第76話:ミシェルちゃん一本釣り
今回の体験入団は、東冒険者ギルド第三副支部長の声掛けにより実現した。
裏事情を知っている者からすれば、娘の為にここまでやるかと呆れられるが、試み自体は丁度良い機会なのかもしれない。
騎士団に入るには、帝都で行われる試験か、主要都市で行われる剣術の大会などで、良い成績を収められた者がスカウトされたりが主流となっている。
また、冒険者から騎士団に入団する者も居るが、稼げる金が下がるので、長続きしないのが殆どだ。
三泊四日の主なスケジュールだが、初日は座学や騎士団の案内を午前にやり、午後は基礎訓練を行う。
二日目は騎士団の訓練を実際に行う。
三日目と四日目は外に出て、仮想任務を行う事になっている。
赤翼騎士団は治安維持や護衛が主な仕事内容となっており、対魔物は勿論の事、対人も必要となっている。
また帝国の騎士団の中では一番数が多く、戦争の際は参加せず、帝国全域の治安維持を行う事となっており、領主が安心して戦争へ参加出来るようになっている。
赤翼騎士団が選ばれたのは、仮に娘が入団するにしても、戦争に参加させたくないネグロの親心でもある。
勿論いざと言う時は赤翼騎士団も戦争へ参加する事になるが、黒翼騎士団が暗躍している限り、そこまで酷い戦争が起こるとはネグロは思っていない。
サレンが居る会議室には、体験入団のために集まった二十名と、騎士団から五名。更にミリーを含めて三人がギルドの依頼として来ている。
赤翼騎士団北支部第一騎士団副団長であるジェイルは教壇の上に立ち、真面目な顔で体験入団のために来た二十人を見回す。
一人フードを被った人物が居るが、今はまだほっといても構わない。
どうせこの後着替えさせるので、フードは嫌でも取らなければならないのだから。
(何故俺がこんな目に……)
真面目な顔をしているが、内心では物凄く落ち込んでいた。
ジェイルは副団長なだけあり、騎士団の裏事情なども把握している。
チラリと横を見れば、何食わぬ顔でミリーが椅子に座っている。
赤翼騎士団は治安維持を担っている訳だが、他国のスパイをホロウスティア内に招き入れ、挙句に暴れられている。
表向きは赤翼騎士団がユランゲイア王国の動きを察知し、ギルドと連携して事に当たっている事になっている。
実情は黒翼騎士団のミリーが動きに気付き、ミリーが事態を把握し、ミリーが手を打ち、ミリーが解決している。
正にミリー様々と言った所だ。
ジェイルの頭が上がらないのは勿論、ミリーが此処に居るのはちゃんと理由がある。
「最近赤翼騎士団って弛んでんじゃないの? 人事の入れ替えする? ん? 何か言ったらどうだい?」
なんて圧力が帝都の本部から掛かり、ミリーは監査もか兼ねて今回の依頼を受けている。
下手な事をする気は無いが、ホロウスティアの赤翼騎士団は、ミリーの匙加減一つで進退が決まると言っても過言ではない。
つまり、ジェイルは貧乏くじを引かされたのだ。
一度咳払いしたジェイルは再び前を向く。
「今回は赤翼騎士団主催の体験入団に来て頂き感謝する。俺は北支部第一騎士団副団長のジェイルだ。他は机の上の本に書いてあるから確認してくれ」
この場で自己紹介をしなくても、後々話す機会があるので、その時にすればいい。
三泊四日は、長いようで短いのだ。時間を無駄にすることは出来ない。
「騎士団は戦う事ばかりが仕事と思われているかもしれないが、ちゃんと事務仕事も存在している。読み書きは勿論、教養も必要だ」
護衛や治安維持なので、人と話すのは勿論、相手を不快にさせない程度の教養が必要となる。
文字を読めなければ話にもならないし、田舎の訛りも仕事時はあってはならない。
更に経費の申告は各自でやらなければならず、護衛などで遠くまで行く場合、出来る限り収支を記録しなければ罰せられる。
帝国国内ならば領収書の概念があるが、他国では浸透していない為、虚偽の申告をしない誠実さも求められる。
帝国国内は広く、たまに騎士団が腐敗をすることもあるが、大体は直ぐに罰せられ、人員の入れ替えが行われる。
また今の騎士団は二代前の皇帝が作ったものであり、職務を細分化することにより、効率化を図った。
などの事を、ジェイルはお手元の本を見ながら、二時間程話して聞かせた。
体験入団に来た者達の机の上には、ノートとペンが置かれており、メモなども出来るように取り計られてもいる。
「……なので、もしも将来騎士団への入団を希望するのならば、常日頃からしっかりと勉強をするように」
そう締め括り、騎士団の説明を終えた。
各騎士団は特色があり、必要となる技能が違うため、当たり障りのない内容を選んで話したが、話を聞いていた体験入団生からは、流石だとジェイルに待望の眼差しを向ける者が多い。
その中には、ミシェルも含まれている。
またミシェルはミリーが居る事に気付いているが、来るとは知らなかったのでかなり驚いている。
因みにサレンは話半分で聞き流しながらルシデルシアと会話をし、ミリーに至っては寝ている。
「それでは次は施設の案内をしよう。機密情報が含まれる場所は見られないが、良い知見となるはずだ」
次に行われるのは、騎士団の施設の案内となる。
支部と言ってもかなり広く、訓練場や食堂。寮や図書館などと言った施設が揃っている。
そんな広い施設とは言え、二十人を超える団体で歩くのは、少々多い。
「人数を半分に分けて移動する。そうだな……左半分は俺が案内する。右半分はこのジグザムが案内しよう」
ジェイルは団員の一人を立たせ、教団に上がらせる。
「ジグザムですどうぞ宜しく」
眼帯をした少し線の細い男はそう名乗り、軽く頭を下げた。
