第79話:基礎訓練を終えて
ミリーさんの口車に乗せられ、500キロのバーベルを持ち上げてみたが、ペインレスディメンションアーマーの攻撃に比べれば、この程度軽いものである。
俺としては目立たないようにしたがったが、万年金欠の俺にとって臨時収入は大きい。
数千ダリアならば端金だが、ミリーさんが提示したのはなんと五万ダリアだ。
裏があるにしても、貰えるなら貰いたい。
それと、ミシェルちゃんがバカをしたので、軽く叱っておいた。
ミリーさんに負けじと100キロを持とうと頑張るのは良いが、それで怪我をしてしまえば元も子もない。
自分の力を過信せず、無理をしないように説教をした。
臨時収入に少しばかりホクホク顔になりながら剣の方は軽く50キロでやり、問題なく終える。
騎士が信じられないものを見るような感じだったが、多分気のせいだろう。
「全員終わったな。今自分がどれだけ出来るのかを知るのは、戦いの上での基本となる。さて、最も重量を持ち上げられたのは……」
集まった俺達に対して、基礎訓練の重要さを再び話した後、全体を見渡す振りをして俺をジッと見てくる。
何かしら行動を起せば俺のやらかした事がばれてしまうので、首を横に振る事で意思表示をしておく。
「……180キロを持ち上げた、マルスだ。全員、拍手!」
何とか伝わったようで良かった。
体験入団をしている中で、俺が500キロを持てた事を知っている者は居ないので、ジェイルさんの言葉を信じてくれている。
マルスは確か、持久走で最初にリタイアした奴だったかな?
結構大柄で体力は微妙だが、力が有るって事だろう。
照れくさそうにマルスは軽く頭を下げて、皆から拍手をもらう。
「プレゼントについては、最終日まで楽しみに待っておけ。さて、残りの時間は実際に剣を持ち、赤翼騎士団が実際にやっている訓練を行う」
そうジェイルが言うと、部下の騎士が鞘に収まった剣を持って来た。
たまに街の中で見る騎士が携えているのと同じ見た目だが、流石に真剣ではないだろう……と思いながら鞘から抜いたら、間違いなく真剣でした。
子供でも真剣が持てる。これが異世界クオリティというものだろう。
「適度に間隔を空けてから剣を抜け。先ずは手本を見せるから、その後同じ様に振れ!」
ついに初めて剣を握るが、力まないように気を付けなければな。
昔と違って力の調整が出来るようになっているが、今の俺ならば剣を振って斬撃を飛ばす事も出来るだろう。
或いは剣が折れて飛んで行く。
剣の扱いは素人となるが、これまでライラやシラキリが降っているのは見て来た。
先ずは上段からの振り下ろし。
次に下からの斬り上げ。
その後に笠斬りをしてから、最後に突きをする。
「これが帝国騎士団で推奨されている、基礎の型だ。これを一セットとし、先ずは三十セットやってみろ。出来そうなものは、そこから更に二十セットだ。無理だと思ったら直ぐに休めよ。それでは……始め!」
型というよりは準備運動の様な感じだが、素人には丁度良い……と思ったが、周りの速度に合わせるのが、少し難しい。
『剣か……そう言えば、エデンの塔を壊した時も、使ったのは剣だったのう』
(エデンの塔ね。そう言えば、それなりに本とかを読んだのに、エデンの塔についての記述が全くないのはなんでだ?)
『さあな。暗躍している者が関与しているのもあるだろうが、黒歴史として葬っている可能性もある。おそらく古い文献。或いはダンジョンの成り立ちについての本には書いてある可能性はある』
内容的にこの世界にとっては、大きな転換期になっている歴史だと思うのだが、あまりに情報がない。
日本とかで言えば、第二次世界大戦の結果を丸っとボカシている様なものだ。
まあ民主主義なんて無くて君主制が基本なのだから、上の人間にとって都合の悪い歴史は消されて当然なのかもしれない。
それに伴い、大昔に強大な魔王が世界を滅ぼそうとしたと書かれた本があったが、ルシデルシアの名前は書かれていなかった。
ついでに、戦ったと思われるサレンディアナの名前もだ。
情報元が、書店やギルドに所蔵されている本だけだが、言い換えれば一般には知られていないという事になる。
(知らせない事で平和になるなら良いけど、実際は裏で暗躍している奴が居るわけだからな……)
『此処以外の事が分からないから判断出来んが、王国はいっその事滅ぼすのも視野に入れんとだな。神は新たに産まれる事もあるが、かなり稀だ』
(そん時はルシデルシアに頼むとするさ。俺には何も出来んからな)
『余が存在できるのは、サレンのおかげだ。そう卑下するではない。ところでだが、良いのか?』
(良いって何がだ?)
