢は三人とも十六だったかな?


 ミシェルの隣に座ると、ピリンさんが頷く。


「全員集まったので、軽く一から説明する。明日の訓練だが、午前一杯はこの五人で連携の訓練を行い、午後は他のチームとの模擬戦。その後、模擬戦での反省を踏まえての訓練を行う予定だ」


 軽く説明した後、ピリンさんはホワイトボードに明日の流れと、模擬戦について書く。


 連携の訓練といっても、高々数時間では付け焼刃以下だろうが、あくまでもどんな訓練をしているのか、雰囲気を味わうためのものだろう。


 軽くでも学べば、後々自分で復習することも出来るし、何より将来騎士を目指すならば、大きなアドバンテージとなる。


 そのアドバンテージは赤翼騎士団だけとなるが、俺が気にすることではない。


 模擬戦のルールだが、放出系の魔法は原則禁止となっており、身体強化だけが使用可能となっている。


 ルールとしては武器を手放すか、四肢が地面に着いた時点で負け。


 降参もあるが、騎士団の意向としては最後まで足掻いてほしいそうだ。


 訓練だし、当たり前と言えば当たり前だろう。


 武器は刃引きされた剣と盾の使用が許可されているが、特例として棒と槍も使用して良い事になっている。


 騎士は基本的に国から支給された武器以外の使用を禁止されているが、有事以外の時は他の武器も使うことが許可されている。


 人を制圧するなら、棒や槍といった武器の方が使いやすいって人も居るのだろう。

 

 それと一応体術もして良い事になっているが、鎧を着た状態では厳しそうだ。


「説明は以上だ。ここまでで何か質問は?」


 簡潔且つ分かりやすい説明を終えたピリンさんが、俺達を見回す。


 このまま誰も意見しないと思われたが、リーザンが手を上げる。


「なんだ?」

「模擬戦についてですが、勝利した際と、負けた際には何かあるのでしょうか?」


 ただの訓練ならば、買った負けたで何もないだろうが、あくまでも体験である。

 

 何より重量上げで、ジェイルさんが最も重い重量を挙げた者に、褒賞を出している。

 

 この模擬戦にも似たようなことがあっても可笑しくない。

 

「ああ。勿論有る。模擬戦の成績により、夕飯のメニューが変わる。詳細は教えられないが、心して挑んだ方が良いだろう」

「ありがとうございます。ですが、始める前から言うのは何ですが、勝てる確率はあるのでしょうか?」


 真面目な顔のまま、リーザンは全員を見回す。


 見た目と話し方が正直一致しないが、言いたい事はなんとなくわかる。

 

「これはあくまでも意見として聞いて頂きたいのですが、他のチームとは違い、俺達は女性が二名居る。身体強化をすれば肉体的な差は多少埋まるかもしれないが、それでも難しいものだと思う」

「つまり、何故このチームだけハンデを背負っているのか。そう言いたいのだな?」


 ピリンさんは特に怒るでもなく、冷静にリーザンに問う。


「有り体で言えばそうです」 

「そうか。疑問を聞くのは良い判断だが、騎士の報告は短く分かりやすくが基本だ。遠回しな言い方には気を付けろ」

「失礼しました」


 まあこのチームが他に比べて、弱そうと思うのも仕方のない事だろう。


「一つ言っておくが、騎士は命令に忠実でなければならない。それがたとえ、どんな理不尽な物であってもだ。勿論騎士の規律に反する命令は別だがな」


 騎士も軍隊も、中身自体はそう変わらない。


 上の命令は絶対であり、命令違反は厳罰となる。


 いざとなれば命を投げ出す覚悟が必要となるだろう。


 理不尽であったとしても、法や規律に反していない限り、何も口に出してはいけない。


 まだ若いリーザンは、その事を本当の意味で理解していないのだろう。


 若干だが、不服そうな顔をしている。


「これは君達に与えられた任務だ。それで結果を出せるなら良し。出せないならば出せなかったなりに、結果を活かす必要がある」

「……つまり、このチームは当て馬なのか……ですか?」


 ポツリとバザニアが声を漏らすが、それに対しミシェルちゃんが不満を隠そうとせず睨みつける。


「まるで私達二人が邪魔みたいな言い方ね」

「いや、それは……」 


 ミシェルちゃんのドスのきいた声に、バザニアはしどろもどろとなり、小さくなる。


 こういった芸当を教えたのは、多分ミリーさんだろうな……。


 俺の隣で笑うのを我慢しているし。


「何なら、私がどれだけ強いか試してみる? どうせ模擬戦ではリーダーが必要でしょう?」

「面白いな。騎士団は実力主義だ。他の四名はどうする?」


 ミシェルちゃんの啖呵にピリンさんは笑いながら頷き、男達三人と俺を煽るように見る……が、俺に対する視線だけどう見ても別物だ。


 頼むから何も言わないでくれ。そんな幻聴が聴こえたような気がする。


「私は辞退します。リーダーには向いていませんから」

「そうか。他は?」

「俺はやるぜ。強いならば文句はないからな」

「お、俺も」

「……そうですね。言い出しっぺですし、俺もやりましょう」


 俺を除いた三人はやる気満々といった感じか……若いな~。


 まあ魔法無しで戦った場合、三対一でも勝つのは俺だろう。


 手加減なんてのは素人の俺には無理だし、痛いのは嫌なので、やるからには勝つ以外の選択肢はない。


 それにこの面で強いと分かった場合、間違いなく怯えられる事となるだろう。


 どうせ模擬戦は勝つ以外の選択肢はないので、焼け石に水だろうがな。


「よし。あまり遅くなっては明日に差し支えるので、早速移動するとしよう」

「はい!」


 元気に返事をしたミシェルちゃんは立ち上がり、三人を軽く睨む。


 俺は参加しないし、このままミリーさんと…………とはいかないのが悲しいところだ。

 