サレンとミシェルは右側の十人に含まれており、ジグザムに続いて会議室を出る。
ギルドから来たミリー以外はジェイルの方に付いて行き、やっと目覚めたミリーはサレンの後ろで眠たそうにしながら歩く。
最初にサレンン達が案内されたのは、二棟ある寮だ。
「此処が皆さんの泊まる寮となります。男女で分かれており、プライベートにも配慮しています」
寮は大きいものではなく、基本的に入団して間もない新人向けとなっている。
都市内のアパートを借りている者も多く、家に帰るのが面倒な時だったり、仮眠用として使われたりもしている。
そんな説明をジグザムはしてから、次に向かう。
訓練施設や、講習用の教室。図書室や武器庫などを巡り、丁度昼頃になるので、食堂に向かった。
初めから食堂で合流する手筈となっており、サレン達が食堂に着くと、ジェイル達が入り口で待っていた。
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説明を受け、支部内を案内されたのだが、妙な既視感を感じた。
それが一体なんなのかだが…………此処って俺が思い描く学園によく似ているのだ。
正確には小説やアニメに出てくる物だが、機能性を求めれば自ずとそうなるのだろう。
そんな感想を抱いているう内に、昼食の時間となるので、食堂に来た。
「午後からは着替えて訓練をしますので、食べすぎには注意するように」
なんて言われてから食堂に入ると、食事はバイキング方式となっており、席は大きなテーブルが用意してある。
好きに座って食えってことか。
案内中、仲が良い者通しで話していたので、休憩時間くらい、仲が良い者同士ゆっくりしろって配慮も感じる。
「いやー、やっとお昼だね。退屈で仕方なかったよ」
訂正。一応ミリーさんが居るので、俺も一人ではない。
「声が大きいですよ。それより、良かったら一緒に食べますか?」
「良いよー」
「あの……」
入口付近で話していると、声を掛けてきた人がいた。ミリーさんと話していればその内寄ってくると思ったが、どうやら成功したみたいだ。
「おっ、ミシェルちゃんじゃん。どもー」
「どもー……じゃなくて、なんで居るんですか?」
「ギルドの依頼だよ。これでも優良冒険者だからね。それよりも、一応おめでとうかな? ネグロっちもよく許可したねー」
俺の護衛対象? であり、ネグロさんの娘である、ミシェルちゃん十五歳。
近くで見た印象は、キリッとした少女だろうか?
流石に俺より背は低いが、ミリーさんより高く、髪をサイドテールで纏めているので、活発な感じがする。
「色々とあったけど、何とかって感じね。感謝はしてるけど、うるさいったらないのよ……っと、そちらの方は?」
フードの中を覗こうとミシェルちゃんが見てくるが、流石に飯を食う時までフードを被っているわけにはいかない。
それにこの後はどうせ着替えなければならないので、潮時だろう。
「この人は……」
「初めまして。冒険者兼シスターのサレンディアナと申します。サレンとお呼びください」
フードを取って自己紹介をすると、ミシェルちゃんは目を見開いて後ずさる。
ふっ。この反応も慣れたものだ。
「あ、あの……えっと……」
「サレンちゃんはこんな見た目だけど、優しいから大丈夫だよ」
あわあわとし始めたミシェルちゃんをミリーさんがおばさん臭い仕草で宥め、とりあえず三人揃って飯を食べる事になった。
バイキングのメニューだが、騎士団なだけあって炭水化物とタンパク質を重視した料理が多い。
簡単な料理ばかりだが、腹いっぱい食べるには向いている。
この後の運動の事も考え、パンを数個とソーセージとサラダを皿へ盛り付ける。
ついでに唐揚げが有ったので、此方も数個盛った。
「あの、先程は驚いてしまってすみません」
席に着くと、ミシェルちゃんが申し訳なさそうに謝ってた。
「気にしないので大丈夫ですよ。それよりも、先ずは食べましょう。午後の事もありますからね」
「私は見てるだけだけどねー」
ギルドの依頼として来ているミリーさんと他は、最後の二日間用の人員なので、今日明日はやることがないらしい。
なら居る必要が無いと思われるかもしれないが…………要は裏事情って奴だ。
騎士団は冒険者の引き抜きもやっているので、冒険者に騎士団の働きを見てもらおうって事らしい。
涙ぐましい広報活動と取るか、良い人材を得るための新しい方法と取るかは、人それぞれだろう。
因みに三人で一番沢山料理を持って来たのは、ミシェルちゃんだったりする。
「ミリーさんとサレンさんはどんな関係なんですか?」
「私が冒険者として登録する時に、色々と助けてくれたのがミリーさんだったのです。それ以来の付き合いですね」
今となっては懐かしいが、あれも最初から狙って俺達に話し掛けてきたのだろう。
当時は親切な人がいるもんだと思ったが、そんな偶然がある訳がない。
「そうなんですね。因みに何で体験入団をしようと?」
あなたのお父さんに頼まれたからです。
なんて言えないので、帝国の事を知る一環みたいな感じでと濁しておいた。
それから他愛もない会話を続け、特に問題が起こることも無く昼食を終えた。
この後は着替えて基礎訓練となる。
二十人中女子は俺を含めて二人だけ。
つまり、俺とミシェルちゃん以外は全員男だったりする。
だからどうしたって訳ではないが、ミシェルちゃんの近くに居る言い訳としては、丁度良いかもしれない。
因みに料理は可もなく不可もなくだった。
ミシェル「(サレンさんすっごいスタイル良いな……)」
ミリー「(あっ、またチラチラ見てる)」
サレン「(不味くはないですが、美味しくも無いな)」