『最初の三十回がとっくに終わり、後二回で二十セットも終わるぞ』
……ルシデルシアとの会話に集中していたせいで、まったく回数を数えていなかった。
軽く周りを見ると、剣を振っているのは三人しかいない。
今更止めることも出来ないし、後二セットやってしまおう。
「止めい! よく五十セット出来た。赤翼騎士団では、毎朝五十セットやるのが基本となる。勿論最初からやれない者もいるが、一ヶ月頑張れば大抵の者は出来るようになる。騎士団を目指すならば、この程度は出来るようになっておけ!」
重い鎧を着て、こんな鉄の塊である剣をそんなに振れとは酷な話だが、国を守るにはこれくらい出来なければならないのだろう。
それにしても、これだけ身体を動かしてもまったく疲れないな。
流石に汗は流れてきたが、呼吸は落ち着いたものだ。
「さて、今日の予定はこれで終わりとなる。更衣室で汗を流した後は、夕飯の十九時まで自由時間とする。騎士に教えを乞うのも良し。図書室で勉強するもよし。疲れを癒すため寮で休むも良し。それでは、解散!」
威厳を出しながらジェイルさんは鞘で地面を叩くが、解散の声で気が抜けたのか、皆地面へとへたり込んでしまった。
此処に居るのは殆どが若い奴らだからな。魔力で強化しているならともかく、素の状態では体力があるにある訳ではないだろう。
流石に日本に比べれば異常だが、持久走の時から汗とか凄かったからな。
「大丈夫ですか?」
「ええ……ちょっと疲れちゃったけど、休めば大丈夫よ」
ミシェルちゃんも案の定へたり込み、天を仰いでいる。
……と言うよりも、普通に立っているのは俺位なものか。
「先に汗を流してしましましょう。このままでは風邪をひいてしまうかもしれませんから」
「分かってるけど、気が抜けちゃって……」
「…………身体強化してみてはいかがですか?」
「――あっ」
他の倒れていた奴らも俺の声が聞こえたのか、皆ひょいひょいと立ち上がって更衣室へと歩いて行く。
身体には悪いだろうが、汗を流して着替える位ならば問題も無いだろう。
ミシェルちゃんと更衣室に入り、鎧を脱いでから備え付けられているシャワーを浴びる。
鎧は返却ボックスと言うのが置いてあったので、そこに纏めておいておいた。
しかし、お湯の出るシャワーとは何とも現代的だな。
使われているのが魔石とは言え、ありがたい限りだ。
ついでに、個室になっているのも嬉しい点だ。
「サレンさんは凄いですね……」
無心になってシャワーを浴びていると、ミシェルちゃんが話し掛けてきた。
「持久走も男の子達より長く残れて、最後の素振りも、まったく芯がぶれていませんでした」
「シスターはそれなりに体力が必要ですからね。人を救う前に、自分が倒れるわけにも行きませんから」
この身体の性能はルシデルシアとディアナせいなのだが、シスターに体力が必要なのは嘘ではない。
巡礼の旅なんかに出る必要がある宗教なら、体力と最低限身を守れる強さが必要となるはずだ。
まあイノセンス教にはそんなものはないので、もし必要なものと問われれば、金を稼げる才能だろう。
「お父さんには絶対騎士になるんだって啖呵を切ったけど、本当になれるのかな……」
「ミシェルちゃんがこれまでどの様な努力をしてきたか知りませんが、諦めればその時点ですべて終わりです。決めたのならば、貫き通すのが大事だと思いますよ」
努力は簡単に人を裏切るが、結果だけは本物だ。
結果を出すまで、頑張ればいいのだ。
勿論その結果には良し悪しがあるが、結果を糧にまた違う事を始めれば良い。
「それに今日の感じでは、騎士団に入れる可能性は高いのではないですか? ジェイルさんも言っていましたが、入団基準自体は既にミシェルちゃんもクリアしているわけですし、後はやる気の問題かと思います」
「……そうですよね。よし! もっと頑張って、ミリーさんやサレンさんみたいになるぞ! ――うぎゃ!」
やる気を出してくれたのは良いが、滑って転んだみたいだな。
先にシャワーから出て着替えてしまおう。
頭のこれを見られるわけにもいかないからな。
それはそれとして、その二人を目指すのは止めた方が良いと思う。
どちらも酒好きの吞兵衛だからな。
ミリー「いやー、面白い物が見れた」
ジェイル「(俺は胃が痛くなってきたよ……)」
一方その頃
ネグロ「お茶を淹れるのも上手くなってきたな」
シラキリ「恐縮です」耳ペタン