 一応護衛でもあるのだからな。











2

 






 

 夕飯を食べてジェイルさんとの取引を終えてから、ミーティングからの訓練場。

 

 既に二十一時を回っており、夜も更けている。


 四人は刃引きされた剣を持ち、一対一で向かい合っている。


 ミシェルちゃんとドリン。

 バザニアとリーザンでの対決だ。


 勝った方がもう片方の勝った方と戦い、それで勝ったものがリーダーとなる。


 鎧は着ていないが、一本勝負なので大丈夫だろうとピリンさんの判断だ。


 最悪死ななければ何とかなるし、大丈夫だろう。


「そう言えばミリーさん」

「なんだい?」

「ミシェルちゃんってどれ位強いのですか?」


 折角なので、ミリーさんに聞いてみる。


 口ぶりからミリーさんが面倒を見ているみたいなので、どれ位戦えるのか知っているはずだろう。


「うーん。年齢としてみればそれなりに強いはずだよ。事情があって殆ど我流だけど、あの三人には負けないんじゃないかな?」


 ふむふむ。更衣室では意気消沈としていたが、啖呵を切れる程度の強さはあると。


「なるほど。因みにシラキリと比べるとどうですか?」

「……一瞬でシラキリちゃんが勝つだろうね。サレンちゃんの所に居る三人は他と比べちゃ駄目だよ」


 苦笑いするミリーさんだが、やっぱりあの三人は可笑しいのか。


 オーレンやマイケル達を見て分かっていたつもりだが、改めて出会えたことに感謝しておこう。


「四人とも良いな? それでは……始め!」


 ピリンさんの合図と共に、ミシェルちゃんは一気に間合いを詰める。


 迎え撃とうとドリンは剣を横に振るが、ミシェルちゃんは剣の下をするりと抜け、ドリンの後ろに回り込む。


 速いし、なんとも柔軟な身体だ。


 あの動きは鎧を着ていたら出来ないだろうから、鎧を着ない事が功を成しているな。


 ドリンは身体を回転させて後ろに回り込んだミシェルちゃんへ追撃しようとするが、ミシェルちゃんはドリンが身体を回転させた時の軸足を蹴り、体勢を崩すさせる。


 いくらガタイが良くても、身体を捻る際はどうしても体重が片足に寄ってしまう。


 ミシェルちゃんは最初から狙っていたのだろう。


 蹴られた事で体勢を崩し、思わずドリンはたたらを踏んでしまうが、その隙にミシェルちゃんの剣がドリンの首へと当てられる。


 鋭く速い剣だが、ピタリと止めている辺り、戦いに慣れていそうだ。


「そこまで! 勝者ミシェル!」


 終わってみれば呆気ない戦いだったが、対格差や相手の弱点を突いた良い戦いぶりだ。


 ミシェルちゃんの戦いは終わったが、もう一つの戦いはもうしばらく続きそうだ。


 バザニアとリーザンはどちらも力押しと言った感じの戦いなので、先に体力が尽きた方が負けとなるだろう。


「そこまで! 勝者リーザン」


 最後はリーザンがバザニアの剣を弾き飛ばし、リーザンの勝ちとなる。


 見るからに疲れているようだが、この後の事を考えているのだろうか?


 ミシェルちゃんは連戦になるだろう事を理解しており、なるべく早く勝負を着けようとしているように見えた。


 一方リーザン達は今に一杯一杯な感じだ。


「次にミシェルとリーザンの勝負を始める。双方準備は良いな?」

「はい」

「だい……じょうぶです」

「それでは……始め!」

 

 ……こりゃあミシェルちゃんの勝ちとなりそうだな。


「うーん」

「どうかしましたか?」


 何やら悩ましい声を出しながら、ミリーさんは首をかしげる。


「いやね、いつもより動きが…………あっ、うん。なんでもないよ。それよりも、これなら直ぐに終わりそうだね」

「そうですね」


 自己解決したみたいだが、一体何だったんだ?


「止め! 勝者ミシェル! リーダーはミシェルとする!」 

 

 ミリーさんと会話するために顔を逸らした間に、戦いは終わってしったようだ。


 落ち込む男三人とは違い、ミシェルちゃんは元気にこちらに手を振っている。

 

「明日は朝七時に第六訓練場へ集合せよ。更衣室に鎧があるから、着替えるのを忘れるなよ。解散!」


 落ち込む三人に、何か言葉を掛ける事もなくピリンさんはそう宣言し、訓練場から去って行ってしまった。


「勝ちましたよ! やはり口先だけでしたね。明日は扱き使ってやります!」

「おめでとうございます。ですが、将来は同じ騎士として仲間になるかもしれないのですから、言葉には注意しましょうね」

「は、はい! すみません!」


 なんだか久々にシスターらしい事を言った気がするな。


 説法を解く様な事は何度かしているが、身近にいるのは手のかからないアーサーやシラキリだし、俺に直接話しかけてくるような奇特な人なんてそういない。

 

「それでは帰りましょうか。明日も早いですからね」

「そうだね。ここからは大人の時間だからね」

「はい?」


 疑問符を浮かべるミシェルちゃんを伴って、寮へと帰る。


 さて、お酒は一体どんな味だろうか? 

ドリン「もしかして」

バザニア「かませ犬なのは」

リーザン「俺達なのか?」

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